お狐様に触れないでください

 ひとまず「今の時代」がどうなっているか確かめてみなければ。あとは……資金の調達もだ。今のイナリは一文無しだ。稼げる手段がすぐそこにあるのなら、自力で生活できる基盤を整えて……その後は。


「だんじょん、すてえたす。世界に何が起こったのか、何者による仕業なのか……探ってみるのも悪くはない、か」


 青山に見送られエレベーターから降りてエレベーターホールに出ると、その先はイナリの常識からでは驚くほどに広い空間だった。

 高い天井、広い床と無数のカウンター、かつて最盛期だった頃の村全部を合わせたよりも多い人の数。行き交う人々は皆、丸山や宅井のように鎧やらローブやらを纏って腰に剣やらを差して盾を背負っている。


「うーむ……冗談みたいな光景じゃのう」


 エレベーターホールを出れば広いホールに出るが……ザワザワと蠢く人々の熱気が少しムワッとしている。どうやら人が多すぎて空調が負けているようだが、そんな人々の視線がイナリに一斉に向く。


「狐耳……」

「え、尻尾?」

「何あの子。かわいい……」


 聞こえてくる声が自分のことを言っていると分かるせいで、イナリの耳は自然とピクピクと動いて、それが更に周囲のざわめきを加速してしまう。


「動いてる!」

「え、そういうアーティファクトって……こと……?」

「欲しい……」

(聞こえとるんじゃよなあ……それにしてもまた、あーてはくと、か。まるで何があってもおかしくないように語られとる。こりゃあ……一種の信仰じゃのう)


 そう、まるで「アーティファクトであれば何が出来てもおかしくない、そんなものがあってもおかしくない」と、そんな雰囲気をイナリは感じていた。

 イナリ自身はアーティファクトを見せられたナイフ1本しか知らないので、そんな万能感を感じてはいないが……まるで神の奇跡の如き万能を信じているのだろうと、そんなことを思う。そしてそれは、まさに信仰そのものであった。


(いずれその辺りも探らにゃならんかもしれんが……今のところは放置じゃの)


 少なくともシステムとかいうモノに関しては、イナリに自分の法則を押し付けられる……神格が上の存在であることは間違いない。そしてそれはどうにも、ダンジョンに対抗する力を人間に与えている。アーティファクトとかいうものも、その一環であるだろうとイナリは考えていた。

 だがどうであるにせよ、イナリに出来る事は無い。それで世界が回っているのであれば、そこに今何か余計なことをするのは世界を壊すことになりかねないからだ。


「さて、と……確か、だんじょん攻略を頼まれておったの」


 そのダンジョンが何処にあるのか分からないので聞かなければならないが……さて、何処で聞けばいいのか? 幸いにも注目は集めているようだが、話しかけていいものかどうか? しかし、やるしかない。


「もし、ちょっといいかの?」

「キャー!」

「かわいいー!」

「……は?」

「ねえ、触っていい⁉」

「ちっちゃい、可愛い! え!? 何歳なの!?」

「ま、まあ。ええが……」

「やったー!」

「うわ何この耳。気持ちいい……!」


 しばらくモフモフされていたが……2人の覚醒者が満足して何処かに行った後、何も聞きだせていないことにイナリは気付く。


「ダメじゃ……これはダメじゃ! もっと何かこう、冷静さを保っとる人間に……!」


 周囲を見回せば、このロビーにいる人間は2種類いることに気付く。すなわち、統一された服装をしている人間と、それ以外の人間だ。確かアレは制服というものだ、とイナリは思い出す。何かの組織に属している者の服装……つまり此処の場合は覚醒者協会の人間だろう。


「もし、そこの方。覚醒者協会の職員さん、でよいかのう?」

「え? あ、はい! どのようなご用件でしょうか?」

「うむ。だんじょんの場所について聞きたいのじゃが」


 イナリがそう言えば、職員は驚いたように「えっ」と声をあげる。


「もしかして、攻略に行かれるのですか?」

「うむ。何か問題でもあるかの?」

「そういうわけではありませんが、白カードの方の場合は複数人でパーティを組むことを推奨しております。やはり、ダンジョンとは危険な場所ですので」

「ぱーてー、のう」


 複数人で組むとはいうが、そんな初めて会うような者同士で上手く連携できるのかとイナリは訝しげな表情になるが、職員は「あ、心配要りませんよ!」と声をあげる。


「初心者用、と言われるダンジョンもございますしギルドで適切なバランスで組めるように紹介もしております。私たちにお任せください!」

「うーむ……」

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