第三話 運命の日

「ムギくんもシンジュからこの話聞いたでしょ?」


「さっき外で見張りをしてた時に聞いたよ。 てっきりシンジュの聞き間違いかと思ってたけど、ほんとにあるのか?」


「私も話を聞いた時は半信半疑だったけど、もしかしてと思って図書室を探ってみたの」


「で、それについて書かれてる本があったってこと?」


「残念ながらそれについての本はなかったわ。 とりあえず、私たちが生まれる遥か昔の地形について書かれた本を数冊パクってきたわ」


 ミサキは学校内ではダントツで頭がいい優等生だけど、ただ真面目というわけでもなく、たまにこういった大胆な行動を起こすことがあった。

 まぁそれも彼氏であるタクミの影響が大きいのだろう。


「さすがは俺の彼女だな。 無事にここを出たらその地下洞窟とやらを調べてみるか」


「それよりタクミは明日の筆記テストが最優先。 これで卒業できなかったなんてことは勘弁してよね」


「それは任せろシンジュ。 俺のためにわざわざみんなありがとよ」


 そんなことを話しているうちに、俺たちは無事に学校の外へと出ることができた。

 見た感じ先ほどの見回り隊がいる様子はない。


「近くにはいないみたい」


「よし、目的も達成したしさっさと帰ろう。 念の為シンジュは常に呪力で周りを警戒しといてくれ」


「はぁ……簡単に言うけど結構疲れるんだから」


 俺の頼みに、シンジュは大きくため息をつきながらも呪力を念じた。


 そうして俺たちは明かりのない道を歩き始めた。

 目の前に見える、両脇を木々に囲まれた一本道を抜ければ、カオン中央へと向かうことができる。


 ここまで来ても気配を感じないのなら、見回り隊も帰ってるだろう。


「ここまでくれば安心でしょ」


 シンジュもそう思ったのか、いつの間にやら呪力を解いていた。

 一本道も中間くらいまで来て、微かにカオン中心部の明かりも見えはじめた時、ふと先頭を歩いていたタクミが立ち止まった。


「どうした?」


「ちょっと静かに」


 そう言ったタクミの声は、先ほどまでの声色とは違っていた。小さいが力強く、たった一言でこの場に緊張感を持たせるだけの迫力があった。


「シンジュ。 もう一度周りを感知してくれ」


「えぇまたぁ?」


「いいからっ」


 しぶしぶタクミに言われた通りに目を瞑り、感知をはじめたシンジュだったが、何かを感じ取ったのか急に目を開けた。


「誰かいたのか」


「うん」


「どこに何人くらいいた?」


「それが……」


シンジュはおもむろに地面を指差した。


「ん?」


「さっきの見回り隊の人達だと思うんだけど、場所が……」


「どこにいる?」


 タクミが聞くと、シンジュはもう一度地面を指差した。


「この下。 私たちが立ってる地面の下にいる」


 シンジュ以外の3人は目を合わせた。


「おいおいまじかよ。 ってことはつまり……」


 どうやら地下洞窟というものは本当にあるらしい。 でなければ、地面の下に人の気配を感知するはずがない。


「それは確かなの?」


「うん! 絶対ぜったい!」


 ミサキの問いに、シンジュは語尾を強めて主張した。


「この下に未知の洞窟が広がってるのか……」


 視線を足元へと落とし、この下に広がっているだろう世界を想像する。

 時間にして1秒ほどだろうか。

 再び視線を上げると、シンジュと目が合った。


 暗闇でも分かるくらい輝いた目を見ると、何を訴えているのかすぐ分かる。


 めちゃくちゃ行きたそうにしてるな……


「行くかっ」


 俺の言葉にシンジュが頷きかけた瞬間、ミサキが待ったをかけた。


「ダメよ2人とも。 地下洞窟に行きたいのはやまやまだけど、今日のところは安全に帰って、明日の筆記テストに備えるのが得策だと思うわ」


「まぁ地下洞窟も気になるけど、ミサキの言う通り、今重要なのは明日の筆記テストだな。 なんせ俺が幻竜団げいりゅだんになれるかどうかが懸かってるからな」


 カップルのど正論に、俺たちは反論することができず、しぶしぶカオン中央地へと帰ることになった。


 その途中タクミにある疑問をこっそり投げかけてみた。


「おいタクミ、 さっきなんでいち早く見回り隊の気配を感じ取った? お前も呪力で感知してたのか?」


「ん? あれ無駄に疲れるし、呪力は使ってねーぞ。 お前聞こえないのか?」


「聞こえないって? 何が?」


「音」


「音?」


