第37話 ■ Invitation ■


「――というわけじゃの。短い滞在の客人じゃったがな。客人は珍しいから覚えとるよ。なんじゃ、おまえ、記憶なくしとったんか、ドッペル」

「………」

 アドルフさんの顔が蒼白だ。


 私は……何も言えなかった。言えるわけがない。

 思い出したくないって言ってたのに、過去を知っている人が現れて……選択するまでもなく自分の過去を知ってしまった。


 しかも、ブラウニーを殺すか、ブラウニーに魂を返す選択が過去のアドルフさんにあったなんて。


「……オレはもう寿命なのか?」

「そろそろじゃないかの。というか結構長持ちしとらんか? 記憶なくしてるから自分でわからんのかの」


 アドルフさんにブラウニーを殺せるわけがない…。

 私だって殺させない。

 だからって、アドルフさんがいなくなるのは……違う。


 ……どうしたらいいんだろう。

 寿命だからって魂返してハイ終わり、とはブラウニーも私も納得できないよ。


「その……館ってのはどこにあるんだ」

「ん?連れてってやろう」


「……プラム、付いてきてくれるか」


 アドルフさんは、そっちの道へ向かっていった。

 ホントは一人で行きたいんだろうな。

 でも今は離れ離れになる訳にいかないから……。

 私は何も言わないで、付いていった。


「この森。オレはこの森がどこか記憶にあって、それでヒースの森を作ったんだな……」

「………」

 道中、それだけポツリと言って。


「ここじゃよ」

 ボロボロの館に入る。


 部屋を見て回る。広間に出た。左右対称のその部屋の奥には何もないが……。


「あ……これ……」

 ブラウニーのハンカチだ!

 血が付いてる。……なにがあったんだろう。


 モリヤマのおじいちゃんは、ブラウニーは、過去のこの場所で、私達を探していたと言ってた。


「ブラウニーは、それからどうしたの?」

「銀髪少年コンビなら、魔王様の拠点に向かったぞい」

「え!? なんで!?」

「魔王様だけが元の時間軸へ戻してくれる手段じゃからの」


 げっ……。

「ワシが知ってるのは、銀髪少年コンビがこっから出てくとこまでじゃ」


「(何も感じない、何も思い出せない…)」

 アドルフさんは鏡が置いてあったという場所をじっと見つめている。


「あの時お前は生まれたばかりで目がキラキラしておったのー。楽しそうじゃった。今はすっかり大人じゃのー。色々経験詰んで、生きてみたんじゃの」

 モリヤマさんはアドルフさんに言った。


「……」

 アドルフさんは無言だった。


「お前の本体(オリジナル)は本体(オリジナル)でとんにゅらの話してくれたしのう。多分お礼のつもりだったんじゃろ。わしゃあのゲームはあの迷子王子の名前をとんにゅらでやっておってのー。なつかしかったわい」


 こんな時にとんにゅらの話しは聞きたくはなかったが、もうそれは完全にブラウニーとこのおじいちゃんが話したという証拠だ。


「魔王の拠点に行った? その時の生まれたばかりのオレは、戦う手段を持ってたのか?」

「んー、何や知らんが、ダガーを空中に浮かべて、ブラウニーのほうに説得しとったぞ」

「ダガーを浮かべてた!?」


 それ、『絶対圏』使えてたってこと?


「アドルフさん、『絶対圏』の接続できるの?」

「いや、できねぇよ……。なんなの生まれたてのオレ……」

 アドルフさんは頭をくしゃくしゃした。


「はあ。しょうがない、プラム」

「なに?」

「……オレの記憶、戻してくれないか」

「え……でも」


「……いいんだ。昔のオレが『絶対圏』に接続できたなら、記憶がもどれば今のオレも接続可能かもしれないだろう。どうせ、これから魔王の拠点に行くハメになる。……なら、オレも使えた方がいい。ブラウニーに利用できるものは全て利用しろ、と教えてるのはオレだ。その言葉をオレが嘘にするわけにはいかないからな」


