第二十八話 負けてたまるか

 ゴハネ大祭の翌日、頭痛で目が覚めた。

 太陽は真上に昇り、昨日とは打って変わって灼熱の日差しが村を照らしていた。


「っぷ。 おう、やっと目を覚ましたか」


 声のした方を見ると、大男がグビグビと何やら飲んでいるのが見えた。

 逆光になっていてシルエットでしか姿は確認できないけど、あの図体の大きさとひょうたん型は、この村のボス、酒呑童子だろう。


「おはようございます」


 一応挨拶しておく。

 

 それにしても頭が痛い。

 昨夜、炎を囲んでたくさんの魔物と肩を組んでいたところまでは覚えているけど、その後の記憶がない。


 そういえば昨夜、得体の知れない飲み物を飲んだ。

 その後、なんだか気分が陽気になって……あの飲み物は一体何だったんだろうか?


「っぷ。 昨夜はずいぶん飲んだみたいだな」


「飲んだっていうか、飲まされたっていうか……あれは一体なんだったんですか?」


「っぷ。 何ってお前、ゴハネ大祭は酒をたくさん飲む祭りだろうがい!」


 へ? 

 酒?

 たくさん飲む祭り?


「んまぁ俺は年中飲んでるがな! ガハハハハハ」


 そう言って酒呑童子は、ひょうたん型の入れ物に入った飲み物をガブガブと飲む。


「昨日俺たちが飲んだのって……もしかしてお酒ですか?」


「ん? そりゃお前、酒を飲む祭りだからな! もしかしてお前、酒を飲んだのは初めてか?」


 はぁ、何だか嫌な予感はしてたけど……重大な規則違反をしてしまった。

 お酒は18歳からだと決められている。

 破れば幻竜団げいりゅだんなんて一発でクビだ。

 まぁ俺たちもうクビになったんだけど……


 やってしまったことは仕方がない。

 幸か不幸か、今の俺たちにはもう関係のない話だ。


「初めて飲みました。 お酒は18歳からって言われてたので」


「そうか! どうだった? 美味しかっただろう!」


「はい、そうですね」


 正直味なんて覚えていない。

 でも陽気な気分になったのは確かだ。

 じゃなければ、初対面の魔物と肩を組んだりはしないだろう。


 村の様子を見てみると、昨日同様3体1組のゴブリンが岩を運んでいる。

 昨日と違うところといえば、俺の姿を見てもゴブリンが逃げ出したりしないところだろうか。


「お前も手伝うか? いいトレーニングになるぞ」


 じっとゴブリンの方を見ていたのがバレたのか、酒呑童子がそう言ってきた。


「いや、俺には呪力があるんで」


 そう、俺には呪力がある。

 この力を使えば無駄な労働をせず、いとも簡単に岩を運ぶことができる。

 ずいぶん恵まれた力を授けられたものだ。


「お前はそうなのか?」


 ん?

 酒呑童子の言葉が引っかかり、もう一度ゴブリンたちの方へと視線を向ける。


 ゴブリンたちの中に見慣れた姿があった。


 タクミだ。


 あいつ、あんな所で何してる。


 タクミはゴブリンたちの中で、1人で岩を運んでいた。


「昨日俺に弱いと言われたのがよほど悔しかったのか」


 隣で酒呑童子の笑い声が聞こえる。

 でも俺の意識は、隣で笑っている酒呑童子ではなく、1人で岩を運んでいるタクミから目が離せなくなっていた。


 あいつ……

 俺より呪力の実力が上なうえ、そんな努力までされたら俺に勝ち目なんて無くなっちゃうじゃないか。


 一度でもあいつには負けたくないと思った自分が恥ずかしくなった。


 一体俺はこんな所で何をしてるんだ。


 自分の呪力の力を過信して、基礎体力を鍛えることをおろそかにしていた。

 俺より腕っぷしが強いタクミが、こうやって陰で鍛えてるんだ。

 いや、今までもこうやって陰で鍛えてきてたから、今のタクミがあるのか?

 俺もあいつみたいにやってたら……


 そう考えると、いてもたってもいられなくなった。


 今からでも遅くないかも知れない。


「あの、岩は一体どこに運んでいるんですか?」


「ん? あぁ、あそこだ」


 酒呑童子が指差した先には、愛神山まなかみやまによく似た形の、岩で作られた山があった。


 悔しさをバネに努力を怠らないタクミ。

 悔しさはあるけど、どこかで折り合いをつけて諦めていた俺。

 

 この差が、今のタクミと俺の現在地を表している気がした。


 このままじゃ差が開き続ける一方。


 新しい俺たちだけの組織、赭亜シャアを作ったんだ。

 組織の名付け親として、このままタクミに突き放される訳にはいかないだろう。


 気がついたら、タクミのそばまで走っていた。


「おーい、タクミ! 俺も混ぜてくれよ」


ーーーーーー


 外の騒がしさに目を覚ましたら、昨日同様3体のゴブリンが岩を運んでいた。


「おい。 一体どこに運んでる」


 俺が聞くと、ゴブリンは一瞬ビクついて、震える手である方向を指差した。

 その先を見ると、岩の山が見えた。

 何だか、カオンにあった山に形が似ている。山の名前は忘れた。


「ちょっと貸せ」


 ゴブリンから奪った岩は思ったよりも重い。

 80センチ×60センチくらいの長方形型の岩。

 でも、1人で持てないことはない。


 こんな岩を運ぶのに魔物は3体。

 クソがっ!

 俺だったら1人で運べるわ。


 でも昨日はそんな魔物たちのボスに弱いと言われた。

 

 思えば、学校を卒業してから弱いと言われてばかりだ。


 団長をしていたホウゲンには、「俺と戦えばプライドがズタズタになるぞ」と言われ、洞窟で出会った神獣は、俺なんて眼中にない様子で、ムギの元に一直線だった。


 今まで誰にも負けたことがない俺がだ。


 俺ってそんなに弱いのか?


 全く信じられん。


 そして最終的には幻竜団をクビになって、カオンを追放になった。

 

 全く納得いってない。


 こうなったら幻竜団じゃなくて、ムギが名付けてくれた俺たちだけの組織、赭亜シャアとして世界に名を轟かせよう。


 別に幻竜団じゃなければヒーローになれない訳じゃない。


 それにしても、この岩運びはいい運動になるな。

 一往復するだけでも、腕がパンプアップしていい感じだ。

 汗もいい感じにかいてきた。


 ゴブリンたちも俺に感化されたのか、岩を運ぶスピードが上がってきているような気がする。


「やっぱ、人族すごいっす! この岩運びを1人でやるのは流石っす! コツとかあるっすか!?」


 さっきまで怯えていたゴブリンは、いつの間にやら俺の家来だ。


「コツ? そんなもん、ここをこうガシって掴んでこう!」


 そう言って岩を力一杯持ち上げる。


「おぉすごいっす! こうっすね! ふんっ!」


 見よう見まねで真似をして持ち上げようとしているが、持ち上がっていない。

 

 ふんっ、まだまだだな。


「おーい、タクミ! 俺も混ぜてくれよ」


 10往復した時くらいに、聞き慣れた声に呼ばれた。

 

 振り返ってみたら、顔がパンパンに浮腫んでいるムギがいた。

 多分寝起きなんだろう。

 何故かは知らないけど、目はバキバキ。


「おぉ、ムギじゃん! これ結構いいトレーニングになるぞ」


 そうしてその日は、ムギとゴブリンたちと岩運びに明け暮れた。

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New World Order〜故郷から追放された俺は、神に授けられた力を駆使して世界を統一することにした〜 @tetora0112

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