第23話 行かなきゃなんです

「待ってください」


 駆け出そうとした紫揮の服を引っ張った。振り返った紫揮の手を捕まえる。


「何だ? 俺なら大丈……」


「違います。私も一緒に行きます」


 紫揮は一瞬怪訝そうな顔をした。スっと細い眉が真ん中に引き寄せられる。


「ダメだ。お前をおびき出す作戦かもしれない。ここで待ってろ」


「嫌です。行かせてください。行かなきゃいけない気がするんです」


 この作戦を立てたのが唐松様で、その唐松様が私に来てほしいというのなら、私はちゃんと向き合わなきゃいけない気がする。


「いや、でも……」


「それに私の力はいざというときの切り札になるんじゃないですか」


「それもそうだが……」


「そうと決まったら行きましょう」


「ちょちょちょ、待て。お前、強引になったな」


 今度は紫揮が私を止める。


「早く行かないと。多くの人が犠牲になってしまいます」


「そんなことは分かってる。琉璃が人質にとられない確証がほしいんだ」


「え、大丈夫だよ。護衛いっぱいいるし」


「一般の兵士なんて無力に等しい。言霊は言霊じゃないと対処できないんだ。政府が言霊を使ってくるなら、こっちもそれ相応のもので対応しなければならない」


 そう言うと、紫揮は静かに目を閉じた。


「山田琉璃は誰にも身体を傷つけられません。それと、俺は山田瑠璃の居場所を常に探知できます」


「え?なになに?いつでも私がどこにいるか知りたいの?私のこと好きすぎじゃ〜ん」


「ちっげーよ。無傷でさらわれたとき用。てか後で解くから」


「えー?」


 言い合う二人の間に割り込む。


「強力な縛りにしたいなら私の言霊の方がいいんじゃないですか?」


「いや、いくら強力な言霊でも純粋な青だと物量で押し切られる可能性がある。言霊の効力が上書きされたら困る。その点俺の紫は力こそ強くないが複雑な力の融合になっているため破られることはほぼないと思う」


「え、それって私もう用無しじゃ……」


「……早く行こう。犠牲が増える」


「否定してくださいっ!」


 言い合いながらも、全速力で駆け出した。



「はあ、はあ。ここですか」


「そのようだな」


 壁の陰に身を潜め、男の様子を観察する。


「死ね! 死ね! みんな死んじまえ!!」


 おそらく私の霊詞核を取り込んだであろう男は、狂ったように叫んでいた。警察だと思しき人たちがさすまたを持って追い詰めようとしているが、壊れろの一言でその努力も砕ける。


 男は、いわば無敵の状態だった。


「はあ、はあ。めちゃくちゃですね。……でも、私の言霊とは違うような気がします」


「ああ。力こそ強力だが、言霊の届く範囲が限られている。霊詞核はそれぞれ波長が違う。自分と似た波長は何となく分かるはずなんだが……何か感じないか? 」


 なにか? そういえば、さっきから胸の内側がドクドクと脈打っている感じがする。ここに来たときからずっと、あいつに近づけば近づくほど。


 不気味だ。だけど、暴力的な振る舞いにどこか惹かれる自分がいる。これは……。


「何か……おかしな感じです」


「そうか」


 紫揮はそれだけ言うと壁の陰から飛び出し、男へ姿を見せた。


「なんだ! お前も死ね! 」


 気づいた男が威嚇する。紫揮は叫ぶ男に近づいても倒れなかった。動揺の隙をついて拳をお見舞いする。続けてもう一発……え?


 殴るの? 言霊で片付ければ良くない?


 そんな私の視線に気づいたのか、紫揮はチラリと振り向いて教えてくれる。


「だって、お前に言霊で勝てるわけなくない? 」


 ……確かに。自信満々に飛び出してったからもっとスマートに済ませるのかと勝手に思ってた。いや、今も十分カッコイイんだけど。


 心の中で紫揮を応援していると、後ろから足音が近づいてきた。それはちょうど私の後ろで止まる。振り向くと、見慣れた顔があった。


「……! 唐松様……」


「久しぶりだね、藍羽ァ」


 久しぶりに会った唐松様は、以前より不健康に見えた。顔色は悪く、頬もこけている。髪も力なくしおれ、かろうじて顔の横の巻き毛だけ原型を保っていた。


「アハァ、来ちゃったァ。そろそろかなァって思ってさァ」


 そろそろって……何が始まるんだろう。視線を紫揮たちに向ける。殴ったり殴られたり互角に戦っていたが、突然私の言霊を取り込んだ男が苦しみ始めた。


「うぅっ、ああっ」


 男の体が内側から膨れていく。


「たすけ……」


 そして破裂した。爆弾が爆発する音によく似た、でも少し違う音が響きわたった。臓器が辺りに勢いよく飛び散る。


 そのうちにの一つが耳横をかすめた。べちゃ、と生々しい音が落ちた。


 ……え? 今、何が起こったの? 破裂したの? 人が?


 理解を拒絶する脳に、パチパチパチと乾いた音が響いた。


 唐松様が手の平を鳴らしていた。


「いいねェ、傑作だァ」


 パチパチパチパチ。静まった空間で、心臓の駆動音みたいに聞こえた。

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