「アドルフさん……でも、ブラウニーみたいに身体に負担がでるかも」


「ブラウニーみたいに無茶な使い方はしないと約束する。そして記憶を戻して、もしオレが……ブラウニーを殺すとか言い出したら、オレのことは殺してくれ。それが今のオレのアドルフとして残す言葉だ。懸念するのはそれくらいでいいだろ、多分」


 つまりそれは、自分が生き残るつもりがないっていう事だ。


「いやだよ……というか私にアドルフさんを殺せるわけないじゃない……」

 さすがに涙が堪えられなくなった。


 アドルフさんが私を抱き寄せる。

「ごめんな、こんな事を言って。オレも言いたくはなかった」

「わかるよ。でも、でも……」


 私はアドルフさんの外套をギュッとした。

 一番つらいのはアドルフさんなのに、涙が止まらない。


「勿論だ。あー、まさかオレがプラムを泣かしてしまうとは……参ったな」


 アドルフさんが、ハンカチを出して涙を拭ってくれた。


「なあ、プラム。オレは最後まで、3人でヒースに戻って暮らしていける方法をあがいて考えるから。一緒に考えてくれないか。記憶を戻してオレがオレのままなら、あきらめない事だけは約束するから」


「アドルフさんがいなくなったら、ブラウニーだって、立ち直れないよ……わかってるよね?」

「おう、ありがたい事にな」


 私の頭をくしゃくしゃする。

 私はその大きくて温かい手を両手で包んだ。


「……わかった。『絶対圏』に接続してる今なら、記憶は簡単に戻せると思う」

「よろしく頼むぜ、娘」


 私はアドルフさんを見上げた。

 不思議な感じだ。

 私は手を伸ばし、かがんだアドルフさんの頭を両手で包み込むようにした。


「はじめるね」

 私は魔力を練り始めた。

「頼む」


 ブラウニーの分身(コピー)。ブラウニーの魂の半分。違うのは生きてきた歴史。

 ……そんな事言われても、私にとってあなたはアドルフさんだ。


 たとえば、元は一つのモチとマロのように。違う。

 モチは苺が好きだけど、マロはマカロンが一番好きだもの。

 モチはアドルフさんが一番好きだし、マロはブラウニーが一番好きだ。


 モチとマロだってもう一つには戻りたいと思わないだろう。

 私は、ブラウニーはブラウニーであってアドルフさんにはアドルフさんであってもらいたい。


 アドルフさんが、私の手に触れる。

「お前の光は、温かいな、プラム」

 アドルフさんはニコリ、と笑って……そして、驚いたように目を見開いた。


「なっ!?」

「え……?」

 私はいきなり、背後から誰かに抱きすくめられた。


「――向こうから飛び込んできた小兎を見逃すほど、我(オレ)は甘くないんだぜ?」

 見上げると、大きな紅の角、そして長い黒髪に黒い瞳の――あ!


「さっき瞳が合った人!?」

「魔王様!?」

 モリヤマさんが悲鳴をあげて後ずさって、土下座した。


「魔王……だって……!?」

 アドルフさんの優しかった瞳に、憎悪が浮かぶ。


 ……あ!!

 ま、魔王って! ヒースを荒野にした……。


「神の愛娘。いや、その分霊(わけみたま)か。よく来たなァ。まあ、ゆっくりしていけや。実は10年前から待っていたんだぞ?」

 そう言うと魔王は私の頬に口づけした。私は気持ち悪くてゾクッとした。


「ちょっとやめてよ!! ヒース滅ぼした人のとこにゆっくりなんてしたくない!! 放してよ!!」

「娘に触れるな!!」

 アドルフさんが激昂した。


 ああ! もう!!

 記憶戻してる最中だったのに!!


