第12話 父の日記
私が隣に座ると、紫揮は胸に抱えていた紙の束を畳の上に置いた。端っこが折れたり曲がったりしてる、大学ノートだった。
「手紙が挟んであって、俺宛だった。初めて、知った。家をほっぽりがちだった父さんがちゃんと俺のこと思ってくれてたって。もう、全部、愛想尽かして……、忘れちゃったのかと思ってたのに……」
一枚の紙は彼の手の中に残っていた。見せてはくれないらしい。私もそれ以上踏み込まない。
「小さい頃さ、父さんが言ったんだ。『お前にはいずれ番となる者が現れる。運命の出会いってやつだ。だから、今は辛くてもそれまで頑張れ』って。嘘だと思ってた。意味もない、その場限りの慰めだと思ってたのに。父さんは全部分かってたんだ」
紫揮は、紙を一枚一枚丁寧にめくる。
「父さんはよく外国に行ってて……。久遠の更なる発展のために、海外で言霊の研究をしていたみたいだ」
覗き込んで見ると、確かにそれは日記のようで、日付と出来事が記されている。
『2004年12月9日 予言の書を見つけた。遡ってみると地震や戦争が起こった日が正確に綴られていて、信憑性は高いと思われる。古代文字で書かれてあるので、解読は大変そうだ』
『2004年12月11日 なんと、妻が出産したらしい。急な知らせで驚いた。予言書の解読は後にして、とりあえず日本に戻ろう』
『2004年12月17日 2年後に、強力な力を持った言霊使いが生まれるらしい。その存在は世界を揺るがし、この地に大きな変化をもたらすだろう、と予言書には記されている。言霊使いということはうちの一族から生まれるんだろうな。……どうやら大変なことになりそうだ。解読を急ごう』
『2004年12月19日 どうやら生まれたばかりの俺の息子には、特別な力が宿っているらしい。今のところはなんとも言えないが、紫揮の力が悪用されないか心配だな。予言書のことは家族にも黙っておこう』
『2006年7月26日 予言書に記された日。妻の妹に娘が生まれたらしい。一度会ってみたが、普通の赤ん坊のようで、この子が世界を揺るがす強力な言霊使いになるとはどうしても思えない。久遠を滅ぼすとも言うし……。なんとしても阻止せねば』
紫揮のお父さんによって綴られる言葉は、何ページにも渡って続く。丁寧にめくって、彼の思い出を辿る。
『2010年3月9日 最近妻の息子に対する当たりが強い。力が発動しないと嘆いて、情緒不安程だ。予言書のことを話した方がいいのだろうか』
『2010年3月16日 酔った勢いで息子に予言の一部を話してしまった。まあいっかと軽く流していたが、風呂に入ったとき見てみればなんと刻印のように背中に模様が刻まれていた。予言書の表紙に刻まれていたのと同じものだ。運命からは逃れられないということだろうか』
『2010年3月21日 二人目を出産してからというもの、妻はそちらにばかり夢中になってしまっている。俺は急な海外出張が決まってしまった。しかし困ったことに俺は明後日知らない土地で死んでしまうらしい。予言書に書いてあるのだから、きっと本当にそうなるんだろう。きっと一人生き残る紫揮に手紙を書こう』
日記は、そこで終わっていた。薄い紙をめくると、そこから先はただ白いだけだった。
「紫揮のお父さんは、紫揮が、八歳のときに亡くなられてしまったのですね」
「……いや?俺が11歳のとき、一族まとめて全員死んだが」
「え、でもノートに……」
紫揮も日記を覗き込む。最後のページに目を通すと、顔がみるみる強張っていった。
「これ、どういうことだ……?まさか……」
そのとき、ガシャーンと何かが割れる音が響いた。続いて、「キャー!!」と叫び声。
「蔵書室の方からだ。まずい、あっちには瑠璃を向かわせている!!」
飛び出していく紫揮を、私も慌てて追いかけた。
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