新進気鋭(しんしんきえい) (2)

「急に変えるとバレることありますんで、気をつけた方がいいですよ。意外と、足見てるやつもいるんで。だよね、


 猫丸と野上が声の方に顔を向けると、そこにはいるはずのない二人が立っていた。


「露峰と―――先生―――?」


 野上は二人の登場に、目を丸くしていた。そのせいですぐ隣でにやついている猫丸には気付けずにいた。


「どうした露峰、お前―――まさか、毎日来てくれる気になったのか」

「それは―――」野上の問いに、露峰はばつが悪そうに目を逸らした。


 丁度その頃、熱田と加藤が二人の登場に気付いた。

 二人は既に口を開けていたが、その二人が声を上げるよりも前に、浪川が力強く両手を叩いた。


「皆さん、練習を止めて申し訳ありません。ですが、一度集合してください。私と、露峰君から―――話があります」


 浪川の号令に従い、部員は駆け足で浪川と露峰の元へと集まった。


 道場の入り口付近に全員が集まったのを確認すると、野上が「お願いします」と声を上げた。


「はい、ありがとうございます。ですが少し長い話になるかもなので―――皆さん、正面に座って並んでもらいましょうか。集まってもらったのに、すいませんね」


 長話―――この言葉を聞いただけで二人がこれからしようとしている話の内容を予想できたものは、猫丸を除いて誰一人としていなかった。

 部員の三人は、怪訝な表情を浮かべながら正面へと並び、竹刀を床に置いて正座した。


 野上、加藤、熱田、猫丸が順番に座ると、それに続いて浪川が四人の正面に正座で座った。露峰は浪川の斜め後ろくらいに座り、道場内の至る所に目を泳がせていた。


「いいですよ、皆さん足崩して」

「やったー、俺未だに正座苦手だから」


 浪川が手を伸ばすと、いの一番に加藤が足を組み直してあぐらを組んだ。他の三人も次々と姿勢を崩したが、露峰だけは頑として正座のまま動かなかった。


「それで―――話って」

 野上が二人の様子をうかがうように尋ねると、浪川は軽く咳払いをした。


「はい―――では、そうですね。まず結論から話しましょうか」


 この瞬間、道場内には謎の緊張感が走った。

 三人は自分の中に巡る嫌な予感を、全力ではねのけていた。


「私浪川と、こちらの露峰君。我々二人を、剣道部に入れて欲しいんです」

「―――え?」


 浪川のまっすぐな目は、四人を交互に捉えていた。目を合わせた四人は例外なく、浪川の強い思いをその目から感じ取っていた。


「入れて欲しいったって―――浪川先生は俺らから顧問をお願いしてた立場だし、露峰に至っても―――なあ?」


 野上は二人の仰々しさを前にして堪えられなくなり、つい他の誰かに意見を求めたくなっていた。加藤はあえてか言葉を発さずに、ただ激しく頷いていた。


「んなもん、どっちも俺らが願ってこともないことっす。先生も、俺たちが断らないことは分かってるはずですけど」


 熱田は遠回しに"二人の遠慮がちな姿勢"に対して疑問をぶつけていた。

 それが分かったのか、浪川は「ええ―――そうですね」と声のトーンを落として、今一度姿勢を正した。


「ですが、私たちはどちらもその誘いを断った身です。やっぱり入れてーなんていう軽い姿勢は、私たちの信念が許さなかったんですよ。けじめみたいなものです」


 そう言うと、浪川はちらりと露峰の方へと顔を向けた。


 露峰は少し下を向くと、同時に目を細めた。

 数秒して、露峰は一言一言丁寧に、言葉を絞り出した。


「まず、色々と申し訳なかったです。入らないって言ったり、剣道に真剣な皆さんを邪魔してしまったこと、今ここで改めて謝罪します」


 猫丸と熱田は、そう話す露峰と一瞬目が合った気がして、それに合わせて二人とも目を見開いていた。


「その贖罪って訳ではないんですけど―――今ここで、俺が部活に入りたがらなかった理由を―――話しておこうと思います」露峰は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「おい、そんな嫌なら別に言わなくても―――」


