第44話 ■ Trick Of Chronus ■
「――とは言ったものの。さて、どうやって帰ろう」
ひと息付いて、アドルフさんが言った。
「えっ」
「あっ」
私とブラウニーが声をあげる。
「……だいたい今ここは、人間界でいうと、何年なんだ?」
「オレは何年でもいい、プラムとアドルフさんがいるならどこだって。ここにはマロもモチもいるし」
「ブラウニー!!」
私は感激してブラウニーに抱きついた。
「うーん、まあそれはオレも構わないといえば、構わないが。帰る努力はしようぜ。ほら、プラムも感激するのはいいが、リーブスの家族を忘れちゃいけない」
「……あ」
そうだ。私はなんてことを。
「……その疑問、お答えしましょうか」
瓦礫の影からスッ……と出た! 何かが!
「あ、あなたは……!! 私に無理矢理この服を着せたメイド!!」
「そうか、おまえがこの服を。成程」
「なんだって……もう少しマシな服があっただろ!?」
アドルフさんのほうが怒っている。
ブラウニーが怒りなさい!?
「時間の話しはもうよろしいのですか? 服の話し、大歓迎です」
「あ~……いや。……おまえ、そういうのわかるの?」
それにしてもお前もすごい格好だな、とアドルフさんが呟いたあとそう言った。
確かに、このメイドさんの服はきわどい。
「はい。城で働く私は時間管理の仕事も任せれておりましたので」
「えっと、お願い!!」
「……うさ耳メイド」
「え?」
「取引です。プラムさん、うさ耳メイド服着てください」
「……はい?」
私は耳を疑った。
「おい、おまえウチの娘に、これ以上……なんて格好をさせようと!」
アドルフさんが怒った。
「いや……? ……いいん、じゃないだろうか……」
え!? ブラウニー!?
こいつ、今何を言った?って顔で私とアドルフさんがブラウニーを見た。
一番怒りそうな人が許可した!?
「ブラウニーおまえ……」
アドルフさんの顔がひきつっている。
「……服着替えるだけだろ」
目を逸した!!!
ぶ、ブラウニー!!
「ご理解ありがとうございます。こちらへどうぞ」
メイドさん!! 私本人が了承してないよ!?
「あ、アドルフさあああああん!!」
助けて唯一の常識人!
「娘……まあ、着替えてやれ……」
アドルフさんは疲れた顔で投げやりだった。
アドルフさあああん!!!
※※※
「また!! スカートが!! 短い!!」
「お可愛いです」
アドルフさんが、サッと自分の外套を脱いで私を覆った。
「……」
ブラウニーが無愛想な顔で無言。なんでよ!!
「着ただろ。もういいだろ。うちの娘は見世物じゃない。……教えてくれよ」
アドルフさんがムスっとして言った。
うん! これが普通の反応ですよね!! ねえ?!
外套ありがとう! お父さん!! 紳士だね!!
「仕方ありません……、約束は果たされました……仕方有りません」
「プラム、その外套、暑いんじゃないか?」
ブラウニーどうしたの!!
「同意します」
おまえら!!!
「……」
アドルフさんが、2つげんこつを落とした。
「アドルフさん、いくらなんでも女の人にげんこつは」
「あ? こいつ男だろ。骨格的に。魔族は違うのか? だったらすまんが」
「は?」
「へ?」
「男ですが、何か」
メイドさんがあっさり言う。
……。
つまり、私の服を切り裂いて、風呂にいれてあちこち洗われて、猫耳服を着せたこの人は……
「……」
私は真っ赤になった。
「……なにがあった(顔怖)」
ひっ。
「ほら、ブラウニー。せめて家に帰ってからにしろ。この件はお前もさっき悪ノリしてただろ」
アドルフさんがちゃんと叱ってくれた!!
「む……」
ブラウニーが黙った。
「うわーん! おとーさーん!!」
私はアドルフさんの腕にすがりついた。
ブラウニーがあって顔したけど、さっきからブラウニーはオカシイから知ーらない!!
