第31話 ■ FIRE ■

 次の日。

 ジャスミンが登校してきた。

 お友達二人に距離を取られて、孤立していたが、それでも彼女の態度は高圧的だった。

 顔にはまだ痛々しい包帯が巻かれている。



「ちょっと! あんた! 私の顔どうしてくれるのよ!

 治るのにまだまだ時間がかかるっていうのよ!

 入学パーティにもいけなかったし! なんてこと、私……かわいそう!」


 なぜかチェスのほうをチラチラ見ながら言う。

 あなたチェスにも気があるんですか?


 一般の聖属性の医師だと、けっこう治療に時間かかるんですね。その怪我。

 というか、あれからお父様がグランディフローラに対して報復をして、この子のお父様お母様は貴族ではなくなったはずなんだけど。


 どうしてまたこのクラスに来ているのだろう。

 フリージア様はそのままの立場で、フリージア様のお祖父様がまだ存命だったので彼が復職する形にしたらしい。

 なんと領地内経営をフリージア様がギリギリ保っていらっしゃったらしい。

 すばらしい人だなぁ。

 それなのに、この妹ときたら……男漁りに(成功してないけど)、いじめに……。


「……」

 私はガッとジャスミンの顎を掴んで包帯を取った。

「な!?」

「ふーん。でも大分よくなったじゃない」

 そう言うと私は回復魔法を一気に彼女の顔に流し込み、元の顔に戻してやった。


 鞄から手鏡を取り出して見せる。

「これでどう?元通りでしょ」


 クラスの皆が『えっ』『あんな一瞬で!?』みたいなことを口々に言ってるのが聞こえてる。

 あ、ちょっとやばかったかな。


「……わ、私の顔が元どおりに!!

 ちょっとあんた!! こんな事できるなら最初からやりなさいよ!!!」


「……ねえ、なんで私が治したとおもう?」

「償いでしょ!?」

「……また殴るために修理しただけだよ」


 冷たい視線で言い放ち、ブラウニーの顔怖い感じを演じてみた。

 うまくできたかな。


「ブハッ」

 前の席のチェスが吹き出した。

 肩を震わせてる。

 受けた。

 笑いを取ろうと思ったわけではないのだけど。


「な……! なんて人ですの!! 私が可哀想!!!」

 チェスをチラチラ。

 ……私をなじりたいのか、男の子に私可哀想アピールしたいのかどっちかにしたらいいのに……。

 見た目は可愛いのになぁ……。


「あの~ジャスミンさん~」

 ほわほわっと、オリビアが来て、ジャスミンに声をかけた。

「は!? なによ!」

「クラスが違いますよ~~」

 オリビア、教えてあげるなんて優しい。


「なんですって!?そういえばわたくしの席がない!?どういう事ですの?」

 あ、本当だ。席足りないわ。

「あなたは平民になりましたので、平民クラス所属となりました~。ご存じなかったのですかー? 移動なさってください~。もう授業も始まりますし~。」

 なるほど~(伝染った)そうなんだ~。バイバイ~。


「なんですってー!!」

「じゃあな!ジャスミン!!」

「今までありがとうジャスミン!!」

「平民クラスがかわいそー(ぼそ」

「グッバイ!!」

「がんばってね~」


 クラスの皆に盛大に送る言葉を浴びせられて、それでも居座ろうとし最終的には警備員さんに連れて行かれた。


「殴るために治すなんて鬼畜だなぁ、プラム」

 チェスは既に呼び捨てになっている。

 気楽でいいわ。


「うーん、でも、言い過ぎたかな」

「いや、面白かったぜ、オレは」

 殿下といいあなたといい、人を面白い扱いするのやめてくれないかしらね。


「あはは~。なかなか言いますよねぇ、プラム様」

 ああ、オリビア、可愛い。癒し。家に連れて帰りたい。

「オリビア、またおまえ寝癖ついてんぞ」

 チェスがオリビアの頭の飛び出た毛をつんつんと引っ張った。


「あああ~やめてください~。寝癖じゃないんですよ~~なんか飛び出ちゃう毛なんですよ~。毎日同じこと言わせないでください~」

「そうだったっけ、忘れてたわ」

 仲良しだな!


