第八話 壁の外

 東軍に見習いとして入団した翌日、早速壁の外に出ることになった。


 生まれてから、初めての壁の外だ。

 一体どんな世界が広がっているのだろう。


 一応拠点を出発する前に、ツヨシマル団員の腹を団員全員で撫でるという謎の儀式を行ってからの出発となった。


 そしてついに期首壁ビギニンウォールの目の前まできた。


 15年間でここまで壁に近づいたのは初めてだ。壁の高さは約70メートルほど。見上げていると首が痛くなる。


 壁には厳重に警備された門があり、見張り役であろう甲冑を着た騎士が門番として立っていた。

 

 俺たちは団長らを真似して、マントのフードを深く被る。

 どうやらこの幻竜団げいりゅだん特有の赤茶色のマントが、門を通る時の一種の通行券らしい。


 確かに門に近づくと、騎士が俺たちの姿を確認するなり、敬礼をして門を快く開けてくれた。


 ついに外に出ることができる。15年間ずっとこの中の世界しか知らない俺たちにとってそれは未知の世界に行くようなものだ。


 特にシンジュ。こいつは初めて会った時から壁の外に出たいと言っていた。

 いったい今はどんな顔をしているのだろう?


 ふとシンジュの方を見てみた。

 フードに隠れてよく表情はわからないが、微かに見える口元は確かに笑っている。


「ちょっとムギ、ニヤケすぎよ」


 そう言ったのはシンジュ。

 どうやら俺も嬉しさが顔に出てしまっているみたいだ。


「そういうお前もな。 まぁずっと言ってたもんな」


「うん。 楽しみ〜」


 シンジュは分かりやすいくらい普段の声色とは半音高い返事をする。

 かなりテンションが上がっているみたいだ。


「よし! 行くぞお前ら」


 団長の言葉を合図に門をくぐった。 

 壁の厚みは約20メートルほど、門をくぐってから出口までは暗いトンネルを少し歩く。


 壁は想像していたよりもはるかに分厚かった。

 それだけ外にいる魔物たちは凶暴ということか。

 楽しみ半分、少し背筋が伸びて緊張感が込み上げてくる。


「よしここだ」


 団長が立ち止まると、目の前には大きな扉があった。


「この扉は呪力でしか開かない仕様になっている。 タクミ、やってみるか?」


 待ってましたと言わんばかりにタクミは一歩前に出る。

 扉には手形が掘られており、そこに呪力を流し込むと開く仕様になっているらしい。


 タクミが手形に手をはめ、呪力を流し込むと、扉が白く光り始めてガコッという大きな音と共にゆっくりと開き始めた。


「さすがだな。 新人が一発で開けたのは初めてだぞ」


 タクミは軽々開けたように見えたが、実はかなりの呪力量を必要とするらしい。

 新人で開けられるやつが初めてなのはもちろん、ベテランの団員たちでも2人がかりで開ける人たちもいるという話だ。


 というのも、簡単に出入りできないようにする為らしい。


 今まで暮らしていたカオンが、どれだけ厳重な守りを固めていた所だったのか思い知らされる。

 それと同時に、これだけ厳重に守らなきゃいけない国家機密とは何なのだろう。 


 扉の向こうから太陽の日差しがトンネルの中へと降り注ぐ。

 暗闇に慣れてしまった目には少し眩しく、少し目を逸らしてしまった。

 徐々に目が慣れてくると、扉の向こうの世界が目の前に広がってきた。


 これが……


 一目散に外に駆け出したのは案の定シンジュだった。


 それに続いて俺たちも外の世界に出た。


 そこには見渡す限り広大な土地が広がっていた。

 建物は何もない。

 そう何もないのだ。

 

「ここはガメアだ」


 そう言ったのは副団長のユウキさん。

  

