第十三話 団長と談笑

 ユウキ先生と特訓を開始してから1週間が過ぎた。

 相変わらず、先生には片手で弄ばれているけれど、最初に比べると随分アザの数が減ってきた。

 とは言ってもまだ先生には俺の木刀を一発もくらわせられていない。

 特訓期限の3ヶ月以内には一発はくらわせたいものだ。


 呪力の方はというと、あまり成果が見えない。

 ユウキ先生によると、呪力の練度は精神的な成長が大きく関係してくるらしい。

 例えば信念であったり、何か強い想いがあるとそれに比例するように呪力が強くなるっぽい。

 

 俺はタクミに勝ちたいと思ってはいるけど、まだ想いが足りないってことか。

 最近のタクミの成長速度は半端ではない。

 それを間近で見ているのだ。

 もうあいつに勝つことはできないのではないかという、諦めが原因なのかも。


 俺の信念ってなんだろうなぁ……


 その点タクミの、「ヒーローになる」っていう夢は、彼にとっては本気で叶えたいことなんだろう。

 それに、東軍に入団したことによって夢に少し近づいたというのも、最近の急激な呪力の成長に繋がっているのかもしれない。


 まぁ元々呪力のセンスは群を抜いてたけど。




 週に1日だけ休みをもらった。

 流石に3ヶ月毎日過酷な訓練をしていたら、体がもたない。

 休息が必要なのだ。いわゆる超回復ってやつ。


 休みの日でもカオンに帰るわけにはいかないので、1人でガメアの集落を散策することにした。

 知らない町を探索するのは楽しい。


 少し歩いた感じ、集落はカオンほど発展していない様子だ。

 建物は全て木造建築であり、高い建物は見当たらない。

 町を歩く人々からは呪力を全く感じないので、住民はもれなく皆ロピ人だろう。

 舗装されていない道の両脇には出店が並び、たくさんの食べ物が売られている。

 腹は減っているけど、買えるほどの金銭を持っていない。

 ここは我慢するか。


 空腹を我慢してしばらく歩いていくと、団長たちと最初に立ち寄ったお店が見えた。

 特に他に立ち寄るお店もないので入ってみることにする。


「いらっしゃいませー! あっ」


 俺の顔を見るなり店員さんが驚いた顔を見せた。


「見習いのムギ君だったよね。 今日は1人? さぁここ座って」


 案内されるがままに、空いている席に座る。

 どうやら客は俺しかいないようだ。


 えーっと、この店員さんの名前は確か……


「うちの名前覚えてる!?」


 席に座るなり前のめりになって顔を近づけられる。

  

 もちろん覚えてるよね!と言った感じで顔がみるみる迫る。

 圧がすごい。


 たしか……店に入るなり団長に抱きついてた店員さんだったよな?


「るー?」


 なかなか名前を言わない俺に痺れを切らしたのか、ヒントを出してきた。


 る。から始まる名前か……


 えーい、こうなったら一か八かだ!


「ルナ!」


「おー正解! 覚えててくれたんだ!」


 どうやら俺の賭けは当たったらしい。

 感心したように胸の前で小さく拍手された。


「ムギ君何のむー?」


 ルナ店員はそう言って目の前にメニューを広げた。


「んじゃあ水で」


「はい?」


「見習いなもんで金が無いので……水いただきます」


「ホウゲン様の団には特別にサービスしてるから、お金の心配しなくていいよ。 で? 何飲む?」


 そう言って見せてくるメニューにはずらりとお酒の名前が書いてある。

 

「えー……俺まだ酒飲める年齢じゃないです」


 はっ!!という顔をされた。一体何歳だと思ったんだろう。

 お酒は18歳からだと決められている。

 それを破ってお酒なんか飲んでたりしたら、一発で幻竜団げいりゅだんなんてクビだろう。

 せっかくなったんだから、そんなしょうもない事でクビになるなんてごめんだ。


「ごめんごめん。 てっきり成人してるのかと。 今何歳?」


「15歳です」

 

「えー!! 若い! 15歳でホウゲン様に認められるなんて将来有望」


 またもや胸の前で小さく拍手された。多分これが癖なんだろう。

 

 確かに言われてみれば、東軍には俺たちのひとつ上の年代の人たちがいない。

 一番歳が近い団員で4つ上のタツマさんである。

 毎年学校では候補生を輩出しているはずだから、間に3人の団員がいてもいいはずなのになんでだろう。


「15歳で団員って珍しいんですか?」


「タツマさん以来かな。 なんでも東軍の入団テストはかなり厳しくしてるって、ホウゲン様自ら言ってたから」

 

「じゃあ今年入団した俺たち5人って……」


「かなり優秀ってことよ! 年齢聞いてびっくりしちゃった」


 入店してからのルナ店員のヨイショの連続に俺の気分も上がってきた。

 出されたソフトドリンクを一気にグビっと飲む。


 うまい。

 タダで飲む飲み物ほどうまいものはない。


 それにせっかくの休みだ。この機会にルナ店員に色々聞いてみることしよう。


 まずは団長の娘。

 俺はあの娘の母親は、この店員なのではないかと推測する。

 というのも、この店員は団長を命の恩人として崇めている。

 だから今こうやってタダでサービスしてくれているのだ。


 尊敬が恋愛に発展して、2人の間に子供ができていたとしてもなんら不思議ではない。


 早速聞いてみたが、それは即座に否定された。

 ルナ店員曰く、尊敬はしているけど恋愛に発展することは絶対にないらしい。


 じゃあ、あの娘は誰との娘?