 てか毛が飛び出ちゃうオリビア可愛い。来世で結婚しよう。

 ……しっかし、こんな可愛いオリビアの婚約者、あいつオリビアの扱いひどかったなぁ。

 私が男ならぜひ奪略愛したい。

 オリビアはあいつのこと、どう思ってるんだろう。私と逃げよう、オリビア……などと妄想して遊んでいたその時。


 バン!!!


 もうすぐ先生が来る時間だというのに、その時、ちょうどその婚約者が教室に飛び込んできた。

 ズンズンと歩いてくる。私とオリビアの方に。

 手には花束を持っていた。

 あ、いやな予感。


「プラム様!! 私は真実の愛に目覚めてしまいました!!! どうぞこの私と結婚してください!!!」


「……」

 いや、あなた目の前に婚約者いますよ?

「あら~」

 オリビア!!頬に手を当てて困った顔してる!!


「えっと……」

「はい!!」


「カエレ」

 私は真顔で言い放った。ほんと、思わず。

 チェスが吹き出した。

 オリビアも多分吹き出してる。口元抑えて隠してるけど。

 笑い取ろうとしたんじゃないよ!?


「そんな!? ……照れているんですね、わかります。ではまた誰もいない時に愛を語りましょう…。 フフフフフ!」

 謎の変なポーズを取られた。

 何その関節。どうなってるの。


「あの~ブッドレア様、それでしたらわたくしとの婚約は~」

 オリビアが挙手して問う。

 そうだよ!! あなたこんな可愛いオリビア捨てるの!?

 彼女は多分そのほうが幸せになれるとは思うけども!


「あ!? お前いたのかよ!!! そんなもの破棄だ! 破棄!!」

「そうですか~」

 ほわ、と花がふわふわ舞ってるような笑顔。

 嬉しいのね……! オリビア!! 良かったね!!


「ブッドレア先輩。プラム様は既に婚約者がいますよ」

 チェスが口を挟んだ。


「は!? 嘘でしょう! 私というものがありながら!! ああ! そうか! 無理矢理婚約されているんですね! お可哀想に……!」

 どうして盛り上がってるのこの人。

 この人の中では私は既にこの人と付き合ってんの?

 理解に苦しむ。


「頭に回復魔法かけたほうがいいのかな……」

 思わず口にした。

「ぶっ」

 チェスとオリビアが吹いた。


「オリビア、てめぇ、何笑ってんだよ!!」

「ブッドレアさん、婚約破棄されたのでしたら~他人になりますし私のほうが身分が上になりますので~その~敬意を払って頂きたいです~」

 オリビア! ほわほわとしてるのに、結構言うな! かっこいい! 結婚しよう。


「なんだと!!」

 ブッドレアがオリビアに平手打ちしようとした!

「ちょ!」

「おい!!」


 間一髪、チェスがそれを止めた。

 おお!少女を庇う少年萌え!

「あ…チェスさん、ありがとうございます~」


 オリビアの頬が少し赤い。……おやおや?

「あんた、前からオリビアに暴力振るってただろ。何様なんだよ」

 チェスが凄む。

 ブラウニー程、顔は怖くないけど。

 やっぱブラウニーって怖いんだ……。

 おかしいな、昔はもっと穏やかな顔してたはずなのに。


 それにしても明らかではあるけれど、ブッドレアの負け確だなー。

 そして私の中の男の私(謎)もチェスに敗北した。

 くっ、オレではその男に敵わない! オリビアどうか幸せにな……っ。


「うるさい、だまれメガネ!!」

「……お前、先輩かもしれんが、オレの身分知らねーみたいだな。たかが子爵家の跡取りが」

「う……っ」

 チェスが格好良いところだったけれど、私は廊下に出て警備員さんを呼んだ。

 いい加減うざいしね、喧嘩になりそうだし。


 いやーしかし良いもの見せて頂きました。

 この二人を物語にして誰か読ませてくれませんかね。

 私も参加したい。

 私の役はヒーローより読者人気高くなりそうな、かっこいい当て馬役を希望します(謎)


