第3話 陽だまりで揺れる花は

 心地よい眩しさに目を細めたのも束の間、紫揮はさっさと細い路地に入ってしまった。細い路地は、湿っぽくてジメジメしている。


 紫揮はよく陽のあたる大通りを真剣に見つめていた。ひび割れたアスファルトから顔を出しているピンク色の花が、気持ち良さそうに陽だまりで揺れている。


 思わず伸ばした手は、紫揮によって止められた。


「余計なことをするな。連中に見つかったら面倒だ」


 紫揮はもう一度大通りの方を確認すると、足音も立てずに走り出す。入り組んだ道を何度も曲がり、よく周囲を見回してからマンホールの蓋を開けて中に入った。さらにくねくねと薄暗い地下通路を曲がって、行き止まりになっているところの壁の一部を押す。


 すると、手で押した部分の壁がが切り取られたようになって、くるりと回転した。その先にも道が続いていて、また薄暗い空間が広がっている。今までの道よりも狭くなっていた。


 幅の狭い道を通るのに私は邪魔だったようで、「ここから先は俺に付いてこい」と腕から下ろされる。少し進んだ先には階段があって、昇った先には木製の扉が取り付けられていた。紫揮がドアノブを複雑に捻り、扉が開け放たれる。


 薄暗闇に慣れた目に、眩しい光が無遠慮に飛び込んできた。そこには、今まで見たこともない柔らかな光景が広がっている。


 木製の椅子やテーブルに、本がたくさん詰まった本棚。部屋には、ふわりと木の香りが漂っている。窓から差し込む太陽の光。ヒラヒラと舞うカーテン。


「綺麗・・・・・・」


 思わず声に出してしまってから、口元を押さえる。だけど、何も起こらなかった。ふぅ、と安堵の息を吐く。


「・・・・・・そうだな」


 そう同意した紫揮は、そっと目を伏せた。


「事情は後で色々と説明するから、好きにしてろ」


 そう言って、別の部屋に引っ込んでいってしまう。取り残された私は、そろそろと陽の光を受けて輝く椅子に座った。


「ふぉぉ・・・・・・」


 意味のない声をあげる。意味のない声というのは言霊が宿らないから、いいものだ。


 腰掛けた椅子ごと、私も太陽に照らされていた。蛍光灯の光とは違う、温かくて、優しくて、包み込むような光。


 次は、床に付く部分が弓形になっている、不安定な椅子に座ってみる。体重を預けた途端、ぐらりと傾いて体が後ろに引っ張られた。


「あひょひょひょひょ」


 ひっくり返る! と思ったけど、そうはならずに前に戻った。座るのにはなかなか勇気がいる椅子だ。


 椅子から下りると、調子に乗って本棚も漁ってみる。私が読むものは一冊ずつ唐松様からいただいていたから、こんなにたくさんの本が集まっているのを初めて見た。


 唐松様、か・・・・・・。


 なんで私はあんなにまであの男を敬愛していたんだろう。今の私の頭の中では、唐松様はただのヘラヘラジジイという認識になっている。今更ながら不思議な気分になった。


 考えても仕方ないかな。なんというか、あまり唐松様を思う気分ではない。


 気を紛らわすため、本を次々と取り出してはパラパラと丁寧にめくっていく。


「あ・・・・・・」


 ふと、一枚の紙がページの間をすり抜けた。ふわりと舞って床に落ちる。栞かな、と思って拾おうと手を伸ばす。伸ばしかけた手はその紙に触れる直前で止まった。


 それは栞ではなく、一枚の写真だった。幼い男の子が、母親と思われる女の人と一緒に写っている。それは別に良い。けど、写真にはその親子の他にもう一人写り込んでいた。


「ママ・・・・・・?」


 声を発してしまったことに口を抑える余裕もなかった。少年の母親と思われる女の人の隣に、もう一人女性が写っている。


 私の記憶にある母親の姿とそっくりだった。

 



 

 

 

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