 野上はその表情を見て、つい露峰を止めてしまっていた。


 その顔、その声。そんだけで、なんとなく分かる。こいつには、剣道に対する暗い過去がある。

 そんな奴が、剣道部に入ると言ってくれているんだ。それでもう十分じゃないか。


 しかし、野上の優しさでは露峰は止まらなかった。思い過ごしか、露峰の語気は先ほどよりも強くなっているような気さえした。


「―――いえ、俺が話しておきたいんです。チームに入れてもらうなら、絶対に伝えておかなくてはいけないことなので」


 猫丸は露峰が顔を上げたのを見て、彼が何かの覚悟を決めたのだということを悟った。


「伏見は気付いてると思うけど、俺は元々浄心道場っていう道場に通ってたんです。浄心道場ってのは、愛知のまあまあデカい道場です」

「まあまあ、ってレベルじゃないけどな」熱田がぼそっと呟く。 


「俺は―――その道場で自分の剣道を見失いました。その経緯を、話します」




 露峰が一通り話し終わった後で、野上と加藤は"強豪道場で三本の指に入っていたことがある"ような男が目の前にいる、という事実に打ちのめされていた。


 猫丸も改めて強い衝撃を受けていた今、唯一露峰に対して真っ正面から立ち向かえたのは、やはり熱田だけだった。


「その待ち剣ってのは、既にお前に染み付いちまってるのか」

「うん、残念ながら。何度も努力したけど、勝たなきゃいけない場面になると―――どうにもね」

「それは緊張からってことか」


 露峰は小さく首を振った。


「それはないと思う。俺、こう見えてあんまり緊張しないタイプなんだよ―――例外はあるけど。だから、緊張から身体がこわばってる、とかではないと思う」

「いやいや、見た目通り全然緊張しなさそうですよ、あなた」次は加藤が小声でツッコミを入れていた。


「じゃあ―――やっぱりイップス的なものとか」


 猫丸がそう言うと、露峰はあからさまに表情を曇らせた。


 ん―――? 

 正面に座っていた浪川だけが、露峰以外のある人物の異変に勘付いていた。それは"イップス"という単語が猫丸の口から発された、その瞬間の出来事だった。


「それはない、って言いたいけどね。正直、分からない。でも色々と調べたことがある身から言わせてもらうと、それも違う―――とは思う。分からないけど。


 というより、俺はイップスとは逆の何かだと思う。イップスは、心理的な問題から思いがけない癖とか、動作が出てしまうことを言うでしょ? 俺はどちらかというと"動けなくなる"んだよね。戦い方に固執してしまうっていうか」


 猫丸は頭を捻った。

 確かに話を聞いていた身からしても、イップスとはどこか違う―――ような気もする。トラウマに近いなにか、だろうか。

 

 もしや、待ち剣と呼ばれる戦い方以外を信じられていないから、自分の身体が待ち剣から離れられなくなっている―――? でもこれは心理的原因によるイップス、とは言えないのか?

 もしかして、今の露峰君は戦い方の幅が少ないだけなのでは? いや、彼も彼なりにこの戦い方を突き詰めてきていたと言っていた。それだけが原因ではないだろう。


 猫丸が自分の思考の中から抜け出せなくなっている間に、露峰は自分の話にある程度けりをつけたように、改めて姿勢を正した。


 そうして露峰は、流れるように四人に頭を下げた。その姿は、土下座そのものだった。


「だから、俺は―――皆さんの役には立てません。なんなら、迷惑をかけてしまうと思います。それでも、俺を受け入れてくれるのなら―――」


 露峰はゆっくりと頭を上げた。歯を食いしばるその顔は、悔しさとは似て非なるものを秘めていた。


「全力で、努力します。絶対に強くなれる、とはまだ言えないけど―――いつか、皆さんに貢献できるように、必死で剣道に食らいつくことを、約束します」


 露峰の言葉とその姿勢を見て、浪川は開いた口がふさがらなくなっていた。

 そこにはもう微塵も、中学校時代の雰囲気は残っていなかった。

 