  

 この場でこの疑問が解消されることはなかった。


 


「カオンの外はどう?」

 

 洗い物をしながらルナ店員が聞いてきた。


「まだ1週間しかいないから、よく分からないですね。 どんなところなんですか?」


 初めて会った時に軽く聞いたけど、そこまで詳しく聞いたわけではない。

 せっかくの休みなので、この集落について詳しく聞いた。

 今日はあの日と違って、ずいぶんと時間がある。


「そうね……」


 ルナ店員はこの集落について詳しく話し始めた。


 まずこの集落は、ガメアという果てが見えない土地にポツンとある集落だそうだ。

 他にも集落があるのかどうかは分からないらしい。


 あるかもしれないし、ないかもしれない。

  

 あまりにガメアが広すぎて、確かめようがないっぽい。

 

 確かにカオンから出てこの集落に来るまで、団長が手懐けた犬神タロウたちに跨って、かなりの距離を走った。

 普通の人があの距離を歩くのは無理だろう。


 俺もあの犬神タロウたちと打ち解けることができたら、この広大なガメアを隅々まで探索できるようになるかもしれないな。



 

 魔物たちから集落を守るために、幻竜団げいりゅだんとは別部隊の騎士団が、集落を囲むように存在しているらしい。

 

 幻竜団はあくまでも、国の最高機密があるカオンを守るために存在するのであって、この集落を守るためにあるわけではないとのことだ。


 そう考えると、幻竜団ってちっぽけだよなぁ……


「幻竜団ってもっと多くの人を守ってるもんだと思ってましたよ。 話を聞くとカオンの人々を守ってるだけなんですね」


「そんなことないよ! 現にうちはホウゲン様に命を救われてるし、団の目的である神獣を全て討伐することができたなら、それは全世界の人々を救ったことにもなるわ。 あっ! 噂をしてたら来たわっ」


 入り口に目を向けると、ホウゲンが立っていた。


 俺のことなんて蚊帳の外だと言わんばかりに、ルナ店員は団長に駆け寄る。


 まぁ別にいいんですけど。

 やっぱりこの2人デキてるんじゃない?


「あれ、ムギじゃないか? ユウキとの特訓はどうしたんだ?」


「今日は休みなんですよ」


「ほう。 ユウキの野郎は甘いな」


「勘弁してくださいよ。 あんな過酷な特訓毎日やってたら体がもちませんよ」


「そうか?」


 団長はそう言ってスタスタと俺の隣に座った。


 坊主頭で団長って、その風貌と肩書きから堅苦しいイメージを持ちそうだけど、彼に限っては全くそれを感じない。


 時々その圧倒的な実力を垣間見える瞬間はあるけど、普段はただの接しやすい近所の兄さんといった感じだ。


 なんだかタクミと同じような雰囲気を感じる。

 あいつも普段と戦闘になった時のギャップがすごい。

 時々まじで怖い時あるもん。


「タクミとの差がさらに開いちゃうぞ〜」


 団長はまるで俺の頭の中を覗いているかのように、タクミの話題を出した。


「あいつには勝てませんよ。 また最近成長してるみたいだし……」


「まぁ、確かにあいつはここ数年で一番の有望株だな」


 友達が褒められているのは素直に嬉しいはずなんだけどな。

 やっぱり心のどこかで嫉妬心があるのか、心から喜べないな。

 団長の言うとおり、学校を卒業してからさらにタクミとの差が開いちゃった気がするし。


「……お前、タクミに負けたくないって思ってるだろ?」


「へ?」


「お前は顔に出やすいらしいな。 期首壁ビギニンウォールをタクミが開けた時も、呪力を紫色にさせた時も、猿猴を一番に倒した時も、いつも悔しそうな顔でタクミを見てたからな」


 何も考えてないように見えても流石は団長。

 よく観察しているみたいだ。一発で心情を見抜かれた。

 この分だと、テスト問題コピー作戦もバレちゃってるのかな?


 それにしても俺ってそんなに顔に出てるのか。


「あいつに勝つのは諦めろ。 あれは持って生まれたもんが違う。 呪力の実力はさることながら、テスト満点とは流石に驚いた」


 あ、やっぱりバレてないっぽい。


 それにして団長はタクミにベタ惚れだな。

 ここは、「今は勝てないかもしれないけど諦めずに頑張ればいつか勝てる日がくる」って言うのがセオリーなんじゃない?

