第8話 紫揮のこと
「どうして、私のためにそこまでしてくれるんですか」
「どうしてって……」
「私に利用価値があるからでしょう。言霊の力が、便利だからでしょう。そうじゃなければ、あなたの家族も殺した私に親切にするわけないじゃねいですか。所詮あなたも、私を道具としか思ってない!!」
紫揮は、何も言わずに私の隣に座る。彼はもう濡れるのなんか気にせず、傘は完全に私に預けてしまっていた。俯いて、彼はポツリと零した。
「俺は、家族が死んで少しだけホッとした」
「……どういうことですか?」
紫揮の薄い唇が引き結ばれる。軽く息を吐き出してから、彼は話し始めた。
「俺は、家族にとっていらない存在だった。言霊が使えないから、当然だけど」
「紫揮は、私の言霊を無効化できるじゃないですか」
「それはお前に触れないと分からないし、一族にとっては言霊そのものを操れるかが重要だった。……俺自身この力に気づいたのは、一族全員まとめて滅ぼされたときに、自分だけ生き残ったときだった」
紫揮は皮肉そうに顔を歪め、ハハと乾いた声で笑った。この顔は、知っている。私を救い出したときにもこんな顔をしていた。辛そうに、笑ってた。楽しいはずもないのに。笑わなくていいよ。声に出す代わりに手を握った。その手は、私なんかよりずっと冷たくなっている。
紫揮は私を一瞥して、苦しそうに言葉を紡ぐ。
「母さんは物心ついたときにはもう俺の事をいない存在として扱ってたし、父さんは俺が幼い頃死んでしまった。家の中は、俺のこと養ってやってるだけ感謝しろって雰囲気で。あとから生まれた弟たちはちゃんと言霊が使えたから、そっちの方ばかり優遇された。ずっと、苦しかった、たぶん。でも、ちゃんと言葉にして伝える前に、みんな死んじゃった」
紫揮は、また乾いた声でハハと笑う。
「そのとき、一番に思ったことなんだと思う?『良かった』だよ。本当、最低だよな。そのくせ、自分の中ではまだ折り合いが付けられてない。暖かった頃の家族と離れられない。笑っちゃうよな。ほんと」
彼の頬を伝う雫が、雨粒なのか涙なのか、もう分からなかった。ハハハって、また笑い飛ばそうとしている紫揮を、抱きしめた。
「もういい、もういいよ。紫揮。もういいから、そんな声で笑わないで」
震える背中を優しくさする。彼の苦悩も、何も知らなかった自分に腹が立った。いつも自分のことしか考えられない自分が、どうしようもなく許せない。
「私、紫揮になら利用されたっていいよ」
「……何か言ったか?」
「んーん、なんでもない」
二人を打つ雨が、今なら心地よく感じた。
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