第二十話 化け物
ペットを魔物に攫われたから連れ戻して欲しい、とジンに頭を下げられたムギとシンジュ。
ひとまず
ーーーー
「これが……ペコちゃんが連れ去られる前日までいたはずの小屋だ」
ジンさんの家の横に備え付けられている小屋。
猫が入る小屋にしては随分と大きい。
それに何者かが乱暴にこじ開けたんだろう、鍵はあるはずなのにそれごと引き裂かれてる。
鍵ごとぶち開けるって、一体どんなやつが連れ去ったっていうんだよ。
「どうだシンジュ? 痕跡はあるか?」
いくらシンジュが
そんな中でなんの手掛かりもなく、
何か個体を判別できるもの、例えば毛、体液、匂いなどが残っていれば、捜索の手掛かりになる。
「うん。 ペコの助の毛がこれだけ残ってれば、個体を判別できる。 これだけ痕跡を残していくなんて、連れ去った犯人はどうも知能は低いみたい」
「じゃあ早速探しにいくか」
「あぁ、なんともありがてぇ。 頼みます」
頭を下げるジンさんを後にして、ペコの助捜索開始だ。
目を閉じてシンジュが呪力を使う。
生物からはその個体特有の生命エネルギーというものが溢れ出している。
それを呪力で感知して探し出すわけだけど、こんな毛数本から出ている生命エネルギーは微々たるものだろう。
俺にはさっぱりわからん。
「オッケー! こっちね!」
そう言ってシンジュは歩き始めた。
さすが!こういう時の彼女は心強い。
これならすぐに見つけ出すことができそうだ。
今のところ俺がいる意味はないけど、もし連れ去った魔物が強力だった場合、戦闘になる。俺に出番があるとしたらそこだな。
3ヶ月の特訓の成果を存分に発揮してやろう。
「さすがだな。 俺にはさっぱり分からないや」
「私も特訓で鍛えてもらったからね。 でもこの
「そうなのか?」
「うん。 うちが感知できるのはせいぜい半径50メートルくらい。 すごい人になると100メートルをゆうに越すらしいよ。 それに……まだ生物しか感知できないけど、生物以外も感知できる人もいるみたいだし」
すごいな。
上には上がいるもんだ。
生物以外って……例えば今地面に無数にある砂粒や、たまに降る雨粒一つひとつも感知できるってことなのかな?
そうなったら結構最強じゃね?
「うちもいつかできるようになるかな〜」
「シンジュがそこまでできるようになったら、俺たち
「確かに! もしかしてうちら5人って最強?」
「うん! 隙がない最強の5人だ」
そんなことを話していると、シンジュの感知範囲である50メートルまできた。
再びシンジュは目を閉じて、半径50メートルを感知する。そして歩く。感知する、歩く。
それを繰り返して、数本の毛から出る生命エネルギーを頼りにペコの助のところまで向かう。
多分3キロは歩いたと思う。
人通りが多い場所からは離れ、もう使われていない廃屋が立ち並ぶ場所に来ていた。
「なんか気味が悪いな」
「それ口癖? 夜の学校に潜入する時も、地下洞窟に入る時も毎回言ってない?」
「でもほんとに悪いじゃん」
気味が悪いと思う理由は、至る所に何かの生物であろう骨が捨ててあるからだ。
見た感じ犬とか猫とかの骨じゃないっぽいな。
もっと異形な姿の骨だ。
魔物かな?随分とでかい骨もあるし。
どうやらこの場所は、殺した魔物を廃棄する場所として使われてるっぽい。
「確かに……死んで骨だけなのに異様な魔力を感じる。 やばいよこの場所」
シンジュの言葉に少し気合いが入る。
ペコの助が連れ去られた場所は多分このあたりだろう。
連れ去った魔物が近くにいるかもしれない。
集中しよう。
「あ、いた。 あの小屋にいるはず」
しばらく歩くと、シンジュある小屋を指差して立ち止まった。
雨による浸食で腐った建物が立ち並ぶ中、割と新しめの小屋がある。
どうやらあの中に探し物がいるらしい。
「魔物の気配は感じないね。 早く連れて帰ろっ」
そう言ってシンジュは走って小屋の扉を開けて中に入った。
「ぎゃあぁぁぁぁ!!」
小屋の中から悲鳴が聞こえた。
まさか魔物がいたのかっ!?
