第14話 無限にジュースが飲める夢の国
「今日のところはとりあえず帰るか」
侵入者の男を拘束し逃げられないようにしてから、紫揮は重く腰を上げる。
「あー、お腹空いた~。早く家帰ろー」
瑠璃が吞気に伸びをした。言われてみれば、私も少しお腹が空いているかもしれない。意識し始めてしまうと、今すぐにでもご飯をたべたくなる。家に戻るまでなんて待ってられないかもしれない。
「言霊を使えば早く移動できるのではないですか?」
「いや、止めた方がいい」
「え? なんでですか?」
「言霊使いは、自分の霊詞核と同じ波長の言霊を感じることができる。その力を行使したとき、特にな。奴らはお前の霊詞核をコピーしている可能性がある。というか、たぶんしてる。言霊の力は使わない方がいい」
「でも、それなら尚更早く帰った方がいいのではないですか?この人が言霊にかかったのを察知して、こちらに向かってるかもしれませんよ」
「いや、恐らく……こいつは政府の手先じゃない。奴らはもっと慎重に、無駄なく、確実に利を得られるように動く」
「私たちの敵は、政府だけじゃないってことですか……?」
「今のところはなんとも言えないな」
重い会話に口を挟んだのは瑠璃だった。
「そんなことよりさぁ、私めっちゃお腹空いたんだけど。ファミレスとか行かない?」
「いや、そんなことよりってなんだよ。それにこいつを放置するのは·····」
「ファミレスですか!?行きたいです!」
「お前ら、緊張感というものをどこに落としてきた!?」
ファミレスといえば、無限にジュースが飲める夢の国と記憶している。久しぶりに行ってみたい。
「ハア……。 じゃあ、二人だけで行ってこい。俺はここでこいつを見張ってる」
「紫揮も行きましょうよ。言霊で縛ってるから逃げられる心配もないでしょうし」
「いや……俺はいい」
紫揮は父親の顔をした男の前に座り込んだ。その横顔が幼く見えて、同時にドキッとした。そういえば、私と二歳しか違わないんだもんな。
それでも、全部受け入れてきた。冷たさを知っても、家族を失っても立ち上がってきた。何が彼を動かしているのか。
明るくて、柔らかい太陽みたいな笑みを浮かべてる瑠璃に、視線は吸い寄せられた。湧きあがってくる黒い気持ちに蓋をして抑え込まなきゃいけなかった。
……大丈夫。分かってるよ。でも、もし私の存在が、彼が闘う理由になれたなら。
私は……。
「私だけコンビニで何か買ってこようか?」
瑠璃が紫揮に尋ねる。
「いいって」
頑なに首を振る紫揮に、瑠璃は仕方なさそうに言った。
「分かったよ。……気を付けてね」
紫揮は返事をせずに、黙ったまま侵入者の男を見つめていた。その瞳に込められた感情を、読み取ることができない。
「藍羽ちゃん、行くよ」
「はい……」
結局のところ私はなんでも叶えられるけど、何にもできない。ただ手を引かれていくだけだった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
騒がしい声が離れて行く。無意識のうちにため息がこぼれた。足元に転がる男を見下ろすと、懐かしさが込み上げてくる。どう見たって、俺の傍で笑っていた父親にしか見えないから。
でも。
「俺だって、子どものままじゃいられないんだよな」
ポケットに入っている縄の感触を確かめる。男の傍に膝をついて、手首と足首を縛っていった。
「おい、起きろ」
命令すると、すぐに男は目を覚ました。万能感に浸りそうになった。すぐに戒める。
「お前に聞きたいことがある。簡潔に答えろ。まあ、抵抗はできないだろうけどな」
いざとなったら言霊で縛ればいいだけの話。
『それはこっちのセリフだな』
頭の中に直接声が響いたような気がした。
次の瞬間、身体が勝手に動いて、男の縄を解いていた。自分の意思じゃない。
─────────やめろ
口を開こうとしても、開けない。言霊も使えない。俺が動揺しているうちに、男は縄から逃れていた。解いた縄で代わりに俺を拘束している。
「ごめんねぇ、紫揮ちゃん。僕は君が憎い」
そこで俺の意識は途絶えた。
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