第22話 解き放っちゃたァ
「アハァ、解き放っちゃったァ」
薄暗い自室で、唐松はコーヒーを飲んでいた。クルクルとカールした髪を、指先でいじる。
「凶悪殺人犯、解き放っちゃったァ」
ズズズズズズズズズ……。
黒い液体をすする音だけが、室内に響いていた。
△△△△△△△△△△△△△△△
「ここが空港……」
終始無言で車に運ばれること三時間。ここは某N空港。大きな建物の前で、私は感嘆のため息を吐いていた。なんだか別世界にきてしまったような気分だった。
隣を見ると、瑠璃はさして珍しくもなさそうに巨大な建造物を見ている。そっと視線を逸らしてした。
「人が多いな」
中に入るとたくさんの人が忙しなく行き交い、カラフルな土産物店に視線が引き寄せられる。
「こんなとこで乱闘になったら大変だね。やっぱ自家用ヘリを飛ばした方が良かったかな〜」
「それで国境越えちゃダメだろ」
「もう、相変わらず変なとこで真面目だな〜」
前を歩く二人は軽快に会話を弾ませている。対照的に、私は胸がザワザワとしていた。身体の中心がドクドクと脈打っている感じ。紫揮の手を握ると、少しホッとした。
繋いだ手に理由をつけるため、尋ねる。
「あの、政府はどんな風に攻撃を仕掛けて来ると思いますか? 」
「今のところ分からないな。まあでも、さすがに一般人を無差別に巻き込んだりはしないだろうし、あんま気負わなくていいんじゃないか? 」
「そう……ですか」
私によって政府は、唐松様だ。唐松様と関わり合ってきた十年間を思うと、どうしようもなく苦しくなる。自分勝手な感情すぎて、どこにも心の置き場がなくて、感情の海に溺れてしまいそうになる。
そういえば、今更だけど様って付けるのもおかしいよな……。どうしよう。頭の中でも呼び捨てにするべき?
プルルルル───────────
他人に言わせればどっちでもいいようなことで真剣に悩んでいると、瑠璃の携帯から甲高い電子音が鳴った。瑠璃は小声で電話に出る。
「はい。え、本当?……うん、気をつけて」
「なんて言ってた?」
「『死ね』って、しきりに叫んでる男がいて……そいつが叫んだら近くにいる人が全員倒れるんだって」
「それって……。自国民をそこまで追い込むか? 大きな騒ぎにもなるはずだ」
「皆殺し……ってことじゃない? 」
紫揮はうーん、と腕を組む。
「藍羽の霊詞核か?」
「分かんない。それなら私たちが対処できるけど……。ちょっと待ってよ。まさか行く気? もし違ったら……」
紫揮が進行方向を変えると、瑠璃の声が焦ったようになる。
「関係ない」
「紫揮の言霊が効く範囲も、そんなに広くないでしょ。藍羽ちゃんのをコピーしたやつだとしても、あれは劣化版じゃん。少し違う。言霊のかけ方も違うし、私たちに効かない確証はない。判断を間違えたら……」
「それでも」
瑠璃を遮る声がやけに大きく聞こえた。
「俺がやらなきゃだろ」
冷たい声音だった。今、近くで人が次々死んでいることを実感した。
△△△△△△△△△△△△△
唐松は空港から少し離れたビルで双眼鏡を覗き込んでいた。空港の方向を映しながら、ニタニタと口が笑みの形を作る。
「藍羽ァ、君は人殺しィ。この先どんな体験をしても、その事実は変わらないんだァ。間違いは、正さなきゃァ。もう一度、刻み込んであげなきゃァ」
唐松が袋を雑に漁り、軽食のチョコチップクッキーをバリバリと噛み砕く音が不気味に響く。クッキーの欠片を床に落としながらも独り言を続ける。
「僕だけ罰を受けるなんておかしいだろォ。白の塔を首にされてから、僕はずっと惨めだったァ。……でも、今日でそれも終わりィ。この作戦を成功させれば、僕はまた出世の道を昇れるんだァ」
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