第十六話 新しいチカラ

 地下洞窟の入り口まで来た。


 入り口は、愛神山学校の裏側の茂みを突き進んだその先にあった。

 

 今日はあの時とは違い、外は明るい。


 入り口の外観を見てみると、石が綺麗に積み上げられる形で入り口は囲まれている。

 完全に人の手が加えられている。

 とは言っても、積み上げられた石には苔がびっしりと生えているので、作られたのは随分前だろう。


「なんだか昼間でも気味が悪いな」


「なんだよムギ。 ビビってるのか?」


「いや別にビビってるわけじゃないよ。 それに少し楽しみでもあるんだ」


 別に強がってるわけじゃない。

 3ヶ月の特訓でどれくらい成長できたのか楽しみなのだ。


 捕らえてる神獣が暴れるかもしれないしね。

 そうなれば戦闘だ。

 もちろん、戦闘にならずに情報だけ集めることができれば、それが一番なんだけどね。


「? あぁ俺も楽しみだ」


 タクミも3ヶ月の特訓の成果を披露するのが楽しみなのか、俺の言葉に賛同している。


「2人とも張り切るのはいいが、俺の指示はちゃんと聞けよ」


「はい!」


 この3ヶ月間でタクミは随分と大人しくなっていた。

 前みたいに1人で突っ込むようなバカな真似はしない。

 弱点が無くなったといっていいだろう。


「行くぞ」


 団長の掛け声に、腰に差した剣の持ち手を握る手に力が入る。


 1週間の休息明け、東軍の拠点に向かった時にユウキ先生から貰ったものだ。

 木刀ではなく真剣。

 先生が俺のことを認めてくれた証だろう。


ーーーー


 洞窟の中は異様に涼しい。

 それに当然洞窟の中には太陽光は入ってこない。

 松明を5つ持ってきているので、中が暗すぎて進めなくなるといったことは無さそうだけど、中は真っ暗だ。


 団長を先頭に中をしばらく進む。


 昼間ということもあってなのか、神獣の気配は全く感じない。

 活発に動く時間帯ではないのだろう。


「どの辺に捕らえてるんですか?」


「まだもう少し奥だ」


 まだ奥か。

 

 それでも油断は大敵だ。

 洞窟に入る前に釘を刺されたように、勝手な行動はとれない。

 

 さすがのタクミも、神獣ともなると気が引き締まるのかきちんと列をなして歩いている。



 誰1人喋ろうとしない。

 洞窟の中には、ただただ11人の足音だけが響く。


「ここだ」


 団長はそう言って立ち止まった。


「資料はここに置いてあった」


 松明の明かりがあるとはいえ、視界はほぼゼロに近い。


「神獣は一体何のために……」


「分からん。 もう少し奥に進んでみよう」


 団長はそう言って再び歩き出した。


 俺はふと、松明を壁に近づけてみた。


「団長! これ」


 松明を近づけたことで見えたものを前に、団長を呼んだ。


 そこには、あの資料に書いてあった記号と似た壁画が書かれてあった。


「でかした! ミサキ読んでみてくれ」


 団長の指示に、ミサキは松明で照らされた壁画の前へと移動する。

 しばらくミサキは壁画を眺め、こちらへと振り返った。


「この壁画は神武じんぶ文字に似てますけど、全くの別物です。 解読することはできません」


「そうか。 リュウタロウ! 一応メモに残しておけ」


 団長に指示されたリュウタロウさんは、ポケットから紙を取り出して、壁画をそっくりそのまま書き写し始めた。


 俺には資料の記号と同じようにしか見えないけど……違うのか。

 でもあのミサキが言うのだから間違いないのだろう。

 俺たちが文句を言えるはずもない。


 壁画を書き写し終えるのを待って、再び先へと歩き始める。


ーーーー


「これ以上進んでも何もないですね。 もう帰った方がいいんじゃないですか?」


「いや、必ず何かあるはずだ。 見習いは口出しするな」


「はい」


 歩いても歩いても手掛かりがない探検に飽きて、団長に話しかけてみたが一喝された。

 

 なんだよ。

 ピリつきやがって。

 神獣トオルが捕らえられているところに行く前に早く帰ったほうがいいんじゃないの?


「止まれ! ここに神獣がいる」


 ほらっ言ったそばから。


 団長が立ち止まると、目の前には神獣トオルが座っているのが見えた。


 目の前に現れたそいつは、座っていて全長までははっきりとわからないけど、身長4メートルほどはありそうだ。

 ウェーブがかった長髪に、顔面には歴戦を表したかように無数に傷が入っている。


 目の前にいる怪物はどうやら眠っているようだ。

 その証拠に大きな寝息が聞こえる。


「今のうちに引き帰った方がいいんじゃないですか?」


「全くムギは神獣トオルにビビりすすぎなんだよ。 ほらこいつ眠ってるじゃねーか」


「タクミ。 あまり大きい声出すなよ。 起きたらどうするんだ。 それに……ビビってるわけじゃない」


「うるさいぞ2人とも。 言い争いをしている場合じゃない」


 タクミのせいでまた怒られちゃったじゃん。


「お頭、あれ」


 ユウキ先生が神獣トオルの方を指差しながら呟いた。

 

 その先を見てみると、神獣トオルが眠っている後ろの壁にまたもや壁画が描かれているのが見える。


「ミサキ。 ここから壁画が読み取れるか」


「神獣が邪魔でよく見えないですね」


 団長はミサキに聞いてみたが、どうやら無理らしい。

 無理もない。明かりはほぼ無いし、少し距離もある。

 それにあの神獣トオルは、まるであの壁画を守っているかのようにも見える。


「ぶっ殺すかあいつ。 どうせ神獣は討伐しなきゃならないんだろ」


 いかにもタクミらしい発言だ。

 そうだ。

 この洞窟に捕らえている神獣トオルは、どのみち殺さなきゃならない怪物だ。

 なのになぜだろう?

