第九話 西部の内情
「ホウゲン様久しぶり〜」
店に入ると、1人の女性が団長に飛びつくように抱きついた。
「ルナ、久しぶりだな」
店に入るなり飛びついてきたルナと呼ばれる女性を、団長はめんどくさそうにはあしらうと、慣れた様子で席につく。
店内はカウンター席になっていて、奥の棚にはずらりとお酒が並んでいる。
なんだこの店。
いわゆるバーってところか。
団長に倣ってカウンター席に座ると、狭い店内はすぐに満席となった。
「今日はどうしたんです?」
「いやぁ、例によって砂嵐に巻き込まれてな」
「そうですか。 それは災難です」
そう言って、ルナと呼ばれたその女性は、慣れた手つきで人数分の水を用意する。
「何飲みます?」
彼女はメニューを開き、団長の前に置く。
「いや、今は飲むわけにはいかないんだ」
団長の返答に、ルナはチラリと俺たちの顔を見て、何かを悟ったように目の前に広げたメニューを取り下げた。
「見ない顔が増えてますけど、新人さん?」
「あぁ。 こいつらカオンから出るのは今日が初めてでな。 左から、タクミ、ミサキ、シンジュ、ムギ、クロカだ。 よくしてやってくれ」
俺たちは軽くルナ店員に会釈をする。
店にはルナ店員の他に5人の女性がいた。
ミヅキ、ハル、ナナ、チカ、サチというらしい。
外の砂嵐が過ぎ去るまで、この店で一時的に待機することになった。
先輩たち6人の相手をルナとミヅキが。
俺たち新人5人には、残りの4人の店員さんがついた。
カオンから出たことがなかった俺たちにとって、外の世界の人たちの話は非常に興味深い。
まずはこのガメアである。
基本情報としては、ただただ広大な土地ということしかわからない。
そういえば……ミサキが親の本を盗み読みした時に、外の世界のことが書かれていたって言っていたような……
「ミサキって、外の世界のことを本で読んだんだよな? 実際何が書かれてたんだ?」
単刀直入に聞いてみることにした。
あの時は自分の目で確かめるとか言ったけど、もう実際外に出てきてしまってるわけだし聞いても問題はないだろう。
「うーん……」
ミサキは少し渋るような仕草を見せた後、淡々と話し始めた。
簡単にまとめると、
カオンは、
俺が知らない国がまだ6つもあるのか……
「それだけじゃない。 大陸は全部で4つあるわ。 だからそうね……1つの大陸に6つ国があるとして、単純計算で全部で24つの国かしら」
俺ってまだひとつの国しか知らないわけだもんな。
やっぱりまだまだ世界は広いなー。
「ミサキちゃんって世界のことに詳しいんだ〜」
ミサキが一通り話した後、ナナが感心するようにミサキを讃える。
そんなナナに、俺の彼女すげーだろって言ってるタクミ。
タクミの様子を見るに、さっきのミサキの話には全く関心がないようだ。
「あ、これ可愛い〜どこで手に入れたの?」
サチとチカは、何やらシンジュが左手薬指につけているリングが気になるらしい。
女子特有の、本音かどうかもわからない、共感することが目的であるかのような会話を繰り広げている。
そしてその会話の矛先は、俺へと向けられた。
「これってムギくんがあげたん?」
「うん。 まぁ……」
確かにシンジュがつけてるリングも、タクミがつけてるピアスも、ミサキがつけてるネックレスも、あの時モモエさんから預かった、顔もわからない親からの贈り物だ。
「仲間の証だよねー」
シンジュはそう言って俺の腕を掴んで、リングとブレスレットをサチとチカに見せた。
「仲間の証かぁ……ムギくん一見クールそうに見えて、案外ロマンチスト」
「え? ムギがクール? 何かの間違いじゃない? あ、分かった! こんなに女の子に囲まれて緊張してるんだ」
シンジュがイタズラ顔で俺の顔を覗き込んできた。
ちっ、そんなんじゃねーよ。
俺がこの会話に消極的な理由が一つある。
そう。
クロカの存在だ。
彼だけ仲間の証を持っていない。
同じ団の仲間のはずなのに、これじゃあまるで仲間はずれだ。
単純に気まずい。
ふと、クロカの方を恐る恐る見てみると、遠くを見つめて水を飲んでいた。
拗ねてる……のか?そういえば、俺たちはまだクロカのことをよく知らない。
これから同じ団員として頑張っていく仲間だ。
話しかけてみるか。
「クロカってなんで
急に話しかけたのがいけなかったのか、彼は少しビクついた。
「僕は……幻竜団に入るしかなかったんだ」
「……?」
俺の方を見るわけでもなく、ただただまっすぐ前を見てそう言った彼の言葉の意味はよく分からないけど、その声色はどこか寂しげに感じた。
やばい、地雷だったか?とんでもない空気になったぞ。
タクミ、お前しかこの空気を変えれるやつはいない。
「クロカ君ってもしかして西部出身?」
タクミに助けを求めてみたけど、この重い空気を切り裂いたのはミサキだった。
