第二話 侵入大作戦

 俺たち4人は店の後にし、学校へと続く道を歩いていた。


 愛神山学校まなかみやまがっこうは、カオンの東側に位置する「愛神山まなかみやま」のふもとに建てられている。

 綺麗な三角錐さんかくすいをなす愛神山は、その姿形から人工的に作られた山なのではないかという噂もあるようだが、人間がこれほど巨大な山を作れるとは到底思えないし、あくまでも噂であり、真偽は分からない。


 太陽が沈みはじめた頃、学校の入り口に到着した。


「案の定、みんな帰ってるっぽいな」


 太陽が沈み、月明かりに照らされた町に佇む愛神山と、その麓に位置する学校を前に呟く。

 見慣れた景色と言えど、昼間とは違った顔を見せる愛神山は、不気味な存在感を放っている。


「ムギ、びびってるの?」


 そんな俺の心情を察してか、シンジュがニヤニヤとこちらを見ながら呟いた。

 口ではそう言うものの、隣に立つシンジュも、不気味にそびえ立つ愛神山を前にびびっているらしい。

 その証拠に、唇が小刻みに震えているのが見える。


「ビビってねーし。 そういうお前も唇震えてるぞ」


 俺の反撃にシンジュはふんっと顔を逸らしてしまう。


 びびる俺たち2人をよそに、タクミとミサキは全くびびっていない様子だった。

 夜の学校に潜入するワクワクを抑えきれていないのか、キラキラと目を輝かせているタクミと、そんな彼を冷めた目で見ているミサキが、タクミの肩越しに見える。

 まだ肌寒い夜風がビューっと吹いたのを合図に、店で話していた内容を再確認するかのようにタクミが指示を出す。


「よし。 予定通りムギとシンジュはここで見張っていてくれ。 ミサキいくぞ」


 それだけ言ってタクミはミサキの手を取り歩き出した。


 夜の学校へと侵入する2人の後ろ姿が校舎の中に消えるのを確認してから、脇道の石に腰を下ろした。


 シンジュは相変わらず目の前に立ったまま動こうとしない。


「どうした? びびって動けなくなったのか?」


「はぁ? 違うし! 夜の学校って行くことないからちょっと行ってみたいだけ!」


「行けばいいじゃん。 見張りって言ってもこの時間は誰も来ないだろうし、俺1人で十分」


「も〜相変わらず意地悪だな」


 シンジュは見るからに行きたそうにしているが、流石に1人で夜の学校に潜入するのは怖いのか、結局俺の隣へと腰を下ろした。


 人気のない学校の入り口では、ただただ木々が風に靡く音だけが聞こえる。

 そんな静寂が気まずくなったのか、先に口を開いたのはシンジュの方だった。


「ねぇムギ、知ってる? 愛神山には秘密の地下洞窟があるんだって」


「地下洞窟? なんだその話?」


「この前の呪力の授業の放課後、うちだけ先生の手伝いで残ったことあったじゃん? 実はあの時好奇心で学校の中を少し探索してみたの」


 3日ほど前。授業終わりにその日日直だったシンジュが居残りをしていた事があった。


「その時、一階の図書室から先生たちの話し声が聞こえたのよ。 そんなの興味本位で盗み聞きするに決まってるじゃん?」


 あたかも盗み聞きすることが当然かのように話すシンジュ。


「扉越しだったから正確に全部聞き取れたわけじゃなかったけど、"愛神山の地下洞窟"っていう単語は確かに聞き取れたの。 ねぇどう思う? めっちゃワクワクしない?」


「うーん…15年間この愛神山があるカオンで暮らしてきてるんだけど、そんな話は聞いた事がないな。 聞き間違いなんじゃないか? 授業でも教えてもらってないし」


 俺の返答に納得いっていないのか、シンジュは口を尖らせて黙ってしまった。


「ミサキなら何か知ってるかもな。 帰ってきたら聞いてみるとするか」


「もう聞いたけど、ミサキも知らないって言ってた」


「あのミサキも知らないんだったらやっぱりそんな話はないんだよ。 聞き間違いじゃないのか」


 俺の返答にシンジュは、またもや口を尖らせて黙ってしまった。


 2人が学校に侵入してから随分と時間が経った。

 予定では15分ほどで戻ってくるはずだったが、そんなものは当に過ぎている。


「随分遅いな。 まさか……先生に見つかって捕まったんじゃないだろうな。 シンジュ、ちょっと呪力で様子を見てくれ」


