孤影悄然(こえいしょうぜん) (4)

「延長―――はじめ!」

 

 二人は足を動かすと同時に、力一杯吠えた。

 ここからの四分。露峰の反則も、熱田が受けた一本も全てリセットされた、正真正銘振り出しに戻った再試合。


 力強く立ちはだかる熱田を前に、露峰は力なく息を漏らしていた。


 延長に入る直前の、あの一瞬の攻防。俺は負けるつもりで打った。それなのに、熱田はそれを許してくれなかった。


 元より、一本決めたのだって白熱した試合を演じるためのものに過ぎなかった。どうせその後で反則二回で一本取り返されて、最後に熱田が綺麗な一本を決めて勝負あり。それが、俺のシナリオだった。それなのに―――


 相面※の場面で俺がゆっくりとした面を打ったのに気付いた熱田は、それを無理矢理中断した。あんなにも必死になって"作られた勝利"を拒絶した。


※相面:お互いに同じタイミングで面を打ち合う状態のこと


 露峰は顔をしかめた。こいつは、逃がしてくれない。熱田は自分が満足のいく終わり方じゃないと、何度だってあんな風にやり直すだろう。

 露峰は再び吐いた深呼吸に近いため息と共に、左の手の平に少し力を入れた。小手越しに竹刀を握った時に鳴るキュッという音が小さく響く。


 どうせ、四分もあれば俺の反則負けは確実だ。俺は待っていればいいんだ。それまで、違和感のない剣道をすれば良い。

 

 どのみち、俺はこれ以外できないんだから。


「イヤアアアア―――メエエエン!!」


 沈みかけた露峰の意識を叩き起こすように、熱田の鋭い面が露峰の面に襲いかかった。露峰はつい反射で熱田の竹刀を受け流し、身体を横に流した。


「メンッ―――メンドウゥゥゥ!!」


 鍔迫り合いになったのも束の間、熱田はすぐに離れ際にメンを打ち込む振りをして引き胴をたたき込んだ。

 その音は若干竹刀にかかっており、綺麗な一本には若干届かないものだったが、打突そのものは正真正銘普段の熱田から放たれる本気の一本だった。


「ホイヤアアアアアア!!!!!!」


 熱田は離れてからも今日一番の大声を張り上げ、竹刀を落ち着きなく揺らし続けている。それに連動する足も前後ろ右左と小刻みにステップを刻んでおり、その様はまるで獲物を虎視眈々と狙い続けている肉食動物のようだった。

 

 延長が始まって数十秒、既にこのようなやりとりを何度も繰り返している。当然、攻めているのは常に熱田だった。


「すげえな、スローペースとはいえ、仮にも一試合終わった後なのによ。あの気合いと動き、バケモンだろ」そう呟く加藤の顔には笑みがこぼれていた。

「そうですね―――なんというか、まるで―――」


 勝利の一本は、俺が決める。反則勝ちなんて、俺が許さない。

 猫丸が想像していた執念は、今熱田の中に強く鳴り響いている欲望に他ならなかった。


 華麗なる一本を決められて、反則二回で俺の一本が加算されて。それでも目の前の植物みたいな剣士は、一切攻め手を加えてこなくて。

 このままじゃあ、俺が反則のみの二本で試合に勝っちまう。これは確かに、剣道という競技においては紛うことなき勝利だろう。


 しかし俺は一本も打突による一本を取っていない。正確には、取れていない。四分以上も時間があったのに、相手には決められておいて自分では一本も決められていないのだ。

 この現実が、勝ち? 剣道をやってきた奴でも、そうじゃない奴でも、誰でも分かることだ。こんなもん、勝ちでもなんでもない。


 だから熱田は躍起になっていた。ただ、目の前の一本に飢えていた。

 この勝負は、打突で終わらせたい。あんなむなしい終わり方は、死んでも認めない。

 熱田の咆哮も、連続で繰り出された打突も、その強い想いが故のものだった。


「コテメエエエン、イヤアアアアアア!!!」


 鍔迫り合いの状態から繰り出される熱田の圧に、露峰は気圧されていた。歯を食いしばり、熱田の強靱な体幹を全身で押し返す。

 

