第33話 ■ Lunatic ■ ―Brownie―

※後半プラム視点がございます。


 

 オレは就寝時間後、強引にプラムの部屋に忍び込んだ。

 どうしてもプラムが眠るのを見届ける必要があったからだ。

 アドルフさんにバレないうちに寝てもらいたいんだが。



 プラムは、

「もう~駄目だよ、ブラウニー。アドルフさんと一緒の部屋でしょ? いないと気づかれちゃうよ?」

 とか言いながら嬉しそうにする。


「でも、一緒に寝れるの嬉しい」

 オレの不機嫌さに困っていた癖に、幸せそうな顔をした。

 駄目だ、怒りを抑えて許してしまう。


 自分でも不思議だが、オレはなんでこいつがこんなに好きなんだ。

 後悔はないが、そのせいでとんでもない人生になったな、とは思っている。

 運命だの攻略対象だの前世だの転生だの。

 リアリストのオレには、まったくもってくだらない話だと思っていた。


 結局それに巻き込まれて認めざるを得なくなっている現状。

 ならば仕方ない。在るものは仕方ない。くだらないと思っていても、現実ならば仕方ない。

 受け入れて目指すべき未来に手を伸ばすまで。

 オレにあるのは固めた意志だけだ。


 絶対プラムを手放さない。誰にも渡さない。

 プラム、オレはお前と一緒ならどこでもなんだって頑張れるんだ。

 だから、お前がいなくなることだけは、絶対に駄目なんだ。


 古い記憶を思い起こすと、全てそこにプラムがいる。

 小さなガキの頃からずっと隣にいた。

 今更失えるものか。他の誰かに取り上げられてなるものか。


 こいつがオレの頬に初めてキスした日を憶えている。

 オレが初めてこいつの額にキスした日を憶えている。

 一緒に生きると決めたあの日。

 例え今、あの日に戻ったとしても、オレはこいつと生きることを選択する。


 オレは隣に転がってるプラムを強くなりすぎないように抱きしめる。

 もう、昼間のような焦げ臭い匂いは一切しない。


 いつもの……プラムの匂いだ。

 あれは怖い夢だったのだと思いたい。


「もう怒ってないんだよね?」

 馬鹿な事を確認される。

 怒っているに決まっている。

 本当言うと、このままこいつを無茶苦茶にしてやりたい程、怒っている。


 ――ジャスミンの件は、こいつは全く悪くない。そんな事ではない。

 死にそうなのに『絶対圏』を使わなかった事に、苛ついてる。

 オレに会えなくなってもいいのかって思いが湧き上がってくる。

 わからせたい。


 ただ、結果としてこいつの判断遅れは、こいつが死にそうなほど傷ついた事以外、結果オーライになりつつあるのがまた苛立つ。

 そう、『絶対圏』を使わずに済んだ……という結果。


 オレは、後でどうなろうと構わないから、オレと会えなくなることに不安を覚えて、何がなんでもオレのところに戻るという気持ちをこいつから得たかった。

 つまりはオレは今、オレのエゴとヤキモチに振り回されている。


「……」

 オレが答えないのに、不安がらない。むしろ安心するような顔して抱きついてきた。


 お前にとって今一番危険な相手は目の前にいるって気づいたらどうなんだ。

 そんなだから変な害虫が寄ってくるんだろ。


 ……今日のオレの予定としては、一刻も早く寝てもらいたいんだが。

 それではオレの腹の虫が収まらないな、と思えてきた。



 オレは少し上体を起こして、プラムの耳元に手をついた。

「……いいから、早く寝ろ」

 そう言いながらキスをする。

「……!?」

 すぐ混乱するなこいつ。

 そういえば、他の男に身体を触られたんだった。


 プラムの夜着の紐を緩めた。

 今までしたことない場所にキスする。 ――触れる。