「俺たちがさあ―――断ると思うかあ? お前よお」


 露峰の思いを初めに受け止めたのは、加藤だった。

 加藤はそう言うと、すっと立ち上がり、手を広げた。


「見ろ、俺たちを。四人だぞ? 四人。思い返してみろ、昨日のことを。お前が部活に来てくれたときの、俺たちの顔を」


 露峰は、自分が猫丸と一緒に部室に入ったときのことを思い返した。


 視界の中にいる誰もが、自分を見て目を輝かせていた。俺という人物の登場に、誰もが喜びを隠せずにいた。

 それは過去にも見たことのある光景だった。俺が中学校の部活に入部したとき、初めて顔合わせをした日が、まさにそんな感じだった。


 しかし翔蛉しょうれい高校の彼らが露峰に期待していたものは、中学校の時とは大きく異なっていた。


「俺たちはさ、新たな仲間ができたことが嬉しかったんだよ。単に部員がもう一人増えるのが、嬉しかったんだ。それに、経験者ならまた新しい剣道も見れるしな」


 野上はそんな無邪気な加藤を見て、ふっと笑った。


「ま、そういうことだ。部長の俺も、こいつと同じ意見かな。俺たちは元々、受け役だけでも喜んでたんだ。入ってくれるなら、尚更歓迎だよ」


 野上はそう言って、あぐらのをかいた状態で頬杖をついた。


 猫丸もこれに続けてなにか言葉をかけたかったが、いつも通り上手く言語化できず、結局口から出た言葉は「僕も勿論、二人に賛成です」くらいのものだった。


「―――ありがとう。熱田は―――どうかな」


 残された部員は、熱田だけだった。熱田は、ただまっすぐ露峰を睨み付けていた。


 まさか、ここにきて謎の反対を―――? 他三人が嫌な予感を覚えた瞬間、熱田は重たい口を開いた。


「俺も当然、入ってくれることには賛成だ。反対する意味はねえ、ありがたいことだと思ってる」


 三人がほっと胸をなで下ろした、その時だった。


「こっからは俺が逆に聞きたいことなんだが―――お前は、うちの大将を張ってくれ、と言われたとしても、この部活に入ってくれるのか」


 部員の三人は、その言葉を聞き取った自分の耳を疑った。


 さっきの露峰の話を聞いて尚、その結論に至ったのか。それとも、これは熱田なりの試練のようなものなのだろうか―――いやしかし、彼は露峰の入部は賛成だと言っていた。


 熱田の考えをある程度くめていたのは、浪川だけだった。しかし浪川はあえて、口を挟まないことにした。


「どういう―――こと」露峰は表には出さないまでも、明らかに動揺していた。


「そのままの意味だ。俺はお前と試合をしてからずっと、お前がこの部活の大将を張ってくれねえかな、と思ってた。理由を説明してやろうか」


 露峰はだんまりを決め込んでいた。


「俺はここ最近、この四人で試合に勝つことばかりを考えてた。できたばっかの部活だってことは、誰よりも分かってる。でも、俺は一回でも多く勝ちたい。皆で試合したい。そんで、できることなら俺たちの名前を、高校剣道史に刻みたい。

 皆で、一緒に喜び合いてえんだ」


 熱田の表情は本気だった。強者が語る、目標のその先。全員が唾を飲んだ。


「そこで俺はずっと、勝つためのオーダーを考えてたんだ。部員全員の特徴や、得意分野を活かせるような、そんなオーダーをな。そんで、俺はある程度結論を導き出してた」


 熱田は最初に、加藤の方に顔を向けた。


「まず先鋒、これは加藤先輩が適任だと思ってます。先鋒は一番に特攻してもらうポジションなんで、後のことを考えても"とにかく勢いをつけてくれる人"が向いてるんです。勝ち負けじゃなく、盛り上げ役って意味で。