「あ? おまえは……どこかで……ああ、思い出したぞ。昔、オレのとこに取引に来た二人組の片割れか」

「それってブラウニーのこと!? ブラウニーと何を取引したのよ!」

 魔王はニヤリ、と笑っただけだった。


「おまえ、ドッペルのほうだな? ああ、なるほど。あのガキと合流出来たのか……なんだ、つまらん。取引するんじゃなかったな。……まあいい。」


 そして魔王は、足元に黒く、その先に星空が広がるゲートを出現させた。


「それじゃあな、ドッペル。分霊はオレが貰っていくとする。欲しい物が手に入って気分が良い。見逃してやるから、おまえは本体(オリジナル)と一緒に人間界へ帰るといい」


「モチ! 【Handcuffs、Plum&Adolf】!!」

「みっ」


 空間に落ちる瞬間にモチが、長く伸びて、私とアドルフさんの腕に絡まる。


「なっ!?」

 魔王が驚嘆の声を上げた。


「オレも招待してもらおう……!娘は未成年だからな!保護者同伴だ!!」

「あ、アドルフさん……!」


 そして私達は、魔王の要塞に連れて行かれたのだった。


※※※※※


 ゲートを再びくぐると――ダンスホールのように広く、豪華な場所へ――私達は落下した。


 床に打ち付けられる。

「…っ」

「痛っ!!」

 すぐに上体を起こして周りを見ると、奥には玉座のようなものがある。


 謁見の間か何かですか。

 自分はゆっくりと降下してきた魔王は言った。


「その手錠を外せ、ドッペル」

「オレの名前はドッペルじゃない、アドルフだ。そしてこの娘の保護者だ。外すわけにはいかない」

「腕を切り落とすぞ」

「そんな事しても私が治すし」


 私は必死にアドルフさんに抱きついた。


 その刹那、ゴウ!と昨日死ぬほど聞いた炎の音がした。


「みーーっ!?」

「モチ!!」


 魔王が黒い火を飛ばして、モチが焼かれた!

 真っ黒になったモチは元の姿にもどってポトン、と落ちた。


「モチ! モチ…!」

 私は回復をかけた。

 しかし、回復が不十分なうちに、私はアドルフさんから引き剥がされて、魔王に抱き抱えられた。


「地母神のまだ幼き分霊よ。これからは我がしっかりと教育してくれる。地母神にしっかり情報を送ってやるといい」

「何が目的!?」

「決まっている。オレは地母神を殺すか、地母神を堕落させるかだ」

「なにそれ!? 意味わかんない!!」


「モチ、【Glider】【FlY、Y5Z、FREE】!!」


 アドルフさんが、回復しきってないモチを働かせて、魔王から私を奪い取り、後方にあった大きな扉へと飛び、手を伸ばす。


 逃げられないとわかっていても、とにかく距離を取りたいのだろう。

 私がアドルフさんを連れてどこかへテレポートすれば良かったかな?

 でもどこにいても見つかるだろう、とか思ってた……!


 アドルフさんを守らなきゃとか思いながら、アドルフさんに全部負担させてる……!


「……!」

 私はギュッと捕まって集中する。

 そうだ、アドルフさんの記憶を! 取り戻さなきゃ!


 しかし、分が悪かった。

 黒く大きな炎が、私達の背後からかなりの衝撃をもって襲った。


「う……っ!」

「きゃあっ」

「みーっ……」


 モチが転がり、私とアドルフさんは床に打ち付けられる。


「ぐ……」

 アドルフさんとモチが黒い炎に焼かれている!


 いやだ!


 私はとっさに念じて炎を振り払った後、アドルフさんとモチに拡張回復をかける。


 魔王がゆっくりとアドルフさんに歩み寄る。


「……ハア、我から逃げられるとでも思っているのか? ここは異界で。ここは我の城で。我は魔王だ。神と対なる存在。オレはその気になれば地母神も殺せる存在だ。敬意を払え。元異界の民よ」


「アドルフだ……! ……そういえば、お前に聞きたいことがある。……ヒースを何故滅ぼした!!」

「あ? 何の話だ。いきなり」

「オレの故郷を、ヒース領を! 10年前、滅ぼしただろう!」

 ……アドルフさん。


「10年前……ああ。あそこの時間軸か。……おまえ、あそこに住んでたのか。根絶やしにしたと思ったが、よく生きてたな。偉い偉い。何、あそこの領主がオレが差し出せっつったものを、ひた隠しして、献上しなかったからな。そういうことだ」


「……!」

 アドルフさんがギリ、歯を噛んで魔王を睨みつける。

 あそこの領主って……アドルフさんのご両親だよね?