「えっと、えっと……そういう予定なの!? 今日なの!? 予定違わない!? あ、嫌なわけじゃなくってその!?」

 何がだ。そういうの萎えるからやめてくれ。


 オレは一旦、プラムを解放した。

「予定は前言った通りだ。勘違いすんな」

「え? あ? そう? ……???」

 両手で顔を隠して背を向けやがった。

 そんなんでよくこないだペケるとか言いやがったなこのやろう。


 すかさず後ろから抱きしめて、首筋や肩にキスを落とす。

「ちょっと!? ね、眠れなくなりますよ!! 寝ないんですか!? ニーサン!!」

「誰がニーサンだ、略すんな。寝れないのはお前だけだろ。オレは別に寝れるし」

「ひどい!?」

 駄目だ、茶番になってきた。ムードもへったくれもない。

 オレはプラムから離れて転がった。


「おやすみ」

「……お、おう…おやすみ…」

 こんなでもオレが荒れてるのは感じ取ってるのがわかる。

「……安心しろ、もうしないから。疲れただろ、寝ろよ」

 振り返ってそう声をかけたとたん、安心したような顔をした。むかつくな。


「うん、ブラウニーもね」

 プラムは頬に手を当てたまま、目を閉じた。

 まあ、しばらくは落ち着かないだろうが。


 こいつは自動回復で大抵体力満タンだろうから、ちゃんと寝たかどうか怪しい時がある。


 ……しばらく見張っていると、寝息になった。

 割りと早かったな。


 自動回復あるっていっても、身体が受けたショックを覚えてて疲れてんだろな……そう思うと、先程の行為に少し罪悪感を覚えた。


「…プラム?」

 頬や髪に触れて、頬にキスして。

 ちゃんと眠ったかを確認すると、オレは起き上がった。


「…アカシアのとこには行くんじゃないぞ」

 こいつは寝てても油断がならない。


 そして、オレは『絶対圏』に接続した。

 眠っているプラムが銀髪になる。

 プラムの力を使って、プラムに眠りを与える。しばらくは絶対起きないように。


 オレはバルコニーにでると、飛び降りて、一気にテレポートした。

 テレポートする瞬間、リーブス家のサイレンが鳴るのが聞こえた。


 危ね。

 一歩遅かったらアドルフさんかギンコに見つかるところだ。


 ヒースの自分の部屋に降り立ち、装備を整えた。

「――よし」

「み!?」

 懐にいたマロが、どこにいくの? と言わんばかりに出てきて肩で鳴いた。

「しばらくお前も静かにしてろ」

 懐に戻した。

「み」


 マロを使用している暇はない。

 今度はヒースから跳んだ。

 まずは――

 壊してやる。観測所。


 しばらくは使い物ものにならないようにしてやる。

 リンデンのためにも。

 オレがこれから行う事の為にも。

 ……まあ、観測所に記録できなくてもばっちり捕捉はされるだろうがな。


 観測所へ跳ぶ。

 バタバタと動く職員どもが視える。

 聖女の力を観測したのと……オレ、だな。

 夜遅くまで、お仕事ご苦労様。


 オレはツールバッグから全てのダガーを取り出し浮かべて、『絶対圏』の力を纏(まと)わせ、ジャベリンに変化させた。

「行け」

 職員どもが、オレに気がついて、障壁を展開するが。

 無駄だ。

 オレは、機材という機材を貫いた。


 風を入り込ませ、全ての記録を粉々にした。

 観測所は穴ぼこだらけになった。

 悪気はないから許してくれ。


 地面に手を着いて、魔力を染み込ませ、観測所を覆いこみ、念じる。

「忘れろ」

 オレのことを忘れろ。

 今日のことを忘れろ。


 次に目覚めた時、なぜ観測所がこんな事になっているのか誰も覚えていない。

 ハリケーンが来たとでも思え、さあ、そして眠れ! 朝まで!

