第一章 少年期 見習い編
第一話 テスト前夜作戦会議
「おーいムギ。 いつまで寝てんだよ」
微かに聞こえるその声に、机に突っ伏していた頭を上げると、そこには見慣れた顔があった。
短く切り揃えられた黒髪をツンツンに立たせた男が、俺の机に頬杖をついて座っている。
「いつまで寝てんだ?」
茶色い瞳で真っ直ぐに寝起きの俺を見つめているのは
俺が通う呪力の学校、
まぁそうは言っても頭の良さはご愛嬌。
この学校に入学する前までは、自分のことを選ばれし者だと思っていたけど、上には上がいるもんだ。
呪力のことだけで言えば、こいつは間違いなくクラスでも群を抜いている。
つまり俺は2番手ってやつ。
そんなタクミの横には2人の女子の姿が見える。
黒髪ショートカットにメガネ姿、制服のシャツのボタンを1番上まで閉め、典型的な優等生タイプの
「ほらさっさと準備して」
そう言ってシンジュは、俺の鞄を机に置いた。
「うっす」
眠い目を擦りながら、机の中に手を突っ込んで教科書を机の上に取り出した。
「ついにこの日が来たな。 バレたら退学、成功すれば晴れて俺も
先に荷物を詰め込み終えたタクミは立ち上がると、鞄を肩にかけてニヤリと笑った。
「作戦決行は先生が帰った午後7時以降だ」
意気揚々と宣言するタクミをよそに、荷物を詰め込み終えると、机の中に隠し込んでいた菓子パンを口に咥えて立ち上がった。
「学年1の学力の持ち主の彼女がいるんだから、教えてもらえばいいのに」
シンジュはそう言いながらミサキの方を向く。
「いくらうちが教えても全然ダメなのよ。 ホント脳筋なんだから」
「うるせーよ。 実技の方は学年でトップなんだからまだマシだろ」
「はいはい。 でも、いくらなんでもあんたバカすぎよ。 少しは勉強してよね」
3人の会話を小耳に挟みながら、最後の一口を口に放り込もうとした時、勢いよく教室のドアが開いた。
「もうとっくに下校の時間は過ぎてるぞ。 さっさと帰りなさい」
やってきたのは筆記授業担当である
猫背気味でかなり痩せ細った体も相まってか、実年齢よりもだいぶ老けて見える。こう見えてもまだ新人教師というのだから驚きだ。
「はいよー。 何せムギがいつまで経っても起きないもんだからよ。 帰ろうにも帰れなくて」
「はぁ全く……明日は卒業がかかったテストだって言うのに、お前はぶっちぎり馬鹿なんだから早く帰って勉強しなさい!」
「余計なお世話だっつーの。 俺はまだ本気を出してないだけだし。 サクッと明日のテスト合格してやらぁ」
タクミは捨て台詞を吐くと教室を出て行った。
後に続くように、ミサキとシンジュも教室を出た。
俺は菓子パンの最後の一口を放り込むと、3人を追いかけるように誰もいない教室を後にする。
廊下に出ると、窓から差し込む西日が、春の訪れを感じさせる香りと共に、ぼんやりと暗い廊下を照らしている。
「全く、ミサキはタクミのどこに惚れたんだか。 かたや学年1の学力。 かたや学年ぶっちぎりの馬鹿」
「まぁ、それはそれでバランスが取れてるんじゃ? 俺にはお似合いのカップルだと思うけど」
隣を歩くシンジュの問いかけに適当に返事をしながら、前を歩くカップルの後ろ姿を見ていると、唐突にタクミが振り返った。
「とりあえず作戦結構までの時間は、町の飯屋で時間でも潰すとするか」
テスト問題コピー作戦。
作戦を伝えられたのは、昨日の放課後だった。発案者はタクミ。
実技と筆記それぞれテストが行われ、両方に合格することができれば、晴れて呪力使いと認められ、政府機関「
俺たち4人はこの幻竜団に所属することを目指しているのだが、例の如くタクミはいかんせん筆記の成績が悪く、無事卒業出来るのか怪しいところだった。
そんな中でタクミの考案した「テスト問題コピー作戦」は、タクミが確実に卒業するための最後の手段と言っていい。
「もし、この作戦が失敗したらどうするつもりなのかな?」
隣で独り言のように呟くシンジュの声に、前を歩くタクミの背中を見つめる。
学年トップの呪力の使い手であるタクミが不合格となるのは、カオンとしてもかなりの痛手のはずだ。
タクミの言う通り、筆記テストがここまで重要視されている必要性はなんなのだろうか?
