第二十六話 ゴハネ大祭
「ここからはワイが案内するけん、お前らは定位置に戻っていいぞ」
ゲンゴロウマルの言葉に、散り散りに去っていく4体の
しんしんと雪が降る中、俺たちの前にはゲンゴロウマルだけとなった。
「よし、ついて来い。 村に来たからには、まず初めにボスに挨拶せんといけん」
とんとん拍子に話が進んでいるけど、さっきまで魔物と戦っていた身からすると不思議だ。
俺たちはこれから魔物だけの村で、魔物に案内されて、魔物のボスに挨拶をするらしい。
言われるがままにゲンゴロウマルについていく。
ベーセホリス村。
村の大きさはチャンタルホーク村よりも随分と小さい。
平らな大地に少し盛り上がった土地があり、そこ一帯が村となっている。
一辺500メートルほどの土地の上には、石造建築の建物が並んでいる。
ここに暮らしている魔物が大きいからなのか、そのどれもが巨大だ。
それに魔物の村だから当たり前だが、至るところに魔物がいる。
今まで目の敵にしてきた魔物がだ。
不思議な気持ちになる。
別に全く警戒していないというわけではないけど、ここに住む魔物からは全く敵意を感じない。
襲ってくることはないだろう。
でもまぁ、油断は禁物だ。
ゲンゴロウマルについて行く傍ら、村の様子をキョロキョロと観察してみる。
あそこで3体1組で岩を運んでいるのはゴブリンだ。
緑色の肌をした子供くらいの大きさの魔物。ツノが一本生えているのが特徴だ。
単体ではそこまで脅威にはならないが、群れになると厄介と聞く。
でもまぁ今の俺たちの敵ではないだろう。
この村では労働力としてせっせと働いているらしい。
村の至る所で3体1組のゴブリンが岩を運んでいる。
そのうちの1組が俺たちの存在に気がついたらしい。
こちらを見つめて数秒立ち止まったかと思ったら、岩を放り投げて逃げ出してしまった。
そんなに俺たちが怖いのだろうか?
確かに言われてみれば、縄張りに自分達より明らかに強い種族が現れたら逃げ惑うのは当たり前かもな。
きっと大昔、
カオンに神獣が現れたとき、人族もこのゴブリンと同じように逃げ出していたんだろう。
逃げ出したゴブリンはというと、ゴブリンの成体であるホブゴブリンにとっ捕まえられて説教されていた。
「この村は完全な実力至上主義。 一番格下のゴブリンが仕事を放棄することは許されん」
ゲンゴロウマルはそう言うと、スタスタと歩みを進める。
完全実力主義。
強いものが偉く、強さこそが正義という世界。
このゲンゴロウマルとかいう
それでもこの村のボスではない。一体ボスというのはどれほどの魔物なのだろうか?
会った瞬間襲ってきたりしないよな?
ここまでの道中全てが、こいつらの策略だったりしないよな?
正直今の俺たちの実力では、目の前のゲンゴロウマル含めボスを相手にするのはめちゃくちゃきつい。
素直に村に歓迎してくれていることを祈るばかりだ。
でも
腐ってもこいつらは俺たちが殺してきた魔物だ。
人族に恨みがないことはないだろう。
ーーーーーー
しばらくついていくと、大きな建物が現れた。
35、6本ある20メートルほどの高さの柱が巨大な屋根を支えている、いかにもといった感じの建物。
「ボスはこの宮殿の奥におるけん」
それだけ言うと、ゲンゴロウマルは宮殿の前で跪いた。
どうやら宮殿の中には俺たちだけで行くらしい。
「よし、じゃあ行くか」
これだけ丁寧に案内されたら行くしかない。
覚悟を決めて宮殿の中へと足を踏み入れた。
宮殿の中はところどころ松明が灯されていて真っ暗というわけではなかった。
十分とは言えないけど、明かりはちゃんとある。
「一体ここのボスとやらはどんな奴なんだろうな」
「さっきのゲンゴウロウマルたちを見ただろ? あのレベルが跪くくらいの怪物だろう」
「楽しみだな〜ムギ」
タクミはいつになくテンションが高い。
強いやつと会うのがそんなに楽しみなのだろうか。
「2人ともここにきた目的覚えてる?」
ルンルンで歩くタクミを見兼ねて、ミサキが言う。
「神獣の手掛かりを探しにだろ?」
「分かってるんだったらいいわ。 目的も忘れて、強い魔物に遭遇することを楽しみにしてる感じがしたから」
ここで神獣の手掛かりを見つけることができたら、俺たちの
それにあの時、
むしろ今はそっちの方が気になっている。
なんせ、今まで一切手掛かりがなかった俺の父親に関することだ。
でももし会っていたとして、どうして俺が息子だと分かった?