 オレは祈りを込めて、自分の『念』を範囲内に浸透させる。


「……っ」

 一瞬、ふらついた。


 借り物の力を無尽蔵に使ってるんだ。

 多少の不具合はあるだろう。

 だが、やれることはやってやる。


「…次だ」


 何回かテレポートを繰り返し。

「――着いた」


 眼前に悠々と広がる王宮をオレは高い空から眺める。

 ああ、綺麗だ。

 今日は満月だったか。

 満月に照らされる王宮は美しい。


 王宮からサイレンが鳴り響く。

 多分オレに反応してるんだろう。

 だがそんな事はどうでもいい。

 サクッと終わらせてやる。


 ――どこにいる、皇太子。

 『絶対圏』の力でオレは視る。


 ――そこか。

 オレはテレポートして、皇太子のベッドの真上に浮かんだ。


 皇太子が異変に気づいて目を開けた。


 ちっ。


 寝てれば良いものを……。

 侵入者にはすぐ気がつくように訓練してんだろうな。さすが王子様。


「君は……ブラウニー!?」

 驚嘆の声を上げる。

 髪色変わっててもすぐに気がつくもんなんだな。

 それともこいつの観察眼が優れてるのか。どっちでもいいが。


 オレは無言で皇太子の胸ぐらを掴む。

 お前の攻略対象の資格を貰う。

 どうでもいいけどな。消してやる。

 ついさっき、見た通りに。


 お前もモブとやらになればいい。


「な…! やめ…!!」


 皇太子が、光属性の防御壁を貼ろうとしたが、そんなものは念じて砕く。

 抵抗するな。

 オレたちの、邪魔をするな。


 銀色の光の塊が視えた。

 フリージアが取り出していた……これだ。

 聖女にできるなら、『絶対圏』にもできるだろ。

 オレはそれをつかみ取り、一気に王子から引き抜いた。


「うあああああっ」

 王子が悲鳴を上げた。

「痛かったならすみません、皇太子」

 オレは感情のこもらない瞳で王子で王子を見つめ、謝罪した。

 実際申し訳なく思ってるのは本当だからだ。


「……はあっ…はあ…。な、何を…僕に何をしたんだ…!? 僕から一体なにを引き抜いた!?」

「お前にとって必要のないものを抜き取っただけだ」

 理由は、オレの自分勝手だが。


 ……生命反応に問題はなさそうだ。

「ブラウニー、その姿は…まるで…」

「ただの化け物ですよ」

「化け物? ……むしろ…。ねえ、ブラウニー。自分のことを化け物なんて言うものじゃないよ。優しく輝くその姿はとても美しい」

「……っ」


「僕がプラムに興味があるからここへ来てしまったんだね。そんな悲しい瞳をして。

やりたくないのにこんな事をやっている」


 ……なんだ? ……やめろ。


「まだ間に合う、こんな事はやめないか」


 ……こいつ、光を帯びていやがる、これはカリスマか。

 魅了とはまた違う、人を惹きつけるカリスマの魔法。

 それを使ってオレを説得しようとしているな……!


「大丈夫、僕たちは話し合える。さあ……

 ……それは、その光は僕のものなんだろう、返してくれないか」


 バシュッ!!


「……っ!」

「……ううっ!?」


 オレは風で薙ぎ払うかのように、皇太子のまとった光を吹き飛ばした。


 ……あぶない、さすが様々な英才教育を受けているだけある。

 ひょっとしたら侵入者の経験も多々あるのかもしれない。


「返すなら、そもそも盗らない……これはお前には必要ないものだ。

むしろお前が皇太子の人生を送るのに邪魔になるものだ。感謝してもらいたい」


 皇太子は目を伏せた。

「だが……感じる、それは必要なものだ」

 こいつは優秀なヤツだ。時間を与えると何してくるかわからない。

 ここいらで終わらせる。


「それは、失ったばかりのものを求める気持ちだ。さあ、眠る時間だ」

「……あ…」


 オレは皇太子の頬に触れた。王子が魅入られたようにオレを見る。

 ……プラム以外にそんな瞳で見つめられてもな。


 ああ、どうせ記憶を消すのに何をおしゃべりに付き合ってしまったんだ、オレは。

「おやすみ、王子様」

 眠りを与える。


「……ブラウニー…君…は…自分が泣いている事に気がついているのか…い…」

 パタリ、とベッドに倒れ込む。


「……忘れろ。しばらく心になにか穴が開いた気がするかもしれないがな」

 そしてこの記憶も消す。


 オレは目から流れた水を拭った。


 悪いな。

 あんただけは本当に駄目だ。こうでもしないと。

 だいたいプラムに王妃なんて無理だしな。


 あんたには、ふさわしい女なんて他にいくらでもいる。

 これであんたがプラムを諦めるかどうかはわからんが。

 少なくともアカシアのオススメからは外れるはずだ。


 サイレンが鳴る。


 そろそろ行かないと。だが。

 フリージアは体内に入れて、光を散らした。こうか。

 オレはフリージアのやったとおりに、体内にそれを取り込んだ。


 ドクン! ……心臓がはねた。

「う……!?」

 ――体中に根がはるように、光の筋が伸びていくのを感じた。


 ……なんだ?

 フリージアがやった時とは反応が違うぞ?


 サイレンが鳴る。

 兵士たちの足音が聞こえる。

 ここから出なくては。


「く……!」

 オレは身体の中の光を処理できないまま、皇太子の部屋から飛び出し、またテレポートした。


 何回かテレポートした時、胸が傷んだ。

「マロ…頼む、【Glider】…」

「みっ」

 羽を広げたマロの上に倒れ込む。

 ここはどのあたりだ…。王都は視認できない。下には森が広がっている。


「ハア、ハア……。」

 銀の光塊は処理できていないが、とりあえず奪うことはできたなら上々だ。

 あとはもうどうなるかわからん。


「これはどうすれば消せる……」


 何故か絶対圏の力でも、体内に根付いたそれを消失することができない。

 フリージアの時と何が違う?