 殺しちゃいけない気がする。

 その理由は分からない。


 こいつをここで殺せば、この文字の真意が永遠に分からなくなる気がしてならない。


ーー”お前たちがここにくるのはまだ早い。 もっと力をつけろ。 もっと仲間を増やせ。 そして本当の敵を間違えるな”ーー


 ん?なんだ?


 突然誰かの声が聞こえた。

 

 辺りを見渡す。


「今のはなんですか?」


「何がだ?」


 団長に聞いてみたけど、誰もこの声に気がついていないようだ。

 

ーー”壁の外に出ろ。 世界を見ろ。 そうすると見えてくるものがあるはずだ。 お前の父は優秀な男だった”ーー


 まただ。

 一体誰の声だ?

 まさか?


 眠っている神獣トオルを見つめてみる。

 

 こいつか?

 こいつが俺の脳内に直接語りかけてきているのか?

 それにお前の父って?

 俺の父ちゃんを知ってるのか?


「おい! 一体どう言うことだ」


 我慢できずに眠っている神獣トオルに向かって叫んだ。

 相変わらず神獣トオルは眠ったままだ。


「おいムギ、一体どういうつもりだ」


「こいつなんか喋ってます」


 団長に言ってみるが、どうやら俺の言葉は信じられていないらしい。


 俺以外の全員が、こいつ何言ってんだ?って顔をしてる。


 俺がおかしいのか?

 ビビりすぎて幻聴でも聞こえているんだろうか?



ーーーー


「ムギ! 何をボッとしてる! 剣を抜け!」


 タクミの声で我に返った。

 どうやら少しの間ボーっとしていたようだ。

 

 目の前には、さっきまで寝ていた神獣トオルが起き上がって棍棒を振り回していた。


「うわ、まじか」


 すかさず剣を抜く。

 

「一体どうしたって言うんだよ。 いきなり声が聞こえたと言ったと思えば、ぼーっとしやがって」


 タクミが言うには、しばらく上の空状態になってたっぽい。


 気がついたら目の前では団長たちが神獣と戦っていた。


「くそっ。 ここじゃあ地の利が悪い。 もっと広い場所であれば」


 流石の団長もどうやらこの狭さでの戦闘は不利だと感じているらしい。


 ただでさえ視界が悪い洞窟の中なのに、棍棒を振り回すたびに崩れる天井と砂埃のせいでさらに視界が悪くなる。


「このままだと、埒があかないな。 お前ら下がってろ」


 団長がそう言って俺たちを下がらすと、突然ものすごい突風が吹いた。


 みるみるうちに砂埃が晴れて視界が良好になっていく。


 やっぱ団長はすごいな。 

 一発で状況打破だ。

 

 視界良好になった瞬間、団員たちが一斉に襲いかかる。


「ムギ。 俺たちも行くぞ」


「あぁ」


 よし!今こそ特訓の成果を出す時!


 抜いた剣に呪力を纏わせる。


「ダメよ2人とも! 今行ったら団長たちの足手纏いになっちゃう」


 隣にいたシンジュにそう言われた気がしたけど、気にしない。

 だって試してみたいんだもん。


”お前はまだ早い”


「えっ?」


 まただ。

 さっきと同じ。

 直接脳内に語りかけてくるこの感じ。


「ムギ、どうした?」


「いや、何でもない」


 くそっ、タクミには聞こえてないのか。

 

”もっと世界を見てまわれ”

 

 気が散って、呪力が上手く練れない。


「ムギ! 逃げろ!」


 今度は団長の声が聞こえた。

 前を見てみると、一目散に俺へと突進してくる神獣トオルが見えた。


 え、俺を狙い撃ち?


「くそっ……雷神トオルこれほどか。 前戦った時の数倍は強い」


「俺たちの攻撃をモノともしない……だと」


「俺の筋力で……止まらんとは」


「……見習いの前で……不覚」


「止まら……ない」


 団長たちが神獣トオルの突進を止めようとしているが、一向に止まる気配はない。

 まるで、俺以外の団員など眼中にも無いといった様子で突進してくる神獣トオルがそこにはいた。


 なぜこいつは俺だけを狙っているんだ。

 え?俺ってもしかして……死ぬ?


 いや、やるしかない。

 俺だって特訓したんだ。


 全身がビリビリと痺れる。


 怖い……


 でも負けん!


 俺はタクミとヒーローになるんだ!


「うおおおおおおお! !?」


 俺が剣を振り抜こうとした瞬間、突然天井が勢いよく崩れ落ち、落石が運悪く頭に当たってしまった。


 ーーいってーー死角からーー


 視界がぼやけていく。


 くそ……



 薄れゆく意識の中、崩れ落ちた天井からは、日の光と人の影、そして洞窟の中に流れ込む炎が見えた。


 炎を操れる人物は1人しかいない。

 そう考えた時、俺の視界は真っ暗になった。

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