第41話 ■ Believe in you ■



 アカシアに床の穴に落とされた私は、落下しながら、なんとか『絶対圏』に接続した。


 あ、ひらめいた!


 魔力変質で翼を作って、減速した。

 ふわっと、穴の底へ降り立つ。


 ゴゴゴ、ズズズ、という音が上からした。

 見上げると、落ちてきた穴がアカシアの樹の根で埋め尽くされていく。


 ……アカシア。

 魔王の気を私から逸らすために、戦うつもりなのかもしれない……。

 とても複雑な気分だ。


「それにしてもここはどこ……アカシアはとりあえずあの場から逃してくれただけなのかな…。すぐに捕まりそうな気がするから、どうしたらいいかわかんないな……」

 と、呟いた時。


「なんだ今の音は!!」

 数人の魔族の足音がして、一番近くの扉がバタン!と開いた。

 ……やばっ。


「な!! お前、分霊!! なんでここに!」

「…分霊が逃げ出した!」

「捕まえろ!! 魔王様がお怒りになる!!」


 うわ!と思ったけど、見覚えある!!

 こいつら、さっきアドルフさんを殴る蹴るした奴らだ!!

 『絶対圏』に接続して、高揚気味に気分が高まったせいか、私はすごく腹が立ってきた。


「――あなた達、さっきうちのお父さんに酷いことした人たちよね」

 私は、目の隅にはいった、アカシアが穴を開けた際に崩れ落ちた瓦礫やアカシアの枝や蔦を、引き寄せた。


「――っ!」

 瓦礫に聖属性の魔力をまとわりつかせ、高速飛行させ、ぶつける。

 竜巻にして回転させた。


「うおっ」

「がっ」

「いっ」

 破片が飛んできて、私の頬に一筋の傷を付けた。

 血が流れる。


「うちのお父さんは、普通の人間なのに!! 魔力もないのに!!」

 アカシアの蔦と枝を急速成長させる、枝は樹に、蔦は縄に、そしてそいつらを縛り上げて樹に吊るした。


「……」

 そいつらは全員気絶した。


 やらなきゃやられてたと思うし、アカシアが逃してくれたのを無駄にしていたと思う。

なのに、なんだろう、この嫌な気持ち。


 ブラウニーも喧嘩した後とかこんな気持になるのかな……。

 そう思いながら、私はへな、とそこに座り込んだ。


 座り込んだと同時に私が壊してしまった壁の向こうから、声がした。


「プラム……?」

「……ブラウニー…?」


「……プラム!」

 壁を乗り越えてブラウニーが座り込んでいる私を抱きしめる。


「プラム……やっと……会えた……」

 そんなに長い間離れてたわけじゃないのに、もう随分長い間会えて無かった気がした。


 異界に来てからアドルフさんが一緒にいてくれたから、こんな場所でもそんなに心細くはなかったし絶望はしなかったけれど。

 むしろアドルフさんを守らなきゃって使命感みたいな気持ちで心は保ててた。


 でも、会えて嬉しいはずのブラウニーの姿を見て気持ちがガクン、と落ち込んだ。


 ブラウニー。なんなの、その姿は……。


「近くに戦いの反応を感じたから視たら、お前だったから向えに来た……良かった、無事で」

 ブラウニーが私の頬の傷に沿って親指をはわせて癒やす。


「……」

「プラム?どうした?」


 会えて嬉しいはずなのに、怒りがこみあげてきた。


「なんで……どうして……」

 ブラウニーは、全て私の為にやってくれてこうなったんだから、言っては駄目だ、そう思いながら。


「なんで! なんで一人であんな事したの!!」

 抑制しようとする気持ちを上回って、私はブラウニーに怒ってしまった。


「私には、!! なんで『絶対圏』を使わないって怒ってたくせに! なんで自分は危ないことしてるのよ!! ……必要だったのかもしれないけど殿下にもあんな事して!

言ってくれたら、一緒に考えたよ! 行ったよ! アカシアとあんな喧嘩して! アカシアがふっかけてしょうがなかったのかもしれないけど! ……でも危なかったじゃない…。それに力だってあんなに使ったら……」