 この部活においては、それは加藤先輩だと思いました。ムードメーカーであり、剣道も積極的でアクティブ。これ以上はないと思ってます」


 続いて、熱田は野上の方へと目を向けた。


「次鋒は野上先輩です。野上先輩は"一旦メンバーを落ち着かせる"要因として、適任だと思いました。加藤先輩が勝とうが負けようが、次鋒が戦況を整理してくれる。特に加藤先輩が負けちゃった時に、真価を発揮すると思います。

 そしてこれは、部長である野上先輩にぴったりです。


 それに、野上先輩が次鋒にいることは、先鋒の加藤先輩にとってもいいことだと思うんです。二人は一年間、たった二人で切磋琢磨してきた。すぐ後ろにそんな仲間が控えてるんだから、加藤先輩も思いっきりやれるでしょう」


 野上は自分の手のひらを見つめていた。

 次鋒―――加藤からバトンを受けとり、チームの軸を作る役目。

 野上は試合本番のことを想像して、ふと口角が上がってしまっていた。


「そんで、中堅は俺だ。基本的に団体のメンバーは大将、中堅、先鋒の三人が戦力として重要だと言われてる。先鋒は一人目から黒星を付けたくないから、大将は最後の砦だからって訳だが―――中堅だって、場合によっては最後の砦だ。先鋒と次鋒が負けて、俺まで負けたらその時点で試合終了だからな。

