第42話 ■ MAHOROBA ■


「アドルフさん、走らなくても、今は『絶対圏』接続してるんだから、天井すり抜けるかテレポートすればっ……って!」

 ブラウニーの声を聞いてか聞かずか、アドルフさんは走って行ってしまった。


 足はっや!!


「……しょうがない、広間つったな……。あの人があれだけテンパってるのも珍しい。行くか。本当……それにしても、アドルフさん、一人で走っていっちまったけど、あの人も割りと、単独行動癖あるよな……どうにも放っておけない」


 ブラウニーがため息をついてそう言った。

 ブラウニーにしてみれば、父親だったり師匠だったはずなのに、いまや弟属性まで追加されたのか……。

 奇妙な関係だ。


「ほら、プラム。行こう、一緒に」

 ブラウニーが私の手を取った。

「行っていいの?」

 足手まといになりそうな……。


「一緒に行かないでどうするんだ?……アドルフさんとオレと、お前と。家族だろ。」

「……」

「それにアドルフさんも、オレとお前二人に来いって言ってただろ。……助け合おう。三人で」

「うん!! 行こう!!」



※※※



 ブラウニーに連れられて、天井をすり抜けて上がっていく。


 アドルフさんの様子を視る。走って階段駆け上がってくのが視える。


 途中で魔族に遭遇した際は、彼も『絶対圏』に接続しているせいか、ダガーを投擲して一撃で倒して言ってる。

 片目なのに発見が早くて向こうが身構える前に投擲している。

 息も乱さず、そして的確。


 アカシアと魔王の戦いで崩れた壁の瓦礫を、身軽にひょいひょい乗り越えて行く。

 こういうとこはブラウニー、そっくり……なんだな。長身なのに、とても身軽。


 階が上がるに連れて、アカシアの樹の根が増えていく。

 ……これはアドルフさん、着くのに苦労するんじゃないだろうか。

 とはいえ、今は味方であろうアカシアの根を排除する気にはなれなかった。


 私達は、アドルフさんが駆け上がってくるだろう階段の辺りに身を隠した。

 瓦礫だらけになっていて、身を隠すとこは沢山あるけれど、私達も魔王も"視る"からあまり意味はない かもしれないけれど。


 そして広間には瘴気が充満してる。

 うわ…これはひどい。


「あ」

「…アカシア」


 いつの間にか戦いの音は止んでいて、広間に生えた樹に、何本もの黒い剣に突き刺されて磔にされているアカシアがいた。


 ――血まみれだ。


 え、アカシアが?

 ブラウニーと戦ってた時にあんなに強かったアカシアが、なんでこんな目に?


「馬鹿め。記録を守りながら戦おうとするからだ。我(オレ)とやりあうなら、いくらお前でも全て捨てるつもりでこないと無理だとわかってるだろう……アカシア?」

「……っ」

 さらに黒い剣を突き刺す魔王。

 アカシアの顔が苦痛に歪む。


「ああ、楽しい。お前を殺したら、世界はどうなるか。ずっと殺してみたかったんだよなァ? どうせお前のことだから、記録はすべて安全な所へ移動させてきてるんだろ? お前の幹を掻き壊して! 中身を空洞(からっぽ)にして! 神世界へ駆け上り、地母神を捕まえてなぶり遊んでから、その目の前で記録を全て消すのも楽しそうだ!」


「……」

 アカシアは軽蔑するような目で魔王を見ている。


 うわ……。


 そして魔王が振り返り――

「ところで。……分霊よ。せっかくアカシアが逃したというのに……戻ってきたのか? まあ、どの道……逃さないがなァ……」

 口の端を上げて、こっちを見た!

 まあ、バレますよね!わかってたけど!!


 ブラウニーが私を隠すように立つ。

「……よう。オレにしたらさっき振りなんだが。よくも詐欺取引してくれたな……。 ところでアカシアのトドメを刺さなくてもいいのか?」


 ……アカシアは意識があるんだろうか。

 私はアカシアの具合を視た。

 ……意識はあるな。

 目の端で一瞬こっちを見るのが見えた。


 そして、ブラウニーがこそっと私に囁いた。

 ――アドルフさんが来たらアドルフさんの補助をしろ。


 ……そういえば、何やるのか聞いてない。けど。

 とりあえず私はうなずいた。


「勿論。ああ、こいつの事を永い間殺したい片思いを抱えていたよ。とても楽しみだった。この日がくるのが。やっと捕まえた。ああ、でも殺すのをやめてこのまま標本にするのも悪くない……迷うなァ。おい。それともお前にトドメを刺す権利をやろうか? ブラウニー。お前も殺したかったんじゃないか?」