「そういえばメイドさん。あなた名前はなんて」
「……メイドナンバー、666(スリーシックス)、そしてダミアンです」
ダミアンさん、でいいのかな。
「……で、ダミアン、さっき時間軸を聞いたがよく考えたら意味がないから質問変更だ。オレたちがオレたちの時間軸に帰れる方法はあるか?」
「それは次の魔王が必要です。魔王という役職がこの異界の時間の権限を持ちます」
「せっかく魔王を封印したのに!?」
アドルフさんが涙目。
「今までの魔王はいなくなりました。魔王という役職が空席です、現在。次の異界がどうなるかは次に就任した魔王次第です。……ただ、本来ですと魔王の資格を奪う必要があったのですが……まあ、異界もここにきて変わる時期なのかもしれません」
「そういう事情もあるのか……」
「え、待てよ。じゃあ魔王の資格は魔王が持ったまま、ウロボロスに封印しちまったから……」
「ありませんね……ただ、以前の魔王のように簡単にゲートを開く事はできませんが、赤土荒野のギミックは魔王の要塞の施設になりますので、ゲートの一つをあなた達の時間帯に合わせる事ができるかと……ですが」
「おお、帰れるじゃねえか」
「誰かが壊しました」
誰か、と言いながらブラウニーの方を見た。
「……」
「……」
「……ブラウニー」
「はい」
「どこを壊したか覚えているな……?」
アドルフさんの顔が怖い!!
「………一応」
「よーし、直しに行くぞ!! 直せるかどうかは知らんが!!」
「素晴らしいです、最初のお仕事ですね、魔王様」
ん?
「は?」
「なんて?」
「魔王を倒したものが次の魔王です。天空神が生まれていたならば、天空神がこの異界も実権を握っていたかと。……この場合、前魔王を封印したあのウロボロスを作り出したあなたが次の魔王です」
アドルフさんを指さした。
「……なんて?」(二回目)
アドルフさんが、青い顔して固まった。
えええ!
「嘘だろ!? オレ人間よ!?」
「え、じゃあアドルフさん、ヒースに一緒に帰れないの!?」
「帰ってもらっては困ります。魔王様これからよろしくお願いします」
「いやだ!? だって次の魔王になるために、今度はオレを倒しに魔族が次々来るだろそれ!! 泣くよ!? ブラウニー助けて!!」
「……さすがにどうしたらいいか、わからないよ父さん……大丈夫、魔王になってもあんたはオレの父さんだ。でも、一緒の家には住めないな……危ないから……」
ブラウニー! ちょっと状況楽しんでるでしょ!! 顔が笑ってるわよ!
「この親不孝もの!! 」
「確かに次々とその地位を狙ってやってくるでしょう。でも……困ります、やってもらいませんと……それとも、誰かを任命しますか?」
「任命できるのか!」
「はい」
「よし! じゃあ、ダミアン! お前が次の魔王だ!!」
「……承りました」
サクッと解決した!?
「……よかった……でも、ダミアン大丈夫? 命狙われるでしょ?」
「お心遣いありがとうございます。ですが、私、前魔王の息子の一人でして、それなりに配下を持っておりますので、そうですね……あなた達の世界でいうと王位継承権一位、みたいな感じでしょうか」
お前、魔界の王子様兼メイドだったのかあ!!
どういう役どころよ!? 意味わからん!
……と思ってたら、メイドは趣味でやっていた、と後々教えてもらった。
※※※
アドルフさんとブラウニーが、帰るための装置を修理している間、私は一人で要塞を散歩してた。
結局アドルフさんがひこずってでも、外套きてろ命令を受けたので、ちょっとたくし上げながら、歩く。
うさ耳は外して、罰としてブラウニーにつけた。
「オレが、悪かった。許してくれ」
青い顔で謝られた。うん、反省しなさい。……あれ? でも可愛いな。猫耳の方をつけたいかも?
なるほど、ちょっとブラウニーの気持ちがわかった。
本気でこれが好きっていうより、ちょっとした見た目の変化が楽しかったんだね。
広間の玉座に腰掛けて考えてみる。
地母神はアカシアを選んだ。私の分霊としての仕事の一つ、『天空神の選択』は終了したと言うことだ。
別に倒すつもりもなかったけど成り行き上、魔王も片付けた。
ココリーネの言っていた『ゲーム』で言えば、この後は〆のエンディングってやつだよね。
でも、私達の生活は普通に続いていくわけなんだけど……『ゲーム』の最後では、攻略して一緒に幸せになる相手とのエンディングイラスト、というものが最後に出てくるらしい。
地母神はアカシアを選んだ。間違いない、わかる。
だって彼女は私だもの。
そして、私自身はブラウニーを選んだ。
この場合、どっちがヒロインで、どっちがヒーローなんだろう。
そしてどっちの絵が物語の最後に飾られるのだろうか、と暇つぶしに考えた。
「そんなの、なんだっていいけど……でも、これで。これで、もうブラウニーと……」
普通に一緒にいられるよね?
