第十四話 ターニングポイント

 特訓を開始してから2ヶ月が経過した。


 随分と剣術も上達してきたように思う。

 相変わらずユウキ先生には一発も木刀を当てることは出来ていないけれど、俺もユウキ先生の木刀をくらうことは無くなった。

 とは言ってもまだ片手しか使われていないから、不十分なのだろうけど。


 残り1ヶ月。

 団長が言っていたように両手を使わせる約束はなんとしても叶えたい。


 呪力の方も、あの日店で団長と話してから少し成長が見られた。

 成長する目的が明確になったからなのかもしれない。


「随分と木刀を振るうスピードが増してきたようだな」


 俺の木刀を避けながら先生が言う。

 

 確かに筋トレの成果があるのか、はじめに比べると随分と木刀が軽くなっている気がする。

 でもまだ喋る余裕があるみたい。

 舐められたもんだな。


「よし。 今日はここまで」


 先生の合図で俺はその場に大の字で寝転ぶ。

 手のひらを見てみると随分と豆が出来ていた。


「疲れたのか?」


「……はい。 でももっと強くなりたいです。 団長と約束したんです、先生に両手を使わせるって」


「お頭とそんな約束してたのか。 でもそれを聞いたからと言って、気を使うなんてことはしないぞ」


「分かってますよ。 大人気ないっすもんねこの団は」


 俺の言葉にユウキ先生は声を出して笑ったかと思うと、俺の横に腰を下ろした。


「一瞬の油断が一生の後悔を生むからな」


 そうだよな。

 町を守る使命を背負ってるんだ。

 手加減なんて生ぬるいことなんて言ってられないよな。

 

 目を閉じた。

 特訓で疲れた体に夜風が気持ちいい。

 残り1ヶ月。

 みんなこの2ヶ月の特訓でどれくらい成長したんだろう。

 きっとタクミはもう手がつけられないほどに成長してるんだろう。

 3ヶ月ぶりにみんなに会うのが楽しみだ。


 目を開けると星が見えた。

 カオンと比べて町の明かりが少ない分、星が綺麗に見える。


 ”亡くなった人は星となって見守ってくれる”か……

 子供の頃はそれを信じてたっけなぁ。


 両親を亡くした俺を寂しいと思わせないためにモモエさんが言ってた言葉。

 それが嘘だって気がついたのはいつだったっけ?

 亡くなった人が星になるなんて嘘だと分かっていても、こうやって星を見るとなんだか1人じゃないって思うんだから、あながち見守ってくれてるって言うのは本当なのかもな。


「ユウキ先生って星に詳しいですか?」


「どうしたんだ急に」


「いや、なんとなくです」


「まぁ詳しいわけじゃないけど、代表的な星の名前くらいなら分かるぞ。 あのやけに輝いてる3つの星の名前はだな……」


 軽く質問しただけなのに、先生はペラペラと話し始めた。


 どうやらやけに輝いてる3つの星の名前は、アルクトゥールス、スピカ、デネボラっていうらしい。

 だからなんだって話だけど覚えておこう。




 どれくらい時間が過ぎただろうか。

 少しでも特訓の疲れをとれるようにしばらく寝転んでいた。

 先生も相変わらず俺の横から離れようとしない。

 これが可愛い女の子だったら嬉しいんだけど、横にいるのは髪型こそ長髪で女の子みたいだけど、れっきとした30代男性だ。

 こういう時に思う。 

 特訓の先生はハナさんがよかった。


「帰らないんですか? 俺まだしばらくここでこうやって寝転んだままですよ」


「俺も別に好きでお前の横にいるわけじゃない」


 でしょうね。好きでいるんだったら怖い。


「夜になると魔物の動きがより活発に凶暴になるからな。 見習いを1人でここに置いておくわけにいかないんだよ」


「え?」


「知らなかったのか?」


 初耳だった。

 知ってたら呑気に寝転んだりしていない。


「それを早く言ってくださいよ! 帰ります」


「学校では習わなかったのか? 安心しろ、周囲に魔物の気配を感じないから帰るなら今のうちだな」


 感知呪力が苦手な俺にとって、こんな時間に1人で集落の外を出歩くのは自殺行為だったらしい。

 集落に帰る道中に先生に言われた。


 まじで先生がいてくれてよかった。

  

