第35話 ■ The Contents of the Box ■ ―Brownie―

 

 ――魔の口に飲み込まれた後、オレはプラムとアドルフさんを探して中を跳び回った。

 いない! いない……!!


「どこにも……」

 気がつくと、薄暗い、赤い土地が広がる世界にいた。

 太陽はなく、空もなく。


「……なんだここは、ダンジョンか……?」

 でも、そんな事はどうでもいい。二人がいない。

 すぐに追いかけたはずだ。

 なのにどうして見失った。


 『絶対圏』を使って探しても、プラムとアドルフさんの存在を感じない。見つからない。

 アカシアは魔の口を使用した時、人間のいない世界に行ってしまえ、と言っていた。

 視ていると、魔族だったり魔物だったりがチラホラ見つかった。


「ここは……異界か……?」

 せめて二人共一緒にいてくれ……。


「オレは……一体……」

 髪をぐしゃ、とすると、べっとりとプラムの血が手についた。

「……プラム……あんな……」

 プラムは接続が切れたオレを守ろうと飛び出していた。


 なんでお前が身体を張るんだ。

 馬鹿野郎……いや、馬鹿はオレだ。

 こんな事になったのは、明らかに暴走したオレが原因だ。


 言い訳をするつもりはない。

 後戻りもするつもりもない。

 ――だが、悪いのは完全にオレだ。


 プラム……早く会って謝りたい。

 アドルフさんもだ……心配だ。


「くそ……」

 考えてる暇はない。

 二人を探し出さなくては。


 プラムは大怪我しているし、アドルフさんは冒険者で荒事には慣れているだろうが、こんな場所は常識外だ。


 オレはテレポートしながら、世界を見て回った。

 そして元の世界にはテレポートできないのを知った。

 神と対峙する魔王の世界だからか。

 先程から瘴気に触れる。


 たしか『ゲーム』だと魔王を倒しに行くのがエンディングだったか。

 ついでに倒すか、などとふと思ってその場に少し座り込んだ。


 ……いや、オレは一体何を考えている。

 なんでこんなに思考に至る。落ち着け。おかしいだろ。

 こんな事を考える人間じゃなかったはずだ。


 ……いや、もう人間じゃないだろう、これ。

 皇太子にも自分で言い放った。自分はバケモノだと。


「……」

 オレは頭を抱え込んだ。


「オレは…」

 『絶対圏』の接続を切りそうになったが、持ち直す。

 だめだ、この場所で切るのは絶対にだめだ。


 ああ、そういえば…皇太子から奪った光…あれを霧散させてしまわないと。


「……あれ」


 皇太子から奪った銀の光塊は既に身体に馴染んでしまったようだった。

 皇太子から引きずり出せたのに、何故かオレからは取り出せない。


 というか、掴むことはできるし、一部ちぎることは可能だが、核になっている部分が張り付いたように取れない。


「困ったな」

 破壊するつもりだったのに、盗品になってしまった。


 ある意味、これがあるならプラムの攻略対象とやらにはなるんだろうが。

 こんなものなくても、オレはとっくの昔にプラムに攻略されている、その逆もしかりだ。

 必要ない。

 てか、ホントなんだよ、攻略って。ふざけんな。


 ――しかし、銀の光塊。

 アカシアが、オレには耐えられないとか言ってたし…それは嘘には聞こえなかった。

 ひょっとして、リンデンみたいな感じになるのか?

