第十一話 初めての実践

 砂嵐が去った後、俺たち東軍は、団長が呼び寄せた犬神タロウに跨って、集落を離れて森を目指して走っていた。


「これからお前らには、訓練としてD+の魔物を相手にしてもらう」


 団長にそう言われ、連れてこられた場所は周囲を木々に囲まれた直径10メートルほどの開けた場所だった。


 ここへ来る道中、何匹かの魔物に遭遇した。


 今、周囲の木に隠れるようにこちらを観察している者たちだろう。

 姿は見えないが微かに覇気は感じる。


「お前らも気がついてると思うが、隠れている魔物は猿猴えんこうと呼ばれる魔物だ」


 ーーーー猿猴えんこう


 学校で習った。

 この世界で広範囲に生息し、数が最も多いとされる魔物だ。姿形は人間の子供に似ているとされているが、その全身は毛に覆われ、手足には長い爪があるという。


 ふと、猿猴の覇気のする木の陰を凝視していると、一瞬ではあるが奴の姿をこの目に収めることができた。

 いくらDクラスの魔物と言っても、腐っても魔物。


 覇気からはビシバシと殺気を感じる。


「おいタクミ、見えたか?」


 俺は隣に立つタクミに声をかけた。


「一瞬だけな。 どっちが先に倒すか勝負だな」


「授業でお前に勝てたことなんて一度もなかったけど、今日だけは勝たせてもらうから」


 俺とタクミは、学校で実技の成績がワンツーだったこともあり、学生時代はよくふたりで戦ったりしていた。

 結局タクミに勝てたことなんて一度もなかったけど、魔物相手ともなれば話は別のはずだ。


 タクミより先に倒してみせる。


 初めてタクミに勝てるチャンスかもしれない。


 視線を猿猴が隠れている木に戻し、拳に力を込める。


「まぁ、これくらいは5秒くらいで倒してもらわないと東軍は務まらんな」


 俺たちの会話が聞こえていたのかどうか、背後から団長が煽るように言い放った。


 チラリとタクミの方を見ると、すでに呪力を念じていた。


 「おいっちょっと待て! タ……」


 俺の言葉が言い終わる前に、1匹の猿猴が隠れていた木が音を立てて倒れた。


 「まだまだぁ!!!」


 タクミがそう言うと、強烈な衝撃波が放たれ、周辺の木々が次々と薙ぎ倒されていく。


 隠れ蓑を失った猿猴の姿が顕になった。

 

 猿猴のその姿は授業では聞いてはいたが、想像していたよりもさらに悍ましいものであった。

 1メートルほどの全身は真っ黒な毛に覆われ、だらんと垂れ下げた細い腕は地面につくほどに長い。

 爪も異様に長く、引きずるような形。口からは10センチ程の牙が剥き出しており、ヨダレが滴り落ちている。


 しかしその瞳には、もうすでにこちらへの敵対心は見受けられない。


 それどころか、先ほどのタクミの呪力で、すっかり怯え切ってしまっている様子だ。

  

 隠れていた木をことごとく薙ぎ倒されてしまった奴らは、奇声をあげながら散り散りに森の奥へと逃げていった。


「ふむ……」


 団長はその様子を、腕を組んでただただ見守っている。

 他の団員たちも何かを言うわけでもなく、一連の攻撃を静観している。


「ちょっと待てタクミ! 俺の分も残しておけよ」


「これって勝負だろ?」


 タクミはそう言うと、猿猴へと更なる追撃を行おうと腕を振り上げた。

 その拳には渦を巻くように紫の光が纏わりつきはじめている。


 タクミの野郎、いつの間に紫にーー。


「ーーっ!!」

 

 そう思った瞬間、どこからか赤黒い呪力が飛んできてタクミの拳へと纏わりつき、紫の呪力とぶつかってバチバチと音を立てた。

 

「ーーうっ」


 2つの呪力がぶつかり合う衝撃波に、一瞬目を覆った。

 次の瞬間、振り上げられたタクミの腕は団長によって静止されていた。


「まぁそんな早まるな。 まだ戦っていいって言ってないだろ」


 先程まで威勢よくしていたタクミは、団長に攻撃を阻止されてすっかり大人しくなっている。

 というよりも、びっくりして動けない様子だ。

 いつの間にやら、呪力に覆われていた右手はすっかり元に戻っている。


「ちっ、分かったよ……面白くねーな」 


 タクミはそう言って振り上げていた拳を下ろした。


「お前らの呪力の特性は何となく分かってる。 それを再確認するための訓練だ。 シンジュ、猿猴は全部で何匹いるか感知できるか?」


 団長が聞くと、シンジュは目を瞑り呪力を念じる。


「……14匹かな」


「よし。 じゃあ15分だな。 5人で協力して15分以内に1匹残らず倒すようにーー開戦っーー」


 団長の合図で、案の定タクミが1人で突っ込む。

 