だって反対する人も運命ももうないはず。
アカシアとの最後の会話からしてもきっとそうだ。
「……本当に」
そう考えると涙がでてきた。嬉しくて。
人間界に帰ったら、まだ殿下の私への興味は続いてるかもしれないし、また誰かが私達の邪魔をするかもしれない……でも今までとは、違う。
運命という重圧はなくなった。
もう攻略対象を選ばなくていいから、少なくとも運命がブラウニーを殺しにくる事はなくなるはずだ。
私達を引き裂く必要ももうないのだ。
その時、背後から手で目を塞がれた。
「ブラウニー……何、悪戯してるの?」
手を取って振り返ると、『絶対圏』に接続したままのブラウニーがいた。
彼は『絶対圏』に接続しても、もう平気だ。
装置の修理をする前に、アドルフさんがもう少し長居する羽目になるなら、先にオレたちの修復をしちまおう、と賢者の石を使って魂の欠損を補い、また身体を補強してくれたのだ。
賢者の石を使った補強は、『絶対圏』への接続の負担をものともしなかった。
アドルフさんはまだ魂が半分のままだ。
『絶対圏』がヒースに帰るまでは使えないと困るかもしれない、と帰ってからにするらしい。
「お前が泣いてたから、なんとなく。あとそろそろ寝る時間だから向えにきた」
私の頬にキスをする。
私達は、アドルフさんが持ってる時計を見て、人間界と同じ生活サイクルを送るようにしている。
帰った時に時差ボケしそうだからなーって、アドルフさんはそう言ってた。
「そっか、もうそんな時間なんだ。……あ、悲しくて泣いてたんじゃないよ」
私は先程考えていた内容を笑顔でブラウニーに語った。
「そうだな。オレもそう思う。これからは今までのような悩みはなくなるって。普通に暮らせるって。
そんな予感がしている」
「……帰るのが楽しみだね。そうだ、ブラウニー」
「ん?」
「殿下のアレ、伸ばし伸ばしになってたけど、今、取り出しちゃおう」
「……ああ、そうだったな」
広間は地母神が一部をふっとばしたせいで、風がスースーしてる。
殿下の神性は散らしたら、きっとこの異界のあちこちに四散するだろう。
殿下、本当にごめんなさい。
私はブラウニーから神性を取り出して、掲げた。
「……ああ、これってそうか」
「どうした?」
『絶対圏』に私は接続して、殿下の神性をバラバラにした。
「どうせなら、せめて、その恵みを異界に」
恐らくこれは、国造りに使われるべき力だったはずだ。
私は、異界じゅうにそれをばらまき、その恵みにより、自然を形成させていく。
ブラウニーが手を握った。
「オレも手伝おう」
「……うん」
赤土荒野は一部残して、二人で自然を作っていく。
そして空がなかった異界に無限の虹色の空を創った。
……恩寵を最後の一粒まで使い切ると、異界は半分くらい生まれ変わったような美しい世界となった。
『絶対圏』も本来はこういう使い方が正しいんだろうって気がした。
「異界の人たちの意見そういえば聞いてなかった」
「……まあいいだろ。空以外は半分くらいは元の形残したし」
「そうかな。まあやっちゃったものはしょうがないか」
怒られたらその時考えよう。
「……プラム。えっと……」
「ん?」
どうした? なにか言いにくそうにしてる。
「魔王のコレクションなんだが。アドルフさんが珍しいからって色々包んで持って帰ろうとしてただろ?」
「ああ、うん。メイドの土産ですって、ダミアンが洒落てたね」
余談ではあるが、ダミアンはあの後、メイド服をやめて、タキシードを来たイケメンになった。
前の魔王に比べると華奢な感じでは在るけど、美少女から美少年に変わっていた。
「その中に、……生物の時を進めたり戻したりするアイテムがあった。まあ一時的なもんなんだけど」
「へえ? この異界ってホント時間に関係する物事が多いね」
そういえば魔王自身にも髪の毛伸ばされたなぁ。
人間界に帰ったら切らなきゃおかしいよね。
火事で短くなってたんだから。
そんな事を考えてた横で、すこしブラウニーが言いにくそうに。
でも、両手で私の肩に手を乗せて言ってきた。
「プラム、今夜だけオレたちの時を進めないか」
「え? どういうこと?」
「15歳になって、今夜ずっとお前と過ごしたい」
「え、なんでそんな事」
そう言った後、私の言葉を待たずに、そのアイテムらしき指輪を私と自分にはめた。
「調整はもうしてきたから――」
ブラウニーの見た目が変化していく。
成長していく。
多分私もしてる。
あ……。
あああああああ!!!