 それは困る。破壊したい。


 立ち上がろうとしたら、身体がふらついた。

 さっきから、ところどころ身体にダメージがある。

 オレは崩れそうな所を包帯で巻き付けた。


「……崩れるものか」


 自動回復をパッシブ構築していなかったら、オレはもう人の形を失っているかもしれない。

 昨日から『絶対圏』に接続しすぎたせいか。またはその力を使いすぎたせいか。

 自動回復が追いつかなくなったら……。


 ……一度心を折ったら終わりだ。考えない。

 思考をプラムとアドルフさんに集中させる。


 その時、ふと、足元の地面が動いた気がした。

「……なんだここは……。」

 顔を上げると、目の前に森があった。

 アドルフさんが作ったヒースの蒼い森にそっくりだ。


「こんな世界にも森はあるのか。……結構でかいな」

 ……アドルフさんやプラムがこの森を見つけたら必ず入るだろう。

 あっちの荒野のような赤い土地は魔物からも丸見えだし、食べ物もなさそうだ。


 オレは森に入った。


「……きれいだな」


 この土地特有の魔物を見かけたが、襲ってこない。

 凶暴性がないな。


 足元にうさぎみたいな魔物が数匹はねていった。

 一匹つまみ上げてみた。足をジタジタしている。


「……可愛いな」

 プラムが喜びそうだ。だが。


「こんな事してる場合じゃないな」

 オレはうさぎを放した。


 しばらく歩くと、建物があった。

 ボロボロだ。


 建物は二階建てだったが、二階は潰れてしまって使い物にならない。

 階段も途中で崩れている。

 誰か住んでいたかのような様子はあるが……魔族でも住んでたのか?


 ひょっとしたら、ここにプラム達がくるかもしれない。

 少し探索していくか。


 広間みたいな部屋に出た。

 部屋の中はシンメトリーだ。


 装飾品、絵画、彫刻……どれも同じものが左右に並んでいる。

 眺めながら歩いていくと、部屋の一番奥にぼんやり布をかけられた光る置物があった。


 オレはなんとなく、布を取ってしまった。――鏡だった。

 銀髪の自分が映る。血に塗れている。

 ああ、プラムの血を被ったままだった。


 オレは、ハンカチを取り出して、乾きかけている血を拭った。


「……この鏡は左右対称じゃなんだな」


 ふと背後に鏡があるのかと、鏡に背を向けた時、鏡が光った。

 そして何かが、吸い取られるような感じがした。


「!?」


 振り返ると、鏡の中の自分が微笑んでいる。

 鏡から手がでてくる、足が歩みをすすめて――鏡からヤツが出てくる!


 オレは間合いを取ってダガーを抜いた。


「なんだお前は……!!」


 銀髪で全裸のオレが、鏡から出てくると、鏡にかかっていた布を自分にかぶせて服にした。


「……なんだって言われても」

 こっちを振り返って喋って微笑んだ。


「オレはおまえだよ」


 そいつがそう言うと、鏡が力を失ったように輝きを失い、そして消えた。


「は?」

「……」

 ……静かに屈託なく微笑んでいる。


「……み」

 マロが出てきた。


「みっ」

 マロがそいつの肩に飛び乗って頬ずりした。


 マロ!?

 どうしてだよ!


「可愛いな…」

 嬉しそうにする……オレが。


「マロ、戻ってこい」

「みっ」

「ああ……」


 ヤツが寂しそうにしたが、良かった、マロはちゃんと戻ってきた。


「オレの真似するな。そこの鏡がなんだか知らないが、普通の鏡にもどってろ。

オレはお前と遊んでいる暇はない」


「……もう戻れないよ。忙しいのか?手伝ってやろうか」

「は!?」

「?(キョトン)なんで怒ってるんだ?」


 ……なんだこの無垢さは。


「お前なんなんだ? ……どういう魔物なんだよ」

「……ドッペルゲンガーだ…と言ってももう、半分のお前だけど」

「は?」


「さっきお前の魂の半分をもらった。オレはここでずっと誰かの半分になるのを待っていたからな。ありがとう」

「なんだと!?」

 さっき吸い取られた感じがしたのはそれか!


「何が目的だ……」

「いや、誰かの半分になりたくて。そしてもうお前の半分だぞ」

「意味がわからない!」

「そういう生態としか」


「白髪が生えそうだ……」

「もう白髪じゃないか」

「銀髪だ!!」

「オレもだよ。お揃いだな!」


 茶番する状況じゃねえんだよ!!

 あと、前にこの会話どっかでした!


「というか、オレの魂盗んだとかいったな」

「半分だけな」

「返せ」

「え……まだいやだぞ。生まれたばかりだし、オレだって生きたいぞ」

 頭をかきむしりたくなった。


「鏡にもどって誰か別のヤツに取り憑けよ!」

「無理だ、これ、オレの存在を賭けて一生に一回しかできねえ技だし」

「なんでオレだよ!?」

「なんかお前がいいなーって思った!」

 ほわ、と微笑んだ。気が抜ける!


「……もういい」

「いいのか」

「良くないが、オレは今ほかにやるべき事がある」


 オレは一旦落ち着きたいと思って、館を出ていった。



※※※※


「ついて来るな!?」


全裸に布一枚の男が後をついてくる……そして顔がオレだ!!