 どうやら夜になるにつれて魔物の数もそしてその凶暴性も、昼間の2倍ほど上がるらしい。

 俺たちが昼間に倒した猿猴も、あの時とは比じゃないくらい凶暴性が増すのだそうだ。


 タクミだったらこの話を聞いて、喜んで夜に出歩くようになるだろう。



ーーーーーーーーーーーー


 特訓最後の日になった。


 短い期間だったけど、3ヶ月前とは比べ物にならないほど成長したように思う。

 今日こそは両手を使わせてやる。欲を言えば木刀を一発叩き入れたい。


「よし、じゃあ最後のタイマンだな」


 木刀を構える。

 深呼吸をして先生の一挙手一投足に全神経を注ぐ。


 ーーっくる!!


 一瞬で間合いを詰めてきた先生に木刀を振って距離を取る。

  

 この3ヶ月の経験でわかる。

 きっと先生はこのままのスピードで俺に突っ込んでくるだろう。

 そこに木刀を投げればもしかすると……


 おりゃっ!

 

 後ろにバックステップを踏みながら、目の前から突っ込んでくる先生に木刀をぶん投げた。


 カンッ!


 甲高い音と共に、あっけなく俺の木刀は弾かれた。

 

 くそっ読まれてるか。


 どうする?

 考えるよりも体が先に動いた。

 

 先生の木刀を避けるフリをして地面の砂つぶを掴んで投げる。


 流石にこれは予想外だったのか、先生が初めてこの特訓中に俺から目を離した。


 チャンス!


 俺は先生の木刀を蹴り上げ、無防備になった先生に振り抜く。


 やった!


 そう思ったのも束の間、脳天を撃ち抜いたと思った木刀は、真剣白刃取りの要領で受け止められていた。


 ……でも……


「まんまと両手を使わされたな」


 この3ヶ月で初めてユウキ先生に両手を使わせることができた。

 ちょっと反則っぽくはあるけど、まぁいいだろう。

 俺ルールだからガバガバなのだ。


「やった……」


「流石だな。 まさか本当にお頭との約束を守るとはな。 この3ヶ月で随分と筋力、剣術は上達したはずだ。 これに呪力が加わると考えると、特訓前とは比べ物にならないほど実力は上がってるはずだ」


「はい!」


「ただぁ! まだまだ実際の魔物との戦いには慣れていない。 魔物は化け物だらけだ。 これから実践を積んでさらに強くなってほしい。 お前は強くなれる」


 国随一の剣術使いのユウキ先生にそう言われると自信がつく。

 俺はまだまだ強くなれる。っていうか強くなってみせる。

  

 そうして3ヶ月に及ぶ特訓が終了した。


----


 その日の夜、団長によって俺たち団員は例の店に集められた。

 みんなに会うのは3ヶ月ぶりだ。


 タクミはどんな過酷な特訓をしてきたのか、一回り体が大きくなっていた。

 どんな特訓をしたら3ヶ月でそこまで筋肉量が増えるんだ?


 その他の団員には身体的な変化はなかったけれど、明らかに顔つきが3ヶ月とは違って見える。

 覚悟が決まった顔ともいうべきか。


「おう皆集まったか。 見習いの5人もずいぶん逞しい顔つきになったな」


 一番最後に店に入ってきた団長は、俺たちの顔を見るとそう言った。

 嬉しい限りである。


「今日は団員に一つ報告があってな」


 そう言って団長はあの日この店で話していた、解読できない資料の話をした。


「そんなわけでミサキ。 これ読めるか?」


 ミサキは例の資料に軽く目を通す。

 

「はい。 なんの問題もなく解読できます」


 ミサキは得意げにメガネをクイっとあげた。

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