狐巫女じゃけど何か?
「株に興味があるのかい? なら俺の先輩が良い勉強会を開いてるんだけど」
「去ね。さもなくば尻を蹴とばしてくれようぞ」
寄ってきた軽薄そうな男に振りむきもしないままにイナリは吐き捨てる。
たった今、そういうのに騙されないための記事を読んでいる人間を、どうして騙せると思うのか。
「もしかして怪しい誘いだと思ってる? ただの勉強会だよ、勉強会。怪しい勧誘なんかないし、むしろお得な情報があーっ!」
思い切り回転したイナリが回し蹴りを食らわせると、男はよろめくが「何すんだ!」と振り向き……しかしその隙にイナリは騒ぎを見てこっちに近寄ろうとして来ていた職員の後ろに隠れて男を指さす。
「あの男が儂をなんぞゴチャゴチャぬかして何処かに連れて行こうとするんじゃ」
「え!」
「は!?」
驚愕し即座に非常用の警笛を取り出す職員と、驚愕する男。
イナリの言ってることに一切嘘がないだけに男としては上手い言い訳が思い浮かばず「こ、このガキ……」と最悪の一言を呟いてしまう。
まあ、実際怪しげなセミナーに連れて行こうとした詐欺師だが、少女誘拐犯はちょっとばかりタチの悪さと世間体が段違いだ。
しかも今の一言で職員の疑いがマックスになって警笛を吹かれてしまう。
即座に走ってくる警備職員に職員が叫ぶ一言は「ロリコンの誘拐犯です!」だ。
知能犯で捕まるならまだしもロリコンで捕まっては詐欺師界隈でもやっていけなくなる。慌てて逃げようとするのもまた悪手、即座に捕縛されて何処かへ「違うんだ!」と叫びながら連れていかれるが……まあ、どう言い訳をするつもりか見ものではある。見ないけども。
「もう大丈夫ですからね」
「うむ、感謝する。まったく、ぱーてーの斡旋待ちじゃというに、あんな男がいるとは」
「まったくです……あ、ちょっと待ってくださいね」
電話の着信に気付いた職員は何事かを話した後、イナリをチラリと見る。その表情は疑いではなく、気遣いに満ちたものだ。
「先程の男ですけど……どうやら覚醒者のフリをした詐欺師みたいですね。今後も怪しげな人を見つけたら、すぐ大声をあげて助けを求めてくださいね」
「うむ、そうしよう」
「しかし此処にはこんなに覚醒者がいるのに、女の子1人助けようとしないなんて」
職員の視線と言葉に何人かが目を逸らすが、イナリとしてはそれに乗っかるつもりもない。人の世の不義理は少しばかりどうかと思うが、此処にパーティーメンバーがいるかもしれないのだ、下手に責めて印象を悪くする必要も感じない。
「まあ、此処にいるのは儂と同じ初心者じゃろう? 悪漢に立ち向かえというのも酷じゃよ」
「いい子ですねえ……でももっと怖いモンスターに挑むんですから、悪漢に怯むようでは……」
まあ、それについてはその通りだしイナリもそれ以上庇うつもりもなかった。
そして同時に、此処で得られるというパーティーメンバーについても然程の期待も持てずにいた。
「ところで、1つお願いがあるのですが」
「んん? なんじゃ?」
「……そのお耳、触っても?」
「うむ」
何故人の子は耳を触りたがるのか。イナリには理解できないが……まあ、それで何かの助けになるならそれでもいい。イナリはそんなことを思いながら触られていた。
そうしてやけに耳を触り慣れた手つきで触る職員に耳を任せていると……何やら放送が聞こえてくる。
『7番、11番、17番、24番の番号をお持ちの方はカウンターまでおいでください』
「お、儂じゃな。ではすまんが、もう行くでのう」
「残念ですが……また触らせてくださいね」
「う、うむ……」
何がそんなに彼女を狐耳に執着させるのかは分からないが……イナリは周囲を見回しカウンターを見つける。この待合室にはカウンターは1つしかないので、迷うこともない。
そうしてカウンターに行くと、男性職員が1人。そして男女混合の3人組が立っていた。
1人は、髪を金髪に染めたチャラチャラした男。腰に提げた剣が、やけにキラキラしている。着ているのはプロテクターのようなものだ。
1人は、気の弱そうなショートヘアの少女。こちらは大きな盾を背負い鎧を着込んでいる。
1人は、ニコニコと笑顔を浮かべる短髪の男。こちらはメイスを腰に吊るしている。
こちらはジャケットを着ているが、大分軽装ではある。
背格好も服装も武装も全部バラバラな3人だが、3人からしてみればイナリの方が「なんか変なのが来た」といった印象だったりする。
そうしてイナリがその場に行くと、職員の男が「揃いましたね」と咳払いをする。
「剣士の神田 零さん、盾戦士の田辺 舞さん、治癒士の新橋 権蔵さん、それときつ……」
言いかけた職員の男は手元のタブレットとイナリを見比べて再度の咳払いをする。
「……狐巫女の狐神 イナリさんです」
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