第二章 少年期 ガメア大陸編

第十八話 新チーム設立

 ガメアのとある集落の、とある酒場に5人の来客があった。

 店長であるルナはお客様を招き入れると、お店の看板を閉店にする。


 今日は定休日。

 ルナがお店を開けていたのは、5人の少年少女がお店に来ることを知っていたからだ。


 ホウゲン様から手紙が届いたのは昨日の夜。

 手紙の内容が正しければ今日にでもこの子達が来るはずだ。

 そしてその予想は当たった。

 

 酒場に来た5人の顔には全く覇気がなかった。

 このお店に来るまで、カオンから歩いてきたのだろう。

 とても長い距離だ。

 死んだような顔になるのも納得できる。

 でもこの子達に覇気がないのは、別の理由であることをルナは知っていた。


 幻竜団げいりゅだん東軍の解体。

 酒場にやってきたのはその当事者たち5人である。


 数ヶ月前、この子達が初めてお店にやってきた時、他の店員と楽しそうに夢の話をしていたのを小耳に挟んでいた。

 

 ひとりはカオンを守るヒーローになりたい。

 ひとりは本当の世界を後世に伝えたい。

 ひとりは家族を救いたい。


 小耳に挟みながら、ルナはこの子達の将来が楽しみになっていた。


 さすがホウゲン様が見込んだだけある。

 

 あの時ホウゲン様は、洞窟で見つけたという謎の資料の解読を依頼してきた。

 でもその話の合間合間、ホウゲン様は嬉しそうに見習いたちの話をしていたのを思い出した。

 

 あれから数ヶ月、まさかのカオンからの追放。それと同時に幻竜団げいりゅだんからの追放。

 あの後一体何があったというのだろうか?


「どれにする?」


 ルナはメニューをオレンジの髪をした少年の前に差し出す。

 少年はメニューを受け取ると、無言で指を差した。それにつられるように残りの4人もそれぞれメニュー表に指を差す。


 前は「お金がないから……」と言って注文を躊躇っていたが、今はよっぽど喉が渇いていたのか、少年は遠慮なく注文をした。


 ソフトドリンクを一杯飲み終えると、少しずつ彼らの顔に生気が戻ってきた。

 ルナは嬉しくなって簡単な料理をサクッと作り、ご馳走する。

 5人は無言でがむしゃらに料理を頬張った。


 店内にはカチャカチャと食器が当たる音だけが響き渡る。


 料理を食べ終えたオレンジ髪の少年が唐突に叫んだ。


「ルナさんありがとうございます! ごちそうさまでした!」


ーーーー

 

 この2日、ろくに食事にありつけていなかった。

 一縷の望みをかけてこのお店にやってきたけど、まさか料理までご馳走してもらえるとは。

 おかげでずいぶんと元気が出てきた。

 ルナ店員には感謝してもしきれないな。


 よし、腹も満たされたことだし早速本題に入ろう。

 最も向き合わなければいけない問題は何一つ解決してない。


「これからどうする?」


 空気はかなり重い。


 この酒場に来るまでは前までと変わらない雰囲気だったけど、ここに来て一気に現実に引き戻された気がする。

 道中はこの店に行くという目的があったけど、今は次の目的がない。


 誰からも返事がないのは、みんなもこれからどうしていけばいいのか分からないんだろう。


 ここは言い出しっぺの俺から話し始めるか。


「俺は……世界を見て周りたい。 どうしてもトオルあいつが言っていた事が気になる」


 みんなが俺の意見に賛成してくれるとは思ってないけど、一応気持ちを伝えてみる。


が言っていたこと?」


 俺はあの時、雷神東流ライジントオルが脳内に直接語ってきていたことと、その内容を話した。


 あの声は俺にしか聞こえていなかった。

 きっとそれには何か理由があるはずだ。


 ”世界を見てまわれ” ”本当の敵を間違えるな”

 

 あの時の神獣トオルが言っていた言葉が、断片的にだけど頭の中に浮かんでくる。

 そして……”お前の父は優秀な男だった”

