第6話 言えなかったこと

 『攫う』


 その言葉を聞いて、私は自分がなんでここにいるのか思い出した。


 私は救い出された気でいたけど、そういえば、紫揮は私を連れてくときはっきり言ってたな。「お前を誘拐する」って。誘拐ということは、利用価値があるから連れ出したってこと。私は結局、どこへ言っても殺人のための道具なのか。


 紫揮があまりに温かくて優しいから、忘れちゃってたな。


「藍羽」


 紫揮が手を握ってくれた。無駄だと分かっていても、その温かさに縋り付いてしまう。


「いーなー。私も!」

 

 瑠璃が私と紫揮の手を取って、三人で輪を作っているみたいな状態になった。


「瑠璃はいいだろ」


 紫揮が文句を言う。そこに込められた親しみに、私に向けられる態度にはないものを感じた。


「二人は仲がいいですね」


「だって幼稚園の頃から一緒だもん」


「まあ、幼馴染ってやつだ」


「ほへ……」


 幼馴染。本で聞いたことはあるけど、実感は湧かなかった。紫揮とは昔遊んでたって聞かされたけど、その後関係は続かなかったし、私は彼との思い出をあまり詳しくも思い出せない。


 幼稚園の頃に仲が良かった友達の顔も今ではほとんど思い出せないから、幼稚園の後の、小学校や、中学校。その続きがあった二人を少し羨ましく思った。


「こう見えても、こいつ昔は可愛かったんだよー。よく私に泣きついてきて……」


「話を逸らすな」


 紫揮が瑠璃を睨む。瑠璃はペロリと舌を出した。


「それで、お前にはまず状況把握をしてもらう」


「は、はい」


 ピンと背筋が伸びる。


「まず、俺がお前を誘拐した理由について。うちが代々何を生業としていたか、親から聞いたことはあるか?」


 首を横に振る。ママは幼い私に何も言わなかったし、唐松様もそういうことについて触れたことはない。


「だろうな。うちは、代々言霊を操る力を受け継いで来たんだ。体の内側に、霊詞核れいしかくという言霊の核のようなものが宿っているらしい。先祖が悟りを開いたとかなんとかで。その力は些細なものだったが、一族は宗教を開き、その力で人々の願いを叶えてきた。人の願いを叶えながら、そうやって静かに繁栄してきたんだ」


「……っ待ってください!!ママは、私が言霊の力を発動させたとき、私のことをバケモノって言ってました。代々言霊を操る力を受け継いでるなら、なんで……」


「簡単な話だ。お前の力は規格外なんだよ。普通の言霊遣いは、効力も、そして範囲も極々限られている。だがお前の場合はどうだ」


「遠い国の人たちが、戦争をやめていた……」


「ああ、もしあのときお前が世界が滅びればいいだなんて言ってたら、きっとそうなっていた。人類は滅亡し、地球さえも打ち砕かれていたかもしれない」


「そ、そんなことしませんよ」


「ああ。でも、それだけお前の力は危険。自分でも分かってるんだろ?」


 紫揮と繋がれた手を見る。この手が、私を危険物でも、道具でもなく、ただの人間にしてくれた。


「まあ、言霊が強すぎてその力を制御できないってのも困りもんだけどな。お前のママは、ちゃんと言霊を使うときと使わないときの切り替えができてたぜ」


「そうなんですか……。久しぶりに会いたいですね」


 バケモノと言われたことは少々根に持っているが、いつも優しかった母と会って、話をしてみたいと思った。


 そこでふと、私はある違和感を覚えた。聞かない方がいい、と私の中の何かが叫んでいる。紫揮の横顔を見やる。胸がざわり、ざわりと波打つ。


「あの、なんでさっきから、過去形で話してるんすか?」


 紫揮の肩が、ピクリと動いた。瑠はそっと目を伏せる。


「ママは今、どうしてるんですか?」


 紫揮は、葛藤するように眉を寄せる。やがて、大きく息が吐き出された。


「死んだよ」


「え?」


「死んだよ。一族全員」


 重い沈黙が、場を満たした。

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