 そんな露峰の抵抗を感じた熱田は、その瞬間に身を引いた。体重を乗っけていた露峰はたまらず姿勢を崩す。

 その隙を熱田は見逃さなかった。


「メエエエン!!」


 全身全霊で攻め続けることによって生まれた隙に叩き込まれた高速の引き面を、露峰は直感と決め打ちでなんとか受け止めた。


 クッソ! 今のは良い感じだったのに、あれでも反応するか。つくづく受けることにおいては一級品だな。

 熱田は再び姿勢と呼吸を整えながらも、その口角は確かに上がっていた。


 でもいい、これでいい。あんなドデカい隙、こいつとの勝負が始まってから初だった。それもこいつがもう負けてもいいと思っているからかもしれないが―――

 いや、今は鉄壁だと思ってたこいつにも隙ができるという事実だけを受け止めれば良い。それは確かに、俺にとっての自信になる。


 一層ボルテージを上げる熱田を前に、露峰は思わず冷や汗を浮かべていた。

 今、俺が熱田の打撃を竹刀で受けなければ、試合は終わっていたはずだ。俺は上手く竹刀が出遅れた振りをすればよかっただけのことだったはずなのに、俺の竹刀は勝手に俺の頭上に移動していた。

 露峰は自分に刻まれた数多の経験から生まれるに、困惑していた。


 もしや、俺は勝ちたがっているのか。こんな剣道の権化みたいな剣士を前にして、この勝負に本気で身を投じたくなっているのか。そんなまさか―――俺は既にそういう熱とはおさらばしたはずだろう。

 

 露峰の動揺すら気に留めず、熱田の猛攻は留まることを知らなかった。


「コテメエエエン!!!」一足一刀の間合いよりも外から二段打ちを繰り出した熱田は、そのままの勢いで地面を強く蹴る。

「メエエエン!!!」

「くッ―――」露峰はたまらず後ろに下がった。


「やめっ!」


 浪川の声に対して、熱田は鋭い眼光を飛ばした。時刻は一分五秒を指していた。

 二人が揃うのを確認して、浪川は斜め下にさげていた方の手で露峰を指す。


「時間空費、反則一回」


 先ほどと同様、露峰は浪川に向かって小さく頭を下げた。唯一異なっていたのは、露峰の態度だった。


「はじめ!」


 二人は再び一歩前に進み、大声と共に一足一刀の間合いを作る。


「くそー、取られちゃったな反則。まあ妥当なんだろうけどさ」

「まあ―――明らかに攻め手と受け手が別れてたからな」

 指を鳴らして悔しがる加藤に、野上も同意を示した。


「一分五秒―――あと約三分か」猫丸は吐息のように呟く。

 加藤のように残念がる猫丸を見て、野上は俯瞰的に言葉を漏らした。


「でもなんというか、しょうがないよな。見るからに熱田は自分の一本で勝負を決めようとしてる。だからあれだけ攻めまくる。そうなると、より一層露峰が攻めてないことが浮き彫りになる。

 露峰はなんとかして応じ技に転じないと、次の反則も時間の問題な気がするな」


 野上の読みは正しい。加藤と猫丸にもそれは痛いほど分かっていた。


 ここまで来ても、露峰は攻めたりすることはなかった。そのスタイルを貫くのなら、残されている道はただ一つ。反則を取られるよりも前に、一本目のような打突を決める。

 しかしこれは相手依存の作戦ということもあり、序盤の熱田よりも焦りを伴う。


 焦らず、それでいて急いで頑張れ、露峰君―――猫丸はいつの間にか露峰の立場になって試合にのめり込んでいた。


「メエエン、コテエエエ!!!」

「コテメン―――」露峰は熱田の激しい小手を形だけでも払い、小手面を添えた。


 当の露峰はというと、ハイテンポで繰り返される熱田の攻撃を頭をフル回転させながら避けていた。

 これだけの攻撃の手数、流石にそろそろ疲れてくる頃だろう。今はいわば我慢比べをしている状態。あと少し、あと少し耐えきれば、この状況は大きく変わる。


 焦るな、集中力を切らすな。ただ眼前の攻撃に全神経を使え。

 