「……うん」
「西部!? いいなお前! やっぱ便利なのか?」
西部出身の話に異様に食いついたのはタクミだ。
俺もこの話には興味がある。
西部に行った事はないけど、噂では東部よりはるかに発展していると聞いているからだ。
「ーーーーあそこはクソだ」
語気を強めたクロカの返答は俺が思っていたものとは違った。
それからクロカは、いかに西部がクソであるかという話を永遠とし始めた。
多分店員さんも、どん引きだっただろう。
店員さんにガメアのことを聞こうと思っていたけど、いつの間にやらクロカの独壇場と化す。
彼から発せられる西部の内情は、これまで憧れの土地だった幻想を打ち砕くには十分な内容だった。
ーーーーーー
僕はカオン西部の、とある家族のもとで長男として生まれた。
妹と合わせて4人家族。
とても裕福とは言えなかったが、どこにでもあるような一般的な家庭だ。
僕が呪力に目覚めたのは10歳になった頃だった。
家族の中で呪力に目覚めたのは僕だけだったが、
歳の離れた妹は超絶可愛いし、両親に至っても、僕が欲しいものはなんでも恵んでくれる、激甘の親バカだったのだ。入団して離れ離れになるなんてごめんだ。
僕はこのまま、家族4人で楽しい日々を過ごすはずだった。
そう、彼が西部の団長になるまでは。
ワカマルがカオン西部の団長に就任したのは、今から3年前。僕が12歳の時だ。
まだ若く、容姿端麗なワカマルの団長就任によって、カオンの奥様方はおおいに湧いた。
奥様方だけではない。新しい団長の就任に、カオン西部全員が期待を込め、民衆は湧いていた。
もちろん僕もその1人だ。
しかしそんな期待も、新たに作られた規則によって打ち砕かれることになった。
団長就任早々、ワカマルはカオン西部の住人に、毎月多額の金品の献上を義務とした。
神獣から守ってくれているわけだ。呪力を扱えないロピ人は誰も逆らえない。
渋々金品の献上をする羽目になったわけだが、いかんせん裕福な家庭ではない。
みるみるうちに生活は困窮していき、しまいには家を手放すことになった。
僕たちだけではない。月日が経つにつれ、金品の献上が困難になっていく住人が増えた。
今や西部で暮らせるのは、裕福な貴族出身者ばかり。
金品の献上が困難になった住人は、ワカマルの本拠地で、まるで奴隷のように肉体労働を強いられている。
僕の家族も例外ではない。父さんも母さんも、妹までも、ワカマルのもとで日々肉体労働。
僕は家族を救わなければならない。
僕が西部の団長になって、この地獄のような日々を終わらせる。
ーーーーーーーーーー
「パパ……お腹減ったよ」
1人の少女が、暗い部屋の中で呟く。
少女にパパと呼ばれた男は、足元に置いてあるパンが乗ったお皿を少女の前へと置いた。
「ルカ、足りるか?」
ルカと呼ばれた少女は、目の前に置かれたパンをムシャムシャと食べた。
「ルカ、これも食べていいわよ」
そう言って男の隣に座っていた女性も、パンをルカの前へと移動させる。
「これも貰っちゃったら、パパとママの分が無くなっちゃう」
ルカはそう言うと、今度は目の前に置かれたパンを食べようとはしない。
「いいのよ。 パパとママは強いんだから。 ほらっ」
ルカは母親の言葉に、少し考える素振りを見せると、パンを半分にちぎって片方を母親へと渡す。
「こんなに食べたら太っちゃう……」
ルカはそう言ってちぎったパンを食べた。
両親は娘のその姿を見て、ふふっと少し微笑むと、ちぎられたパンをさらに半分にして、口に放り込んだ。
「お兄ちゃん今頃どうしてるかなぁ……」
「きっと今頃、無事学校を卒業して、
「お兄ちゃんはいつ団長になるの?」
「きっとすぐよーーーーこんな生活もそれまでの我慢。 お兄ちゃんが団長になったら、ルカも太っちゃうかもしれないよ」
えー、と嘆くも、どこか嬉しそうな娘を見て、母親は微笑み、頭を撫でると、枝のように細い腕を掴んで抱き寄せた。
「ルカ。 お兄ちゃんが団長になったら、今のお母さんのようにクロカお兄ちゃんを思いっきり抱きしめてあげるんだぞ」
母親の腕に包まれた娘を見ながら父親が言う。
「うん。 分かった。 団長になるって凄いことだもんね。 いっぱい褒めてあげなきゃ」
ルカはそう言って、母親の腕の中で目を閉じ、微笑んだ。
「いい子だ。 だからそれまでは絶対に……絶対に……」
----ガコッ----
蝋燭が一本だけ灯された六畳ほどの部屋の中。唐突に扉が開き、太陽の日差しが中を照らす。
「時間だ。 ワカマル様のため、今日もせっせと働くのだ」
カオン西部では今日も、ワカマルの部下が、金品の献上が困難になったロピ人たちを過酷な労働へと連れ去っていく。
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