「警備員さーん。自分の教室に戻らない生徒がいまーす」

 警備員さんがまた!? とか言った。


 実は、昨日から婚約を申し込んでくる令息がチラホラやってくるのだ。

 何故だ。

 婚約してるのに婚約を申し込まれる。


 ひょっとしてブラウニーが男爵家だから、舐められてるのかな。

 私がジャスミン殴った噂で私が甘くない子って、結構広まってるはずなのに、それでも来るっていうのはリーブス家つながり狙いなんだろうなぁ…。


※※※


 昼休み。

 今日はブラウニーがクラスの友達と食べるらしいので、一人でプライベートルームに行って食べようと向かっている。

 ほんとはクラスの友達と食べたいなって思ったんだけど、今は変な訪問者が多いからそのほうが無難だと思った。

 せっかくのランチタイムに迷惑かけちゃうかもしれないし。


 通りかかった中庭を見ると、仲良さそうに皆でお弁当広げたりしてる。

 笑い声が聞こえる。楽しそう、うらやましい。

 ふと、寂しくなった。


 そんな気持ちを抱えて少し歩くと、廊下に子猫が落ちてた。


「み~…」

 お、かわいい。

 わりと生まれたばかりっぽい、小さい子猫だ。

 お母さん猫が運ぶ途中に落としちゃったとか?

 この辺に他の子猫隠してたりするのかな?


 人間の匂いとかついても大丈夫かな……。

 それとも放っておいたらお母さん探しに来るかな…。


「う……」

 子猫が、私の足にスリスリしてきた。

 ……人間の匂いついちゃったな。

 少し迷ったけど、放っておけなくて、私は子猫を抱き上げた。


「お母さん探そうか……それまでお前の名前はとんにゅらだよ」

 子猫が一瞬ガーン!て顔した気がした。まあ、そんな馬鹿な、ね。


 うーん、猫ってどこに隠して子供育てるんだろ。

 いざ探すとなると、まったく見当がつかない。

 抱っこしてたら子猫に胸をふにふにされた。

 ああ、おっぱい探してるのかな、おなかすいてるよね。


 気がつけば、ひとけのないとこまで来てしまった。

 あまり使われてなさそうな納屋があった。

 ああいう所とか猫利用しそう?


「みー」

 子猫が納屋のほうをみた。

 お。反応した。覗いてみるか。


 そう思って、私が、納屋のドア前に立った時、後ろから結構な衝撃でドンっと押された。


「えっ」

 私は子猫を守るように転がった。

 すっごく痛い!!


「おほほほほほほほほ!! 引っかかったわね!!!!」

 ジャスミンの声だ!


「こ、この声はジャスミン……いたたた…」

 私は一旦子猫を手放して起き上がろうとした。


「そーよ!! あんたの事全部! 絶対絶対許さないんだから!!」

 納屋の扉がいつの間にか閉められている。


 うーん、魔力変質使えば出れるけど、こういう時は使っても良いのやら。

 校則大丈夫かな?

 自動回復で背中が癒えていくのを感じる。

 ……これは、さては魔力変質使って私を殴ったわね。

 ジャスミンも魔力持ちか。属性はなんだろう。そして校則違反だよ~ジャスミン。


「あんたんとこの父親が! うちの家族を別棟に押し込めて! 財産も取り上げて!

 ダンスパーティもいけなくなったし!

 私達をこんなにひどい目に合せた原因のあんたを絶対許さないんだから!!」


 これは言い返しても無駄なタイプだなぁ。

 それでも言わざるを得ない時もあるけども……。


「この喧嘩はあなたが始めたことでしょ。それで負けただけ。負けて失うものを計算できなかったの? 私より長い間貴族令嬢やってるんでしょ? 私はもとは孤児だけれど今はあなたより身分が上。そんな私に喧嘩ふっかけて、タダで済むと思ったの? 知ってるのよ、あなただって平民上がりだって。というか、こんな事平民でもまずやらないよ」


「……! この卑しい孤児が!! 生意気なのよ!」

「あなたがオカシイんだよ。いい加減気がついたら? これは親切で言うんだけどね? これ以上こんな事したら、自分の立場がもっと酷くなるよ?」

 アカシア口調が出てしまった。悔しい。


「なにそのムカつく口調!」

 アカシア~ムカつかれてるよ~直したほうがいいよ~。


 とりあえず、納屋の扉に手をかける。

 うん、やっぱり開かない。

 どうしよう? 校則が気になる。


 そんな事を考えていた時、後ろから私を抱き寄せる、魔力変質した腕があった。

 私はそのまま後ろに倒された。


「いたっ…!?」

 見覚えのある顔が上に覆いかぶさって、私の両腕を抑える。


「ふふふ、プラム様……」


「あ、あなた、オリビアの婚約者の!!」

 おまえらグルか!! 手をはなせ!