 ああそうか、数値的にリンデンのは乱れていた。壊れていたのかもしれない。

 なら、どうしたらいい。


 ――その時。


「みーーーーーーーっ!!」

「うあっ!」


 それは、見覚えのあるダガーだった。

 そう、オレのダガー。

 それがどこからか飛んできてマロに刺さった。


 マロと一緒に落下していくオレの頭上には――赤い瞳のあいつが――空に浮かんでいる。

 オレに対して憎悪の瞳で睨みつけている。


 ――アカシア。


 マロを庇って着地する。

 オレはマロからダガーを引き抜き、傷を癒した。

「み…」

 マロが涙目だ。なんてことしやがる。


 あいつが。

 アカシアがオレを追って、空から降りてくる。


「……やあ、良い夜だね、ブラウニー。

いつか僕に刺してくれたそのダガー、忘れていってたから、返しに来たよ。

もう祝福は消えちゃってるけどね。」


「おまえ……!!!」


「これは……心底怒ってるから言うんだけどね……

 ……お前、本当にいい加減にしろよ……!」


 普段、物静かなフリしてるくせに、激昂した。

 そんなに皇太子の、このよくわからん光を抜き取った事が頭に来たのか。


 それはそれは。

 どうやら大当たりなダメージを与えられたようで喜ばしい。


「プラムが可哀想だから、『運命の強制力』で……今まで自然に死ぬのを待ってたんだが……もうね、我慢の限界なんだよね……」


 運命の強制力。

 その言葉久しぶりに聞いた。オレを今度こそ殺すつもりか。

 ちょうどいい、オレもあんたを殺したかった。


「プラムがお前を必死で守るから……どれだけ運命が割り込もうとしても……お前が小賢しいから!」


「『運命』ならちゃんと仕事してんじゃねえか。皇太子とか寄ってきてうざかった。もうそれも今日で終わりにできそうだが? オレがこの胸にある光を盗んだからな。これもってるヤツが運命なら、オレは今やプラムの運命の相手だろ」

「……っ」


 心底オレを憎んでいる顔で赤い目を光らせる。

 地面が波打つ。

 ……何だ?


 アカシアの足元の地面から、一本の樹木が生え、成長していく。

 ……精霊魔法か? いや…ちがう。なんだこれは。

 こいつ魔族じゃなかったのか?

 こないだは瘴気を撒き散らしていたはずだ。


 さっき返却されたダガーに自分で祝福を込める。

 アカシアの樹木は大樹となり、沢山の珠を実のように付けた。


「またまた。ダガー1本で何をする気なのかな。ホントに君はダガーが好きだね」

「あんた、農家のおじさんだったのか? いい実がつきましたね。おめでとう。ダガーで実を落とさせてくださいよ」

 軽口ですらこいつとは噛み合わない。


 アカシアは何も答えず、赤い目を光らせて樹木から葉を無数に飛ばしてきた。

 口数が減ってるあたり、本気で怒ってるんだろう。


 オレはダガーを一振りし、葉をバラバラにしてアカシアに駆け寄ろうとした。

 だが、オレが切りきざんた葉が少しオレに触れた瞬間、頭に映像が浮かぶ。


 優しそうな瞳で微笑んでいるアカシア。

 その瞳の先には――小さな女の子……プラム…!?

 ……それと、手を繋いでいる赤い瞳の黒髪の少年……は目の前のこいつの面影がある!


「なんだこれは!」

「おや、見えた? それは生まれる前のプラムだね、可愛いだろう? その時は僕によく懐いていたよ。彼女の遊び相手としてね、当時は僕も小さな少年を演じたものだよ」


 オレは頭を振った。


 ダガーに力を送り込み、戦斧をイメージした。

 まさか木こりするハメになるとは思わなかった。

 気に入らない、こんな樹木は切り倒す。


 戦斧に地面から木の根が飛び出し巻き付いてきた。


「うざっ」

「おまえがな」


 更に木のツルで巻かれて、身体の自由を奪われる。

 ふと樹になっている珠の一つが赤味を帯びている。

 火属性!?

 高熱がくる!


「……っ」

 障壁を展開して、防ぐ。

 だが、周りの森に火がついた。


「み、みっ」

 燃え上がった森に既に小さくなってオレの肩にいたマロが怯えた。

「マロ!」

 このままだとマロがやられる……!

