第十七話 イカロスの翼

 禁忌事項を犯したとして幻竜団げいりゅだん東軍の事実上の解体。

 神獣、雷神東流ライジントオルの脱走。

 

 この2つのニュースは号外としてカオンを駆け巡り、町全域に衝撃を与えた。

 

 東軍が犯した禁忌事項が何であったのかは明言はされていないが、捕えていた神獣を逃したことだったのでは無いかと噂がされている。

 全責任をとって、東軍団長鬼仁法眼キジンホウゲンの団長剥奪。

 残りの団員たちの幻竜団からの追放。

 見習い5人については、カオンからの追放であった。


 東軍の後釜については、単純に団員数が多いこともあり西軍の団員が務めることとなった。

 新しく東軍団長となったのは、 西軍で副団長を務めていたヨウスケとなった。


ーーーー


「俺様をカオンから追放するなんて、全く見る目がないな。 カオンを守る戦力を削るなんて……上が考えていることはさっぱり分からん」


 洞窟探検から1ヶ月後、カオンを追放された俺たち5人はガメアの広大な土地を歩いていた。


 タクミはいつもの調子で、特に落ち込んでいる様子には見えないけど、内心はかなり落ち込んでいるはず。

 空気が悪くならないように、わざといつもの調子でいるんだろう。

 ここは俺もそのテンションに乗ってやろう。


「タクミの言う通り、カオンにとっては大きな痛手だよな」


「だよな! ムギ」


 カオンを追放された俺たちが目指しているのは、ルナ店員がいる集落だ。

 とはいっても、もう団長たちはいない。

 あの時のように犬神タロウたちに乗って、高速移動もできない。

 ひたすら地平線が続くこの広大な土地を、ただただ歩くしかない。


「あとどれくらいかかるの〜。 うちもう疲れたよ」


 初めて壁の外に出た時のあの目の輝きは何だったんだ?と言わんばかりに、シンジュの目は死んでいた。


 無理もない。

 こんな広大な土地を歩いていけと言われて、弱音を吐かない方がどうかしてる。


「あ! そうだ」


 クロカは何か閃いたように立ち止まると、呪力を念じ始めた。


 そうして出来上がったのは、砂でできた5体の分身だった。


「この分身に荷物を持ってもらおう」


 なるほど、その手があったか。

 荷物が無くなるだけでも随分と気が楽になる。


「クロカくんありがとー。 でもずっと呪力を使い続けて平気なの?」


「まぁこのくらいならなんてこともないさ」


 クロカはそう言って笑ってるけど、顔は随分と引き攣っているので痩せ我慢をしているのだろう。


 ミサキはこの状況でも、本を読みながら歩いていた。

 勉強熱心なのは知っているけど、こんな状況でもか。

 頭の良さの片鱗を見ている気がする。


 そうして分身に各自荷物を預け、総勢10人での移動になった。

 

 

 何時間くらい歩いただろうか?

 

 途中何回か猿猴に遭遇したけど、俺たちの敵ではなかった。


 カオンは追放になったし、幻竜団の資格は剥奪になったけど、俺たちがそこまで落ち込んでいないのは、こうして変わらず呪力を使うことができるからだろう。


 この力さえあればまたやり直せる。


 根拠はないけどそんな気がしてる。

 と言うよりも、そう思っていないと心が持ちそうにない。




 ずいぶん歩いた気がするけど、まだ集落らしきものは見えない。


 日がだんだんと落ちてきていた。

 夜までに集落に着けるかと考えていたけど、全然そんなことはなかった。

 できれば、魔物が活発化する前に集落に辿り着きたかったんだが。


「今日はこの辺で寝よう」


 そうは言っても布団も何もない。

 仕方がないので、各自荷物を枕代わりにして寝ることにした。


 一応寝ている間に魔物に襲われてはいけないので、交代交代で見張りをつけることに決まった。


 じゃんけんで決まった見張りの順番は、

 クロカ→ミサキ→シンジュ→俺→タクミに決定。


 4時間ほど寝ていると、シンジュからのバトンタッチで見張りの順番が回ってきた。

  

