第43話 ■ She already chose him ■ ―Plantia―
アカシアが自分の幹の根本に腰掛けて、先程の異界がまだ気になるのか眺めている。
本当にもう……。
「怪我はもう平気?」
私は彼の隣に腰掛けた。
「プランティア様。お陰様でなんともありません。救ってくださり、ありがとうございました」
アカシアはわざわざ跪いた。
「ああ……いいの。そのまま座ってて頂戴」
「かしこまりました」
そしてまた、視ている。
多分、何かあったらまた助けに入るつもりね。
しょうがないわね、もう……。
私はプラムから情報収集して、最近やっと、人間の姿を構築できた。
たぶん、プラムとそっくりね。
いや、プラムが私にそっくりなんだけど。
年齡はアカシアの見た目に合わせてみたのだけれど。
今の彼は私を見るのは辛いかもしれないわね。
「よく僕が魔王の要塞にいることがわかりましたね。あそこは貴女には視えないでしょう?」
「……プラムから祈りが届いたの。神様、アカシアが危ないって」
「そう……プラムが」
アカシアが少し嬉しそうな顔をする。
……そんな顔、するのね。
「お小言とか言わないの? ……私が勝手にこの世界以外に降りたら、世界に無理が生じるから駄目だといったでしょ?、とか」
「貴女はちゃんと、無理が生じない程度におさめて僕を助けてくれましたよ。感謝こそすれ、お小言なんて」
「そう」
感謝……うん、嬉しいんだけれど…褒めてほしい。
「そういえば……天空神はどうしましょうか。やはり新しい分霊……は急がないのであれば、プラムが子を産めばそのうち勝手に増えると思いますが、資格者のほうは、また恩寵をご用意いただくしかないと思うのですが」
「私とは仕事の話しばかりね。プラムにはいっぱい雑談してあげてたのに」
私は少しむくれて髪をさら、と手ですいた。すこしすねた風に見えるかしら?
それにしても、あれだけ、あそこにいた者たちが……その、私が……私のこと、アカシアが好きだって気がついていたのに……本人はいつも通り。
あの者達が言ってた言葉、聞こえてなかったのかしら?
それはホッとするような、残念なような……。
「……それは、彼女の教育のためで、まさか僕のとるに足りない話をプランティア様に直接することなんて。それにプラムに語ったことは結局貴女に届くじゃないですか。貴女に語ったも同然ですよ?」
そして、わかってない……。完全にスルーだわ。
私は直接話しをしてもらいたいのに。
そう思ってこの身体も形作ったのに……結局用事がある時しかアカシアは話をしてくれない。
「プラムから入ってくる情報は、くだらない物のほうが多いわよ? でもなかなか下界の声が聞こえない私にとってはとても貴重なのよ」
だから、私にも直接話して欲しい、と言葉を続けたいのに続けられない。
「……そうでしょうね」
彼も苦笑した。
プラムの話になると嬉しそうな顔をする。
いいな、プラムになりたい。でも私は実質プラムなんだけど…。
……私とプラムの違いって何かしら……喋り方かしら。
でも……プラムみたいな喋り方をしたら、私、女神としてどうなのかしら。
あんな風に喋ってもいいのかしら?
だめよね?
……あれ?プラムが分霊だと知ってる人間たちって、私のことどう思ってるのかしら?
女神の性格は、プラムそのまんま、とか思われてたらちょっと……どうなのそれ……?
急に不安になってきたわ。
それとも私ももう少し人を学んだら、プラムみたいになるのかしら?
「やはりまだ情報不足で、とても未熟ね、私……」
「なら、分霊を増やしましょう。それが早道です」
……分霊を増やして、またあなたが分霊を愛したら、いやだわ。
言えないけど……。
「……」
私は黙ってチラ、とアカシアを見る。
素直に言えばいいのかしら。でも……。
「?」
アカシアが何でしょう? と言った顔でこちらを見る。
私にはアカシアに言ってないことがある。
言ったらアカシアが怒って口聞いてくれなくなったりするかしら?
