第10話 霊詞核のレプリカ

「ありがたいことに、優秀なハッカーが政府のパソコンのデータを抜き取ってきてくれた。で、最悪の事実が判明した」


 最悪の事実。なんだろう。ドキンと心臓が嫌な音を立てる。その緊張感は瑠璃の欠伸が掻き消した。


「ごめん、もう無理、限界。私寝ていい?」


「ああ、今日は色々ありがとな」


「うん。おやすみ」


 なんと、この家には彼女専用の部屋まであるらしい。実家にいるよりもこっちに泊まっていく方が多いらしく、もうほぼ暮らしてる状態だった。


「で、最悪な事実のことだが。……政府は、お前の言霊を研究し、ほぼ同様の霊詞核を手に入れている」


「え?それって……」


「唐松とかいうやつ、お前にかなりの量の本を与えていただろう。あれは、様々な言葉に触れさせることで、脳波を計測し、霊詞核をパターン化する公式を作っていたんだ」


「それって、私たちかなり不利じゃないですか?」


「ああ、最悪言霊で政府のやつ全員殺してもらおうと思っていたが、迂闊に手も出せなくなった。それに、今この状況で一番危険なのはお前だ」


「え、なんでですか?」


「おまえの霊詞核を模して作った霊詞核だぞ。俺たちにその言葉は効かない。でも……」


「あ……」


 自らの言霊に、自らもかかってしまう。私はそれをよく知っていた。


「明日、家に保管されている古い資料を当たってみようかと思う。何か分かるかもしれない」


「そうですね。紫揮の家ってどの辺にあるんですか?」


「ここから十キロ離れたところだ。電車とバスを乗り継いで行く」


 『電車』というワードに、私は目を輝かせる。


「電車ですか……!?私、乗ったことないです」


「マジか」


「はい……!!」


 期待を込めた眼差しで、紫揮を見つめ続けてみる。視線の押し合いの末、紫揮は根負けしたようにため息を吐いた。


「お前は外に出ると危険だから、できれば連れていきたくないんだが……」


「私だけ仲間外れなんてひどいです」


 一生懸命に訴えると、紫揮は真剣な眼差しで私を見つめた。深い海の底のような瞳。私はその目に見つめられると、なぜか鼓動が速くなってしまう。ドクンドクンと脈打つ鼓動に急き立てられるように、重ねた手が熱を帯びる。そこから熱がせり上がってきて、顔も熱くなってきた。


「あ、あの、紫揮……」


「発信機の類は取り付けられていないか?」


「は、発信機?」


「ここはもともとうちの別荘で、本家とまとめて古来より伝わる結界によって護られている。俺たちが使っている特殊な電波しか通らないような仕掛けも施されているからここにいる限りは安全だと思うが」


 それでも行きたいのか?と問われる。私はコクコクとうなづいた。電車に乗ってみたいというのもあるけれど、紫揮が育った家を見てみたかった。すぐ傍にいるのにどこか遠い彼の心に、もっと近付きたい。彼のことを、もっと知りたい。


「発信機を付けられた覚えは、記憶にある限りではありません。私、紫揮が育った家にいってみたいです」


「……そんなにいいものじゃない」


「じゃあ、そんなにいいものじゃない景色を一緒に見ましょう。人手も多い方がいいでしょう」


 次の日の早朝、紫揮に叩き起こされた私たちは資料探しの旅に出発した。


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