 真っ暗な闇の中で仰向けに寝転ぶと、無数の星が目の前に広がる。


 モモエさんが言っていたように、両親が星になって見守っているんだとしたら、今のこの俺はどう見えているんだろう。


 カオンを守るっていう約束は守れなかったなー。

 これからどうしようかなー。

 

 俺たち5人だけでコツコツと魔物を狩って、その功績が少しずつ広がっていつか幻竜団に戻れたりできないだろうか。


 可能性はゼロではないけど、夢物語か……

 でもそれしか方法がないような気がする。


 よし。

 見ててくれよ。

 

 立ち上がると、星が少し近づいたような気がした。


「やってやるさ」


 その後、時間になったのでタクミを起こしにいったけど、結局日が昇るまで彼が目覚めることはなかった。


ーーーー


「どうしたムギ。 ずいぶん元気がないじゃん」


 全く、誰のせいで寝不足だと思っているのか。

 

 見張りの間魔物が襲ってくることはなかったけど、その分暇でかなり眠かった。

 魔物が襲ってきてくれてた方が、眠気も飛んで良かったのかもしれない。

 そんなことより集落はまだなのか?

 昨日から合わせて10時間は歩いているんじゃないだろうか?

 

 今思えばあの犬神タロウたちってめっちゃ早かったんだな。

 数分で集落についたんだもん。


「見えたー!」


 眠気を吹き飛ばすほどの、シンジュの元気の良い声が響き渡った。


 やっと見えた。

 もう東軍じゃないけど、ルナ店員は前みたいに無料でサービスしてくれるだろうか?

 一縷の望みにかけて、俺たちは店まで歩いた。



----

 


 東軍解体という衝撃に今もなお揺れているカオン。


 もうこの町では、元東軍の団員たちの信用は地の底に落ちていた。

 それに反比例するように、2ヶ月前に神獣を1匹討ち取った西軍団長ワカマルの評価は鰻上りだ。


 いつの間にやら、西部にしかなかったワカマルを讃える旗も、ちらほらと西部以外の場所にも立ち始めている。


は失敗しましたけど、とんだおこぼれでしたね」


「あぁ。 ホウゲンの自滅は正直予想外だったが、結果として優秀な見習いたちも追放することができた。 新生東軍を頼むぞ」


「はい」


 ワカマルと新東軍団長ヨウスケは、太府たいふの一室でそんな会話を繰り広げていた。


「それにしても、東軍が犯した禁忌ってなんなんでしょうね。 巷では神獣を逃したことだと言われてるようですが……」


「うーん……故意に神獣を逃したのが本当だとすると、それは我々幻竜団全体の信用を下げかねない、とんでもない失態だ。 解散になるのも納得できるが……認めたくはないが、ホウゲンは最年少で団長になるほどの男だ。 そんな馬鹿なことをするのか疑問に思う」


 ワカマルもホウゲンの実力は買っていた。

 だからこそ、彼の団長剥奪の発表を聞いたときは信じられなかった。


 一体何をやらかしたというのか……よほどのことがあったに違いない。



ーーーー



 とんだ失態をしてしまった。

 まさか団長を降りなくてはならなくなる事態になるとは。

 

 一体何が禁忌に触れたのだろう。


 見習いたちをこの手で手放してしまった。


 過去の過ちを繰り返さぬよう、用心していたはずなのだが……

 カオンを追放となった見習い5人がいく場所はきっとあの店だろう。


 ホウゲンはペンを手に持つと、手紙を書き始めた。

 宛名はあのお店。


 無事に辿りつけるといいが……いや、きっとあいつらなら大丈夫だろう。

 

 ホウゲンは手紙を書き終えると、龍笛と一緒に国の唯一の通信手段である伝書鳩へと託した。

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