 オレはありったけの魔力をマロに与えた。


「危ないから逃げてろ」

「み……」

 プルプルと頭を振ってオレに張り付いて離れない。

 ……仕方ない。

「……わかった、懐はいってろ。知らないぞ。死んでも」

「み……」


 そこへ第二派の熱風が来ると共に、一度体験したあの濃度の濃い瘴気が広がる。

 なんだこいつ。

 また誰かに憑依して、その力使ってんのか?

 いや、違う……。


 オレは、樹木についた珠を全て視た。

 これは…火風水土…光、闇、聖…魔…

 すべての属性が実のように……こいつ、全ての属性を所持してんのか!?

 何者だよ!


 ……いや、そうか、納得した。

 こいつは化け物すぎるんだ。

 人に憑依するにはこいつは容量がでかすぎるんだな。

 だから教会の時は、一つの属性に絞って……さらに容量を絞って……聖属性のケイリー神父を抑え込むのに有効な魔属性を選んだんだな……。


 オレは自分で自分に自動回復(パッシブ)を構築した。

 回復に手を回している暇がない。


 持ってきたダガーに命令を送る。

「断ち切れ!!」


 ツールバックから飛び出たダガーが、アカシアの蔦と木の根を切り裂く。

 全てのダガーに祝福を与える。

 あの珠全部破壊してやる!


「させないよ」

 アカシアが間合いに飛び込んできて、長い爪でオレの胴体を切り裂いた。


「……っ」

 間合いに飛び込んできておいてタダで帰すと思うなよ!


 オレは腰に挿していたショートソードを素早く抜き取り、ヤツの脇腹に突き刺した。

「ぐは……っこの!」

 アカシアが血を吐いた。


 こんな化け物なのに血は赤いのか。


 闇の珠がごぅん、と鳴った。

 まるで生きていて、身動きするような――何か来る。


 アカシアから離れようとしたが、燃えてない森の暗闇から

 無数の黒い手が伸びてきてオレの四肢を掴んだ。


「この野郎、束縛するのが大好きだな!」


「悪いけど、そんな趣味はないね。

さて、このまま、お団子にしてあげようか。それとも引き裂いてあげようか。

それともこの森のように焼いてあげようか。水で溺れさせてあげようか? 土に生き埋めにしてあげようか?」


 言葉はそう言いつつもオレを捉えていない闇の手が光の珠に伸びていく。

 その手は光の珠から光り輝く剣を抜き出した。


 オレは空中で遊ばせていたダガーを引き寄せ、

 全てを曲刀に変化させ、闇の手を残らず切り落とした。


「プラムは、ずっとこの世界に降り立つのを楽しみにしていた!

なのに! お前を、お前を好きになったせいで! ……泣いてばかりだ!! ブラウニー!!」


 ……なんだ? 生まれる前の話とやらか?

 昔話はてめえの心のなかにだけ留めとけ、オレは聞かん!

 オレは今生しか見ない!


「お前がそれを言うのか!? お前だっていつもプラムをなじってんじゃねえか!!

いい加減プラムをあきらめろよ!」


「僕は『地母神』からプラム(わけみたま)を預けられた神の従僕。

彼女の保護者だ。彼女を育てる義務がある。

……そして僕はお前のことは認めない……!

あまつさえ皇太子から『神性』を奪いとるなんて!」


 『神性』……?

 皇太子から奪ったコレは……攻略対象の資格……もとい、『神性』?

 ふーん、まあいいや、それより保護者だというのなら、挨拶しないとな。


「お父さん、こんばんは。プラムをオレに下さい」

「お前ふざけてるの!?」


 だいたい子供をいじめる保護者なんて保護者じゃねえよ。

 アドルフさんを見習え。


 光の剣を持った闇の手が、一点集中してオレに向かってくる。

 ――こんなもの、と障壁を貼ろうとした時、ガクン、と力が抜けた。

 一瞬、『絶対圏』との接続が切れた…?


「……っ」

 急いで接続を試みる。

 間一髪で障壁を貼り直した。


 無数の剣が障壁を叩き割ろうと剣を振るう。騒音うるせえ。

 どうするか。

 また接続が一瞬でも途切れたらやばい。


 ふと、胸中の銀の光塊を感じた。

 『神性』――だっけ?

 ――しばらく放置していてたせいか、いつのまにか体中に根を張られているのを感じる。

 やばい、これ後で取れるかな。

 アカシアに絡まれたせいで後手に回っている。厄介な事になった。


 口から血を流し続けるアカシアがこっちを睨んでいる。

 なんだ、さっきの脇腹への攻撃効いてたのか。

 殺しても死なないヤツかと思ってたけど、ひょっとしたら殺せるのかな。


 ……アカシアは喋れなくなったのか、心の声でも同時に頭に直接語りかけてくる。

 うざい!