 あれ! そういえば子猫(とんにゅら)がいない!!


「あなたの胸……やわらかかった……ところで、結構ありますね。年齡の割に意外と」


 GYAAAAAAAAAA!!


 あの子猫! お前だったのか!! ブッドなんとか!!

 セクハラだ!! 精神に酷いダメージを負った! 訴訟! 訴えてやる!!

 てか、動物に化けれる魔法とかあるの!?

 世の中反則多すぎでしょ!!!


「そして、ここで今から私と愛を語り合いましょう(脱ぎ)」

ブッドなんとかは服を脱ぎ始めた。


「何故脱ぐ!?」

「愛を語るから……フッ」

 ブラウニー!! 助けてー!!!


「おほほほ! それにしても、こんなにうまくひっかかるとは思わなかったわ!!! 愛の火葬場で末永くお幸せに、そしてサヨウナラ!!」


愛の火葬場…火葬場!?


ボウッ!!


いきなりあたり一面が火の海になった。


「……う、あっ!?」

これ、魔法で火をつけたの!?


「な!! ジャスミン!! 話がちがうぞ!! なんだこれは!!!」

「あんたなんかにそのプラムを襲えるもんですか!!

あんたは、そいつを誘い込むだけの小道具よ!!

私の火で一緒に焼き尽くして同じ墓に入れてあげるわ!!

体中焼き尽くして醜い身体になって死になさい!! プラム!!」


「な…」

 炎が強くなった!


 ジャスミン、火属性だったのか。

 たしか攻撃性の高い属性だったはず。

 いや、火傷しても治るとはおもうけど……。

 早く納屋からでなきゃ!


 ちなみに随分あとで、どうしてこの二人が組んだのかって事情を知ったけど。

 警備員に連れて行かれた警備室で意気投合したらしい。


「ちょ、ちょっとブットなんとかさん! どいて!」

 私は校則なんて構ってられないと思って、魔力変質で身体を覆った。

「ほら、あなたも全身覆って!」

 腹立つけど世話をやく。

「え!?全身なんて無理だよ!!」

 そうなの!?


 火がゴウ、とこちらへ薙いだ。

 結構威力があって、私とブットなんとかさんは扉から更に奥に飛ばされた。

「いた……!! 熱!? え、なんで?」

 魔力変質したのに!?


「ううああああっ……魔法の火だからですよ。普通の火とはちがう。小等部で習う事だよ? あなた実は馬鹿なのですか!? ジャスミンの火の魔力がプラム様の魔力変質を突き破ったん…だ…」


「……」

 殴りたい。一言多いなこいつ!


 しかし、良くわかった、悔しい。威力で負けたって事だ。

 ジャスミンそんなに強かったの?

 か弱い令嬢だとおもったのに、私も舐めてたかもしれない。反省。


 ブッなんとかさんは何ができるんだろう?

 そもそも属性すらわからないけど……魔力変質で体全体をおおうことすらできない人に、戦闘センスのない私になにか指示できるとは思えない。


 そして今の薙いだ炎で、ブッなんとかさんは、酷い火傷を負った。

 私は一旦魔力変質を解いて、以下ブーさんの傷を治した。


「あ……ありがとうございます。うっげほげほっ」

 ブーさんはしおらしくなったけど、急に咳込みはじめた。


 ……空気がやばい。

 私は魔力変質をさっきより強固なもので覆った。

 ブーさんにも拡張できるかな。と思ってやってみたらできた。


 しかし、火の薙ぎ方に意思を感じる、これジャスミンが操ってる?

 ただ燃えてるだけじゃないっぽいなこれ!


 ブーさんに肩を貸して扉に向かおうとするたびに、遊ぶように火が薙いでくる。

 私の魔力変質は弱くはなかったけれど、それを越えようとするジャスミンの意思が感じられる炎がたまに襲ってきて、それに足を取られる。炎で殴られる。


 ブーさんも守りながら、となると私には結構難易度が高い!!

 扉、すぐそこなのに!


 地面が熱い。

 煙で前が見えない。

 ……目に火の粉入った、痛……っ。


 空気が熱い。

 吸い込んだ空気が肺を焼くようだ。

 息が、できなくなっていく気がする。

 空気は、どうにもできない……!