いや、それはないかもしれないけど、私と会うのが苦痛になるかもしれない。
……。
唯一の話し相手なのに、もしそうなったら……それは困るわ。
あ、涙出ちゃったわ。どうしよう。
こういう所は私もプラムなのねって自分でも思うわ。
「ああ…どうされたのですか? なにか世界にご不安や憂いでも?」
「違うわ」
私はプラムの中にあった、しょんぼり、という感情を今抱えた。
アカシアは私が泣いても、世界に何か心配がある、としか思わないんでしょうね。
プラムみたいにもっと……おおっぴらになってしまえばいいのかしら……。
でも、私とプラムでは立場が違うわ……。
私がそんな風になっていいものやら……。
「……天空神の資格の残りはライラックとギンコ……ライラックはどうしてああなってしまったのか……。ギンコは良いと思いますが、どうでしょう? もういっそ、直接お会いになってみますか?」
また天空神の話。私は天空神のことなんて欠片も考えてないのよ、アカシア。
私が天空神を求めていると思っているのね。
「……天空神はいなくてもいいわ。い……今まであなたと私でもやってこれたし。目を見張る発展しないけれど平和な世界は築けるのではないかしら」
「ですが、お相手がいないと次の神も」
「……」
言ってしまおうかしら。
あなたがいいのって。もうあなたを既に選んでしまっていたのだって。
でも、私が言えば、彼は応じるしかないのだもの。それはなんだか嫌だわ。
今だって私とプラムに語るのは結局同じ、といいつつプラムを眺めてる。
プラムを通して私を見ている、ならまだ納得いくのだけど、そうじゃないわよね。
プラムがアカシアを好きなままで私に還るならば、たぶんそれが一番だった。
失敗したのは私。
プラムが人間界へ生まれ変わる日。
私は、プラムのアカシアへの思いを奪ってしまった。
その時は彼女はどうせ私だし、その思いも私のものになるものだから先に吸収しちゃえって、事務的な……軽い気持ちだった。
プラムが地上へ行って誰かを選ぶとかちょっとまどろっこしかったし、私もアカシアへならいいわって思っていたから。そう。アカシアとなら別にやっていけると思ったから、その気持を貰ってしまえば世界の育成がトントン拍子かと思ったのよね。
――浅はかだった。
こんなに苦しくなってしまうなんて。
プラムを最終的に吸収するまで待てばよかった。
でも、今や、プラムの心にはブラウニーがいる。
例えば今、彼女を吸収したら、あのブラウニーって子を私は好きになってしまう。
アカシアへの気持ちに上書きして好きになってしまう。それはいや。
私は人間みたいに自分を育てられない。
アカシアへの気持ちだって盗んだもの。
「地母神にブラウニーを盗られるよ」
アカシアは、プラムにそんな風に説明してたことがあった。
やっぱり私は泥棒してしまったのよ。神様なのに……。堕落だわ。
こんな私は魔王を選べばよかったかしら……もうその魔王もこの世界にはいないけれど。
「どうして泣いてるのですか?言いたいことがあるなら、遠慮せずに言って下さい。
そうでなければ我々下僕はどうして差し上げあたらいいか、わかりません」
アカシアが心配そうに問いかけてきた。
……多分白状しなければ、この堂々巡りがそれこそ永久機関。
私は世界を終わらせるのを覚悟して発言した。
「私ね、プラムの大切なものを盗んじゃったの」
「え? 何をです? ……というか、プラムは実質、貴女なんですから、盗むも何も」
「……プラムの気持ち」
「……はい?」
「プラムがあなたを好きだった気持ちを盗ってしまったのよ! だから、プラムがあなたのこと思い出さなかったのは当たり前なの! その気持は、私の中にあるんだから……ごめんなさい、アカシア」
「――」
私は、それだけ言うと、その場から姿を消し、『絶対圏』の彼方へ身を隠した。
アカシアが何を言うのか怖くて聞きたくなくて、逃げた。
※※※
もとの球体に戻ろうかな……。
一度自分をバラバラにして、構築し直したほうがいいかも。
そう思いつつ、膝を抱えて泣く日々が過ぎた。
『絶対圏』の光の中に溶けてしまいたい。でも。
