第21話 るり姉って呼んで
「おい、藍羽·····? 大丈夫か? 」
紫揮に肩を揺さぶられて、ハッとした。思考の渦から意識を引っ張り出す。
「うん、大丈夫だよ」
そのとき、瑠璃の寝室の扉がハデな音を立てて開いた。
「大人数手配できそうだよ! えーと、機内に一般客として紛れ込む感じでね、空港に向かうまでも遠くから周り固めててくれる。車の手配もバッチリ」
「おう。サンキュ」
「了解です」
言葉を発しながらも、私は瑠璃を直視できないでいた。どんな顔をすればいいのか分からない。今までどうやって話してたっけ。どうやって笑ってたっけ。
「そんで明後日出発するから、準備しといてね」
「はい」
瑠璃の声も自分の喉の振動も、全てが遠くに聞こえた。
△△△△△△△△△△△△△△
俺は一人、ソファでぼーっとしていた。藍羽の様子が変だったな、とか頭の片隅で考えながら見慣れた天井の模様を目でなぞる。騒がしい二人も寝た、静かな時間だった。
その神聖な静けさを、ガタリと物音が打ち破った。瑠璃が寝室から出てきた音だった。
「寝れないのか? 」
「ううん、ちょっと相談というか確認というか」
首を傾げていると、隣に座ってくる。
「この家·····消した方がいいと思うの」
瑠璃が気遣わしげに俺を見た。
「探られたら、気をつけても何か手がかりになるものを掴まれちゃうかもしれない。ごめんね·····、お父さんの書斎だったんでしょ」
正確にいえば、本の倉庫のように利用されていた。家にいるのが嫌になって、よく入り浸っていたものだ。
「·····いいよ、別に」
自分に言い聞かせた。十年前、藍羽が消えて、そして父が消えた。その喪失より悲しいことなんてきっともうない。それに、そのくらいの覚悟は必要だとも思っている。
「仕方ないことだし」
「でも·····」
瑠璃は、諦めたように息を吐いた。
「ねえ、昔みたいに『るり姉』って呼んでよ」
「なんでだよ」
「いいから〜」
服を引っ張り、引っ付いてくる。呼ぶまで離れないつもりらしい。
「るり姉、どいて」
「ほい」
言えば、素直に体をズラしてくれた。なんだかどっと疲れたような気がする。一つ欠伸をして、今日はもう寝ようと思った。
出発の日はすぐにやってきた。最低限の荷物を持ち、外に出る。
「消えろ」
藍羽が指を指して言えば、家は最初からどこにもなかったみたいに跡形もなく消えた。
家があったはずの場所に生えた雑草を、風が揺らした。
△△△△△△△△△△△△△△△
私たちは何やらスマートな黒い車に乗って、黒いスーツを着た人の運転で空港に向かった。
車内には、しんと静かな空気が満ちている。ムードメーカーの瑠璃も何も喋らないし、紫揮は顔を背けて窓の外を見ていた。
私はあれから、まともに瑠璃の目を見れていない。彼女のことが、全く掴めなかった。
私は彼女の父を殺したはずなのに、普通に笑いかけてくる。陰で何かすることもなく、普通の友達のように接してくるのだ。
笑顔の裏に感情を隠して、本当は怒ったり恨んだりしているのか。それとも私が殺してしまったのは同姓同名の別の人だったのか。
分からない。それについて尋ねるのも怖い。密閉された車内で、瑠璃が助手席、私と紫揮が後部座席という位置関係だけが唯一の救いだった。
車窓に、紫揮の物憂げな表情が映っている。先の見えない不安を胸に押し込め、私もまた外の景色に視線を投じた。
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