第5話  突然の来訪者

次の日。


「わあ……!!」


 テーブルに並べられたほかほかと湯気の立つ朝食を前にして、私は圧巻のため息を吐いた。表面がこんがりときつね色に焼けているパンに、ふんわりとろりな目玉焼き。隣には新鮮なレタスやトマトが添えられている。


 紫揮はとても早起きで、私が起きたときにはもう美味しそうな匂いが家中に漂っていた。ギュッと紫揮の手を握って感謝を伝える。


「すごく美味しそうです!! こんなに美味しそうなの、初めて見ました!!」


 言霊が強力すぎて、私はこんなことさえも迂闊に喋れない。彼の手を握っているときだけ、私は自分の気持ちに素直になれた。


「別に、普通だろ」


 呆れたようにそう言った紫揮だが、やがて、ふっと表情を和らげる。


「まあ、たまにはそう言ってもらえるのも嬉しい……かもな。うん。冷めないうちに食べるぞ」


 彼の温もりが離れていく。少し寂しく思いながら、私も箸を手に取った。


△△△△△△△△△△△△△△△△△


「やほやほー。遊びに来ったよー!」


 騒がしい声が訪ねて来たのは、朝食を食べ終わって紫揮と片付けをしていたときのことだ。私は「俺が全部やった方が早い」と紫揮に文句を言われていた。


 元気な声が響いて、ドアがバーンと開けられる。クルクルとカールした髪を後ろで一つにまとめた、活発そうな女の子が顔を覗かせた。


瑠璃るり、ここ一応俺の家だから。ノックくらいしてくれ」


「えー? いいじゃーん」


 瑠璃と呼ばれた女の子は、不満そうに頬を膨らませる。それから、私に視線をやって、くるりと方向転換する。


「えーと……?紫揮、誰ですか?」


 戸惑う私に構わず、彼女はずんずんと近づいてきた。背は私より高いけど、年齢はよく分からない。少し幼さを感じさせる顔立ちの中に、暗い影と光を宿していて、子どもなのか大人なのかよく分からなかった。目の前まで来ると、少し膝を曲げて視線を合わせてくれる。


「あなたが藍羽ちゃんだね」


 こちらまで緊張してしまうほど真剣な眼差しに気圧されて、コクコクとうなづいた。すると、ガチガチに固まっている私に気がついたのか、ふっと表情を緩めてアハハと笑った。


「私は瑠璃るり。よろしく!」


 差し出された手をおずおずと握りこむと、瑠璃はにこりと笑った。会話が続かなくて何か言おうと思ったけど、言葉が出てこない。


 瑠璃はそんなことを気にする素振りも見せずに、ゆらゆらと揺れる世にも危険な椅子に座って、「あ〜、快適〜」と腕を伸ばした。どうしたらいいか分からず突っ立っている私に手招きする。


「藍羽ちゃんもおいでよ〜」


 恐る恐る座ってみると、やっぱり体が後ろに持ってかれそうになって、危うく倒れそうになる。普通の顔で腰掛けている瑠璃が不思議でならなかった。ビビりまくってる私を見て、瑠璃はケラケラと笑っている。


「藍羽ちゃん、面白〜い! てかめっちゃ肌白いね! 可愛い! やっぱ『久遠』の家系は美形だな〜! 私さ、紫揮から藍羽ちゃんの話聞いてからずっと会うの楽しみにしてたの! どんな子かな、好きな食べ物は何かな〜って。もう楽しみすぎて夜しか寝れなかった! ってそれちゃんと寝てるじゃんってね! アッハハハハ! あ、そうだババ抜きやろうよ! トランプ持ってきたんだ! 私強いよ〜? その人のことじっと見てるとね、何となくその人が何考えてるか分かって、それで・・・・・・」


「瑠璃、トランプは後にしろ」


 マシンガンみたいに勢いよく喋る瑠璃を、片付けを終えた紫揮がやって来て止めた。瑠璃は、不満そうに唇を尖らせながらも口を噤む。紫揮は、目の前のソファに腰掛けた。


 瑠璃の言った『久遠』という言葉がやけに耳に残ったけど、それは紫揮の一言によって掻き消された。


「今後の話をする。まずは、お前を攫った理由からだ」


 

 

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