「それは……気が合うな。だが、悪いが事情が変わった。そいつを殺されると困ったことになりそうだ」


「そうでもないぞ? そうだな、こいつを殺したら、お前と分霊には手を出さないでやろう」

「そいつ殺したら世界は滅びたも同然なんだろ。生きてたってしょうがない。そんな旨味のない取引は断る」

 ブラウニーが歩いて魔王に近づく。


「結構つまらないヤツだったんだな、お前。神にはなろうとしない、アカシアも殺さない。はァ、がっかりだ」

「オレは不良とつるむつもりはないからな」


 怖いな……。

 ブラウニーがいきなり、あの剣で刺されたりしないかとヒヤヒヤしながら柱の影に移動し、見守り、祈る。


 神様、地母神様? 私の本体?

 お願いします、ブラウニーをお守り下さい……。

 そしてあなたの配下のアカシアさんが危ないですよ!!

 本当! お守りください!!


ズサッ!!


 魔王がいきなり瘴気溢れる黒い剣を飛ばしてブラウニーに突き刺した!


 ブラウニーが…! ……と思ったら、ブラウニーの姿がかき消えて、アカシアと魔王の間に姿を表す。

ブラウニーが魔力変質で足を覆い、その足で魔王を蹴り飛ばす。


「む……!」

魔王が少し後退し、アカシアとの距離が開く。


「……!(くそ、思ったより飛ばせなかった…タッパの差がでけぇ…これは、もう少し魔力を強めにしないといけない、だが間には割って入れた)」


 ブラウニーは無言で、アカシアに刺さった剣を破壊していく。


「…ブラウニー…」

 かすれた声でアカシアがブラウニーの名前を呟いた。


「これは誤解されたくないから言っておくんだがな。別にお前のためじゃない」

「これはなんとなく察したから聞くんだけどね……この口調、一度は真似してみたかったのかい?」

「うっせえ」

「ふふ」


 魔王の顔に不機嫌が浮かぶ。

「おぉい……。せっかく捕まえた標本を逃がしてくれるな……よ!」


 ブラウニーが最後の1本を破壊しようとした時――

「ブラウニー、あいつがプラムに向か……」

「な! くそ!」


「わわ!」

 高速で魔王が私に近づいてきた。


 私は魔力で身を固めようとしたところ、守るような腕に抱きすくめられた。

 そして魔力変質した緑色の外套が翻り、魔王を後退させた。


「この……っ」

「アドルフさん……!」

「もう!! おじさん、びっくりしたよ!! なんでお前が狙われてんの!?」


「ドッペルじゃないか。そうだ、お前にも用事があったな。……フフ、お前だけはとりあえず、生かしておいてやる」

「うわ、オレ愛されてる……言っておくが男には興味ないからな!! すまないな!!」


 そう言いながら、アドルフさんは、私を抱えて距離を取り、その魔王の後ろにショートソードを構えたブラウニーが斬りかかる。

「おいおい、そんなものでオレが殺せるわけないだろう」


 魔王は刺されたが、瘴気が舞い散るだけで、すぐに身体が修復していく。


 うわ、これ、ホント。殿下の神性が必要だったんだ。

 多分あれだけが効く武器になるんだ…。


 バキッ! と、ショートソードを折られて、殴られるブラウニー。

「チッ!」

 血の混じった唾を吐く。


「守るものが沢山あって大変だな、ブラウニー」

 魔王は宙に、今度は瘴気で作り上げた槍を並べた。


「まあ、順番通りに戻すさ。さて……アカシア、終わりの時だ!! お前を破壊して世界に積もる木片にしてやる。……心配するな、地母神さえいれば世界は失くならない。無茶苦茶にはなっても、なァ!」

 その槍をいっせいにアカシアに向かって放つ。


 ああ、そうか。

 一旦こっちにきてブラウニーを引き寄せたのか!


 アカシアを守るものが何もない。

 最後の1本の黒い剣で固定されたアカシアは動けないようで、ぐっと目を閉じた。

 私はアカシアに回復をかけ、魔力による防壁で包もうと、一歩前にでようとした。


「アカシア!」


 ―――――アカシア!!