「任せて」


 シンジュはそう言うと、目を閉じて大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。


 シンジュは4人の中でも人の気配を感知する呪力に長けている。

 タクミがシンジュを見張り役として選択したのもこの呪力が長けているからだろう。


「だめ。 まだうちが感知できる範囲まで2人はきてない」


 シンジュはそう言うと目を開けて大きくため息をついた。


「ってことはまだ学校の奥にいるのか。 何やって」


「ちょっと待って!」


 俺の言葉を遮るようにシンジュは再び目を閉じた。


「気配を感じる……でもあの2人じゃない。 大勢の気配を感じるーーそれに学校とは真逆、この道の奥からこっちに向かってる」


 シンジュはさっき俺たちが通ってきた一本道を指差した。


「距離にして約50メートル先……」


「緊急事態発生だ。 作戦は中止にしよう。 今すぐあの2人に知らせなきゃ」


「わかった」


 この時間帯は誰も来ないと踏んでいたが、その考えは少々甘すぎたようだ。

 先ほどまで辺りを照らしてくれていた月は、雲に隠れてしまったのか辺りは真っ暗。

 数メートル先さえ見えない状況だが、シンジュの指差した先には数個の松明の明かりが見える。


「足音立てるなよ」


 シンジュの手を引き、足音を立てないようにゆっくりと学校へと近づき、門をゆっくりと開いた。 

 幸いなことに、学校の敷地内は、目を閉じていても場所がわかるくらいには通っているつもりだ。

 明かりがないくらいで迷子になることはないだろう。


 息を殺し、頭の中にある学校内の地図を頼りに2人を探す。

 シンジュの手を握って先導し、彼女は常に呪力で2人の気配を探っていた。


「見つけた」


「どの教室にいる?」


「一階図書室に2人の気配を感じる」


「図書室? 職員室とは真逆じゃないか。 一体何してんだ」


「早く行こ。 作戦中止を伝えなきゃ」


「そうだな」


 シンジュが言うには、先ほど感知した大勢の人の気配は学校の中へまでは来ていないらしい。


「図書室まで後少し、まだ2人はいるか?」


「うん。 まだ中にいる……けどちょっと待って」


「どうした?」


「流石にずっと呪力を使うのは疲れる」


 シンジュはそう言って、肩で息をしながら呪力を解いた。


「……ふぅ、もう大丈夫。 いこっ」


 息を整えて再び歩き出すと、暗闇に慣れた目の先には、ぼんやりと図書室という文字が見えた。

 音を立てないようにゆっくりと図書室の扉を開けて中に入る。

 図書室の中は、壁の所々にある蝋燭の灯りのおかげで少し明るい。

 そのおかげもあってタクミとミサキはすぐに見つけることができた。


「おいタクミ、こんなとこで何してんだよ。 無事に見つかったのか?」


「ほれっ! この通り!」


タクミは満足気な顔をこちらに向け、手に持っていた紙をこちらに見せた。


「じゃあさっさと帰ろう。 外から誰か来た。 見つかるのも時間の問題かも」


「いや、ちょっと待ってくれ。 ミサキどうだ?」


 タクミはそういうと、何かを探している様子のミサキへと視線を落とした。


「うーん……これだけあれば十分かな」


 そう言ってミサキは手提げ鞄の中に数冊本を入れると、ひょいと立ち上がった。


「その本は?」


「事情は後で説明する。 とにかく早く帰りましょ」


「シンジュ。 さっきの奴らはまだ来てないか?」


「まだうちが感知できる範囲には来てないっぽい」


 シンジュのその言葉を信じて、図書室を後にした。


「まさか、こんな時間にも学校に見張りの人達が来るとはな。 何人くらいいた?」


  暗闇の中で見た松明の数を思い出してみる。


「結構距離が離れてたから正確には分からないけど、6人くらいいたかな。 ところで、さっき鞄に入れてた本って?」


「愛神山の地下洞窟についての本よ」


 タイムリーすぎるミサキの言葉に、俺とシンジュは顔を見合わせた。

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