魔物からこの都市を守るためなら呪力の実力だけでいいんじゃないだろうか。
その部分ではタクミの意見に賛成だった。
午後7時までの間、学校がある愛神山から少し離れた店で時間を潰すことにした。
テーブルの上に並べられた食べ物を各自食べながら、作戦の内容を再度確認する。
と言っても、タクミが考えただけあって作戦というほど立派なものではない。
「明日の筆記テストの問題はナルザキ先生の机の中に入ってるはずだから、シンジュとムギで外の見張り、俺とミサキで問題を探すことにする。 問題を見つけ次第、素早くミサキがテスト用紙と答案用紙を書き写してくれ」
「問題を書き写したところで明日あんたが解けないと意味ないでしょ?」
「出てくる問題さえ分かればこっちのもんだ。 俺にはミサキがいるし、あらかじめ答えを書いた答案用紙を提出すれば何も問題はない」
意気揚々と作戦を伝えるタクミは、作戦が失敗するという可能性を微塵も考えていないのだろう。
「無事テストに合格して、俺はこのカオンを救ったヒーローになる! そして後世にも俺の名前は言い伝えられ、伝説となるだろう」
「バカ! 恥ずかしいから大きな声出さないでよ。 もう分かったから」
ミサキは、彼氏の堂々とした宣言にため息をつくと、ふとこちらに顔を向けた。
「ムギくんってどうして幻竜団に入ろうと思ったの? このバカはめっちゃ単純な理由だけど……」
「うーん……」
チラリと手首に嵌め込まれたブレスレットへと視線を落とす。
あの日、4つのアクセサリーを持って学校へと向かってから3年が過ぎた。
「俺もタクミと一緒だよ。 このカオンを魔物から救ったヒーローになるんだ! せっかく呪力に目覚めたんだから、有効的に使わなくちゃ」
そう言ってチラリと店の窓から空を見上げた。
「早く外に出て魔物を狩りまくって、強くなりてぇなぁ」
俺たちが育った都市、カオンを囲むように建てられた壁、通称
壁の外には危険な魔物が潜んでいるらしい。
「そういうミサキは? 親の仕事を継げば、将来安泰確約なのにどうして? その学力だったら余裕だろ?」
これはシンプルに疑問だった。
ミサキの両親はカオンに建てられている図書館の司書をしている。
なんでも、カオンを囲むように建てられた外壁は、国家機密事項を管理する図書館を魔物から守るために建てられているのであり、その司書ともなればカオンでも最も安全な職と言える。
「好奇心よ。 子供の頃、母に内緒でカオンが管理してる本を少しだけ読んだことがあるの。 壁の向こう側の世界のことが書かれてあったわ」
「えーうそ!? どんなことが書かれてあったの?」
さっきまで食べることに夢中になっていたシンジュがいきなり顔を上げた。
「あの壁の向こう側には……」
1人ガツガツと音を立てながら食べることに夢中になっているタクミをよそに、俺とシンジュはミサキの言葉の続きを、目を輝かせて待った。
「ムギくん、この話の続きを聞きたい?」
聞きたいのは山々だが、ここで聞いてしまっては壁の外に出る楽しみが半減してしまうかもな。
「いや、やめておく。 楽しみは後に取っておきたいし」
「ムギくんならそういうと思った。 実際私も、その本の内容が本当かどうか疑問だし、ちゃんと自分の目で確かめたい」
「えーもったいない! うちも気になるなぁ。 カオンの外はどうなってるんだろう」
そういうシンジュの目は、初めて会った頃から何も変わっていない。
まるで、おやつを目の前にした子供のように輝いている。
「そのためにも今夜の作戦は何としてでも成功させなくちゃな」
先程まで食べることに夢中で、話など聞いていなかった様子のタクミが唐突に立ち上がった。
店の時計を見てみると、時刻は午後7時を指していた。
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