 誰かの声と私の声がハモった。

 しかし、それは私の声よりも遥かに透き通った、清らかで響く声だった。


 要塞の天井が全て吹っ飛び、さらにその上の異界の天井からアカシアの周りに、銀色の光が降り注いだ。

 その光の中心から、私より少し年齡を重ねた――私をにそっくりな少女がゆるやかに降りて来てアカシアに抱きついた。

 ふわり、とした長い桃色の髪に白い神官服のような衣服を身につけた――神々しい少女。

 ――……わかる、この人。いや、この方……私の、本体だ!


「…プランティア様…」

 アカシアは動揺している。


「……」

「……」


 ブラウニーとアドルフさんが地母神に見惚れてるのがわかる。

 いや、わかります、自分の顔だから言いにくいですけど、まさに天女ですわ!!

 アドルフさんはともかく、ブラウニー!! ……くっ!


 たしかに私と比べると可憐なイメージと……顔はそっくりでも、なんか格の違いみたいなものがある!! ……ほぼ、ほぼ、私だから許す。許すけど! くっ……!


 くそう……私の本体やばい、男も女も一目で魅了してくる! うう、そりゃそうだけれども、本体には勝てないのね…!!

 これはブラウニー盗られるって言われるのもわかるわ!

 てかやっと神様の名前わかったよ! プランティア様っていうのね!!



「おお……やっと会えたなぁ!! プランティア!!」


 恍惚として魔王が言う。

 しかし、プランティア様は魔王を無視して、アカシアに刺さっていた剣を壊し、そして大切そうにギュッと抱きしめた。


「おいおい、無視かァ? ……アカシアなんぞ放っておいて、オレと遊ぼうや」

 それを見て、魔王は顔を歪める。


 あれ? プランティア様、アカシアの事、なんか……。

 え? 私、アカシア選んでないけど……??

 でもこれ、明らかにアカシアのこと好きな女の子に見えるんですけど!?


 そしてめちゃくちゃ魔王に怒ってますね……?


 なんかわかるんだけど、よくも私のアカシアに! みたいな……。


「……見た目がプラムだから、プラムがアカシアに抱きついているみたいで気分が悪い……」

 ブラウニー……しょうがないな。顔がほぼ私だものな……。これは仕方ない。


 プランティア様は、私達をチラ、と見て少し微笑んだ後、さっきから無視していた魔王を睨みつけ――


 ドン!!


 無表情で魔王に特大の銀色の光弾を叩きつけ――ふっとばした!


「グォッ……!?」

 魔王が粒子になって四散する――えええ!?


 そして、それによりまきおこった爆風に、私達も吹っ飛びそうになった。

「うわ……っと!?」

「きゃあ!」

「プラム……!」

 ブラウニーとアドルフさんが二人で私を支えてくれ、三人が三人ともに魔力防壁をお互いに掛け合う。


 要塞が崩れる音が収まって、パラパラ、と瓦礫が落ちるだけになる頃、怖くて瞑っていた目を開けると――


 ちょっと! ふっとばした方向の要塞が消えて失くなってますよ!!

 地母神の力怖!!!


「てか、地母神、絶対アカシアのこと好きだよな……」

 ブラウニーがぼそっと言った。


「ああ、うん、そう見えるね……」

 私が答えて。


「いや、絶対好きだろ……」

 アドルフさんも同意見を述べる。


「……っ」

 それが聞こえたのか、プランティア様が、ビクっとした後、顔がカーっと赤くなってプルプル肩を震わせた。


 口がアワアワして泣きそうな顔……うわ、自分と同じ顔なのに可憐だとか思ってしまった。


「可憐だな」

「可憐だ」

 男共が!


 いや、私も正直そう思う!

 そして顔が自分だから何も言えない! 悔しい!!


「……?」

 一方アカシアはどうしたんだろうって顔してる……うわあ!! 鈍感だよ!!!

 それとも気付かないフリでもしてるのか!!


