そろそろ茶が出てくると嬉しいんじゃが
溜息をつくイナリを乗せたヘリコプターは、そのまま飛んでいき……やがて見えて来たビルの屋上ヘリポートに降り立った。
そうして、降り立ったイナリは……周囲に誰も居ないことに疑問符を浮かべる。
「はて? 誰も迎えにきておらんのう」
「お偉いさんはこんなとこまで迎えに来ないさ」
「そうそう。ま、中に入ろうぜ」
2人に促されて建物の中に入れば、何やら眼鏡の男がそこで待っていた。
「クエストお疲れ様でした。此処からは私が引き継ぎます」
「ええ、どうぞよろしく」
「じゃあな、イナリちゃん」
「おいおい。儂を置いて何処へ行こうというのじゃ」
イナリが丸山の服の裾を引けば、困ったように丸山は頬を掻く。
「あー……俺達の仕事は此処で終わりなんだ」
「そういうこと。ま、縁がありゃまた会えるさ」
「ふむ、そうか。なら仕方ないのう」
ヒラヒラと手を振って見送るイナリを見ていた眼鏡の男の視線に気付き、イナリは「なんじゃ?」と聞いてみる。
「いえ、本物だな……と思いまして」
「よう分からん。もっと具体的に言ってくれんかの」
「その耳と尻尾です。アーティファクトですか?」
「その『あーてはくと』とやらは分からんがまあ、本物じゃのう」
「そうですか。一応ですが、これからの事をご説明いたします。此方へ」
そうして案内された場所は、何処かの会議室であるらしく……幾つかの机と椅子が並んでいる部屋だった。
「まずは自己紹介を。覚醒者協会日本本部の秘書室長の青山です」
「おお、これはご丁寧に。儂はイナリというらしい」
「らしい、というのは?」
「なにやらすてーたす、とかいうものを押し付けられてのう。そこに表示されとった」
「ふむ……」
青山はそこでいったん考え込む。ダンジョンを破壊したという少女。それが本当であれば凄いことだが……少し……いや、あまりにも。
(不審者が過ぎる……!)
ダンジョン破壊。そんな事が出来る少女が突然発見されたというのは、あまりにも出来過ぎていないだろうか?
しかし何かの罠だとして……誰の罠だというのか?
考えて……青山は諦めた。そもそも、それを判断するのは青山の職責ではない。
「ではイナリさん。報告を受けた限りでは何もご存じないとのことですが……それで合っていますか?」
「うむ。しばらく世間から離れとったでのう。なーんもしらん」
「しばらくというのは……」
「からーてれびが出た頃は人が居ったから……どのくらいかのう」
「おお、アナログ……」
冗談にしては中々にキレがいいと青山は謎の対抗心を抱くが、それを振り払うと用意されたスクリーンに映像を映し出す。
「では、最初から始めましょう。初心者講習用の映像で恐縮ですが……ダンジョンの登場と覚醒者協会の成り立ちからご説明します」
「おお、それは嬉しいのう。ところで……」
「はい、なんでしょう」
「そろそろ茶が出てくると嬉しいんじゃが」
「……すぐにご用意しましょう」
そうして出てきたお茶の入った紙コップをイナリは面白そうに突き回していたが……それ以上に面白かったのは、映像の内容だった。
世界に20年前に出現したダンジョン。その第一号、通称「ファーストゲート」から溢れ出た現代兵器の一切通用しないモンスターが世界を蹂躙し、対抗するように不思議な能力を持つ「覚醒者」が誕生した。
世界中の覚醒者を結集したファーストゲート攻略作戦は莫大な犠牲を出しながらも成功し……それ以降、ダンジョンは世界中に現れるようになり、新たな覚醒者も現れるようになった。
そう、ダンジョンはクリアすれば消滅する。結果としてそれは正解であり間違いでもあったのだが……とにかく、覚醒者であればモンスターに対抗できる。
その覚醒者の支援の為生まれたのが覚醒者協会であり、各国政府の支援する団体であるらしい。世界基準によって運営されるのが覚醒者協会だが……覚醒者はそれぞれ「クラン」と呼ばれる団体を作り、独自の経営を行っている。これは覚醒者の性質上、独自の裁量で動かなければ手遅れになる事例が頻発したからであり、強硬な統制をしようとした国では覚醒者が動かない……という事態もあったからである。
つまるところ、国がどれだけ強硬手段を振りかざそうと結局は覚醒者に頼るのであり、覚醒者の力なくては安全のみならず、他国に大きく差をつけられる。
事実、覚醒者を法で強く縛った国からは全ての覚醒者が逃げ出し、国外に逃げる力のない覚醒者はダンジョンの中に立てこもった。その国は国土の半分以上をモンスター災害で蹂躙され警察軍隊を含む戦力のほぼ全てを喪失してようやく「新しい世界の現実」を理解したという。
「というわけで、現在存在する国家全てが覚醒者基本条約を結び、それに則り覚醒者協会を設立し運営しているというわけですね」
「なるほどのう」
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