 だから俺は、中堅として―――チームの柱として。全員を安心させる役目に就く」


 理屈はわかる、しかし―――というのが、全員の意見だった。


「ちょ、ちょっと待って」

「なんだよ」さらっと次の説明に移ろうとしていた熱田を、猫丸は慌てて止めた。


「いやさ、言いたいことはわかるよ。でも、この部活で一番強いのは、熱田君でしょ? なら―――大将の席には熱田君が就くってのが、当然の流れじゃないの」


 熱田はその疑問に対し、そこまで動揺する様子を見せなかった。まるで、その質問は予想できていた、とでも言いたげだ。


「これはな―――タイプの問題だと思うんだよ。

 俺は確かに試合にも慣れてるし、勝率で言ったら一番高いかもしれない。でも、俺には浮き沈みがある。動揺もするし、逆に普段以上の力を出すこともあるだろうな。

 それに比べて露峰は、緊張もしなければ、無駄に揺れたりすることはないだろう。どんな状況でも普段通りの自分の剣道を、ってタイプだ。


 俺は、大将になるなら後者の方が適していると思った。それだけだ」


「いやあ、でも―――」猫丸はどうも飲み込めずにいた。


「なーんか、分かる気もするなあ。それ」

「えっ―――? でも―――」突如同意を示した加藤に、猫丸は不意を突かれていた。


「それならさ。実際に想像してみなよ、伏見ちゃん。その状況を」


 猫丸は床に目を凝らした。今の話でいけば、僕はきっと副将だ。

 先鋒、次鋒、中堅。今、戦績は一勝一敗一分けだとする。その状況で、順番は副将の僕に回ってくる。


 僕が負けたら、大将に勝負の結末を託すことになる。

 熱田君と、露峰君。後ろに立っていて、僕がより安心して勝負に望めるのは、どっちだ。

 猫丸は自分がコートに入る瞬間のことを思い描いた。


 キラキラとした、まばゆい光のような―――そんな景色は面金の格子に分けられており、自分の心臓と呼吸は踊るように跳ねている。

 声援やかけ声に塗れる体育館の、ほんの一コート。そこに猫丸は立っていた。


 自分がコートに入るとき、背中を押す力強い手のひら。自分が楽に試合に臨めるように、なんとしてでも勝ちをもぎ取ってきてくれる強者。

 僕は良い流れのまま、コート内に入ることができる。


 そして僕の試合が終わると、僕は二通りの気持ちでコートを出る。そこには、試合の幕引きを担当する大将の姿がある。

 自分が安心して寄りかかれる、そんな大木のような安心感。自分の勝敗に一喜一憂することなく、淡々と勝負に向かうその背中。


 その背中は大きいわけではなかったが、彼が纏う気迫はただ静かで、安定していた。


 これが―――熱田君の見ていた景色―――

 猫丸は息を呑んでいた。


「想像―――できました」

「だろー? そういうことよ」加藤は胸を張っていた。


 露峰は依然として目を逸らしていたが、彼も彼なりに、熱田の考えを受け止めているようだった。


「じゃ、そのまま副将な。これは伏見に任せたいと思ってる。流れ的にも予想はついてただろうけどな。

 副将も中堅と同じく、負けられない場面が存在する。だが、言ってしまえば副将は負けられないだけで、大将に勝負を預けるという選択も取れる。負けないように立ち回るのか、自分でなんとかするのか。そいつの判断が試合を分ける。そんだけ、試合のターニングポイントとも言えるな。


 つまり、俺は慎重な奴に副将をやってもらいたいんだよ。そこで、目が良くて観察力に長けてる伏見って訳だ」


 猫丸は部員全員を見渡した。同時に、熱田のオーダーを思い返す。

 そして実感した。このオーダーの底力、その汎用性。自分が副将の席に就くことの、説得力。


 僕は副将の座に就いたことはない。でも、これが求められた答えなのなら―――猫丸は拳を握り締めた。

 全身全霊を尽くす。託された仕事は、やり遂げてみせる。思いは固まっていた。


「そんで、大将は―――」熱田はその人物に指を指した。


「お前だ、露峰。頼めるか」


 これは少し前の、


『お前は、うちの大将を張ってくれ、と言われたとしても、この部活に入ってくれるのか』


 という質問の回答を求めているのと同義だった。


 露峰は再び視界が狭まっていくのを感じた。


 そうだ、やっぱりこいつらも勝ちたいんだ。なら、やはり―――

 彼らが良い人間だと分かっているからこそ、彼らに迷惑をかけるのは中学校時代以上に、忍びない。


 その時、露峰は自分を包むように見つめる存在がいることに気が付いた。それは、すぐ側に座っていた浪川だった。


『大丈夫ですよ。確かに彼らは、君に大将をやって欲しいと言っている。でもそれは、勝ってくれなきゃ困る、という訳ではありません。

 熱田君の言葉、思い出してください』


 そう言われた気がして、露峰はふと熱田の方を見た。

 そうだ―――あいつが俺に求めていたのは、普段と変わらない姿。どんな状況にも動じない、安定した剣道。


 でも、俺は中学校のあの試合で、確かに勝ちに固執した。その結果、待ち剣が過剰になって、文字通り試合を終わらせてしまった。

 そのことは話したはずだ。それなのに、どうして―――


 露峰は熱田の横に座っていた猫丸に視線を移した。


 不安でも、懇願でもない。猫丸の優しい目が、語っている。

 

『大丈夫。大丈夫だから。僕の後ろにいてくれれば、それでいいよ』


 くそ。人の気も知らないで―――露峰は理解した。

 彼らは、俺の剣道から俺の感情を読み取れていないんだ。静かで、相手に流されない。俺の剣道をそんな風に思っているんだろう。


 しかし同時に露峰は、自分の中に芽生えた小さな自信のようなものを自覚していた。


 彼らが求めるような、そんな選手に。彼らとなら、もしかしたら―――なれるかもしれない。

 彼らと一緒に必死で頑張って、そんな風になれたとしたら―――俺はどんな顔をして、竹刀を握れるだろうか。


 たとえ動揺してようと、それが剣道には表出しない。

 淡々と勝負をこなし、全員に安心感をもたらせる―――そんな選手にもなれるんじゃないだろうか。


 その小さな自信は、やがて露峰の中で"挑戦心"のようなものに変わっていた。

 いいだろう―――やってやる、変わってみせる。

 いくら寄りかかっても崩れない、そんな大将になってやるよ。


「―――分かった。それでもいいから、部活に入れてよ」


 そう言い放った露峰の表情には特段動きはなかったが、それでも確かに目の前に座っている五人には、固い意思のようなものが感じ取れたのだった。

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