第五話 尻に敷かれるのは恥ずかしいことじゃない

 筆記テストの2日後、無事に合格した俺たちは、政府機関太府たいふの前にある広場に集められた。

 周りを見てみると、合格した生徒たちが集まっている。

 ぱっと見35、6人くらいだろうか。

 他のクラスの生徒たちもいるので、見たことがない生徒の顔もチラホラあった。


「まずはみな、無事に合格おめでとう。 わしは幻竜団を統括しておるセイメイと申す。 早速君たちにはこれより3つの団に分かれてもらう。 名を呼ばれた者から順に、所属する団長の前に並ぶのじゃ」


 ……あのお方が、幻竜団げいりゅだんを統括するセイメイ様か。

 確かに雰囲気あるな。


 白い顎鬚を生やし、髪は真っ白な長髪。いかにもな雰囲気を漂わせている。

 セイメイ様が広場の前にある壇上でそう宣言すると、どこから来たのか、3人の男が姿を現した。

 左から、緑の眼鏡をかけた男、坊主頭で腰に剣をさしている男、金髪で腕組みをしている男。


 この3人が各軍の団長たちか。

 どの軍に所属することになっても頑張らなくちゃ。


 まず初めに名前を呼ばれたのはタクミだった。


 タクミがセイメイの元に歩いていくと、何やら耳打ちをされて真ん中の坊主男の前へと歩いていった。


 どうやら、どの軍に所属するのか耳打ちがあるらしい。

 その後も続々と生徒の名前が呼ばれ、それぞれ3人の男の前に並んでいく。


 俺の名前が呼ばれたのは半分くらいの生徒が呼ばれた後だった。

 所属するのは、真ん中の男の軍。タクミと同じだ。

 そうして生徒全員の名前が呼ばれた。


 ミサキ、シンジュの2人も俺たちと同じ軍だった。


「どうやら俺たち4人は離れたくても離れられん運命みたいだな」


 なぜかドヤ顔をしているタクミの言葉に苦笑いで返すと、団長である坊主の男が口を開いた。


「幻竜団東軍団長鬼仁法眼きじんほうげんだ。 お前ら分かってると思うが、これから1年間は見習いとして東軍に所属してもらう。 俺は気合いが入っているし、生ぬるい指導を行う気は全くない。 見込みがないやつはこの1年間の中で、どんどん脱落させるぞ。 覚悟するように」


 男の声を聞いて、筆記テストの試験官はこの男だったとすぐに気がついた。

 どうやら俺たちが所属する軍の団長はホウゲンという名前らしい。


「まずはお前らの実力が東軍に値するのかを見てみたい。 そんなわけでこれから1人ずつ俺と戦ってもらう。 値しないと感じたやつは、この時点で見習いとしての適性なしと判断する。 本気でこいよ」


 え、まじか。


 つい昨夜試験の合格通知が届いたばかりだというのに、一日も経たずにまたふるいにかけられるなんて。

 他の生徒も納得いっていない様子で、盛大なブーイングが団長に向けられている。

 しかし、それほどまでに団員になるというのは、危険なことなのかも。


「まぁまぁそんなカッカするな。 中途半端な実力のやつは、団員になっても早死にするだけだ。 幻竜団になれば、カオンを邪悪な魔物から未来永劫守らなければならない。 ここで暮らす人々のことを考えたら審査が厳しくなるのも当然だ」


 そうしていきなり、ホウゲンと生徒たちのタイマンが始まった。

 5人の生徒がタイマンを終え、今のところ合格者はなし。

 残すは俺たち4人と夜月やづきクロカという生徒だけになった。


 おいおい、これ誰1人合格できないんじゃない?


