半年で最強になれ

 すごい力を手に入れたのはいいんだけど、今度は疑問が腹の底から昇ってきた。

 どうして、俺に融合魔法の力が備わってるんだ?


「……あの、本当なのか」


 その答えは、俺自身の記憶が持っていた。

 ここに来る直前、階段ですっ転ぶ前の最期の夜にSNSでちらりと見た情報。

 『フュージョンライズ・サーガ』の制作者がぽろりとこぼしたつぶやきだ。


「ネイトが、主人公と同じ力を持つっていう……『』が!?」


 このネイトという男は、ノアと同じ才覚を持っていたらしいんだ。

 火属性魔法を操る力を持っているネイトは、実は生まれた時から融合魔法を使えるはずだったんだけど、様々な要因が重なって埋もれてしまったんだって。

 ドミニクへのコンプレックス、親から注がれなかった愛情、どんどん卑屈になっていく性格が重なった結果、まともな魔法の育ち方をしなかったんだとか。

 健全な肉体には何とかっていうけど、まさしくその典型例だな。

 とにもかくにも、ネイトが融合魔法の使い手って裏設定は真実だったんだ。


「じゃあ、今俺はこの世でひとりだけの融合魔法の所持者ってわけか。ったく、俺じゃなくてノアが魔法を使えたなら、ヒロインを助けられるかも――」


 そこまで言って、俺は口を閉じた。

 まじまじと手のひらを見つめる俺の頭の中に、恐ろしくも冴えたアイデアが浮かんだ。


「……」


 俺に――ノア・カーマインの代わりが務まるなら。


 さっきも言ったように、ノアが死んだ以上、学園に迫る魔の手を止められる奴はいない。ゲームを途中まで進めた時点でも、謎の黒幕が校内にいるのは確定なんだ。

 ネイトが行っても行かなくても、恐ろしい事態が引き起こされる。


「何もしなきゃ……学園の人も、ヒロイン達も死ぬ」


 何より、ヒロイン達はどうなる?

 キャッチコピーの通りなら、『ヒロインが半分死ぬ、選ばなければ全員死ぬ』。


「……ふざけんな」


 俺はヒロインが全員出てくるところまでゲームを進めたから知ってるけど、確かに癖があったり、性格に難があったりするヒロインもいるが、皆素敵な子ばかりだ。

 そんな子達が、悲惨な死にざまを迎えるのを指をくわえて眺めてろってか?

 笑えない冗談だ。


「――この力があるなら、学園の悪党を俺にも倒せるはずだ!」


 今の俺は、ゲームのバグに近い存在だ。裏設定でしか存在しない融合魔法を発現させて、主人公と同等の力を手にしたんだからな。


 だったら――だったら、ストーリーなんかくそくらえだ!

 半分死ぬか、全員死ぬかだって?

 そうはさせない、俺はどんな手を使ってでも全員助けてみせる!

 黒幕を倒して、ヒロインを誰も死なせない――鬱要素マシマシのストーリーを『最高のハッピーエンド』にしてやる!


「やってやるぞ……ネイト・ヴィクター・ゴールディング」


 ぐっと俺が拳を握り締めた時、ドアが勢いよく開いた。


「ネイト様、ご無事ですか」

「どうした、ネイト。また癇癪かんしゃくでも起こしたのか」


 テレサとドミニクが、部屋に入ってきたんだ。

 どうやらふたりとも、俺がさっき火と風を融合させた魔法の衝撃を聞いたみたいだな。

 まあ、部屋が軋んでベッドが浮き上がるくらいのパワーのある魔法なんだから、屋敷の人が集まってくるのも無理はない。


 ……というかドミニクって、こういう時に弟のところに来るタイプなんだな。

 てっきり何にも動じないし、関心も持たないと思ってたけど、本当はいいやつなのかも。


「ああ、ごめん! 魔法を使ってて、それで……」


 慌てて取りつくろおうとした俺だけど、不意に言葉を止めた。

 俺の前にいるふたりだけじゃなくて、野次馬同然の召使い達がドアの向こうからひょっこりと顔を覗かせてるけど、気にしてる場合じゃない。


「……ちょっと、相談があるんだ」


 確かに俺は融合魔法が使えるけど、転生してまだ何時間と経ってない。

 間違いなくこの世界の、魔法の、戦いの素人だ。

 そんな奴がヒロインを助けてハッピーエンドなんて到底できやしないし、雑魚同然のネイトの基礎能力に頼るなんて間抜けの極みだ。


 だけど――テレサやドミニク、他の皆はどうだ?

 俺よりずっと優れた力を持っているのなら、最高のになってくれるんじゃないか?


「いきなり変なことを言うけど、笑わないで聞いてくれるか?」

「もちろんでございます、ネイト様」


 テレサが頷くのを、壁にもたれたまま見つめながら俺が言う。


「……強くなりたい」

「と、いいますと」

「俺には今、すごい魔法の力が宿ってる。けど、はっきり言って俺ひとりじゃとても使いこなせる気がしないし、戦いなんてもってのほかだ。だから、誰かに教えてほしいんだ。魔法の使い方と、悪いやつを倒すだけの戦い方を」

「……おかしなことを言うやつだ」


 テレサの代わりに、今度はドミニクが口を開いた。


「どうして強くなりたいんだ? 私をゴールディング家の跡継ぎの座から引きずり下ろすか、それとも殺してしまいたいからか?」

「そんなんじゃない……クソみたいな未来から、皆を守るためだ」


 我ながら、歯の浮くような恥ずかしいセリフだと思う。


「……ククク、たわけが何をいうかと思えば」


 でも、ありがたいことに、ドミニクも何だか乗り気でいるみたいだ。

 口は悪いけど、明らかに興味を持ってくれている。


「期間は?」

「半年後、トライスフィア魔導学園に入るまでに」

「どれくらい強くなりたい?」

「……誰も死なせないくらい、どんな奴が相手でも彼女達を守れるくらい!」


 はっきりと俺が、大きな声で言いきると、静寂が訪れた。

 テレサも、召使い達も何も言わないまましばらくの時が流れた。


「いいだろう、興味が沸いた。どうしようもない愚図のお前が、どこまでやれるか楽しみだ」


 静かな時間を裂いたのは、くるりと背を向けたドミニクだった。


「テレサ、格闘戦の技術を叩き込むのと体力づくりはお前に任せる。私は魔法の使い方を徹底的に教えてやる。言っておくが、泣き言は聞かんぞ」


 やった。

 好奇心だろうけど、ドミニクが協力してくれるんだ。


「……ありがとう、ドム」

「……フン」


 ドミニクは小さく笑うと、部屋をすたすたと出て行った。

 俺はテレサに起こされて、兄がいなくなったのにまだ部屋を覗き込んでる召使い達のいる入り口を、感傷に浸るような目で見つめてた。


 今から半年間の間で、俺は強くなる。

 そしてトライスフィア魔導学園の悪党を倒して、ゲームを作った奴らでも想像しない、誰も死なない結末を迎えてみせる!

 こうして最高のハッピーエンドを手に入れるべく、俺の修業の日々は始まったんだ!




「ではネイト様、お昼から早速始めましょう。テレサも加減はしますが、訓練の途中で死なないよう、お気をつけくださいませ」

「……へ?」


 ――決意したのを後悔するくらいの、過酷な修業が。

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