 自動回復が追いついてない気がする。

 そうだ、範囲回復を……でもそうすると魔力変質が…

 ……あれ…どうやるんだっけ…


 『絶対圏』に接続すれば……

 ……でも学校なんかで使ったら……。

 少し接続して……ブラウニー……呼べば……でも、ブラウニーに接続させたら、彼の身体に負担が……。

 だめ……自分でなんとかしないと……


 あ、やばい……意識 が

 ホン トに使わな きゃ……




 ……ブラウニー…


 ……。




※※※※※※





 ピチャピチャと水の音がする。

 気持ちいい。

 小さい頃、川でよくブラウニーと遊んだ。

 とても楽しかった。


 あの頃に戻りたい。

 ブラウニーといるといつも楽しかった。

 いつかまたあんな風に、一緒にいられることが当たり前で。

 それを心配することなく……過ごしたい。



「……ム」

 誰かが頬を優しく叩く。

「プラム!!」

 誰かが私を強く抱きしめる。


「プラム!! 起きろ!! 目を開けろ!!」

 ぼんやりと目を開ける。

 開けたけど目が見えなかった。

 耳も良く聞こえないけど、わかる、これはブラウニーだ…。


「プラム……わかるか?聞こえるか!?」

 うん、聞こえるよ…わかるよ。

 どうしてか口が動かなくて言えない。


「リンデン様! リンデン様!!」

 他の誰かの声が聞こえた。

 リンデン……?

 リンデン何かあったの?


 何がどうなってるの……。

 慣れて目が少し見えるようになってきた。


 ふと、自分の手足が見えた。

 酷い、焼けただれて真っ黒だ。服もあちこち燃えてる。

 とても痛いのに、悲鳴がでない。

 ああ、ジャスミンに襲われたんだった……。


 顔も酷いことになってるのかな。

 やだな、ブラウニーに見られたくない。

 見ないでほしい。

 なのに抱きしめる力は強くて……痛い。


 ほんと、大丈夫、そのうち治るから。今回のは時間かかりそうだけど。

 そんなに心配しなくて大丈夫。

 大丈夫だよ……。


 水の音がする、ずっと雨の音がする。

 雨、気持ちいいな…。


 あれ……この雨音……

 ひょっとしてリンデンお兄様に魔法使わせちゃったのかな。

 お兄様、魔法怖くて使えないって言ってたのに。

 どうしよう。


「……プラムの意識は戻ったかい?」

 皇太子殿下のかすれた声が聞こえた。


 ブラウニーは答えない。

「……っ」

 その代わりに私を隠すように抱きしめた。

 ガタガタと震える手で。

 ブラウニーに大丈夫だって言いたい……。


 私は、教会で雨が降った日、窓際に腰掛けて外を眺めるのが何気に好きだったのを思い出した。

 退屈だったけど、穏やかな日々。

 今はなんでこんなトラブルだらけなんだろう。


 帰りたい、退屈で平和で、当たり前のようにブラウニーといられたあの頃に。


※※※



 ……

 ……

 私は目を開けた。

 リーブス公爵家の自分のベッドだ、と思った。


 わかる、ブラウニーが手を握っている。

 ……あれ、ブラウニーも火傷してる…?