 

「まぁそうっすよね……」


「……時には諦めるのも大事だぞ。 時間は無限にあるわけじゃないからな。 お前に向いてることに時間を使え」


 俺に向いてることか……確かユウキ先生を俺の指導に当てたのは団長だったよな?


「俺って剣術の才能ありますか?」


「お前はあの中だったら一番バランスが取れてる。 ただその体じゃあ肉弾戦は向いてないだろう。 武器を使った戦い方ならワンチャンあるかもって感じだな」


「なるほど」


 別に剣術が向いてるってわけじゃないんだな。

 要するに、生身ではタクミに勝てるビジョンが湧かないだけってことだろう。

 わかっちゃいたけど、実際ストレートに言われると案外落ち込むな〜。


「別にお前の敵はタクミじゃない。 切磋琢磨するのはいいが、本当の敵を間違えるなよ。 あくまで俺たち幻竜団げいりゅだんの敵は、神獣だ」


 それもそうだな。 

 俺はタクミに勝つために厳しい特訓をしてるわけじゃない。

 全ては幻竜団の使命を果たすためにやってることだ。

 



「2人で話してるところ悪いんだけど……これ。 前に言ってたやつ調べておいた」


 そう言ってルナ店員は俺たちの前に一冊のノートを置いた。


 ん?なんだこれ?

 前言ってたやつ?


「おぉありがとな」


 団長はそう言ってノートをパラパラとめくる。


「資料を読ませてもらったんだけど、あれに書かれてる言葉は今から大体に使われてた言葉よ。 解読なんて出来っこないわ」


 資料? 

 解読?

 一体なんの話だろう?


「そうか」


 団長はノートをめくる手を止めた。


「一体何の話ですか?」


 俺の問いかけに2人は目を見合う。


「この子になら話してもいいんじゃない?」


「……そうだな。 お前なら一年間の見習い期間中に不合格になることなく、正式に幻竜団になるだろうしな。 話してやってもいい。 その代わり他では絶対に言うなよ」


 かなり勿体ぶられるな。

 そんなこと言われたら、聞きたくてしゃあないじゃないか。


「絶対に言いません」


「先週東軍がこの店に来た時に、この資料についていろいろ調べるように頼まれてたの」


 そう言ってルナ店員は紙の束を出した。


 そういえば、俺たち見習いが店員と話している時、団長たちは一枚の紙を前に真剣な面持ちで話してたっけ。


「ホウゲン様に頼まれたら張り切っちゃうじゃない?」


「はぁ……そうですね」


「いろいろ調べたんだけど、さっぱり分からなかったわ。 参っちゃう」


 いや、結局何も分からんかったんかい。

 

「いや、4000年前の言葉が使われてるって分かっただけでも十分だ」


「もうホウゲン様ったらっ!」


 何を2人でイチャイチャしてるんだ。ほんとに尊敬だけの感情なのか?

 疑問に思えてきた。


「ちょっと見せてもらってもいいですか?」


 別にこれを見せてもらったからと言って、俺に何かできるわけじゃないけど。


 資料を見せてもらうと、そこにはさまざまな記号のようなものがびっしりと書き記してあった。


 うん。確かにこれは解読不可能だね。

 でもこの記号の羅列どっかで見たことあるような気がするな。


 少し記憶の奥底を探ってみる。


 確かミサキがいつも持ち歩いてる本にも同じような記号があった気が……


「お前が見ても分からんだろう」


「確かに俺には何が書いてあるのかさっぱりわかりません。 でもミサキなら解読できるかもしれません」


「何!? それは本当か」


「はい。 ミサキはこういう記号だらけの本をいつも読んでるんで」


 図書館司書の娘のミサキは、勉強熱心でいつも本を読んでいる。

 その知識量は膨大だ。

 確定ではないけれど、この資料も解読できるという確信がした。


「うーん……」


 団長は少し考える素振りを見せると、資料とノートを懐にしまって立ち上がった。


「あれ? もう行っちゃうの?」


 どこか寂しそうな声色のルナ店員に、店を立ち去ろうとした団長は一瞬止まってまた座った。


「解読はこの特訓期間が終わってからにする。 ムギ、この話は特訓期間は忘れろ。 お前もこの事が気になって特訓に集中できなくなったらいけない」


 いや、もう気になって仕方ないんですけどね。

 そもそもどこで手に入れた資料なんだろう?

 シンジュがこの場にいたら、間違いなく団長は質問攻めに合っていただろう。

 あいつはこういう謎めいたものに目がない、好奇心の擬人化みたいな子だからな。


「詳しくは3ヶ月後と言うことで。 お前もユウキに両手を使わせるくらいには成長しておけよ」


 団長はそう捨て台詞を吐くと、俺の頭をわしゃわしゃして店を出て行った。


 店にはすっかりテンションが下がったルナ店員と2人きりになる。


 残ったのが俺で悪かったな!

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