盗んだアカシアへの思いは厄介で、消したいのに、消したくなくて。
そんなある日、いつものように俯いていたら、誰かのため息が聞こえた。
「……探しましたよ、プランティア様」
アカシアが目の前に立ってた。
「ア、アカシア!?」
えっ! なんで!? 私はびっくりした。
「どうして『絶対圏』の中に!? ここはアカシアでも入れないとこでしょう?」
……というか、アカシアはずっと黒い詰め襟服を着ていたはずなのに、今は白を基調とした、私の身につけているものと揃いの服になっている。
これは、つまり……彼が、『自覚』したのだ。
私に選ばれた事。そして自分が主神になることを。
「……貴女がプラムの気持ちを盗んだ、と言っていたので。……なら、僕もここへも入れると思いましたよ。それは僕が選ばれていた、ということですから」
アカシアが微笑んだ。
う……。ううう。
「でも少し入るのは怖かったですね。もし違ってたら僕は蒸発しちゃいますよ、こんな場所」
「……怒ってないの?」
「何故怒るんです? 貴女がプラムの気持ちを奪う……もとい吸収するのは正統な権利です。その為にプラムがいたのですから。あえて言うなら……もっと早く言ってほしかった」
アカシアの言葉から敬語が消え、片手で私の頬に触れた。
…う。
「でも、私が言えば、あなたは首を縦に振らざるを得ないから。その……」
「貴女が僕に対して抱えてる気持ちについて、僕がどう思うかは……それに限っては僕が決めることであって。それがYESならば、貴女はそれを受け入れるべきでは? それとも僕の気持ちを疑ってずっとこのままで? ……そのほうが僕は許せないけど?」
「な、成程……」
確かにそうだ。
私は再び、膝を抱え直して俯こうとしたけれど、アカシアがそれを阻止して、両手で私の両頬を包んだ。
か、顔が固定されている……。ぎ、ぎ、ぎと少し抵抗したけど。
アカシアはホントにもう……、と眉間に皺を寄せた。
「そうだな……。では、こう言おうかな? 罪を償って?」
「つぐない!?」
「そうだよ。プラムの気持ちを盗んだんでしょ? そう言うならばそれは罪だ」
「ど、どう償えば……」
「わかるでしょ」
ひっ!?
かがんで真正面から見られた。ちょっと怖い!?
「――これからは、プランティア、と呼んでも?」
なに、その獲物を追い詰めるような目。私、神様ですよね?
とっても偉いはずですよね!?
「……そんなのはぜんぜん構わない。私が気にしているのはプラムの気持ちを持っているのに、私はプラムじゃないことであって……あなたが愛しているのはプラムでしょう」
「はぁ…」
ため息つかれた!
「貴女はプラムだよ。すこし引っ込み思案な。だいたい、これはちょっと呆れてるから言うんだけどね。僕にとって貴女は上位の存在で、プラムは貴女の分霊ではありますが、僕より下位の存在。なら、扱いが違って…当然でしょ? ……ほんとにもう、プラムなんだから……。というか、あそこでブラウニー達が言ってたことが本当だったとはね。僕は貴女のしもべだから、貴女の言う事を信じ、言わないことは疑わない。……なら、貴女は僕に伝えるべきことがあるのでは?」
ううっ!
なにそのじと目!そんな目で初めて見られたわ!
知ってる…これは…プラムと同じ扱いをされてる…!
嬉しいけど心がえぐれるわ!
「その様子だと、気持ちを教えて頂くにも時間がかかりそうですね。……ほら、もう帰るよ」
「あっ」
アカシアは私をひょい、と抱きかかえた。
「貴女が盗んだというもの。たしかに、ここで育ったプラムから生まれた気持ちかもしれない。だけれど、僕にとっては、その気持を所持して僕を見てくれている人が、僕のプラムだよ」
「僕が愛してる人がここに隠れていた――それだけだよ」
その笑顔はもう優しかった。
恥ずかしくて顔が見れなかったから、ぎゅっと抱きついて自分の顔を隠して。
私は聞こえないような、小さな声で――アカシア、大好き、と言った。
――そうしたら、アカシアがクスッと笑って、髪に口づけするのを感じた。
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