 私はブラウニーの姿を改めて見て、言葉をつぐんだ。


「使ったら…」


 ――ダークブラウンだった髪は『絶対圏』への接続の影響で、アドルフさんのような銀髪だ。

 接続を切っても、もう全てが銀髪のままかもしれない。


 そして、瞳は金色だ……私の愛していた色が、悪い意味で変わってしまった。


 身体のあちこちに包帯を巻いてる。

 わかる、自己回復をパッシブでつけているけど、壊れていってる。

 ブラウニーが壊れていってる。


 背中から銀翼が生えている。

 とても綺麗だけれど、これはブラウニーには強すぎる力を秘めている。


「なんで、こんな……ボロボロなの……!」

 ブラウニーの胸を少し叩いたあと、両手で顔を覆った。


「私、ブラウニーのこと大切にしたいのに、私がブラウニーに無茶させてしまう……!」

「ごめん……いや、おまえのせいじゃない」

 ブラウニーが恐る恐る私を抱きしめる。


「そんな事言うなよ。これはオレたち二人の問題だ。そしてお前のせいじゃない。これはオレが暴走した結果だ。心配かけてごめん」

 声がとても優しい。

 どうしていつもそんなに優しいの。


「本当に、ごめん。オレが悪かった。光の剣で刺された傷……アドルフさんに本当に本当に酷かったって聞いた。……オレを守ろうとしてくれたんだよな……ありがとう、おかげでオレは無事だった。思えばいつも……いつだってお前はオレに祝福をかけて。オレを守ってくれてる」

「……っ」


「お前を運命にとられそうな気がして。情けないが、怖かった。とられる前に、防ぎたくてしょうがなかった」


 知ってる。

 ブラウニーはストレスでいっぱいだった。

 私にだってわかってた。


 もとはと言えば、私のせいだ。

 私が普通の人間じゃなかったせいで、彼は抱えなくて良かった大変な運命を抱える羽目になった。

 それでも私を離そうとしない彼を私は尊敬している。

 だけど……こんなに彼の身体を傷つけてしまっては……意味がない。


「……今回のこと、許してほしい」

 彼が私の涙をぬぐう。


 ブラウニーが傍にいることが当たり前だった小さな頃。

 いつのまにか大好きでたまらなかった。その気持は宝物だった。

 アカシアに何を言われても、後悔はしないと思ってた。

 なにがあってもブラウニーの傍にいたいって思ってた。


 でも、さすがにこんな姿を目の当たりにしたら、言わずにいられなくなった。


「どうしてこんな姿になってまで……私といてくれようとするの」

「それは……今更、そんな事聞くなよ」


「好きになってごめん」

 言ってしまった。言わないようにしてたこと。

 彼を信じていないわけではない。信じる信じないではない。


 心の片隅に押し込めていた思い。

 私と生きなければ、彼には平凡だけどきっとそれなりの幸せがあったはず。

 たまに、そう思わずにいられなかった、小さな心の闇がついに言葉になってしまった。


「それは聞き捨てならない。怒るぞ、それは。何度でも言うけど好きなのはオレの方だ。オレのほうがお前のことが好きだ。」

 ブラウニーの額が私の額にコツン、とあたる。


「そして、身体のことは心配するな。大丈夫だ。方法を見つけたから。……オレたちのお父さんを信じろ」


 ……そういえばアカシアもさっきそう言ってた。でも。

「…治ればいいってものじゃ…」

 本当だ、私もそう思った。


 治れば良い、ってことじゃないんだ。

 思えば私も無茶をやらかしている。

 なんて自分勝手な事を言ってるんだろう。


「いいか、プラム」


 見るとブラウニーの顔がすこし怖い顔になって、でも真剣な瞳で私を見ていた。


「…?」


「今更オレから逃げるな。

オレから離れようとするな。そんな馬鹿なことは許さない。

そんな事をしたらオレは絶対お前を許さない。

前に何があってもオレを諦めない、一緒にいたいっていったのは嘘だったのか? ちがうだろ? 例えオレが死んだってオレのことしか考えるな。お前が死ぬまでオレの事を考えてろ。オレを好きになった事を謝るくらいならそれくらいの事してみせろ。オレはもう死んだってお前のこと離さないからな」


「……」

「……オレから逃げられると思うなよ」


そう言った後、されたキスはとても長くて。

「……っ」


 苦しい、息ができない。

 唇が離れたかと思うと、また重ねられる。

 前々からオレのほうが執着している、とは言ってくれてたけれど、本当に迷いがない。揺るがない心。


「ごめん、もう言わないから…」

 やっとそう言えた時には、押し倒されていて、まだ許してもらえなかった。

「さっきみたいな事いうやつ、信じられない」

 言ってはならないことを言ってしまったようだった。


 わざとだ。

 私があまりにも弱気なことを言うから。

 強い口調で、つまり。

「オレを信じろ」

 そう、そういう事だ。


 怖いことを言っているようで。意地悪をしているようで。実は強く心ごと抱きしめてくれているのだ。

 私は、ブラウニーの背中に手を回して、自分からキスをして。

「ごめん、もう二度と言わない」

 私はまっすぐブラウニーを見つめて謝った。


 ブラウニーはしばらく私をじっと見つめた後。

「……しょうがないから、もう一度だけ信じてやる」

 ――笑顔だった。


 ブラウニーは私の額に最後にキスすると、私を解放して、立たせた。

 怒ってたのは私だったはずなのに、いつの間にか立場が逆転している。

 私はブラウニーには敵わない。


「ところで、ついでに聞くが」

「?」


「……その格好はなんだ……何があった……」


 !? 顔怖い!!