 そして、また先程のような光の筋が湧き上がり、ワタワタしたプランティア様はアカシアを連れて昇っていく。

「――アカシア……」

「……」

 私のその声に、少しだけ微笑みをこちらに向けて、アカシアはプランティア様と光の筋の先へと消えていった。


 私達は目が点になってその様子を見送った……。


「……娘、お前ホントに女神の分霊(わけみたま)ってやつだったんだな。そっくりだった」

 アドルフさんが言った。わかる。私も本音は眉唾だった。


「…すぐに帰っちゃったね」

「恐らく人間界にはあまり降りれない事情があるんだろう。そうじゃなきゃ、お前をここに送らないと思うぞ、お父さんは」


「どうみてもアカシアを助けに来ただけだな。どうせなら魔王を殺していってくれたらよいものを……で、あいつはどこだ、視えない。気配を感じるから死んでない」


ブラウニーが目を凝らす。


「……」


ブラウニーがそういうから、私も感じ取ってみた。

……たしかに気配を感じる気がする。


「ええ……あれで死なないの!?」

「多分、本当は殺したかったんだと思う……けど多分、オレが万が一天空神になるのは避けたかったんだろう。地母神にしたら、オレが天空神になったらオレを選ばなきゃいけないんじゃないのかな」

「……なるほど」


「……よし、今のうちだ。ブラウニー、魔王(あいつ)が出てきたら、気を引いてろ。プラム、近くにいてくれ。手伝いが必要そうなら頼むから」


 アドルフさんが、『絶対圏』の魔力を使って、小さな部屋を作り出した。

 そこへ一人で入る。


「魔力で覆ってはみたが、こんな部屋すぐに壊されそうだな。まあないよりマシだな」


 私は外から問いかける。


「どうするの?」

「アイツを倒しちゃいけないなら――あいつを封印するしかないだろ」

「そんな事できるの?」


「わからん、がやる。ただ、アカシアがオレを信じろって言ったなら、やる価値があるんだろう。さて、魔王が再びでてこないうちにおじさんは一仕事するよ。恐らく魔力を大量に使うから、拡張やら魔力の流れの調節とかできそうならやってくれ、プラム」


「……わかったよ。多分それは得意」

「よし、期待してる」

 アドルフさんはウインクして作業を開始した。


 ――彼は、ナイフで自分の指先を切って、血を流した。


 その指で、地面に難しい文字列を書き込んでいく。

 それは完成するに連れて、星のような形になっていく。


 魔王が血まみれで姿を現し、ブラウニーの方へ向かう。血が黒い。

 そして、周りの瘴気が集まって、傷を修復し、自身を形どっていく。

 だがそのスピードはゆっくりだ。


 地母神の一撃はかなりのダメージだったように見える。

 これは……私達にもなんとかできるレベルに魔王は落ちたのでは?


「あの女……!! オレを粉々にしやがって!! 地母神は……どこだ!!」

「落ち着けよ。アカシアを連れて帰ったぞ。地母神殺せる~とか軽口叩いてた割に、台無しだな」

 アカシアが磔にされていた樹は少しずつ崩れ去りつつある。


 ……アドルフさんは瓦礫に隠れた向こうで死角になってるけれど、目につかないように私は少しだけ離れよう。


「チッ」

 舌打ちした魔王。

 そして、私の方を見た。


 げっ……!?


 アドルフさんから距離置いてよかった!!


「……おい、分霊! お前がプランティアを祈りで喚び出したんだろう! もう一度呼べ!!」

「いや、無理! さっきのはアカシアがいたからだよ! 絶対!!」


「チッ! 何故! 降臨してまでアカシアを……まさかアカシアを選んだのか!? そこに分霊が選んだヤツがいるっていうのに……!! プランティア! どういう事だ!」


 魔王が空のない天を見上げる。

 答えは返ってくるはずもないけども。


「プランティアが相手を、選んだ……クク、そうか。このオレを無視して世界を作り上げるつもりか! しかも天空神候補ではなく、従僕のアカシアを!!」


 何この言い方。まるでブラウニーがモブモブ言われた時みたいな言われようだ。


 アカシアがモブとは、とても思えないけれど魔王からしたら女神の相手候補には入らない存在なのかもしれない。


 ん? 地母神がアカシアを選んだのなら、攻略対象選びは終了じゃない?


 それって、もう攻略対象と私を添い遂げさせようとする運命(ルート)は失われるのでは?

 私達、普通の生活に手が届くようになったのでは……?


 いや、でも……目の前には魔王がいて、どう見ても荒ぶっている。


 攻略対象選び終了! お疲れ様! おうちにかえりまーす! とはならないな……!