「そうだ、お前はありか知ってたか?」

 魔王はアドルフさんの顎を持って、顔を近づける。


「――賢者の石」

 アドルフさんが目を見開く。


 なんだろう、賢者の石って。


「知らんな」

「はは、それは知ってる顔だ。嘘が下手だな、ドッペル。おい、誰か!」

 魔王はアドルフさんを床に投げ捨てた。


「ぐっ…」


 うめき声を上げるアドルフさん。

 なんてことするの……!! ひどい!!

 魔王が呼んで、数人の魔族が現れる。


「そいつを牢に放り込んでおけ。あとでオレが直接出向く」

「アドルフさんに酷いことしないで!!」

「分霊(わけみたま)よ。それは取引か?」

「え?」


「お前は地母神の分霊だ。お前はオレと対話する価値はある。そして、もう一度聞く。それは取引か?」


 魔王は薄ら笑いを浮かべている。……こ、怖い、でもアドルフさんを守らなきゃ!


「と、取引って……何!」

「プラム、そんなヤツの取引を信用するな! 絶対に裏切……がっ」

 アドルフさんが配下の魔族に殴られる。


「やめて!! だから! 取引ってなにすればいいの!?」

「そうだな……とりあえず、おとなしく、オレとお茶でもしろ。口に合う菓子を用意してやる。簡単だろう? そもそも、まずはその為にお前を連れてきたのだから。招待したのはこちらだし、これは破格の取引としてやる」


「……わかった。それで酷いことはしない?」

「プラム、やめろ。取引自体するな。絶対ろくなことにならな」


 アドルフさんが腹を蹴られて、血を吐いた。


「やめてって! お茶するから!!」

 私はアドルフさんに回復飛ばし続けながら叫ぶ。

 アドルフさん、無理だよ! 取引するなって言っても、しない方法が思いつかないよ!


 魔王が手を上げて配下を止める。

「よし、いいだろう。分霊(わけみたま)――プラムか。付いてこい。」

「……」

 私はこく、と頷いた。


 モチがこっそり、アドルフさんのフードに入り込むのが見えた。

 あちこち焦げててかわいそう!

 モチへも回復を飛ばす。

 うう……、モチ……。

 絶対許さないんだから!


「ああ、あとその『絶対圏』の接続は切れ。うざいからな。どうせ繋がっていたところで、お前は我になにもできやしない」

 ……しかたない。


 私はブラウニーほど上手に扱えないし、使えた所で確かに、この人相手には何も出来ないだろう。

 ブラウニーの接続が気になるけれど、もう私だけ切っても大丈夫だろう……。


 接続のあやふやさは感じたけれど、多分ペアでなければ繋げないってことはないとおもう。絶対圏の接続レベルが上がった、というか……いや、彼はもう絶対圏の住人として認められた……あえて言うならそんな感じがする。


 それに従わなかったら、またアドルフさんに何されるかわからない。


もう一歩早くアドルフさんの記憶を治せてれば、アドルフさんに『絶対圏』に接続してもらえて、二人でここを逃げ出せたか、そもそも連れてこられなかったかもしれないのに。


今更そんな事思ってもしょうがないって思っても悔しくて思ってしまう。


「プラム!!!」

 魔族に囲まれて叫ぶアドルフさんをたまに振り返りながら、私は魔王に付いて行った。


 ……うう、もし、アドルフさんを万が一殺したら、絶対に許さない。


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