第15話 緑の言霊使い

「どう? 藍羽ちゃん、おいしい? 」


「ふぉっふぇもふぉいひいふぇす」


「食べ終わってからでいいよ〜」


 ファミレスの中で、ただ二人でお昼ご飯を食べるだけの平和な時間だった。瑠璃がグラスの中の氷をストローで回す音が、涼やかに響く。


「とってもおいしいです」


 言い直したら瑠璃は嬉しそうに笑った。


「一口ちょーだい」


 伸ばされた手が、途中でピタリと止まる。瑠璃の目が大きく見開かれた。


「どうしたんですか?」


「·····紫揮の霊力が消えた」


「え? それって·····」


「喋っちゃダメ!!」


 瑠璃の手が私の口を封じる。確かに、紫揮の霊力が消えたことで、何が起きるか分からない。


─────私たち、どうすればいいの?


 そんな問いを込めて瑠璃を見上げる。彼女はもう落ち着きを取り戻していた。しかし戸惑ったように眉を寄せている。


「藍羽ちゃんの霊詞核が反応がしていない? なぜ? 政府じゃない·····?」


 何かブツブツと呟いていたが、気を取り直したようによし、と私の手を取った。


「紫揮の状態が分からない以上、私たちも迂闊には行動できない。人混みに紛れる感じで、公共交通機関を使って家まで移動しよう」


 私が頷くよりも先に、瑠璃はもう歩き出していた。私に向ける表情は落ち着いていても、焦っているのが分かる。私も脳みそがねじ切れてしまいそうなくらい不安だった。


 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


「ん·····」


 目を覚ますと、カビ臭さが鼻を刺した。思わず顔をしかめる。視界に写るのは、暗いコンクリートの壁。


 まるで藍羽が監禁されていた部屋のようだな、と思う。暗い地下の空間だった。逃れようとしたが壁に取り付けられた手錠に繋ぎ止められて動くことができない。


───────そうだ。屋敷に侵入してきた男を尋問しようとしたら、急に体が動かなくなって·····。


「目を覚ましたか」


 自分がなぜここにいるのか考えていると、上から声が降ってきた。


「何の真似だ。どうやって俺を拘束した?」


 俺はしっかりと男を拘束していたし、いざとなれば言霊を使うことだってできる状況だったのだ。


 声の主がしゃがみこみ、目線を合わせてくる。濁った緑色の瞳をしていた。若干父に似ている気がしたが、知らない顔だった。


「·····誰だ、お前」


「お前がさっきぐるぐる巻きにした男だよ。ちゃんとお父さんだって自己紹介したじゃないか」


「·····顔がさっきと違う。瞳の色も、まるっきり別物に見えるが」


 父の瞳は、透き通った青色をしていた。


「フッ」


 男の口から、可笑しそうに笑う声が漏れた。


「やはり人は見た目でしか物事を判断しない。·····本当に、ろくでもない」


「何の話だよ」


 男は、にんまりと口元を歪ませた。


「ここはね、真実を映し出す場所。言霊も効かない場所」


「そんな場所に俺を連れてきて、どうするつもりだ」


ためだよ。僕は、お互い言霊を使わずに落ち着いて話したいだけ。あの場所じゃあ、早口言葉大会になってしまうじゃないか」


「·····! お前も言霊使いなのか!? 」


 緑色の瞳が不気味に細められる。


「ああ、精神を操る言霊使い。それが使さ。さっきの君の父親の顔もこれで幻覚を見せていた」


「緑·····、精神·····?」


「ハハ、何も知らないんだね。誘拐とか大胆なことまでしたくせに。·····僕は何でも知ってるよ。だって、『予言の書』を持ってるから」


 男は、見せびらかすように革表紙の分厚い本を顔の前に突きつけた。


「てめぇ·····っ」


 ガチャン、と金属がぶつかり合う音が耳を擦った。手錠が突っ張り、目の前の男に一撃も食らわすことができない。


 男は虚ろに笑いながら、鏡を俺の前に指し出した。


「この鏡を見てごらん」


 俺の視界に『自分』が写る。


 それは確かに自分のはずなのだが·····。


「瞳が、赤い·····?」


 両方青かったはずの瞳が、左目だけ赤くなっていた。


「言っただろう。ここは真実を映し出す部屋。そして、これこそが真実」


「は·····?」


「お前は、使使の間に生まれた子なのだ。最近まで能力が使えなかったのは、青の力と赤の力が押しあって力を殺し合っていたため」


 男は不敵な笑みを浮かべる。全て思い通りにしてやると言わんばかりの、絶対的な支配欲が込められていた。


「なあ、僕と共闘しないか、紫揮」

 






 


 

 


 

 



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