 地母神はでっかい宿題を置いていった…。


「さっきから大層なことを述べてるけど、ようは振られたんだよ、お疲れ、魔王様」


 ブラウニーは、自分の背に生えた翼から無数の翅を引きちぎってばらまいた。

 散らばった翅は、銀色に光る剣になった。

 ブラウニー、それ使ったら……、と心配になる。


「――ああ、お前。ブラウニー。腹の虫が収まらない我の相手をしてくれるという訳か。そんな普通の器で! そんな小さな翼で! 勘違いも甚だしい……ああ、そうだな……そこの地母神の分霊にお前が死ぬざまを見せてやろう。その後その分霊はオレが教育して堕落させ、地母神にその情報を送り続け、あの女を堕落に傾けてやる……」


 魔王も黒い剣を無数に浮かべた。


 ああ、ブラウニー。……そうだね、神性を使わないと無理……だね。

 私は少し唇を噛んだ。


「くっだらねぇ、小さいやつだな。ただの嫌がらせじゃねぇか」

「黙れ。なんという期待外れな結果だ。悠久の時を経て、我には天空神も殺したい衝動がずっと在った。なのに、資格者どもは全員育たず、何故、お前のようなただの人間が我に立ち塞がる……? ……何故お前のようなゴミを始末しなければならない! この我が!」


 かつて、教会でアカシアが広げた以上の瘴気が魔王から溢れ出し、波のようになって全てブラウニーに向かう。

 ブラウニーは、直前で聖属性魔力を練り上げ、自身の周りに光球をつくりあげて浮かび上がった。


「こうなったからにはしょうがないってヤツだろう。大体巻き込まれてるのはこっちの方なんだよ! どれだけ大層に謳(うた)われたってオレたちには――ただの迷惑話だ!」


 光球の中から、銀の剣になった翅が無数に飛び出して、魔王に向かう。


「ブラウニー…?」

 ブラウニーの背中の翼がひとつ増えてる!


 私はハラハラした。

 ……身体の補強してないよ!心配だよ!!

 私は必死に祈った。


 神様、ブラウニーをお守りください……!

 プランティア様、魔王が大嫌いなら、ブラウニーにいっぱい祝福つけてあげてくださいよ……!!


 一方、私の背後で、アドルフさんは、魔法陣のようなそれが完成したのか、その中心に既に死んでいる 赤いトカゲを横たえた。

 そして。


「……祖なる口に炉を与えん」


 ……唄?

 私は涙目でそちらを振り返った。


「終焉なる尾に灯を与えん」


 アドルフさんは、そのトカゲに火をつける。


「――おい、何をやっているドッペル」

 ……気が付かれた!


 魔王がこっちを見たその瞬間、ブラウニーが私達と反対方向に魔王を殴り飛ばす。

 ブラウニーがかつてないほど、『絶対圏』との接続を太くして、ありったけの聖属性の魔力を引きずりだしているのがわかる。

 いつも通り淡々と落ち着いているように見えて――その実、これは精一杯の事をやってる……!

 絶対に私達に近づかせない、そんな意思を感じる


  一方でアドルフさんの唄は続いていた。


「繋がる真の円環成りて一から始まり終わらぬ全世界」


 彼の身体がジンワリと光はじめる。

 魔力を使っているのがわかる。


「永久なるまほろば、――成せよ、完全なる黄金神竜……」


 竜?

 いつの間にか手に持っている赤い石をトカゲが燃えている中に放り投げる。


「―――【ουροβóρος】」


 ――ウロボロス、と私には聞こえた。

その最後の言葉に、赤かったトカゲが金色に輝いて――


「う…っ」

 アドルフさんが、呻いて床に手をつく。

 こっちも『絶対圏』から、すごいスピードで、アドルフさんを介してトカゲにぐんぐんと魔力が吸い込まれていく!


 私は駆け寄って部屋に入る。


「あ、アドルフさん、大丈夫!?」

 ……だめだ、アドルフさんの身体と魂だと、ブラウニー以上に負担が!

 しかもこれ、魔力の流れ方が異常だ! 大容量っていう意味で!


