融合魔法《フュージョン・マギ》

 『フュージョンライズ・サーガ』の主人公、ノア・カーマイン。

 物語は貴族出身の彼が魔法の才能に目覚めて、王都の名門トライスフィア魔導学園に入学するところから始まる。


 確かに思い返してみれば、ノアは入学する前に出かけた森の中で、魔物に襲われるんだ。

 そして神から授けられた稀有な魔法を使って撃退する。

 この展開が、ゲームのチュートリアルだ。


「笑えねえよ……主人公が、チュートリアルで死んだってのか」


 だとすれば、今この世界に主人公はおらず、ゲーム内で起きる事件を止める者もいない。

 そもそもこのゲームはキャッチコピーで『ヒロインが半分死ぬ、選ばなければ全員死ぬ』みたいなのを売りにしてたんだ。

 主人公がいてもこうなるんだから、誰も悪と戦わないならどうなるか、想像は容易だ。


 舞台となる学園は謎の黒幕に呑み込まれる。

 ヒロインは全員、死ぬよりも残酷な恐怖を刻み込まれる。

 そしてこの世界は――永遠の闇に閉ざされる。


「じゃあ俺は……主人公がいない世界で、バッドエンドを待つ……!?」


 どうにかしようったって、生まれ変わったのは主役じゃない、人間性最底辺の悪役貴族だ。


「……冷静になれ、まだゲーム本編も始まってないのに諦めてどうするんだ」


 いいや、諦めるのはまだ早い。

 第一、主人公が死んだなんてショッキングな出来事だけれど、よくよく考えてみれば、ヒロインが死んだと聞かされるよりはずっとましだった。


「ノアのやつ、多分調子こいたんだろうな……」


 というのも、このノアってやつは、主人公なのにプレイヤーから嫌われがちだ。

 ネットでの評価曰く「言動がウザい」「自分のことしか考えていない」「おちゃらけた挙動がイラつく」「恋愛に不誠実」など。

 この『フュージョンライズ・サーガ』ってゲームの評価がそこそこのところに落ち着いた原因になるくらい、なんだか好きになれない性格ってわけだ。


「そもそも、俺にだって魔法が使えるはずだろ。何かこう、できるんじゃないか?」


 今更だけど、ネイトにだって魔法は使える。

 主人公が使える専用魔法ほどのパワーはないにしても、魔導学園に入学したくらいなんだから、ネイトにも十分に魔法の才能はあるはずだ。

 入学はコネとかじゃあ、多分なかったし。


「ええと……ゲームの中で自分の力を確かめるには……そうだ」


 プレイヤー側の操作だと、□ボタンかWキー。

 そうすれば、キャラクターが指をパチンと鳴らして、ステータス画面が出てくる。

 わずかな期待と縋りつくような気持ちを胸に秘めながら、俺は指を鳴らした。


「……出た!」


 すると、目の前に半透明の、オレンジ色のステータス画面が出てきた。

 思わずやった、と声に出しかけた俺だけど、すぐに違和感を覚えた。

 ステータス画面に表示されているのは俺の名前や年齢といった個人情報と、持っている魔法だけ。体力・魔力・攻防力とかのステータスは一切表示されてない。

 まるで誰かが、意図的にこれを隠してるみたいだ。


「なんだよこれ、ステータスなのに魔力も体力も分からないなんて……」


 ゲーム内のキャラクターが自分でステータスを開くなんてできないだろうから、まあ、こういう特権があるってだけでも儲けものかもな。

 あるいは皆、同じことができるのかもと思いつつ、俺はステータスに目を通す。

 ネイト・ヴィクター・ゴールディングは今年で16歳の男性。家族は王都に出ずっぱりであまり屋敷にいない両親と、兄のドミニクだけ。


 そして所有している魔法は――融合魔法フュージョン・マギ


「よし、やっぱり魔法の才能があったな! 『融合魔法』が使えるなら――」


 ――待て、融合魔法だって?


「……マジで?」


 思わず、俺はステータス画面を二度見した。

 間違いなく、使用魔法の項目に融合魔法とある。

 どうして驚いたかって?


「俺が、ノアと同じ魔法を使えるのか!?」


 そりゃあタイトルにもなった、主人公にだけ許されたチート魔法が悪役貴族も使えるって知ったなら、ひっくり返るくらい驚くだろうよ!


 ノアがエリート揃いのトライスフィア魔導学園で活躍できたのは、5つある属性魔法を組み合わせて、自分だけの最強魔法を作ることができたからだ。

 火・水・風・雷・土。

 そのうち5つの異なる属性の魔法を複数使えても、同時に発動できる人物はこの世界には存在しない――ましてや魔法同士を合体させるなんて、誰にもできやしない!


「魔法か……どんな感じなんだ?」


 そんな代物が自分に備わってると知ったなら、確かめてみたくならないわけがない。

 俺はゲームの内容を思い出しながら、ゆっくりと右手を前に伸ばす。


「『火魔法フレイム・マギ』――レベルワン


 小さく呟くと、手のひらに炎がポン、と発現する。

 熱さは感じないけど、木製の家具に近づければそれをたちまち燃やしてしまいそうなパワーを確かに感じる。

 ぞくぞくした興奮を覚えながら、今度は左手を突き出す。


「『風魔法ウィンド・マギ』――レベルツー


 次は炎じゃなくて、小さな竜巻を生み出す。

 ゲームの中では、魔法はそれぞれレベルが割り振られていて、高いレベルであるほど魔法の威力や精度が高くなる。

 レベルという概念を知っているのも、恐らくプレイヤーにして転生者である俺だけだ。

 今、俺が使える魔法のレベルは2までだとも、本能的に理解できる。


 けど、ノアは――この魔法の持ち主は、二つの属性を合体して、レベルを上乗せできる!

 だったら、同じ魔法を持つ俺にもできるはずだ!


「融合魔法、レベルスリー――『炎風突破バーンストーム』!」


 ここが屋内だというのも忘れて、魔法を使える興奮に身を任せて、俺は両手を合わせた。

 その途端、炎と風が混ざり合い、とんでもない勢いで炸裂した!


「どわあああああっ!?」


 あまりの勢いに、俺は思わず後ろに吹っ飛んだ。

 白と赤が混ざり合った球体が宙に浮き、その周囲を風と炎が円を描くように駆け巡ってる。家具が浮き、カーペットの端に火が付き、窓がミシミシと音を立てる。

 強く打った頭をさすりながら、俺は茫然とこの状況を眺めてた。

 レベル3なんて、序盤の序盤に使う魔法なのに、こんな破壊力があるのか。


「……って、眺めてる場合じゃない! 魔法解除だ、解除!」


 部屋が破壊されていくさまを見つめてた俺は、やっと我に返って、ゲームと同じように魔法の効力を消滅させる言葉を放つ。

 すると火も風もたちどころに消えた。

 ぐちゃぐちゃになった部屋の端で、ぼさぼさの髪を掻く俺の心臓が、ひとつの事実を前にして高鳴っていた。


 どうやら俺は――本当に、主人公の力を受け継いだみたいだ。

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