第十話 火の歴史

「驚いた。 どうりでカオンの中でも、西部だけ異様な発展をするわけね」


 シンジュがつぶやく。


「確かに。 西部が急速に発展したのはここ3年だったよな」


 クロカの話と照らし合わせると、ワカマルという団長が就任した時期とちょうど重なる。


 急速な発展の背景には、そんな事情が隠れていたのか。


「あんなところ、平和でも何でもない。 西部では今でも家族が……たくさんのロピ人が奴隷のように働いている」


 クロカは平然を装うように淡々と話しているが、固く握った拳はプルプルと震えている。


「お前は西部のヒーローになりたいから幻竜団に入ったのか?」


 そんなクロカとは対照的に、あっけらかんとした声で質問したのはタクミ。

 突然の彼の言葉に、クロカは目を見開いてタクミを見た。


「ヒーローになりたいわけじゃない。 僕はただ……家族を救いたいだけだ」


 クロカは視線を落とし、そう応える。


「でも、結果的にお前が西部の団長になれば、西部を救うことになるだろ? 動機ってそんな大事なもんなのか? 結果が同じなら動機は何でもいいだろ。 ん? 俺の動機か? カオンを守ったヒーローになってチヤホヤされることだ」


 タクミが自信満々にそう言い放つと、クロカはその言葉に、口をあんぐり開けて止まってしまった。


「クロカ、気を悪くするなよ。 タクミってああいう奴だから」


 すかさずフォローに入る。

 フォローになってるかは知らないけど。


「いや、彼の言う通りなのかも……」


 そう言ったクロカの顔に笑顔が戻っていた。


「動機なんてどうでもいい。 結果が全て。 ところで君たちは? どうして幻竜団げいりゅだんに?」


「うちは、カオンの外に出てみたかったから!」


「私は、ちゃんとこの目で見た世界を本にして後世に伝えたいから」


 クロカの問いに、シンジュとミサキが答える。


「君は?」


 クロカの視線が俺へと向けられた。


「俺は……」


 ふと、手首へと視線を落とした。


「タクミと同じかな。 一緒に育ったカオンを救うヒーローになるんだ」


「……僕はこの団に入団できてよかった。 いい人たちばかりだ」


 クロカはそう言って、コップ一杯の水を飲み干した。



 ふと、店の機械式時計に目を向けると、入店から30分ほど経過していた。

 窓の外を見てみると、先程までの砂嵐はずいぶんと落ち着いてきていた。


 相も変わらず団長たちは、ルナとミヅキと話している。 

 内容までは聞こえないが、目の前に紙を広げて何やら真剣な話をしているようだ。


「砂嵐っていうのは、ここでは頻繁に起こることなのか?」


 まだしばらく店を出るような雰囲気でもないようなので、俺たちは店員にガメアについてさらに詳しく聞いてみることにした。

 

「うん。 まぁガメアは気象変動が激しいから」


 店員のハルの説明によると、砂嵐だけではなく、突然の雷雨、雪氷災害がランダムに起こるらしい。


 気象変動の原因については、詳しくは分からないということであったが、ガメアでは、神獣の力によるものという言い伝えが一般的であるという。


 というのも数年前、団長らが神獣である雷神東流ライジントオルを討伐して以降、ここガメアでは雷雨災害がめっきり無くなったらしい。


 単なる偶然か分からないが、気象変動は神獣の力という言い伝えに、更なる信憑性を持たせる出来事であったようだ。


 ライジントオル……

 そういえば数年前、幻竜団が神獣の討伐に成功したと聞いたことがある。

 あの時討伐したのって団長たちだったのか。


 やっぱすごいんだこの人たち。


「ガメアの人々にとっては、神獣トオルを追い払ってくれた幻竜団げいりゅだんは、英雄そのものよ」


 ハルはそう言ってチラリと視線を団長たちの方へと移した。

 

「特にルナさんにとって、ホウゲンさんは命の恩人そのもの。 話を聞いてみると、幻竜団もどうやらいい人ばかりというわけではなさそうだけど……」


 ハルはそれだけ言うと、ニコリと笑った。


「それに、全軍団長セイメイ様は、私たちの生活を豊かにしてくれる。 あのお方がいなければ、とても今のような生活なんて出来なかったでしょう」


 と、言ったのはナナと呼ばれる女性。


「ん? どういうことだ? ミサキ、説明してくれ」


「私たち文明が、ここまで発達したのはなぜだと思う? タクミ」


「ん〜……呪力のおかげ」


「あながち間違いじゃないわ」


「勿体ぶらなくていいから、早く教えてくれよ」


「はぁ…まったく…火よ。 これ、一般常識なんだけど…」


「火?」


「食材を火で加熱することで、それまで摂取出来なかった栄養を摂取することができるようになるわ。 それだけじゃない。 火が持ってる熱を使うことによって、様々な物を変化、変質、変容させて、生きていく上で必要な道具を作り出すことができるわ」


 ミサキは淡々と説明を続けていく。


「火がなければこのランプも、食器も当然作れない。 私たち文明の歴史は、火の歴史でもあるわ」


「それと、セイメイってやつがどう関係あるんだ?」


「はぁ……まったく……ーーこの世で唯一、セイメイ様だけが火を生み出す呪力を使うことができるのよ。 幻竜団に入団したんだから、これくらいの常識は頭に入れておいて欲しいわ」


「ミサキちゃんの言う通り。 セイメイ様が火を供給してくれているお陰で、呪力を使えない私たちロピ人は、今のような生活をおくれているのよ」


「なるほど」


 タクミは、初めて聞いたように関心しているが、これは一般常識だ。


 火の歴史。


 すなわち、それを誕生させたセイメイ様が、この文明の創設者ということだ。

 今日こんにち、セイメイ様がこれほどの権力を持っている背景には、このような歴史があるのは、呪力の教科書で勉強済みだ。


「全く、口では偉そうにヒーローになるって言ってるのに、そんな常識も知らないのかよ」


 タクミの実力は十分認めるけど、それにしても幻竜団になるにあたっての常識がなさすぎる。


「つーかムギ、お前は知ってたのかよ」


「当たり前だろ。 ちなみに今の話は、筆記試験に出てたぞ。 知らなかったのはお前だけじゃないのか」


「まぁいいさ。 俺には圧倒的な実力がある」


 タクミはそう言って、コップに入っていた水を呪力で持ち上げた。

 持ち上げられた水は、徐々に龍の形へと変化し、頭上をぐるぐると旋回し始める。


「わぁ凄い」


 店員の1人が、タクミが作った龍に触ろうと手を伸ばした。

 龍は、伸ばされた手をひらりとかわすと、ぐるりと店員の背後へと回り込む。


 幻竜団の象徴でもある龍を作っての遊びは、タクミと初めて会った時からやっている、彼にとっての暇つぶしみたいなものだ。


 そしてこの暇つぶしには、必ず……


 俺はコップの水に意識を集中させると、頭上へと持ち上げ、剣士へと変化させた。


 タクミの暇つぶしには必ず相手が必要だ。


 店員を取り囲みながら、水でできた龍と剣士が戦いを始める。


 そしてこの戦いの決着は、いつだって決まっていた。


 やっぱり呪力の扱いは、匠の方が一枚上手だな。

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