『いいか、教えてやる。そのおまえが盗んだもの。

それは地母神の夫となる天空神のものだ。

地母神の代理たるプラム(ぶんれい)が選んだ相手が、いずれこの世界地母神とともに完成させる主神になるんだよ!運命から選ばれた人間が持つべきものなんだ!

運命の敷かれていないお前では神には到達できない!』


『……どうでもいいな。オレ人間だし。神とか到達する気もない』

『どうせお前は神に到達する前に死ぬ。身体がもたない。このままでは世界があるべき姿に育たない』


『それで世界が滅びてもオレには関係ない。

世界が滅びるっていうならその時に隣に人間(ひと)としてプラムがいれば十分だ』

『自分のことばっかりだね』


『人間なんて皆基本そうだろ。いっぱい知ってるんじゃないのかそういうの。だいたい、おまえ。プラムの相手が皇太子でも結局、なんだかんだ認めないだろ。――自分が選ばれたいわけだから』

『……そんな訳ないだろう。僕の仕事は僕に書き込まれた記録を持ってして、世界を完成に導くアシストをすることだ。プラムの相手がちゃんとふさわしいならそれで構わない』


『嘘が好きだな。それとも我慢するために自分を騙してるのか?』

 オレは口元だけで笑った。あいつの顔は苛ついてる、図星だ。

『口数の減らないヤツだね。好きに思えば良いさ。どの道今日ここでお前は殺すから』


 そう言った時、障壁をすり抜けてひらひらと落ちてきた葉が落ちてきて、オレの腕に当たって落ちた。

 また映像が見えた。


 ――小さなプラムと小さなアカシアが手を繋いで歩いている。

 ――可愛らしい部屋で小さなプラムが絵本を読んで、と少しだけ年上のようなアカシアにせがんでいる。


 オレはそれを踏み潰した。

 オレには必要ない情報だ。


 ガキン、ガキン、と光の剣が折れていく。

 さて、どうすればこいつを殺せる。あまり時間はなさそうだ。

 障壁の中で考える。


 ゴウン、と珠が動く音がした。

 光の剣と闇の手が邪魔で視認できない。

 しょうがないから心眼で確認する。

 あれは、なんの珠だ。


 闇とはちがう、真っ黒な…魔か?

 珠は段々とデカくなっていく。

 ――それこそ、障壁を飲み込むかのように…


 飲み込む……?


『もうね、君はね。狂ってる。そんな君は異界にでも行っちゃいなよ。人間のいない世界。そこで本当に気が狂ってしまうといい!』

 脳にヤツの声が響く。


 オレは胸の銀光に意識を集中した。

 魔なら神で打ち破れるはずだ、コレを使う。ちょうどいい。


 『絶対圏』の力を神性に集めて――


「う……っ?」

 頭に激しい頭痛――衝撃が走った。

 その瞬間、『絶対圏』の接続が切れた。


 光の剣と、闇の手と、魔の大きな口が一斉にオレに向かってくる。

 この……!!


――その時、プラムの声が響いた。


「ブラウニー!!!!」


「プラム!?」


 プラムが、テレポートでその中間に割り込んできた。

 ――泣いてる。


「馬鹿!! 何やって…!!」


 プラムが『絶対圏』のオレへの接続を復帰させる。

 オレはプラムを受け止めようと地を蹴ったが――


 プラムが、背中から光の剣に突き刺された。


「――」


「――プ……」

 のけ反ったプラムの血が飛び散ってオレの全身を濡らす。


「プラム!? ……っ! プラム!!!!!」


 アカシアの絶叫する声も聞こえた。

 その絶叫と共に光の剣と闇の手が攻撃を停止し始めたが――


 プラムが刺さった光の剣を、闇の手が振り払うように、魔の口へ――プラムを投げ入れる。


「「やめろ……!!」」

 アカシアとオレの声がかぶる。


「モチ!【Fly,Y10X30】!!」

 アドルフさんの声がした。

 アドルフさん……っ!!!

 アドルフさんとモチが、プラムを受け止めて、そのままの勢いで魔の口へ入ってしまった。


 オレは空を蹴って後を追い、魔の口へ入ったが――


 ――二人の姿が見当たらない!!

 心の眼で視ても存在が見当たらない……!?


 唖然としたオレはその場で固まってしまい、

 ――魔の口はそのまま閉じられた。




※※以下、同時間プラム側。時間がかぶります。※※※



 ――私は夢を見ていた。

 あ、これ『特別な夢』だ。


 ってひゃあああ!!