「いや、手伝うって。オレが困ってるのにオレが助けないなんてありえないだろ?」

「そもそも困ってる原因の一つがお前だ!?」

「はは、違いないな!それは解決してやれんが」


 茶番が続く。シリアスを返せ。


「なんぢゃ、騒がしいのう……」

「!」

 突如現れた魔族の爺にオレはダガーを構えた。

 しかし。


「爺さん、だれだ?」

 背後から屈託ない声が…気が抜ける!


「ワシはこの辺を根城にしとる、終活歴50年の爺じゃよ……」

 そのセリフに更に気が抜ける!


 プラム、お前がいないとこいつらのボケに付き合うヤツがいない!

 早く戻ってこい!!!

 オレはもう耐えられなくなって、その場で突っ伏した。


「ああ、泣いちまった」

「坊主、腹でも痛いんかー?」

「泣いてねえ!?腹も痛くねえ!」

「思春期かの……」

「思春期だな……」

「お前らのせいだよ!!」


 何故会ったばかりの奴らにこんなにいじられてるんだオレは。

 こんな所はプラムには見せられない。


「……というか、お前らそっくりじゃな。そして人間も久しぶりじゃ。…あ? 一体はドッペルゲンガーか?」

「おー。そうだぞ。こいつの魂半分もらったばっかりだ。よろしくな爺さん」


 返せ!


「そうか、ああ、あそこの館で眠ってた子じゃな。良かったな、やっと目覚める事ができたんじゃな。……で、いつ殺すんじゃ?この人間」


「は?」

 殺すだと?


「あー、それは。まだその時ではない……って感じだ」


 こいつ俺を殺すつもりなのか!

 屈託ない顔しやがってめちゃくちゃ邪悪じゃねえか!


「おい……。どういう事だ」

「どういう事もなにも。さっきも言ったけど、そういう生態だから、としか」

「まあまあ、落ち着きんさい、人間よ。殺すだけじゃない、お前に魂を返すこともある」

「なに?」


「ドッペルゲンガーは魔族じゃが、寿命はそんなに長くない。人間より短いんじゃないかのう。

その時がくればお前を殺すかお前に還るか決めるじゃろう」


「もう人間になったよ。元魔族だ。最後の仕上げにお前を殺す作業は残ってるけど」

「……なんで俺を殺す」

「オレがお前になるために」


 つまり、オレを乗っ取るってことか。


「オレが今お前を殺してもいいよな?」

 オレはダガーを手に迫った。


「やめとけ。オレが納得して魂を返す、としないと魂半分なくなったままになるぞ」

「それが何か問題あるのか」


 特に今、何も不自由を感じていない。

 オレはダガーを抜いた。


「ストップストップ人間! 問題おおありじゃ! 寿命が減っておるんじゃ! 減ったままになるんじゃ!」


 小さい爺が言い放った。

 なんだこの妙に親切な魔族は。


「あんた、妙に親切で怪しい爺さんだな」

「ああ~ワシ、魔族付き合い合わないんじゃよ。聞いてよ、心は人間なんじゃよ。この世界の人間じゃないんじゃが……人間が懐かしいんじゃよ。モリヤマさんとでも呼んでくれかの」


 ダガー持ったオレにストップストップとジェスチャーするモリヤマじいさん。

 オレは察した。


「……地球からの転生者か?」

「地球知ってるの!?」

「ちょっとだけな」

「え、嬉しい、ちょっとうちでゆっくり……」

「オレ急いでるんだよ!!!!」

「そう……カリカリすんなよ、オレ」


 オレがオレに肩ぽんしてきた。血管が切れそうだ。


「いけず……ワシ寂しい……」

「じいさん、オレでよかったら話きくぜ?」

 よし、まかせたドッペル。


「じゃあオレは行く。……ちなみに桃色の髪の少女と背の高い隻眼で銀髪の男は見なかったか?」

「知らないな……」

 ドッペルが答えた。


「お前に聞いてない!」

 ん? 二人を知らない? 記憶はコピーできないのか?


