第9話 心配して損した

「おお!!お二人とも、おかえり〜〜」


 小さな小屋のように見える紫揮の家の戸を開けると、そこには瑠璃がいて、私たちを笑顔で出迎えてくれた。


「ん?紫揮なんか目腫れてない?」


「気のせいだな」


「ふうーん。そうなんだ?へえー?」


 からかいまじりの目で、瑠璃は私たちを交互に見る。


「瑠璃、寒い。風呂沸かして。風邪引きそう」


「はいはい〜。そういうと思って、もう準備してあるよっ」


「助かる」


 紫揮は一言だけそう言って、そそくさと風呂場へ向かってしまう。残された私は、「私も寒いんですけど!」と叫びそうになりながらガクブルしていた。


「ごめんねー。あいつ寒がりでさー、女の子差し置いてひどいとは思うけど、ま、許したげて!たぶん五分くらいで出てくるから」


 まるで熟年夫婦のようだなと思った。瑠璃は口を動かしながらも、私を暖炉の前に案内してくれる。


「藍羽ちゃんが飛び出してったとき、紫揮、真っ先に追いかけようとしたの。でも、私止めちゃった。もう今日は寒いし、危ないんじゃないかって。でも、紫揮、行くって聞かなかった。昔はさ、人のために体張るような子じゃなかったんだよ。でもさ、あのときの紫揮、本当に必死だった。人は、人を変えるんだね」


 瑠璃の声は、どこか寂しそうだった。私はそんなに大層なことをしたのだろうか。分からない。分からないから、黙って受け止めることにした。きっと、いつか分かるときがくると思う。


 そのとき、「上がったぞー」と声がして紫揮が脱衣所から顔を覗かせた。


「早ッ!?」


「俺が風呂入ってるとき、弟が薪入れまくって限界まで湯を熱くしてきたからな。温度がアホみたいに上がる前に体の芯まで素早く温めるのは得意だ」


 うん、切ないからやめよう。


 私が風呂場へ向かおうとすると、紫揮に止められた。


「風呂上がったらこれ着とけ。俺のだからデカイと思うけど」


 緑色のトレーナーをほいと渡される。そういえば着替えもなんも持ってなっかたな、と今更ながら気づいた。


 お風呂に入ると、冷たい雨に打たれていた分、湯の温かさが身に染み入った。


 体を拭いて紫揮の服を着てみると、袖はぶかぶかだったけど、暖かくていい感じだ。服には紫揮の匂いが染み付いていたので、甘い香りを堪能させてもらった。


 ちなみに私は相当長風呂だったらしく、脱衣所から出てみれば瑠璃は机に突っ伏して眠りこけていたし、イラリイラリとした様子で脱衣所のドアをガン見していた紫揮とは一番に目が合った。


△△△△△△△△△△△△△△


「で、さっきの話の続きだが……。どこまで話したっけな?」


 三人でテーブルを囲み、私たちは顔を寄せ合っていた。熟睡していた瑠璃を叩き起こし、紫揮が淹れてくれたコーヒーのカフェイン効果で目を覚まさせた。コーヒーを一口頂いてから答える。紫揮の手を握っているので自由に発言することができる。


「久遠が言霊使いの一族で、それが滅びたということしか聞いていません」


 ママのことを思うとじくりと胸が痛む。大切な家族を、私が殺してしまった。私が存在するせいで、まだ生きていたかったはずのたくさんの人の命が葬られてしまった。ママとの楽しい思い出をもっと思い出す度、それに大切な思い出に比例してこの胸の痛みも大きくなるんだろうな。


 でも。チラリと紫揮の横顔を覗きみる。ホカホカのコーヒーから立つ湯気が、彼の顔を曖昧に隠す。この人が求めてくれるのなら、それを、少しくらいまだ生きてる意味にしてしまってもいいんじゃないかなと思った。


「俺は、今の政府を陥落させてこの地に新たな国を築きたいと思っている」


 紫揮は、そう前置きした。


「政府がお前を取り込んでから、世界は少しずつ、しかし確実に狂っていった。やれ一人一人が幸せにだとか、人権を守るとか、生命の尊重とかいいながら、自分たちにとって邪魔な人間を一人残らず消していった」


「ふっふっふ。だがしかし、国はある重要な人物を消し損ねた!それが私とっ」


 瑠璃がハイになって叫ぶ。


「俺だ。あとお前も」


 確かに政府の敵に回った今、私はかなり厄介な邪魔者だろう。


「あれ、でも、瑠璃は私の言霊に耐性がないですよね?紫揮と関係が深いなら、一緒に消されていてもおかしくなかったのではないですか?」


 私が首を傾げていると、紫揮がああ、と頷く。


「瑠璃には、防護結界を張ってある」


 なんでも、自分一人を残して一族全員が消えたとき、紫揮は瑠璃だけは絶対に守ろうと古い本を引っ張り出してなんとか防護結界を張ったらしい。


「効果はずっと続くから、今でも藍羽ちゃんの言霊は私には効かないよ。ほら、これがその証」


 瑠璃はぺろりと服の肩のところをめくって、私に見せてくれる。華奢な肩には烙印を押されたように丸い形の跡があり、複雑な紋章が刻まれていた。


「もしものことを考えてな。当時の俺にとって唯一の支えを失いたくはなかったから。実際次の日に反動が来て、瑠璃が言霊に当てられたことが分かった。結界張っといてマジでよかった」


「そこからね、藍羽ちゃんを奪還するために私たちは動き出したの。うちは歴史ある財閥で、金も人材もたくさんあった。いざってときに戦える人を用意したり、優秀なハッカーに政府のパソコンをハッキングしてもらったりして、内部の情報を掴んでいった。それで、満を持して藍羽ちゃんを連れ帰ったの」

 

 私が助け出された裏にそんな努力があったとは。素直に感謝するが、ふと疑問がよぎった。


「紫揮は私を助けるときに『誘拐』するって言いましたけど、これ全然誘拐じゃないですよね?」


「助けるっていうとなんか恩着せがましいじゃん」


「な、なるほど・・・・・・?」


 紫揮からものみたいに扱われるかもって思ってたけど、心配して損した。





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