 リンデンお兄様とフリージア様が……そういう雰囲気に……いや!?


 あああああ! わかってしまった!!!

 わかってしまったよ!さっきブラウニーがリンデンお兄様の言ったことが!

 ペケだ! 聖女ペケにしろって言ったんだ!!


 そうか、測定所が来るまでに聖女じゃなくなってしまえば、実質測定所にはどうにもならない!!

 しかし!

 私は耳を塞いで目を閉じた。


 アカシアー! アカシアー!! 

 お客様の中にアカシアさんはいらっしゃいますかあああ!

 助けてー!! 嫌味10回くらい聞いてあげるから!!!

 私を夢から追い出してえー!!!


 そんな風に夢の中でバタついていたら、誰かが呼ぶ声がした。


 ――起きろ!! プラム!


「プラム! 起きろ!!」

「ふぁっ!」


 揺り動かされて、私は目を覚ました。

 見るとアドルフさんが、そしてギンコが緊迫した表情で私を見ている。


「ブラウニーは、どこだ!? わからないか!?」

 アドルフさんが、私の両肩に手を置いて聞いてきた。


「えっ」

 見ると横で寝たはずのブラウニーがいない。

 あと、リーブス公爵家のサイレンが鳴ってる。


「プラム、『絶対圏』が発動している。先程大きな力を感じたから、悪いが部屋に入らせてもらった」

 ギンコに鏡を指さされた。

「本当だ!!」

 鏡を見るまでもなく、寝ぼけ眼ながらに指摘されたらすぐ気がついた。

 眼裏にはあの場所と文字が浮かぶ。


 ――視る。

「……あぁ!? ブラウニーが皇太子殿下の寝室にいる!! ってあああ!! ブラウニー! 何やって……」

「皇太子殿下の部屋!? 何があった!?……っ まさか!?」


 私はベッドの上で頭を抱えた。

「多分そのまさか……あああ、抜き取っちゃった……」

「アレを!!」

「アレか!!」

「そう、例のアレ!!」

 アレって便利。……いや、今はそれはどうでもよくて!


「お、お城でもサイレンが鳴りまくりだよおお……。」

「まじか……」

「でも捕まらないと思う、テレポートしまくってるし……、皇太子殿下の記憶消していった……」

「ぬかりねぇな!! 我が息子ながら小賢しい!」


「しかし……それでブラウニーはアレをどうしたのだ」

 ギンコもすっかりアレ仲間!

「ああ、アレね。自分の身体の中にいれちゃった、多分フリージア様のやった通りにやろうとして……でもそうはならなかったよ」


「む、失敗しやがったのか。なら後でフリージア令嬢にやってもらえば……」

「あ…それは…………………ちょっと。」

「む……プラム、気がついていたか……確かにそれは……最早、難しいかもしれないアドルフ氏」

「あ? なんでだよ。観測所が来るまでならやってもらえる可能性あるだろ?」

「……」

「……」

 ギンコと私は複雑な顔を見合わせた。


「なんなの!? おまえら!!」

「ブラウニーが……」

「いや、プラムお前が口にする必要はない。アドルフ氏、耳を貸せ」

 ギンコがアドルフさんに、囁いた。

 恐らく聖女ペケの話を……。


「ブラウニイイイイ!!!」

 アドルフさんが頭を抱えて絶叫した。

「おとうさん! しっかりしてー!」

「帰ってきたら殺す……!!」

 アドルフさん顔怖!! ブラウニーと同じくらい怖! 珍しい!!


「い、いや、でもペケの件は良いことしたと思うよ!?」

「だが、下手したらリンデン坊っちゃんが罪に問われるぞ?」

「お兄様ならきっと承知の上だよ!きっと!」

「おまえたち、とりあえずリンデン夫婦の事はあとにして、今はブラウニーの事を」

「あ……!?」


 私は寝巻きを脱ぎ捨てて着替え始めた。

「どうした、プラムってああああ!! 着替えるなら先に言いなさい!」

「そうだ、プラム! 我々に退出をうながしてから着替えろ!!」

 二人が同時に両手で目を塞いだ。


「ごめんね!! それ気にすることできないくらい、急いでるから!!」

「何があったんだよ!?」

 顔を手で覆ったままアドルフさんが叫ぶ。


「ブラウニーが王宮から逃げた先にアカシアが!」

「アカシア?」

 そういえばギンコにはアカシアの事までは言ってなかったっけ。


「説明は今度で……!危険だと思うの」

「……ちょっと装備整えてくるわ」

「私も、ここの執事殿にこのサイレンは問題ないと伝えてこよう」

 二人共走ってでいった。


『絶対圏』発動中なら、心の声って届くかな。


 ブラウニー! ブラウニー!