「プラム、拡張を補助してくれ……。……っ」

「うん! ……負担は私が請け負うよ」


 私はアドルフさんが床についている手の上に手を重ねた。


 ……目を閉じて、アドルフさんの魔力の流れを追った。

 私は、魔力の流れを拡張する。

 あのトカゲに魔力が流れ込めばいいんだろう。


 アドルフさんと『絶対圏』の接続を強固にし、広げて確固たるラインを確立する。


 アドルフさんを通じて流れ行く魔力は、トカゲの形を金色の蛇へと変え――その目を開いた。


「――ウロボロス! そこにお前の核になる餌がある。アイツを飲み込んでお前のまほろばを完成させろ!」


 アドルフさんが、金色の蛇に命令した。


 蛇はしなやかに身体をひねると、また私達から魔力を吸い取り、巨大な蛇と化し――魔王をその視界に捉えた。


「ハア…ッ…」

 アドルフさんはその場に手をついたまま、蛇を仰ぎみる。


「……よし、良い出来だ」

 ギンコには、自己犠牲を叱って起きながら自分は無茶するんだから……。

 でも。


「頑張ってくれて、ありがとう、アドルフさん」

「おう、お父さんはがんばったぞ、娘」


 アドルフさんは、嬉しそうに言ったけど、しんどそうだ。

 アドルフさんはもう休ませてあげないと。


「なんだこいつは!」


 魔王の声が聞こえた。

 見ると、金色の竜――ウロボロスが、魔王を狙って飛んでいく。


 いつの間にかその頭にブラウニーが乗っている。

 ブラウニーがウロボロスに動きを指示している。


「え、ブラウニーの命令も聞くの?」

「そりゃ…オレと同じ血というだけじゃなく魂も同じだからな。おそらくオレが今『絶対圏』使えるのと一緒だ。例えそれが誤認識だったとしてもな」


 ブラウニーは、とにかくダガーを打ち込もうとして、たまに竜から跳んだり、マロに乗って旋回したりと魔王の隙を狙うが、魔王は魔王でウロボロスを交わしつつ、瘴気で固めた剣でブラウニーをあしらう。

 ダガーが無駄に消費されていっている。


 ん? 今更ダガー?

 ダガーはエンチャントがかかってうっすら光ってはいるけれども。


「燃えろ!!」

 魔王が黒い炎を蛇に絡ませる。


 地母神にさっきふっとばされた時は、実は魔王弱いんじゃ? とかちょっと思いましたが、すいません、とんでもありませんでした。黒い炎があのでっかいウロボロスを包み込んで燃える!


「やべ、プラム、ウロボロスに魔力変質の防御を頼む」

 おお。

「わかった!」


 ついでに黒炎も払い、傷を回復させる。

 そして聖属性魔力をまとわせる。

 アドルフさんが頑張って錬成したその蛇、絶対守る!


 ――キッ、と私を睨んだ魔王。だが。

 その隙にブラウニーがやっと、その首にダガーを打ち込むことに成功した。


「グッ…。これは恩寵でエンチャントを掛けているな!」

 魔王はそれを抜こうとしたが、中で何かが引っかかっているのか、抜くことに手間取る。


 ブラウニーが悪い顔で笑った。

「当たり前だろ、抜こうとしても無駄だぞ……! 1本刺されば上々だ!」

 ブラウニーの手にキラリと光る糸がみえた。


 ……あれ、グリーズリーを、やったときの……ワイヤー!?

気がつくと蜘蛛の巣のようなワイヤーが張られており、それが魔王を絡め取った。


「なんだと!!」

「取れないだろ? ダガーにも仕込んで、刺した瞬間、お前の中に樹の根のように這わせたからな。唯一おまえに効く神性とやらの翅でエンチャントしたワイヤーだ。正々堂々殴り合うだけが戦いじゃないからな!」


 ブラウニーは、自分の手のほうに持ったダガーを近くの壁に打ち付ける。

「さあ、ウロボロス。蜘蛛の巣にひっかかった獲物はお前のものだ――」

 糸を魔力変質で固めていく。


「ぐ…!!」

魔王が自分の近くに『ゲート』を開く。


あ……逃げられる!


「させるかよ!」

 アドルフさんが、魔力の板を錬成してゲートを封鎖する。

「この…!!」


 ウロボロスが、その大きな口を開けて魔王に迫り、ブラウニーが張った糸ごと魔王を飲みこもうと――

しかし、魔王が飲み込まれる瞬間に逆に糸を自分の方へ引き込んだ。


「――そうか、オレを封じるつもりか。……ならば! オレと一緒に行こうじゃないか!ブラウニー!!」

「うおっ!?」


魔王はブラウニーを引き寄せ、抱きかかえようとした!