「大丈夫か!?」
急いで扉を開けると、尻餅をついたシンジュが目に入った。
「う、うん大丈夫。 黒猫って聞いてたから少しびっくりしただけ」
小屋の中を見てみると、そこにはとても黒猫とは言えないような大きさの生物がいた。
うん、確かに黒いし見た目は猫なんだけど、大きさがおかしい。5メートルはある。
化け物じゃん。
「こいつを連れて帰れって?……正気か?」
「でも猫なのは猫なんでしょ? うち、犬より猫派だから」
そうなんだ。ちなみに俺も猫派。
立ち上がったシンジュが
見た目は怖いけど猫なんだよな。じゃあそこまで怖がる必要もないか。
でも何か大事なことを忘れてるような……
「ギャオォォォ」
突然
あぁそうだった。ジンさんが言うには凶暴なんだった。
その言葉を思い出したと同時に、気がついたらシンジュの手を取って
「逃げてどうすんのよ。 連れて帰らなきゃ」
「いや大丈夫。 きっとこのまま俺たちについてくるはず」
こいつから見れば俺たちはネズミも同然。追いかけてくるだろう。
このまま集落まで逃げ切れば任務完了だ。
その後のことは知らん!
予想通り、小屋を飛び出した俺たちを
しかも小屋をぶち破るというおまけ付きで。
一体どうやってジンさんはこいつをペットとして飼ってたって言うんだよ。
しばらく走って逃げていると、シンジュのペースが落ちてきた。
さっきまで呪力を使っていたシンジュはきっと疲れてる。
このまま集落まで全力で走るのは無理かもな。
仕方ない。
「よっ!」
「ちょ、ちょっと」
シンジュをおんぶした。
「ちゃんと捕まってろよ」
俺だって3ヶ月特訓したんだ。これくらい余裕。
「ふんっ。 昔はおんぶもできないくらい貧相だったのに」
「うるせーよ」
踏み込んだ足で思いっきり地面を蹴る。
「うわっ」
完璧なスタートダッシュを決めたと同時に、捕まっていたシンジュの手に力が入った。
「やるじゃん」
よし。このスピードなら変に呪力を使わずに集落まで逃げ切れそうだ。
「ねぇちょっと空気が読めないこと言っていい?」
背中のシンジュいきなり言った。
「どうしたんだよいきなり」
「ペコの助とは別の気配を感じるよ。 それもものすごいスピードでこっちに向かってきてる」
「え?」
まさか、ペコの助を連れ去った魔物か?
さっきまで魔物の気配なんて感じないって言ってたのに。
それにシンジュが感知できるってことは50メートル以内まで迫ってるってこと?
最悪だ。
この状況で魔物と対決なんて。
ペコの助を攻撃して大人しくさせることも出来なくはないけど、こいつがいなくなっただけでジンさんは泣き崩れていた。
攻撃で傷でもつけようもんなら、報酬がなくなる可能性もある。
迂闊には攻撃できない。
仕方ない一か八かだ。
立ち止まってシンジュ下ろした。
振り向いてみると、ペコの助の背後から魔物が走ってきているのが見える。
あの魔物は確かーー閻魔。
猿猴の群れを従えている、言わばボス猿みたいなもの。
全身が赤く、毛並みは金髪。丸太のように太い手足に、長い爪。
性格は凶暴と聞く。
「ちょっと何する気」
「あいつをぶちのめす。 あいつまで集落に連れて帰るわけにはいかない」
猿猴は余裕だったけど、そのボスともなるとどうだろうな。
「ーーわかった。手伝うよ」
「いや、手出し無用。 俺1人でやらしてくれ。 特訓の成果を試したいんだ」
呆れたって言った感じで、隣のシンジュがため息をついたのが聞こえた。
いくらシンジュと言っても女の子の前だ。
少しはかっこいいところを見せたい。
武器はないから呪力を纏って肉弾戦しかないな。
呪力を纏えば爆発的に身体能力を上げることができる。
脳内でイメージするのは跳び箱。
両足に呪力を纏う。
よし今だ。
呪力を纏った足でジャンプすると、余裕を持ってペコの助を飛び越えることができた。
うわっすげ!
思ったよりも随分跳べる。
視線を下に向けると、閻魔が闇雲に突っ込んでくるのが見えた。
空中で体勢を変えて、足に纏った呪力を右手へと移動させる。
くらえっ!
閻魔の顔面に向かって思い切り拳を振り抜いた。
ーーメキ!ミシミシ!ボキボキッ!!ーー
落下速度も相まってか、随分な威力のパンチが出たらしい。
拳を伝って、閻魔の骨が砕けるのがわかる。
ーーボコォォン!!ーー
そのままの勢いで地面に叩きつけると、閻魔は地面にめり込んだ。
一発KO!!
土煙が晴れるとシンジュが小走りで駆け寄ってきた。
「すごっ! 一発じゃん!」
「自分でもびっくり」
完璧だった。
全てがイメージ通り。
馬鹿でかい舌でペロペロと顔を舐められた。
かなり臭い。
でも俺に懐いたみたいだ。
それからは2人と一匹で、集落までのんびりと帰る。
日が暮れるまでまだ余裕がある。
ひとまず任務完了!
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