 果てしない大地ガメア。

 目の前にはカオンとは比べ物にならないほど広大な土地が広がっている。


「ガメア……」


「あぁそうだ。 これだけ広大な土地。 至る所に魔物は潜んでいるから油断するなよ」


 見る限り俺たち以外に何かがいるようには見えないけど……


 そう思っていると突然突風が吹いた。

 咄嗟に砂が目に入らないようにさらにフードを深く被る。


「早速洗礼を受けたな」


 ユウキさんが言うには、ここガメアは超常的な自然現象が度々起こるらしい。

 そうこうしているうちにさらに風は強くなってきた。


「もうすぐ砂嵐が来る。 移動するぞ」


 団長はそう言って、首にぶら下げていた龍笛りゅうてきを鳴らした。


「移動するって一体どこにですか?」


「俺たちがよく行ってる集落がある。 そこまで行けばひとまず安全だ」


 団長はそう言っているが、これだけ広大な土地。

 移動するのも大変だし、集落なんてものがある様子もない。


「歩いてですか?」


「こんな砂嵐の中歩いて行くわけがないだろう。 さっき合図を送っておいたからもうすぐ来るはずだ……ほら」


 そう言って団長はある場所を指差した。

 その方向を見てみると、5匹の狼がこちらに向かってくるのが見える。


 俺たちのところに来た狼は、普通ではなかった。

 なんと言ってもでかい。

 体長2メートルはゆうに超えているだろう。

 その中でも一際大きいやつに関しては、大きなツノまで生えている。


「よし乗れ」


 団員たちは慣れた様子でその狼にまたがる。

 俺たち新人5人もそれぞれ団員たちの狼に同乗した。

 体重が軽い女子は、1匹に3人同時乗りをすることに。

 俺は団長が跨っている1番大きな狼に乗せてもらうことになった。


 うわっすげー!

 こんなのカオンの中じゃ、見ることなんてなかった。


「お前ら、振り落とされないようにしっかり捕まってろよ」


 言われた通りに捕まっている手に力を込めると、狼が一斉に走り出した。


 ーー速い……あっという間に壁から遠ざかっていく。

 しっかり捕まっていないと振り落とされそう。

 

 俺は風の抵抗を受けないように姿勢を低くした。

 

「カオンの外にはこんな大きな狼がいるんですね」


 速さにも慣れ始めた頃、素朴な疑問を団長に投げかけてみる。

 人2人を乗せて走れる狼なんて聞いたことがない。


「まぁな、こいつらは魔物だ……」


「……え? じゃあこいつらも討伐対象ですか?」


「ひとくちに魔物といっても、悪いやつばかりじゃない。 使い方次第では俺たちの味方になる場合もある」


 そういうものなのか……まぁ確かに移動するにはもってこいの魔物だな。

 そもそもの話、魔物って手懐けれるのか。

 

「名前はなんていうんですか?」


「このデカいのが、犬神のタロウ。 残りの4匹はまだ名がないな。 よかったらつけてやってもいいぞ」


 チラリと、後方の4匹を見る。

 名前をつけて良いって言われたって、このタロウってやつ以外は全部同じに見えるから誰が誰だかわからなくなりそうだな。

 

「いや、遠慮しときます」


「そうか」




 しばらく砂嵐の中を走っていると、前方に建物らしきものが見えてきた。

 どれくらい走っただろう。

 時間にすると5分ほどだが、かなりの距離を走ったような気がする。


 さっきまでの景色が嘘だったかのように、そこには小さな集落があった。

 砂嵐は依然収まる様子はないので、集落の人たちが外を出歩いている様子はない。


 犬神タロウたちはスピードを徐々に落として、ある一つの建物の前で止まった。


「ここだ」


 団長はそう言って犬神タロウから降りると、砂を払い落とした。

 俺たちもそれに続くように狼から降りて、砂を払う。


「ここまでご苦労だったな。 散っていいぞ」


 団長の言葉が通じているのか、犬神タロウたちは頭を一瞬下げて帰っていった。


「言葉が通じているんですか?」


「あいつら喋れるぞ。 ただシャイだから今日は喋んなかったけどな。 ほら上がるぞ」


 壁の外に出てから初めて見聞きすることばかりだ。

 平然としている団員たちを見るに、これが普通のことなのだろう。


 世界はまだ俺が知らないことばかりだ。


 まだまだ広い。


 目的の店は建物の2階にあるみたいだった。

 階段を上がり店のドアを開けると、いらっしゃいませー!と言う甲高い声が聞こえてきた。 

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