 既に露峰は己の中の悩みなどと向き合っていなかった。そんな余裕を与えていなかったのが、熱田だった。


 熱田は止めどなく攻め続けながらも、同時に考えたくない状況を思い描いていた。そしてそれは段々と現実になりつつあった。

 まずい、まただ。攻めれない。それは視界が狭まっていくようで、自分の中の選択肢が一つ一つ失われていくような感覚だった。


 相対しているから分かる。こいつは俺の攻めを受けるほどに、守備を効率化していいる。そのせいで数十秒前までは生まれていたはずも隙が、次攻めるときには生まれなくなっている。

 そんなことの連続が熱田の攻め手を緩め、リズムを大きく崩していくのだった。

 

「―――メエエエン!!!」


 熱田の豪快な飛び込み面も、露峰はすっと後ろに下がるだけで無効化した。その後ですぐに間合いを詰め、露峰は軽く立ち位置を変えながら鍔迫り合いに持っていく。


 時刻は二分三十秒を指していた。

 ストップウォッチを確認した猫丸は、再び試合に視線を戻したときに既視感のある異変を感じ取った。


「さっきと同じだ―――」


 猫丸の呟きで、野上と加藤も状況を理解した。

 さっきの、というのは即ち、露峰優勢の試合展開のことを言っているのだろう、と。


 熱田の攻めが弱まり、露峰が熱田の攻めの中に生まれる隙を突きやすくなる流れ。試合の前半も今回も、その流れを引き寄せたのは"露峰の受け"だった。

 

 猫丸の呟きから十数秒経った時、道場内は久方ぶりの沈黙に包まれていた。

 試合が、止まった。三人は唖然としていた。 

 

 熱田の荒い息が道場に響き渡り、それが少しずつ音量をすぼめていく。一方で露峰の呼吸が誰かの耳に届くことは一切なかった。


 露峰が竹刀を数回払い、熱田が適当にそれを正している。それだけの時間が数秒続いた。


「ヤアアアアアア―――メエエエン」


 特段覇気もない、決まるとすら思っていない面が露峰から放たれる。当然熱田もそれを雑に払い、二人は再び一足一刀の間合いを取った。


 試合時間は三分を過ぎていた。ここまで反則がなかったのが浪川の気遣いなのか、それとも露峰が時たま放っていた応じ技や適当な打突のおかげなのか。その真意は浪川以外誰も分からずにいた。


 熱田は慎重に足を動かしていた。息は既に整っている。攻める準備はできている。それなのに、攻められない。

 クソ、やめろ。熱田の頭に、過去の映像が鮮明に流れる。

 剣道はそういうもんだ、良くあることだ、気にすることない。散々そう言い聞かせてきたはずだろ。熱田は己の首を絞める記憶を追い払った。


 そんな熱田の異変に、露峰が気付かないはずもなかった。

 疲れているから、だけじゃないな。これは―――か。

 露峰は大きく深呼吸し、息を整えた。ようやく、俺の時間が来た。


 露峰は熱田を煽るように一足一刀の間合いから一歩前に踏み込んだ。


 いきなり距離を詰められた熱田は、そのまま飛び込みそうになった自分を寸前で律した。そして熱田は後ろに下がり、すぐに露峰から距離をとった。

 