 この言葉が気になって仕方がない。


 今まで父ちゃんのことなんて考えたこともなかった。

 モモエさんもよく知らないって言ってたし、居ないのが当然だと思っていた。

 でもいざ、俺の父ちゃんのことを知れるチャンスが来たとなると話は別だ。

 

「だからトオルあいつの前でのムギは挙動がおかしかったのか」


 タクミの中で何かが納得出来たのか、腕を組んで大きく頷いた。


「……なるほど、それは興味深いわね」


 ミサキは俺の話に深く興味を持っている様子だ。


「なんで黙ってたのよ」


 隠し事をされていたと感じたのか、シンジュは少し怒っている。


「……ムギくんも父親がいないんだね……」


 クロカは俺に父親がいないことを知って、同情してる様子だ。

 でも、居て当たり前だった存在が突然居なくなったクロカの方がつらいだろう。


「俺はそういうのもあって、世界を見てまわりたいと思ってるけど……みんなはどう?」


 正直、見習いだった俺たちだけで世界を見てまわるなんて無茶な話だろう。


 いくら3ヶ月特訓をしたからといって、神獣には手も足も出なかった。

 それに、世界にはまだまだ未知な魔物もたくさんいるだろう。

 危険すぎるのは百も承知だ。

 あてもなさすぎる。


 でもそれ以上に好奇心を抑えていられない。

 みんなが無理だと言っても、1人で行くつもりだ。


「世界を見て周るんだったら世界的なヒーローになっちまうな。 俺をカオンから追放した奴らも後悔すること間違いないなし!」


 俺の話を聞いて、意気揚々とタクミはそう宣言した。

 それはすなわち俺の意見に賛成ということだろう。


 タクミの宣言に他の3人から笑みが溢れるのが見えた。

 

 やっぱこいつはすごい。

 たった一発でこの重い空気を跳ね除けた。


「私もみんなについて行くわ」


「もちろんうちも! 世界探検なんてワクワクするねっ」


「僕も仲間に入れてもらっていいかな? 世界を救えば結果的に家族も救える」


「じゃあ決まりだな」


「これからも、うちら5人は一緒だね」


 どうやら、俺たちの意見は一致したらしい。


 やることはこれまでと変わらない。

 生活を脅かす魔物、そして神獣をこの世から葬り去ること。

 これが目的だ。


 いつかのタクミが言っていた。


「手段なんて結果が同じなら問題じゃない」


 そうだ。俺は手段が変わっただけだ。

 行き着く結果は同じなのだ。


「じゃあ俺たちだけで新しいチームを作ろう。 チーム名はそうだな……赭亜シャアっていうのはどう?」


 幻竜団特有の赤茶色のマントから引用して、その名前をつけてみた。

 我ながら、なかなかのネーミングセンスだと思う。


「シャア? なんかよくわかんねーけどかっこいいな」


「なかなか粋な名前ね」


「ムギにしては、いいネーミングセンスね」


「わぁ……」


 誰からも異論はなかった。


 そうして俺たちは5人は、カオンを守る幻竜団から、という規模を大きくした新しいチームを、この日設立した。


 俺たちの話を聞いていたルナ店員がおもむろに何かを机の上に置いた。


「世界を見てまわるんだったらこれが必要でしょ?」


 机に置かれたそれは、団長が持っていた龍笛だった。


「これは……」


「ホウゲン様からの贈り物よ」


 ありがとう団長!

 これがあれば移動がずいぶんと楽になる。

 でも、犬神タロウたちはちゃんと俺たちの言うことを聞いてくれるだろうか?

 確かシャイって言ってたよな。

 でもまぁそれはその時考えればいっか。


「今日は下の宿に泊まりなさい。 疲れてるでしょ」


 なんということでしょう。

 どうやらこの酒場の下の階は、ルナ店員がやっている宿になっているらしい。

 それを無料で提供してくれるというのだ。

 もう足向けて寝れないっ!


「何から何までありがとうございます」


「これも全部ホウゲン様が認めた子たちだからよ。 頑張りなさい」


「はいっ!」


 店内に俺たち5人の返事が響いた。

 

 よし! 今日は団長とルナ店員に感謝して寝ることにしよう。

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