考えれば考えるほど分からん。
今はただ
------
「うーん……おかしいなぁ」
「どうしたんだ?」
隣を歩いているシンジュが突然首を傾げた。
「この宮殿の中にこの村のボスがいるんでしょ? でもおかしいよ……さっきから呪力で感知してるけど全く魔物の気配を感じない。 ボスになるほどの強さならその魔力を感知してもおかしくないはずよ」
確かに言われてみたら、この宮殿に入ってから魔物特有の嫌な気配を全く感じない。
「シンジュの感知範囲にボスが入ってないだけじゃなくて?」
「うーん……そうなのかなぁ」
なんだか嫌な予感がする。
このまま宮殿の奥に歩みを進めてもいいものなのだろうか?
でもここでなんの情報も得られないまま引き帰ったとしてなんになる?
宮殿の外には無数の魔物。
ここまで来たからには行くしかない。
ーーーーーー
「あんたがこの村のボスなのか」
宮殿の奥、馬鹿でかい椅子にどっしりと座っている魔物。
この面構え、圧倒的なオーラ。
聞いてはみたけど、目の前の魔物の返答を聞くまでもなく、まず間違いなくこいつがこの村のボスだろう。
「よく来たな! ここはベーセホリス。 人族がやってくるとは珍しい。 歓迎するぜ」
あの時引き返さなくてよかった。
どうやってこの気配を消していたのかはわからないけど、ちゃんと進んでいたらボスはいた。
それに歓迎してくれるらしい。
ちょっと警戒しすぎていたかもしれない。
悪いやつじゃなさそうで安心した。
目の前の魔物は、傍に置いてあったひょうたんの形をした容器を手に取ってグビグビと飲み始めた。
「っぷ……俺の名は酒呑童子。 お前たちは何者だ」
俺たちはそれぞれ、名前となぜこの村に来たのかを説明した。
「っぷ……神獣か。 残念ながらお前たちが求めているような答えはここにはないな。 神獣は俺たち魔物とは全くの別物だからな」
「そうか……」
まぁ、そんな簡単にはいかないか。
「っぷ……お前ら神獣を探してどうするんだ?」
「もちろん全部倒す!」
真っ直ぐな目でタクミが答えた。
「っぷ、ブハハハハ! 全く面白いことを言いやがる! お前たちみたいなガキが倒せるわけないだろ」
「あ? やってみなきゃ分からないだろ」
酒呑童子の言葉にタクミの顔が少し変わった。
「いや、無理だな。 お前らは
「俺の実力をよく知らずに、よくそんなことが言えるな」
おいおい、ここで喧嘩はやめてくれよ。
今の俺たちが力不足なのは間違いなく事実。
ここでこいつに反論するのは間違ってるぞ。
「まぁまぁ、タクミ。 落ち着けって」
「ムギ。 お前は悔しくないのか。 俺たちは今バカにされたんだぞ」
「いや、バカにはしてないぞ。 事実を述べただけだ」
なんでこいつもタクミを煽るようなことを言うんだ。バカなのか。
「確かに悔しいけど、こいつの言うとおり、実力不足なのは間違いじゃない」
「そこの赤毛のガキは物分かりが良いみたいだな」
「ムギの言う通りよ。 あんたのすぐカッとなる、その性格は直さないと後々トラブルを巻き起こすわ」
「ちっ、分かったよ」
彼女であるミサキの言葉でようやくタクミの暴走は収まった。
「この村にたどり着くだけのことあって、全く威勢のいいガキだぜ」