「熱田が下がったぞ―――」


 声を上げたのは野上だったが、野上が感じた衝撃は他二人にも等しく走っていた。


 熱田は竹刀を握る手に目一杯力を込め、緊張を解くように力を抜いた。

 危ないところだった。今飛び込んでいたら、それが小手だろうが面だろうが確実に返されていた。こいつはその自信があったから、あんな風に煽ってきたんだ。


 熱田は肩を回し、延長が始まったときのことを思い出した。


 そうだ、俺は今こいつに一本決めてやりたいんだ。誰が見ても一本だというくらいの、疑いようもない一本を。

 だから、攻めるんだ。攻めなきゃ一本は無い。熱田は自分の身体を叱咤した。

 動け、前に伸ばせ。踏み込め、力を込めろ。


「ガアアアア!!!!!」


 自分自身に激を飛ばした熱田の声は、まるで魂の叫びだった。

 それに感化されてすぐ全身が思い通りになるほど熱田の闇は浅くなかったが、道場内には確かにその咆哮に火を付けられていた存在があった。

 

 どうしてだろう、この男―――熱田を見ていると、自分も何かの枠から飛び出してしまいたくなる。この磨き上げられた攻めを見ると、俺もなにかをやってみたくなってしまう。

 それはきっと、この男が現在進行形で何かを乗り越えようとしているからだろう。あの叫びは、そういう叫びだった。俺だから、わかる。


 熱田は未だにコートの白線に追いやられており、攻め手としては露峰が優位に立っていた。この状況―――まるで用意されていたみたいだった。

 露峰は一瞬目を閉じた。その刹那で、この試合中何度も見てきた熱田の打突を頭に思い描いた。


 膠着状態になっていた試合を見て、浪川が若干顔をしかめた時だった。


「ヤアアアアアア!!!!!!」


 突如声を張り上げた露峰に、その場にいた全員が目を見張っていた。その姿に、止めをかけようとしていた浪川もふと手を止めた。


 露峰はどっしりと構えたまま、ノーモーションで地面を蹴った。その瞬間、熱田はまだ構えたままの姿勢で、前例の無い露峰の動きに面食らっていた。


 つまり、これはこの試合で初めて繰り出された露峰の本気の打突なのだった。


「メエエエエエエエエン!!!!!!!」

 露峰の竹刀は綺麗に熱田の面に向かったが、正気に戻った熱田にとってはその対処は容易いものだった。

「―――ドウゥゥゥ!」


 露峰の打突は基本に則った綺麗なものだったが、慣れていないこともあってか十分な勢いを持っていなかった。

 中途半端な位置に残された露峰の身体は胴を打つには持ってこいの姿勢であり、露峰の竹刀を自分の竹刀で返した後でも熱田が胴を打つのに困ることはなかった。


 熱田は若干覇気を失いながらも声を出し、一定の速度を持って露峰の横を抜けていった。言わずもがな残心も完璧で、浪川が腕を上げるのに躊躇う理由はどこにもなかった。


「胴あり!」


 露峰はその場に立ち尽くし、自分の後ろに抜けていった熱田の方すら向けずにいた。

 こうなることは、分かっていた気がする。それなのに、心は未だに燃えていた。


「勝負あり!」


 白い旗が熱田の方に掲げられ、二人は蹲踞の体勢を取った。竹刀を収めまっすぐ立ち上がる。

 後ろに下がるのと同時に、対戦相手が少しずつ小さくなっていく。露峰はその光景に、どこか物寂しさを感じていた。


「「ありがとうございました」」


 最後の挨拶で声に力がこもっていたのは、意外にも露峰の方だった。


 二人はコートから出て、無言のまま猫丸の隣に並んだ。そして何も言わないまま正座し、小さくお辞儀する。

 二人は流れるように面を外したが、他の四人は元々いた場所から一切動くことも言葉を発することもできずにいた。


 面を外した後でただ地面を睨み付けていた熱田に反して、露峰はそのまま胴と垂れも外して面の前に並べた。

 その時になってようやく、加藤が張り詰めた空気を破った。


「なんというか―――がちでお疲れさん、お前ら」

「あ、ああ、ほんと凄かったよ。面白かった。やっぱり強いな、お前ら」

 一人じゃ気まずそうだった加藤に、野上も言葉を付け足した。