 ……。

 駄目だ、全然こっちを聞いてくれない……。

 ……じゃあアカシアは?

 いや、さっき夢で呼んだけど音沙汰なかった。

 二人共、頭に血がのぼってるように見える。


「うあ……」

 頭の中で理解できないような戦いが繰り広げられる。

 ブラウニー、なんでそんな恐ろしい場所に……。

 ブラウニーと『絶対圏』の接続に危うさを感じた。

 だめだ、私が接続を保ってあげないと!


 いつかアドルフさんとブラウニーと冒険に行きたいと思ってしまっておいた服に着替えた。

 うん、パンツスタイルは動きやすいね!

 着替えを終えて私はテレポートしてアドルフさんの部屋へ行き、ちょうど準備が終わったアドルフさんの腕を捕まえた。


「アドルフさん、一緒に跳んで。言っとくけど、とても危ない場所だからね」

「オレはおまえらの保護者だ。危なかろうと行く。よろしく頼む」


 本当はあんなとんでもなく危ない場所に連れて行きたくないけれど、ブラウニーを叱って説得してくれる人が必要だ。

 ひょっとしたら私はアカシアを止めなくちゃいけない事態になるかもしれないし。


 ……てか、アカシア! なにそれ!

 それがあんたの本体なの!?

 私は、脳内に広がる大樹を見た……見たこともない樹。ありえない樹。


 なのにどこか知っている気がした。

 ……ひょっとしたら生まれる前とやらで見たことあるのかもしれない。


 そして、アドルフさんの腕を掴んだまま、私は固まった。

「アカシアが私の保護者…?」

「ん?どした?」

 おそらくブラウニーが視た小さな私とアカシアの映像が私にも伝播してきた。


「……私のほうが懐いてるじゃん……なにそれ」

「プラム、何が視えてるかわからないが、あとにしよう。跳んでくれ、頼む」

「あ、そうだった……そうだね!」


 いっきにブラウニーの元へ……跳ぶとアドルフさんが危ないので、安全そうな近場で降ろして、更に私はブラウニーの所へ跳んだ。

「アドルフさん、さすがに危ないからここにいて! 戦闘が収まってからブラウニー叱りにきて!!」

「あ、おい!プラム……!!」


 眼裏に浮かぶ。ブラウニーが光の剣で殴られてしまう。あの闇の手に捕まってしまう。あの黒い球体は何?

 いやだ、あんな怖い場所。ブラウニーが死んじゃうかもしれない。


 ああ……そうか、ごめん、ブラウニー。昼間、『絶対圏』に繋がなくてごめん!

 使うべきだった。後でどうなろうと。

 ブラウニーと会えなくなったらおしまいだもの……!

 涙が溢れる。


「ブラウニー!」

 私は両者の間に跳んだ。

 二人を止める力を展開しようとして……


「プラム!?」


 ブラウニーが私に気がついて叫んだ。

 その刹那、ブラウニーの接続が切れる。

 それはだめ、持ち直して!

 私がブラウニーの接続を保ち直した時――光の剣が私の腹を突き破った。


「あ……」


「プラム!?……っ! プラム!!!」

 アカシアの絶叫が聞こえた。……? なんであんたが私の心配を?


 その後、剣からふるい落とされるように、ぱっくり開いた黒い口に、放り込まれた。


「モチ!【Fly,Y10toX30】!!」

 アドルフさんが球体に飛び込んで、私を抱え込んでくれた。


 ――けれど、モチの飛んだ勢いも止まらず、そのまま二人共飲み込まれた。


 私は両者の間に跳んだ。

 二人を止める力を展開しようとして……


「プラム!?」


 ブラウニーが私に気がついて叫んだ。

 その刹那、ブラウニーの接続が切れる。

 それはだめ、持ち直して!

 私がブラウニーの接続を保ち直した時――光の剣が私の腹を突き破った。


「あ……」


「プラム!?……っ! プラム!!!」

 アカシアの絶叫が聞こえた。……? なんであんたが私の心配を?


 その後、剣からふるい落とされるように、ぱっくり開いた黒い口に、放り込まれた。


「モチ!【Fly,Y10toX30】!!」

 アドルフさんが球体に飛び込んで、私を抱え込んでくれた。


 ――けれど、モチの飛んだ勢いも止まらず、そのまま二人共飲み込まれた。


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