「こんなのただ団長が自分の力を自慢したいだけじゃない。 その証拠にみんなボコボコにやられてる」


 確かにシンジュの言った通りかもしれない。

 そもそも昨日までただの学生だったのに、団長に勝てるはずがない。


「いや、あいつらの実力がないだけじゃないか」


 タクミはそう言って笑っている。


「よし次、 クロカ」


 団長は次にクロカを指名し、タイマンが始まった。


 クロカとはクラスが違うのでそれほど詳しいわけではないけれど、名前くらいは聞いたことがあった。

 他クラスに噂が流れるくらいなので、そこそこ実力があるのだろう。


 小柄な体格でキノコ頭の彼からは、あまり期待できる様子もないけど。


 クロカが団長の前に立つと、先ほどまで穏やかに吹いていた風が音を立て吹き荒れはじめた。

 10秒も経たないうちに、広場の砂粒が風によって煽られ、一箇所に集まっていく。


「ほう。 やっとまともな生徒が出てきたか」


 団長はそう言って指をポキポキと鳴らす。


 風によって集められた砂粒がだんだんと人の形を成しはじめ、クロカの思惑どおりに動く分身と化した。


ーー”形態ゲシュタルト”ーー

 あらゆる物質を自分の思惑通りに操ることができる呪力。

 高等な呪力の一つとして数えられるものの一つだ。


 やっぱ前言撤回。

 見た目によらず、かなり呪力の扱いがうまい。


 クロカってやつ器用だな。 ”形態ゲシュタルト”を分身として使う手があったとは。練習しておこう。


 まず先手を打ったのはクロカの方だった。

 分身が団長に正面から殴りかかる。

 団長が分身の拳を受け止めようとし、視線が拳に集まった瞬間、クロカは分身を解除した。

 分身はただの砂粒に戻り、あっという間に団長をすっぽりと囲ってしまった。


「やるな。 あのクロカとかいうやつ。 あれじゃまるで小さな砂嵐だ。 中にいる団長の視界はゼロだろうよ」


 タクミはニヤニヤしながら戦況を見守っていた。


 クロカは、砂嵐の周りにさらに3体の分身を作り上げ、4人で一斉に団長に殴りかかる。


 団長の視界はおそらくゼロ。

 やったか!


 そう思ったのも束の間、不思議なことに、3人の分身はクロカ本体の体を拘束した。


 クロカ本人も何が起こっているのか分かっていないのか、困惑の表情を浮かべている。


「なかなかいい線をいっているが、”形態ゲシュタルト”で作った物質はさらに強い呪力へと従う性質を持っている。 分身として使用するのはいいが、相手の力量を押し測った上で使用しないと、ただ自分を苦しめる分身を作り上げるだけだぞ。 でもまぁお前は合格だな」


 団長はそう言って、分身を消滅させた。

 拘束を解かれたクロカはその場にへたりと倒れ込んで動かなくなった。


「あれだけの呪力を使用すれば気絶するのも無理はないわ」


 シンジュがつぶやく。


「やっぱり幻竜団の中でも団長ともなるととんでもないわね。 息一つ上がってないわ」


 ミサキの言った通り、団長は涼しい顔をしている。

 

 す、すげー。

 学年で噂が流れるほどの彼がまるで赤子扱いかよ。

 となると、学年一の実力のタクミは一体どれくらい善戦できるんだろう。

 そして俺は?

 一応、学校の中だったらタクミの次に強い自信があるけど。


 ふと、タクミを見てみると、目をぎらつかせていた。

 さすが戦闘狂である。

 早く戦いたくてうずうずしているのだろう。


 わかるよその気持ち。


「よし。 タイマンはこの辺で終わりだ。 残りのお前らは合格でいいぞ」


 団長はいきなりタイマンを切り上げた。


 え、終わり?

 

 これに納得していないのがタクミだ。


「おいなんでだよ。 俺とも戦えよ」


「俺は10人の中で、成績が下のやつからタイマンを仕掛けていった。 クロカが合格になった時点で、それより呪力の成績が上のお前らとは戦う意味がない。 今日のところは終わりだ。 そこで寝てるやつを連れてついて来い。 新入りのお前たちに、俺の団員の紹介と寝床を教えといてやる」


 団長はそう言ってマントのフードを被る。


 実力試しにやってみたい気持ちもあったけど、合格になったならまぁいっか。


「らしいぞタクミ。 さっさと着いて行こう」


 俺の声にタクミは全く動かない。

 

 まじかこいつ。

 あーあ、こうなったらタクミはもうだめだ。

 俺の声なんて聞こえちゃいない。

 完全に戦闘モードに入っちゃってる。


 案の定、タクミはスタスタと団長の方へと歩いていく。


「獅子タクミ。 お前のことはよく知っている。 呪力の成績で一位だったらしいな」


「ただの一位じゃないぜ。 の一位だ」


「ちょっとタクミ! 今のあなたじゃ勝てるわけないって」


 シンジュが止めに入るが、今のタクミには聞こえていないよ。


「本当に俺と戦うのか? お前のプライドがズタボロになるぞ」


 まぁ、やめておいた方がいいのは分かってるけど、ちょっと2人の戦いを見てみたい気もする。


 団長は、微塵も自分が負けるとは思っていない余裕の表情でタクミを煽り始めた。

 そしてついに2人が正面に向き合った。


 空気が張り詰めて、2人が放つ覇気がヒリヒリと大気を伝って肌をチクリと刺す。


「ねぇ! いい加減にして!」


 ピリピリと張り詰めた空気の中、それを切り裂くように叫んだのはミサキだった。

 初めて聞く彼女のその声に全員の動きが止まる。


 おいおい、そんな声出せるのかよ。

 でもいくら彼女のお願いだとしても、今のタクミは聞く耳を持たないだろう。


「ごめんなさい。 ちょっと早とちりしすぎました。 頭冷やします」


 あれ?

 こんなあっけなく?


 タクミがそう言うと、ミサキはスタスタと彼の方へと歩いていき、ゲンコツを1発お見舞いした。


 いくらタクミといえど、彼女には頭が上がらないらしい。

 さっきまでの勢いはどこへやらといった感じで、ヘコヘコしている。


「分かったなら、早くクロカをおんぶしてちょうだい! 案内してもらうわよ」


「はい!」


 ミサキの言葉にタクミは大きな返事をし、キビキビとクロカの方へと駆け寄り、ひょいと持ち上げた。


「ふんっ。 ついてこい。 今日は入団祝いだ」


 一時はどうなることかと思ったけど、なんとか無事に入団することができそうだ。

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