「「ブラウニー!!」」


 ――が。


 急遽そこへ樹の根が大量に伸びてきて、ブラウニーを魔王から奪い取り、大量の葉がブラウニーと魔王をつなぐ糸を切った。


 ――アカシア……?


「うおおおおおお!! アカシア!! お前か!!」


 魔王は、大量の葉に蛇の口に押し込まれ――蛇は口を開けたまま、空に登って円を描いた。


「ウロボロス! ――尾を飲み込み、完成せよ!」

 アドルフさんが叫び、蛇は自分の尾を飲み込んで、完全な円となった。


「まほろばよ、永遠なれ」

 アドルフさんが片手を伸ばす。


 円となったウロボロスは次第に赤く染まってそのうちメダルのような大きさまで縮んで、彼の手の上に落ちてきた。


 樹の枝に包まれるようにして、ブラウニーがゆっくりと地上に返された。


「アカシア……おまえ……」


 ブラウニーが呟いているのが見えた……。

 アカシアと、何か話ししたのかな……。


 私はブラウニーに駆け寄って抱きついた。

 私が駆け寄る頃には、アカシアの樹も葉も消えていなくなっていた。


「っと」

 私が抱きついて、ブラウニーが少しよろめいたけれど、しっかりと受け止めてくれた。


「一緒に連れて行かれるかと……」

「……おう、危なかった。でも、アカシアが……」

「助けてくれた、ね。……何か言われた?」

「さようなら、と」


 ブラウニーが少し落ち込んだ顔をした。

 他にも何か言われたな……。


 でも、多分、こんな顔するってことは、謝罪や実は嫌われていなかった、とか言われたのかもしれない。そんなこと言われたら複雑に決まってる。


 でもなんだかんだで、ブラウニーもアカシアは嫌いになりきれなかったに違いない。


 ケイリー神父に取り憑いていたとはいえ、アカシアは私達が卒業間近になるまでは、普通に私達を育てていた。理屈では説明できない想いがそこにある。


 アドルフさんが力尽きたように壁に持たれて座っている。

目が合うと手を振ってくれた。


「うまくいくとは思わなかった。地母神の一撃がなかったら駄目だったかもな。――お疲れさん」

 ブラウニーと私が大好きなアドルフさんの優しい笑顔。

 ブラウニーと私は、今度はアドルフさんに駆け寄って抱きついた。


「そういえば……まほろばってどういう意味なの?」

「理想郷ってやつだな。……ウロボロスの中にも世界が生まれて、その世界が魔王にとって理想郷となるかどうかはオレにもわからないが」


ウロボロスのメダルを手に乗せて、アドルフさんは見つめた。


「この小さなメダルの中の世界でヤツは一人きり……生きていくのさ。(……ヒースを滅ぼしてオレを一人きりにしてくれた礼を…できちまったな)」


「もう出てこないだろうな」

 ブラウニーがボソッと言った。


「……怖いこと言うな!? 一応術式の中に、その世界で生きていくのが心地よくなる呪いは組み込まれているから、それにひっかかってくれれば、魔王自ら帰りたいとは思わない…ようにはなってる!」

「帰りたいと思ったら帰れるってこと!?」


「おじさんだって、わかんないよ! 初めてやったんだから! でも御神樹のアカシアがオレにまかせろって言ったんだろ? だったら大丈夫だろ!? 多分!!!」


「はは、オレも大丈夫だと思う。そう必死にならなくても信じてるよ、父さん」

 ブラウニーがアドルフさんの髪をくしゃっと撫でた。


「……おう。オレもオレを信じる事にする。やめなさい、お父さんの髪をくしゃくしゃするのは」


 アドルフさんが少し照れたようにそっぽむいた。珍しい。弟属性が発動しているな……。

 かわいいな、お父さん(弟)。


「私もお父さん信じてるよー」

「うむ、プラムは良い子だ」


 今度はアドルフさんが私の頭をくしゃくしゃした。

 三人とも……柔和な笑顔を浮かべた。

 自分の心がとても、楽になっていくのを感じた。


 そしてアドルフさんは私達を片腕ずつに抱きかかえてこう言った。


「オレたちも帰ろう。オレたちのまほろばに」


 私達はふたりとも頷いて、アドルフさんの外套をぎゅ、と握りしめるのだった。




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