「プラム……」

 涙で目を腫らしたブラウニーが視界に入ってきた。


「……」

 口パクパクしたけど、声が出なかった。


 誰かが、少し身体を起こしてくれて、水差しで水をくれた。

 手に見覚えがあった。

 これは……アドルフさんだ。

 アドルフさんの大きな手が震えてる。


「あ……」

 水のおかげか声がでた。

 ……自分で自分に回復魔法をかけよう、もうできる。

 あ……これちょっと時間かかるな……。


「はあ……」

 長めの回復魔法をかけ終えて、私は一息ついた。


「プラム、プラム、プラム、プラム!!!」

 それを見てブラウニーが抱きついて泣いた。号泣してる。


「ごめん……心配かけて……」


 ブラウニーもあちこち火傷してるように見える……。

 私は続けて回復魔法をかけた。


「馬鹿! オレなんて今はどうでもいいんだよ……」


 アドルフさんの震える手が伸びてきて、私の頭を撫でる。

「もう、大丈夫か?」

 非常に声が静かだ。


「大丈夫……」

 アドルフさんがブラウニーとまとめて私を抱き寄せた。


「良かった……」

 アドルフさんが涙を流した。


 私達は何も語ることなく、しばらくそのままだった。



※※※※※※



 どうやって助かったのかと言うと、やはりあんなに大きな魔法を使用したら、

あっというまに感知されて、サイレンが鳴ったそうだ。

 私は全然聞こえなかったけど。


 そして生徒会が、リンデンが一番最初に駆けつけた時、扉が崩れ落ちて、中に私の目立つ頭が倒れてるのが見えて――リンデンがためらうことなく魔法を使ったそうだ。


 リンデンは大量の雨を降らせた。

 そして自分の身体を傷つけた。

 お兄様、全力で守ってくれるって言っても、自分を犠牲にしちゃだめだよ……。


 リンデンが倒れる前にブラウニーを呼べと、誰かに言って、それがブラウニーに伝わって、あの現場の状態だったそうだ。


 皇太子殿下も光の魔法を使用されて、火を蹴散らしてくれたらしい。

 私は体中に火傷を負って、目を背けたくなるような状態だったそうだ。

 自動回復がなければ死んでいた。


 聖魔法の先生や生徒も何人か動員されたらしいが、私とブーさんは火傷が酷くて、彼らの実力ではかなり時間がかかる状態だったらしい。

 何よりも公爵家の跡取りで王位継承権3位の兄様が倒れたので、さらにそっちに人員割かれたりして……とにかく現場は大混乱した。


 なお、皇太子殿下が自分の専属医師を私のために派遣してくれて、さっきまで回復魔法をかけていてくれたらしい。ただ、私が自動回復持ちなこともあって、私が危篤を脱した時点で帰られたとか。