酒呑童子はそう言うと、椅子から立ち上がった。
座っている時はそこまで気にならなかったけど、立ち上がってみるとこいつのデカさが際立った。
3メートルはあるんじゃないだろうか。
洞窟で遭遇した
さすがこの村のボスなだけはある。
タクミの暴走が収まって本当によかったよ。
「なんの偶然か、お前たちが来た今日という日はゴハネの儀式、ゴハネ大祭の当日だ。 今晩この村で祭りがある。 当然お前たちもくるだろ? お前たちの歓迎会も兼ねた盛大なものにするからな」
どうやらこのボス、思った以上に俺たちを歓迎してくれているらしい。
こんなに人族に寛容な魔物がいるもんなんだな。
ホウゲンさんが言っていたように、魔物も悪い奴ばかりじゃない。良い奴がいるのも本当なのかもしれない。
ーーーーーー
夜になると、村の至る所に松明が灯された。
村の真ん中では一際大きい炎がパチパチと音を立てている。
村の住人である様々な魔物がその炎を囲むようにゾロゾロと集まってきた。
ゴブリンやホブゴブリン、村に迎え入れてくれた4体の
これだけの魔物がいながらも、俺たちに襲いかかってくるやつはいない。
この村に来た時に、俺たちを一目見てビビって逃げ出したゴブリンはいたけど……
どちらかというと、人族が珍しいのか興味津々に話しかけてくる魔物ばかりだ。
当然のように人語を操って話しかけてくる魔物たちに驚いていると、一際大きな声が響き渡った。
どうやらボスである酒呑童子が祭り開始の音頭を取るらしい。
「今日は年に一度の儀式、ゴハネ大祭当日。 偶然か必然か、今日新たな種族がこの村にやってきた!」
魔物たちの視線が一斉に俺たちに集まる。
「
酒呑童子がそう言うと、魔物たちが一斉に手に持っている飲み物を天に掲げる。
「ほら、お前たちも」
横にいる豚の頭を持つ魔物に言われ、俺たちも見よう見まねで飲み物を天に掲げる。
「乾杯」
そう言って祭りが始まった。
見よう見まねで得体の知れない飲み物を一気に飲み干す。
うわっなんだこの味。
初めて飲む味だ。
決して美味しくはない。
飲み干すと、続々と魔物たちが俺たちの元にやってきて、空になったコップにさっきの飲み物が注がれていく。
それをまた一気に飲み干す。
また注がれる。
飲み干す。
そのやりとりがどれくらい続いたのかは分からない。
5、6回ぐらいだろうか。
次第になんだか視界がグラグラしてきた。
まさか……毒でも盛られたのか……
ここまでがこいつら魔物の筋書き。
はなから俺たちを捕まえることが目的で……
そう思っているうちにどんどんと視界が歪んでいく。
まずい。気分も悪くなってきた。
でもなんでだろう。
視界は歪むし、気分は悪いんだけど、なんだか楽しい。
なんだこれ。
陽気な気分になってきた。
そんなことを思っていると、横の豚頭の魔物が肩を組んできた。
自然と俺もそいつと肩を組む。
なんだか楽しい。
こんな感覚初めてだ!
周りを見てみると、タクミもミサキもシンジュもクロカも、みんな俺と同じように魔物と肩を組んで笑い合っていた。
ーーーーーー
そうしてベーセホリス村のゴハネ大祭は夜遅くまで続いた。
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