「人探しか?知らんのう……そこの赤土荒野ではぐれたんかの?」

「恐らくそうだ、モリヤマ」

「それなら多分会える確立はゼロにちかいぞい」

「は?」


「一度はぐれたら終わりじゃ。なぜなら、そこの赤土荒野は、常に時間が入れ替わっておる。

たとえばあっちの溶岩が流れとるあたり。あそこが10年前だとすると、こっちの何もないほうは、5年前とかな。それがもっと細かくてランダムなんじゃ。さっきまで隣に居たものが、違う時間帯にいきなり行ってしまったりするんじゃよ。何年経っても変わらない場所ってのもあるがの」


「……なんだそれは」

「神の世界からその眼に覗かれないために魔王様がやっとる、とか噂は聞いたの」

「探す方法はないのか」

「ないのう…そもそもお前が探しとる者達がこの時間軸におらんと思うしの」

「一旦帰るか。どっかゲートないのか」


「あるにはあるぞい。じゃが、そのゲートがお前のいた時間軸の同じ場所に出るとは限らんぞ」

「はあ!?」

「ひょっとしたら100年前にでるかもしれんし、10年前かもしれん」

「な……」

 なんだよ、それ……。


「なにか方法は……」

「魔王様に頼むしかないの」

「は?」


「人間の言う事なんぞ聞いてくれはせんと思うがの~。

じゃから、あれじゃ。ワシの家で一緒に暮らさない?とりあえずこの森から出ない限りは時間はまともな流れじゃし。」

「暮らさねえよ!! てか、お前らはどうしてんだよ! 違う時間軸へ行ったら自分が二人になったりしないのかよ!!」


「ワシら? ワシらは平気よ。あれは部外者に対する仕掛けじゃから。魔族はひっかからんように術を編んでいらっしゃる。ちなみに魔物はお前らとおなじ扱いじゃ。見分けつかんが、同じ個体が同じ時間軸におるかもしれんな~」


「おー。じゃあそれ、オレもうひっかかるな。人間になっちまったから」


 ドッペルの野郎、もといオレがのほほんと言う。

 なんかこいつ既視感あるな。……まあ、オレの魂を使っているんだから当然か。


「魔王はどこにいる」

「え、魔王様に会いに行くつもりか?そもそも会えないと思うぞ」

「それでも行く、場所を教えてくれ、モリヤマ」

「ん~まあ、場所は教えても構わんが……地図くらいは書いてやるか……」


 モリヤマは地図を描いてくれた。ついでにフルーツを少し切って食わせてくれた。

 人間世界で帰れなくなるとか言われてるが、これは大丈夫だ、といって。


「なんもお礼はできないが、サンキュ」

「まあええよ。まさか地球のことを知ってるヤツに会えるとは思わんかったしの」

「……とんにゅら」


「……!!!!!!」

「お、おまえ…それ……」


「オレが育った教会のシスターが地球からの転生者だ。そいつが言ってたらしい」

「う、うおおお…ワシ以外にも…おったのか…地球からの……転生者……うおおおお!!!」


 号泣している。

 ……すこしは礼になっただろうか。


 モリヤマの地図を見て、心の眼を異界に走らせる。

 ……なるほど、あそこか。

 オレの外套の裾をぎゅ、とドッペルが掴む。


「オレも行くぜ」

「お前なんかできんのかよ。ここにいろ」


 下手に死なれて寿命が減ったらプラムが泣く。


「お前ができることは大抵できるぞ、だってオレはお前だし」

 ……まじか。


「……じゃあ『絶対圏』には接続できるのか」


「ああ、これそういう名前の力なんだ」

 オレのツールバッグから力を使ってダガーを1本、空中に浮かせた。


「……なんだと……」


「まあ、それはともかくついて行く。なんだかお前を一人にできない」

 なんだコイツは……いちいち判断に悩むな。

 しかし、『絶対圏』に接続できるなら、置いて行っても付いてきちまうかもしれんな。

 オレはため息をついた。


「裏切るなよ……好きにしろ」

「おう!! オレはオレの味方してやるぞー」

 ホントかよ……。


「ところでお前、記憶はコピーしてるのか? プラムのこととか知らなさそうだけど」

「プラムってなんだ? 記憶は写せなかった。その、胸の銀色の光も。」

 ドッペルはオレの胸元を指さした。


 全てをコピーできるわけではないのか。

 そして、記憶がないから、そんなに純粋そうに見えるのか。

 ……オレは、オレの記憶がなければ、こいつみたいに笑えるのか? ふとそう思った。


「じゃあの~いつかまた会いたいの~」

「モリヤマ、世話になった」

 多分もう来ない。


 そしてオレたちは魔王の拠点へと身体を跳ばした。


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