「超音波みたいな音がさっきからずっと鳴ってんじゃん」


「今も?」


「マジで聞こえないのか? あー、頭がおかしくなりそー」


 タクミはそう言って自分の頭を叩きながら先導を切って道を歩いていった。



----




「よーしお前ら、お待ちかねの筆記テストをしていくぞ!」


 教壇に立って生徒にそう宣言したのは、フード付きマントに身を包んだ男だ。

 顔は、深く被ったフードに隠れていてよく見えない。


「残酷だが、今日でお前らの命運は分かれることになる。 不合格ならこの先呪力を使うことは法律により禁ずる」


 この特徴的な赤茶色をしたマント……

 間違いない!

 今目の前に立っているこの男は幻竜団の1人だ。


「これは脅しじゃなくて事実だからな。 そうならないためにも今日まで勉強してきたんだろ〜」


 男はそういうと、パンッ!っと手を叩いた。

 するとそれが合図だったかのように、教壇に積まれていたテスト用紙が一斉に宙を舞い、50人ほどいる生徒一人一人の机へと飛んでいった。


 机の上に飛んできたテスト用紙に目を落とすと、そこには星崎ムギという名前が書かれていた。


 いよいよテスト開始か。


 テスト中、ふとタクミの方を見てみると、よほど余裕なのか机に突っ伏して寝ていた。

 そんなタクミの彼女であるミサキの方はというと、学年一の優等生らしく無駄に姿勢良くテストを解いていた。


 後ろの席に座るシンジュの姿はわからないが、頭は悪くない方なのでひとまず不合格になることはないだろう。


 3人の様子を伺ってから、テスト問題に集中する。


 あれだけタクミを煽っておいて、俺が不合格というのはあまりにもかっこがつかなすぎるしね。


 90分ほどでテストは終わった。

 落胆する生徒、ガッツポーズをしている生徒、命運を分けるテスト後の教室の中は、さまざまな生徒たちで溢れかえっていた。


「ムギテストどうだったー?」


 そう言いながら、シンジュが俺の背中を突っつく。

 振り返って見えたシンジュの様子からして手応えがあったのだろう。


「まぁ無事にこれからも呪力は使えそうかな。 その様子だとお前も大丈夫そうだな」


「まぁね。 ムギだけには負けたくないし」


「はいはい。 ミサキは大丈夫だとして、問題はタクミだよな。 あいつテスト中寝てたぞ」


「はぁまじ? 昨日あんだけ協力してあげて……これで出来なかったなんて言ったらまじ許さんあいつ」


「まぁなんだかんだやる時はやるやつだし大丈夫だろ」


 うん、タクミには合格してもらわないと。

 入学以降、俺はタクミの背中を追いかけてここまできたんだ。

 こんなところで脱落してもらっちゃ困る。


 しばらく待っていると、2人が俺たちの元にやってきた。


「おいタクミ、寝てたみたいだけどちゃんと出来たんだろうな」


「寝てたのバレてたのか。 まぁテストの方は昨日のみんなの協力のおかげで無事にできたぞ」


「できたっていうか、昨日帰った後回答用紙に答えを全部私が書いたんでしょ。 それを提出しただけじゃない」


 タクミの横でミサキが呆れながら言った。


「だから余裕ぶっこいて寝てたのか」


「おうよ。 1時間半いい睡眠ができたわ。 そういうお前らはできたのか?」


「当たり前じゃん! こう見えて私普通に勉強できるからね」


 タクミの質問に、シンジュが前のめりになって答えた。


 ひとまず4人とも不合格ということはなさそうな雰囲気だな。


「それよりあの男すごかったな。 あれだけの人数のテスト用紙を寸分狂わずに呪力で配ったぞ。 俺にもできっかなー?」


 クラス一のタクミでも嫉妬してしまうほど……やっぱ幻竜団ともなればあのレベルがゴロゴロいるのかな。


「タクミでも難しいの?」


 シンジュが問いかけた。


「飛ばしたいものと飛ばす場所の指定をあれだけサラッとするのは、かなりの集中力が必要なはず。 しかもあの数……ランダムに配るだけなら……」


 いつもはバカだけど、呪力のことだけで言えば誰にも負けたくないというプライドが、タクミの言葉の節々に感じられる。


「タクミがそれだけ言うんだったら、あの男相当すごいのね」


「負けねーけどな」


 シンジュの言葉にタクミはそう答えると、手に持っていたカバンをひょいと肩にかけ、教室のドアへと歩き出した。

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