尻尾ぼわってなってる!

 言われて剣士の男……丸山はイナリの頭の上を見る。そして、気付く。確かに……動いている。


「え? は? ええ?」

「な? 動いてるだろ?」


 信じられないものを見るかのような目をしている2人に、イナリは溜息をつく。


「お主等が仲が良いのは分かったがの。儂を放っておかないでくれるかのう。もしくは帰ってくれんか?」

「え、あ、いや。あー……すまない。ひとまず、仕切り直しをさせてもらえるか?」


 丸山はハッとしたような顔をした後、ビシッと姿勢を正す。


「俺は丸山正。覚醒者協会日本本部の依頼を受けて、ダンジョン消失の原因を探りに来た」

「宅井雄一。丸山のサポートで来てる。どうぞよろしく」

「おー……うむ。お仕事で来とるっちゅーことだけは分かったのじゃ。儂は『イナリ』ってことになっとるらしい。ステータスとやらの表記によると、の」

「イナリ……」

「そのまんまだな……」

「聞こえとるぞぉ?」


 丸山と宅井がヒソヒソ言っているのが全部イナリには聞こえているが、睨まれて2人はサッと目を逸らす。


「仕切り直してそれっちゅーのはどうなのかのう」

「いや……申し訳ない」

「ええから本題。儂、そろそろめんどい」


 ひらひらと手を振るイナリに、丸山は「では……」と再度仕切り直す。


「先程言ったように、俺達はダンジョン消失の原因を探りに来た。先程の話では、それは君が破壊したのが原因とのことだが」

「うむ、そう言ったのう」

「俺達の常識では、それは不可能なことなんだ」

「人の子の常識で測られてものう?」


 イナリは人ではないから、そんなものを当てはめられても困る……のだが。そんなイナリに、丸山は言葉を重ねる。


「君のその耳や尻尾も含め、俺達では判断できない事が多すぎる」

「じゃろうの」

「そこで、だ。日本本部に来てくれないか? 君も覚醒者なんだろう?」

「ふむ……」


 イナリは、今の提案を少し真面目に考える。覚醒者とかいう単語については、よく分からない。分からないが……今すぐに解決すべき問題でもない。考えるべきは、この提案に乗るか乗らないか、だ。

この集落は、すでに滅びて久しい。社に詣でる者もなく、緩やかに滅び去っていくだけだ。人が住まないことで役目を終え朽ちた家も増えてきた。いずれ、此処は山の自然の中に飲み込まれていくだろう。そんな中にいたところで……あまり、未来の展望はない。どういう理屈かは分からないが、人間に見えるようになったことも……。


「それもまた運命、か」

「では……」

「うむ。その本部とやらに行くとするかのう」


 人の世はイナリの想像もつかないほどに変わっただろう。かつてテレビに人が集まり、洗濯機の便利さに驚いたように。何やらおかしな能力を持つ人間も増えたようだが……はたして、どのようになったのか?

 あのダンジョンとかいうもの……そして「覚醒者」なる単語についても、この後分かるだろう。それが、イナリには少しばかり楽しみでもあった。


「どれ、では行くかの。へりこぷたーに乗るんじゃろ?」

「あ、ああ。その前に本部に連絡するから待ってくれ。宅井!」

「おう」


 宅井がヘリコプターに駆け寄るのを見て、丸山は神社に視線を向ける。


「何か荷物があるなら今のうちに纏めておいてくれ」

「いや、そんなものは無いのう」

「無い、のか?」

「うむ」


 イナリの服は汚れはしない。どういう理屈かは分からないが、そういうものなのだ。ついでに使っている日用品は全てこの集落のものだから、特にイナリのものというわけでもない。


「……振り返れば、この身のなんと身軽なことよ。儂は長く此処にいたが、そこで何を為したわけでもない……ということかの」

「長くって……君、そんな年でもないだろ。何歳だ? 14? 15? 御両親は居ないのか?」

「女子に年を聞くとは……無粋な童じゃのう」

「わ、わらしって……俺の婆ちゃんだってそんな言葉使わないぞ」

「本部と連絡とれたぞ! その子も連れてこいってさ!」

「だそうじゃ。ほれ、行くぞ」


 てくてくとヘリコプターに歩き乗り込むイナリを追いかけ、丸山もヘリコプターに乗り込んで。爆音と共に上昇するヘリコプターの機内でイナリは狐耳を押さえ「ぎゃー!」と叫ぶ。


「う、うるさい! なんじゃこの爆音は!」

「こういうもんだ! すぐ慣れる!」

「それは耳が馬鹿になっとるんじゃないかのう!」

「うわっ、尻尾ぼわってなってる! すげえ!」


 爆音を立てるヘリコプターはそのまま集落を離れ、山を離れ……そのまま支部へと向けて飛んでいく。

 そうして音がようやくある程度マシに聞こえるようになってきた頃、宅井が口を開く。


「そういや、イナリちゃんは名字はないのか?」

「苗字」

「ああ。あるだろ?」


 あるかないかで言えば、ない。そもそも「イナリ」という名前自体、イナリが決めたものではない。

 

「ふーむ……まあ、ないのう」

「えっ」


 しかし、適当に決めていいものでもない。名前は本人を現す言霊だ。ないものはない。それでとりあえずはいいだろうとイナリは納得して。けれど、丸山と宅井は納得していないようで複雑な視線をぶつけあう。


「……何を悩んどるか知らんが、深い事情はないからの?」

「お、おう」

「分かってる。分かってるよ」

「分かっとらん顔をしとるのう……」

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