 そしてさっきまでの会話が台無しだ!

 くそ、こんな猫服のせいで……!!


「えっと、光の剣に刺されたせいで服が破れてたから……とりあえず着替えを貰った……、やっぱり、ちょっとおかしな服だよね。そういえば猫耳つけっぱなしだった、恥ずかしい」


 といってはずそうとした時。その手を止められた。


「……ブラウニー?」


「それは、外さなくてもいいんじゃないか」

「……なんて?」


「さて、アドルフさんがあっちで作業してる、お前もこい」

「いや、それはともかく、なんで……あ、そういえば、このスカートについてる尻尾も邪魔。パーツ的に取れそうな気も」

「やめておけ」


「……ブラウニー?」

「……」

「ひょっとしてこういうの好」

「別に」

「いやだって」

 そんな事言いながら歩いてたら、アドルフさんが牢屋からひょこっと顔を出した。


「ブラウニー、戻ってき」

 ……アドルフさんの顔が私を見て、ビキ! っと固まった。


「何だその格好はー!! 娘ーーー!!」


 アドルフさんがドン引きした顔で嘆きながら牢屋から出てきた。

 そして自分の外套を脱いで私に着せた。


「だよね?普通はそうだよね!?」

 私は思わずそう叫んだ。


「アドルフさんは、わかっていない」

「ブラウニー!?」


「いや、アドルフさん、ちょっと外套でかすぎる。ひこずってるから」

「あ? ああ、そうか。……ブラウニー、お前の外套を」

「それもちょっと」

「ブラウニー!?」

「息子よ……」


 アドルフさんが呆れた目でブラウニーを見て、小さく、まあ……わからんでもない……、と呟いたあと、それから何も言わなくなった。

 なんでよ!?





 ブラウニーに皇太子から奪った光は私にしかもう壊せないことを説明して、それを処理しようとした所、ズズン、と大きい音がした。


「……これは誰か、戦ってるな。ブラウニーが見に行ったほうの反応はプラムだったんだな。プラム、大丈夫か?」

 アドルフさんが天井を見上げながら言う。


「……うん。大丈夫だよ、ありがとう……多分、戦ってるのはアカシアだよ」


「は? なんであいつが」

ブラウニーの眉間に皺がよる。


そういえば、あの穴に落としたのも、ブラウニーが迎えに来るってわかってただんだな、アカシアは。……世話になってしまった。


 ミシミシ、と要塞が揺れる。


「魔王は……どうするの? アカシアがアドルフさんを信じろって言ってたんだけど」

「……なんだそれ。やだなぁ、手の内全部見られてるみたいで」


 ……やっぱり手の内あるんだ。

 恐らくアカシアは先の運命を読んで私達を導こうとしてるんだろう。


「アカシアにはこの世の全てが記録されていくんだって。起こる未来も幾つか知ってるらしいよ」

「へー…そういう仕事してんのか~って。……ちょっと待て」

 アドルフさんが、何か思い当たるような顔をした。


「どうしたの?」

「そいつが……魔王と戦ってんの?」

「うん、多分」

「ひょっとして……それって、それは……この世を記録してる御神樹の化身だろ!! 戦わせたら駄目だ!」


「へっ」

「聖書の一番最初に書いてあるでしょ!! この世は全て1本の樹を中心に成り立っているって! もうここまで来たら、そいつが御神樹としか思えないよ、おじさんは!! ……そんなやつが欠損起こしたり死んだりしたら、この世がおかしくなるかもしれないぞ、それ!!」


 ごめん、聖書の一番最初なんてスルーしてた!!

 ただの綺麗な挿絵かと!!

 そういうのも覚えておくものなんですね!


「そんな大層な奴だったのか……? 殺せないわけだ。……でもそれなら魔王には負けないんじゃないのか? むしろ始末してくれんじゃないの?」

 ブラウニーが言った。

 確かに。


「お前の中には殺すか殺されるしかないの!? ちょっと改めなさい!?」

アドルフさんが嘆いた。


「おじさん、小心者だから心配だよ!? ……てか、そいつがオレを信じろって!? ああもう!! おじさんなんて一番モブなのに!! なんでここで頼られるわけ!? ……もう、身体の補強とかは魔王なんとかできた後で!! 出来なきゃここで皆終わりだ!! ……この音響は……ああ、そうか視ればいいのか……って上の広間か! あああ、これはやばい! ブラウニー、プラム!! 来い!!」

 アドルフさんがなんかいっぱい独り言しゃべって、髪をぐしゃぐしゃしながら、走り出した。


「ちょ、アドルフさん!」

「アドルフさーん!!」


 ま、待ってー!!


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