 あの野郎、1人で全部倒すつもりかよ。

 負けてられねぇ。


「シンジュ、猿猴はどこに何匹いる?」


「タクミが向かった場所に5匹、それから左30メートル先に3匹、後方20メートル先に5匹、右後ろ40メートル先に1匹隠れてる」


「了解。 後方5匹は俺に任せて。 シンジュとミサキで右後ろのやつ、左の3匹はクロカがやってくれ」


 俺は3人にそれぞれ指示を出すと、全員で森の中を駆けた。


 シンジュの言うとおり、20メートルほど進むと、猿猴の姿を1匹捉えることができた。


 あそこか。

 猿猴の手前、5メートルほどの場所へと近づいたが、こちらに攻撃を仕掛けるわけでもなく、木の陰からこちらを覗いてくるだけで、出てくる様子はない。

 

 まず、様子見で猿猴が隠れている木を呪力で捻じ曲げてみることにしよう。


 ーーーーバキバキバキッーーーー


「はーい、こんにちは」


 姿を現した猿猴を前に、挑発するかのように挨拶をしてみる。

 猿猴が放つ覇気など大したことはない。


 さっきタクミが拳に紫の呪力を纏っていたのを見てから、正直あいつに勝てる気は失せている。

 勝てる気がしない。


 タクミとの勝負は諦めて、俺はここに来るまでの間、あることを猿猴相手に試してみようと考えていた。

 入団テストでクロカがやってのけた、形態ゲシュタルトを自分の分身として作り出す技術だ。


 ふぅ……

 大きく息を吐き出し、目を閉じてイメージを膨らませる。


 呪力を念じると、ワラワラと周辺の雑草が集まっていく。

 そうして出来上がったのはとても分身とは言い難い物体だった。


 んはぁーやっぱむずい。


 出来上がった物体を前に、頭を抱える。

 

 剣を作り上げることも、水を使って小さな騎士を作り上げることも容易く行なってきたが、自分の分身を作り上げるとなると、難易度はさらに上がるようだ。


 1匹の猿猴が首を傾げながら、俺が作った分身?に興味津々といった感じでノコノコと木の陰から出て来た。


「罠に引っかかったようだな」


 こいつに言葉が通じているのかわからないけど、何か馬鹿にされているような気がしてハッタリをかましてみる。

 

 相変わらず猿猴は分身?に興味津々で隙だらけである。

 たしか団長は、5秒で倒さないとこの軍は務まらないと言っていたな。

 ここにいる猿猴は全部で5匹。タイムリミットは25秒か。


 俺は落ちていた枝を手に取り、呪力で強度を上げ、擬似剣を作り上げる。


「隙ありー」


 背後から猿猴の首を切り跳ねた。

 首が吹っ飛んでいき、断面からは赤黒い血が吹き出す。


 まずは1匹。


 仲間の首が飛んでいったことに気がついた残りの猿猴が、木の陰から飛び出して、こちらに突進してきた。

 すかさず血が吹き出る断面を1匹の猿猴へと向ける。


「かかったな」


 真正面から血を浴びた猿猴は、前が見えなくなったのか、立ち止まって顔に浴びた血を拭いはじめる。


「隙だらけだ」


 すかさず、立ち止まった猿猴に向かって剣を投げ、首を跳ねる。

 

 2匹目。


 無防備となった俺に向かって突進してくる猿猴が2匹見えるけど、何も慌てることはない。にしても、なんて醜い顔なんだ。こんな奴らが俺たちの故郷を脅かしているのか。しっかり退治しないとな。

 

 さっき投げた剣が、2匹の猿猴の首を後方から跳ね上げて俺の手元へと戻ってきた。


 3、4匹目。


 あと1匹はどこに隠れた?


 辺りをキョロキョロと見渡す。


 あれ?シンジュが言ってたのは5匹だったはずなんだけどな。

 まずいな。25秒を過ぎてしまう。


 ギャオーー


 そう思った時、上空から魔物の鳴き声が聞こえた。鳴き声がした方へと視線を上げると、1匹の猿猴が木の枝に捕まってこちらに向けて威嚇をしている。


 そんなとこに居たのか。でもそんなところに逃げたところで……


 猿猴が登っている木に呪力を念じると、音を立てて簡単に倒れた。猿猴はというと、木の下敷きになって白目を剥いている。


 ふぅ……なんとか25秒以内には全滅させれたかな……って、ん?


 一息ついたところで、何か強烈な覇気を感じた。先ほどの猿猴とは比べものにならないほどの覇気。何だこれ?


 俺は恐る恐る、得体の知れない覇気を感じる方向へと振り返った。

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