「うす―――ありがとうございます」

 熱田は目だけで二人を見て呟くように答えた。それは先ほどまでの大声が嘘のようにか細く、力を失っていた。


 加藤が良かったところや気になったところを話し出そうとした矢先、素早く防具を外し終わった露峰が全ての防具を手に持って立ち上がった。


「俺はこれで―――ありがとうございました」


 露峰はそう言うと、全員に小さく頭を下げて部室に足を進めた。そして熱田の前を通った時、露峰はふいに立ち止まって熱田の方を見下げた。


「―――乗り越えなよ」


 それだけ言うと、露峰は再び歩き始めて部室へと消えていった。

 その言葉を前に、熱田は顔を上げられずにいた。小さく「ああ」とだけ言ったまま、無言で露峰を送り出していたのだった。


 加藤や野上も露峰に話を聞きたそうだったが、去って行く露峰には先輩でさえ呼び止められないような雰囲気が漂っていた。

 かといって熱田が話しやすい雰囲気を纏っている訳では一切なかった訳だが、消去法的に加藤の矛先は熱田へと向かうのだった。


「いやーでもよく勝ってくれたな。確か、露峰が定期的に来てくれるって話だったよな。これは助かるぜえー、なあ伏見ちゃん」

「え? ああ、そうですね―――」猫丸は目を泳がさずにはいられなかった。


 露峰が部室に入ったのを確認した後で加藤が手をあげて喜んでいたが、勝ち取ったはずの熱田は未だに下を向いたままだった。


「熱田君」


 熱田がようやく頭を上げた先にいたのは、旗を片手にまとめていた浪川だった。


「良い試合でした。正直ジャッジが難しいような要素も多かった試合でしたが、その分見応えもありました。よくもまあ、あれだけ特殊な相手にしがみついたな、と感心しましたよ」

「しがみついた―――そうっすよね―――」熱田は目を逸らして自虐的に笑っていた。


「私は褒めたつもりなんですけどね―――ですが、気持ちは分からなくも無いです。彼が言っていたとおり、貴方には越えるべき壁があるように思えますので。それに、壁は乗り越えるのにも時間や労力がかかるものです」

「それでも、先生は練習を見てくれないんですよね」

 熱田はうつむきながら責め口調で言った。


「うーん―――そうですね。それはこれから決めます。私も少し思うところがありまして」

「―――はあ?」熱田は想定していなかった回答に首をかしげた。


「それって―――」

「期待はしないでください。基本的には私の答えは変わらずノーです。それでは、私はこれで」


 熱田の代わりに身を乗り出した加藤を収め、浪川は静かに道場を後にした。


 それからの道場は、しばらく気まずい空気の中で乾ききった話題と空気で埋め尽くされていた。


 二人の勝負はこの部活に何をもたらしたのか、このときはその場にいた全員がよく分からずにいたのだった。

 



「今日はお疲れ様でした」


 道場から出てそのまま帰路に着こうとしていたところを呼び止められ、露峰は嫌な予感と共に首を回した。


「お疲れ様です。何か用ですか」露峰は冷たく言い放つ。

「なんです、私何かしましたか? 反則が気に入りませんでしたか」

「別に、あれは妥当でしたよ。なんなら甘かったくらいです」


 浪川は立ち尽くす露峰に近付いた。


「防具と竹刀、置いていったんですね」

「練習に付き合わされる度に持ち帰るのは面倒ですし、なにより授業があるので」

「ああ、なるほど。確かに自分の防具でやりたいですよね、ああいうのって」


 浪川が浮かべる作られた笑みに、露峰は内心いらつきを隠せずにいた。


「―――もういいですか。帰っても」


 露峰がそう言うと、浪川は黙って露峰の目を凝視した。

 その数秒は、露峰にとって居心地の悪いものだった。


「中学時代のこと、やはり気になりますか」

 

 露峰は黙り込んでいた。


「貴方、浄心じょうしん道場の露峰君ですよね。覚えていますよ、あの時のこと」


 その言葉を聞いた瞬間、露峰の眼光は鋭く尖った。

 

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