第18話 時間が止まればいいのに
·····おかしい。帰ってきたはずなのに何も見えない。
さっきみたいに言霊が効かなかったのかと不安になっていたら、パチリと音がして電球が点灯した。瑠璃がスイッチを入れてくれていた。
彼女はその場に立ち尽くしたまま呟いた。
「とりあえずは何とかなったね。問題は山積みだけど」
「はい·····」
私は紫揮の姿を探した。彼の力がなければ、言いたいこともろくに話せない。
「最悪。風呂場に送られた」
そう思っいてたら、紫揮が洗面所の扉を開けて出てきた。左目からの出血がまだ止まりきっていないせいか若干フラついて見える。
「紫揮、大丈夫ですか?」
手を握りながら声をかけた。顔を覗き込んだら真紅の瞳が妙に目を刺した。
「·····聞きたいことはたくさんあるんですけど、とりあえず今日は休んでください」
「そうする」
紫揮は言うなり、リビングのソファに倒れ込んでしまった。
「·····」
ベッドで寝てください、とはもう言えなかった。瑠璃がどこからか毛布を持ってきて紫揮の体にかける。
「私たちも寝よっか」
「·····はい」
△△△△△△△△△△△△△
俺は二人のやりとりを背中で聞きながら、なるべく自然に目を閉じ体を動かさないことに集中していた。
疲れてはいたが、実のところ眠くはなかったのだ。寝たフリをしたのは、とりあえず二人の追及から逃れるため。
別にやましいことも隠したいこともないのだが、今は話す気分にはどうしてもなれなかった。
必然的に、脳はついさっき起きたことを思い返していた。
――――――――――――――――
「ゆっくり話し合おうじゃないか」
見下ろして告げると、男は仕方なさそうに肩をすくめた。
「·····分かったよ。素直に話すから暴力はなしな」
余裕に見える態度が鼻についたが、そんなことを気にしていられる時間はそんなに長くないと予感した。それは彼のふざけた態度からも伺える。
とりあえず、さっきの会話で気になったことを尋ねてみた。
「『
「宇宙を消滅させるってことかな。何もない、本当の無にしたい。それに目的なんているのかね。僕はただ、全てを壊したいだけなんだよ」
目の前に美味い料理があるかのように、男は舌なめずりをする。底知れない野望を感じた。
「あっそ·····。じゃあ次、俺に協力を仰ぐ理由はなんだ。俺にしかできないことなのか」
「ああそうだ。さっきも言ったように、言霊使いには赤系と緑系と青系がいる。それでね、言霊使いは絶滅寸前なんだ。誰かさんのせいで」
「軽口を叩くな」
「おや、なぜ怒るんだ。君は彼女に『家族』を殺されたのに」
「悪いのは政府だ。それ以上の侮辱は許さない」
「そうか」
男は残念そうに息を吐いた。
「それで、その話が俺に協力を要請する理由と何の関係があるんだ」
「話したら協力してくれるのかい? 」
「んなわけねえだろ。さっさと話せ」
「ハハッ、怖いなぁ。分かったよ。えっとね、言霊使いは絶滅寸前だって言ったけど、純粋な赤の言霊使いはもうこの世にはいないんだ」
「俺を産んだ後、死んだってことか。·····なあ、一応聞くけど俺って父さんの子だよな」
「さあ、どうだろうね」
どうも大袈裟に首を傾げる男に乗せられているような感じがするが、それよりも今は有益な情報を聞き出さなければと思い直す。
「あ、ちなみに僕みたいな緑の言霊使いもかなり少ないよ。レアモノって感じ。日本にゴロゴロいた青の言霊使いはまだ生き残ってるやつも多いけどね」
「……要するに、赤の言霊使いの血が流れているやつは珍しいから力を貸せ、というわけか」
「そう。赤、緑、青の言霊使いが結託したとき、世界は絶望の光に包まれる。その白い光の発動条件は……おっとこれは言わないでおこう」
「おい、自分の置かれている状況を·····」
やはり一発入れておいた方がいいだろうかと拳を握ったとき、聞き慣れた爆発音が鼓膜を震わせた。
「お仲間が助けに来たようだね」
「そうだな。あいつらのことだから、この建物全部吹き飛ばしちまうかもな」
少しばかり煽ってみる。反応を伺うと、それを押しのけるような怪しげな笑みを男は浮かべていた。
「うーん。言ってなかったかもだけど、この部屋だけじゃなくて、ここの地下空間全域では言霊を使うことができないようになっているんだ。今すぐ助けに行かないと、僕の兵士に虐められちゃうかもね? 」
「·····ハッタリだろ 」
「そうじゃない可能性を捨てきれる? 仲間が少しでも危険かもしれなくて、君なら助けられるのに」
身体は自然に動いていた。乱暴に扉を開けて駆け出す。本当に地下空間全域で言霊が使えないのなら、もうすでに二人は危険な状況かもしれない。
廊下を曲がり、乱れる呼吸を落ち着かせながら、自分の中にある力を混ぜ合わせるイメージをする。
息が乱れていることもあり、少し時間がかかりそうだと予想した矢先。
「捕らえろー!」
遠くで、野太い叫び声がした。冷や汗が首筋をつたった。集中しようとしても、言霊は上手く混ざり合わない。
焦って、バカなことを口走っていた。
「時間が止まれば·····!」
そう言った途端、ズルリと身体から片方の力だけが引き出される感じがした。
途端、頭が締め付けられるように痛くなる。ポタリと血が地面に落ちた。
そういえば、さっきまでの怒声が聞こえなくなっている。
壁伝いに進むと、武装した男たちに囲まれている二人を見つけた。全員その場に静止したまま動いていない。
男の一人が持っていた拳銃を奪い、順番に後頭部を殴りつけていった。何人かは死んだかもしれない。
最後の一人が倒れると、貧血のように頭がクラクラして、一瞬意識がとんだ。
次の瞬間、再び空気が動き出したような気がして目を開く。
自然と、呼吸が荒くなっていた。
藍羽に、言霊を使って逃げるよう指示をして、この家に帰ってきた。
全て夢だったらな、と思う。これが悪い夢で、情報だけ手に入れることができたならもう最高だ。
現実逃避もいい加減にしろよ、と自嘲した。目を閉じて意識が途絶えるのを待った。
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