わかった! ブラウニーがどうしたいのか!
「え、えっとブラウニー、その…」
私は真っ赤になった。
そしてブラウニーは、私を抱きかかえて、自分が泊まっている部屋にテレポートした。
問答無用だ!?
「朝の時刻になるまでは、オレたちは15歳だ」
「……」
「嫌なら今のうちに言えよ?」
そう言ってブラウニーはアドルフさんの外套を私から取り上げた上で、抱きしめた。
う、うわあああああ。
ブラウニーの体つきが違う。抱きしめられる感覚が、違う。
ブラウニーが私の頬を撫でて言う。
「……綺麗だ」
あわわ。
じっと見られている!
わかるよ! そりゃ見るよ!
私だってブラウニーをじっと見ちゃう。ずっとずっと大人だよ!
なんだかとっても恥ずかしい!
「ブラウニーがかっこよくて、私はどうにかなりそう……」
私は改めてブラウニーを見た。
きっと本当の15歳になるころには、髪は全部、ダークブラウンに戻ってるだろう。
私の愛しい色。
「そうか? アドルフさんとそっくりになったんじゃないか?」
「……確かに似てるけど、違うよ。わかる。他の人はどうかわからないけど……私には全然ちがう」
私はブラウニーの前髪をすこしかきあげて、額に変わらずあるその古傷にキスをした。
「ブラウニー、大好き。ずっと大好き」
また少し涙が出そうになった。前にしたいってねだった時にあんな気持ちでしなくてよかった。
今はとても幸せな気分だ。
「そうだな」
ブラウニーが私を抱きしめてキスした。
「……悪い、もう、待ちきれない」
「……うん」
私も、ギュッと彼に抱きついた。
――そして、私達はベッドに倒れ込んだ。
※※※
数日後。
朝食の席で、アドルフさんが肩を回しながら言った。
「やーーーーーっと直った。おじさんもう肩がゴリゴリだよ」
「肩もむよ」
ブラウニーがアドルフさんの肩を揉んだ。
「お? サンキュ。……なんか、お前落ち着いたな。ブラウニー」
「……オレだってストレスがなきゃ、普通の人間だって」
……ペケの力は偉大である。
「アドルフさん、直してくれてありがとう。これで帰れるね」
「おう、娘よ。お父さんはがんばったぞ。何気に楽しかったしな。オレはこういう作業はもとから好きだからな」
頭をわしわしされた。
「じゃあ、朝食食べ終わったら荷物まとめるね」
ブラウニーが言った。
「おう。帰ろう帰ろう」
「うん!」
「みっ」
「みっ」
そう、皆で一緒に。帰ろう。
ダミアンが、寂しくなります、とお見送りに来てくれた。
ちなみに異界に対して行った国造りは、とくに怒られることもなかった。
「いえ、とても素敵です。ありがとうございます」
逆にお礼を言われて、前々から前の魔王とは方向性が違いまして……とか言ってた。
何気に苦労してたのかな、ダミアンも。
楽しそうにメイドやってたけど。
ゲートの向こうには以前見た時と同じ星空が広がっている。
「じゃあ、行こうか」
アドルフさんが言った。
私はふと、振り返って、アカシアの姿を探した。
異界を出るのを助けたら、もう会わないって言ってた。
特別な夢にも、もう現れないのだろう。
……そっか。そうだよね。
すこし後ろ髪をひかれるのは、きっと付き合いが長かった……からだよね。
……さようなら。アカシア。
「プラム行こう」
ブラウニーとアドルフさんが私の手を取った。
「うん」
私達は3人で手を繫いで、ゲートをくぐった。
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