 私の火傷が酷くて魔力がスカスカになっちゃったんだって。申し訳ない……。


「……お兄様を助けなきゃ」

 しかし、ブラウニーが抱きついて離れないし、アドルフさんもまたそうだった。

 私は少し身をよぎったが、回復魔法かけたのに、まだクラクラする。


「身体は回復できても、ショックが残ってるんだ。もう少し休んだ方がいい。

リンデンは、専属医師とフリージア令嬢とギンコが三人がかりでついて、今治療中だ。

どうしてもそれに参加するって言うなら自分の身体が万全になってからにするんだ、プラム」

 アドルフさんがそう言った。


「ジャスミンは……」

「あんなヤツのこと口にもするな!!!」

 ブラウニーが怒鳴った。

 身体全身が震えてる。


「ジャスミンという娘は火属性で攻撃してる現場を抑えられて、速攻で投獄された。……もう二度と会うことはないだろう」

 アドルフさんが静かな声で言う。


「そう」

「……お前と一緒にいたやつは、どうなったかは知らんが、一旦は病院に搬送されていると思う」

 ブラウニーの頭を撫でながら、アドルフさんが言った。


 ざまあ、とかは思わない。

 なんだか、後味が悪い。


「なんで『絶対圏』に接続しなかった! もう少しで……おまえ……」

 ブラウニーが泣きながら怒った。

「悩んでたら、間に合わなくなって……ごめんね…」


 ブラウニーも私を治すのによく『絶対圏』の接続を我慢したね。

 多分アドルフさんが止めてくれたんだろう。


 アドルフさんがブラウニーを私から引き剥がした。

「ブラウニー、とりあえずそろそろお前も落ち着け。プラムはもう大丈夫だから。借りた部屋に行って、シャワー浴びてこい」


 ブラウニーからも煙の臭いがしていた。

「……」

 それに気がついたのか、ブラウニーは涙を拭きながら、それでもアドルフさんの言葉に従って部屋を出ていった。


「……ほら、もう少し飲め」

 アドルフさんが水をコップに注いでくれた。


「ブラウニーから、最近の学院の様子は聞いてたんだけどな。何もしてやれなくて、すまんかった」

「なんでアドルフさんが謝るの?」

「保護者……だからな」

 アドルフさんも落ち込んでるのがわかる。

 心配かけてごめんなさい。


「あとで学校側から事情徴収されるとは思うが。何があったんだ?」

「子猫が落ちてたの。親猫探してあげようと思って、うろついてたら、罠だった。

子猫は一緒に倒れてた男の子が化けてたもので、ジャスミンと組んでた。納屋に閉じ込められて……その後は……」


「……そうか、なんとなくわかったよ。怖かったな。まさか学校でそんな目に合うなんて思わないものな」

 アドルフさんは、また私を抱き寄せた。

 ブラウニーに似た匂い。安心する。


「また大事な人間がいなくなるかと思った。助かってくれてありがとう、プラム」

「……」

 急に涙が止まらなくなって、私はアドルフさんに抱きついた。

 アドルフさんは、私の涙跡にキスを落とした。


「……愛してる。絶対死ぬな」

 ブラウニーと同じ瞳で。優しく言う。

「……わ」

「わたしもだよ!」

 アドルフさんの愛情が身体に染み渡るようだ。

 アドルフさんは私が涙を流すたびに拭ってくれた。


 アドルフさんはその後、侍女さんを呼んでくれて、私はお風呂含めて身なりを整えてもらった。

 侍女さんたちも目が腫れてて、中には泣きっぱなしの人もいて、心配かけてしまったことが申し訳なかった。


 風呂場の鏡で気がついたけれど、長くなっていた髪が焼け焦げて失くなっていた。

 そういえば欠損って普通の回復じゃ治らないんだったっけ…。

 ショートヘアが好きでもこれはちょっとまずい、こんな姿をブラウニーやアドルフさんに見られてたのかと思うと恥ずかしい…というよりつらい。


「…御髪(おぐし)を整えますね」

 侍女さんが優しい声で言う。

「お願いします」


 私はまたショートヘアに戻った。

 ショートヘアに戻ってみると、教会にいた頃の自分よりは顔が大人びたかも、と思った。

 身綺麗になって落ち着いた。

 バルコニーから夕日が見えた。

 お兄様は大丈夫かな……。

 かなりの雨を降らせてくれてたように思う。


 私のせいで、ひどいことに巻き込まれた。

 治しに行きたいけど、お父様とお母様はリンデンお兄様をそんな風に巻き込んでしまった私を許してくれるだろうか。治療させてくれるだろうか。


 ――バン!



「プラムちゃああああああん!!」

「プラムううううううううう!!」


 そんな事を思ってた時、リーブス夫妻が走って飛び込んできた。


「まああああ!!! 髪が!!!! こんなに短くなって!!!!」

「うおおおお!!!! 生きていた!! 生きていてくれた!!!!」


 え……。

 私はポカンとした。


「あの、私のせいで、お兄様が……その…なのに…」

「まあ、あなたのせいじゃないじゃない!! 何を言ってるの!!」


お母様……。


「そうだ! 何を気にしているんだ!!! リンデンなら大丈夫だ! 死んだら許さん、情けなくも死ぬようならその前に僕が殺す!!」

 お父様!? どういうこと!?


「……だって、私は本当の子じゃないし…」

 言わないようにしてたことを言ってしまう。


 でも本当にそう思うんだ。

 彼らにとって私なんてふってわいた慈善事業みたいなものだよね、と。

 なのにここまでしてもらえる謂(いわ)れはないんだよ。


「馬鹿をいうんじゃないよ。お前はうちの子だ」

「そうよ。私達の愛をなめるんじゃないのよ、この子は!」

 お母様に鼻をプッと押された。


「それを言うならね、僕が中途半端にグランディフローラを追い詰めたせいだ!! もっと徹底的にやるべきだった!!」

「ホントよ! あなたが悪いわ! 領地内に両親残すのは許すし、ジャスミンもまだ子供だし……みたいなかんじで王都にいるの許すから!!」


「とりあえずフリージアさえ助けたらいいかなって思ってしまったんだ!」

「ツメが甘いのよ! あなたは!!」

 ……賑やかだ。

 私は少し頬が緩んだ。


「……私も、あなた達を愛していいのですか」

 それを言うのはちょっと勇気が必要で。声が震えた。


「……何をいってるの?いいのよ! 私達を信じて頂戴!!」

「そうだよ、プラム。可愛い私の娘」

 お母様に抱きしめられて、その向こうの扉にアドルフさんが立って微笑んでた。

 アドルフさんが頷く。

「……」

 私は初日に言われた事を思い出して言った。


「パパ、ママ。ありがとう……」

「おお……」

「まあ!」


 二人はそう呼んでほしい、と言っていたはずだ。

 二人はニコニコしてくれた。

 アドルフさんにもう一度目をやると、隻眼の彼がウインクしていた。


「そういえば、まだ詳しい事情聴取のまとめを聞いてないのよね。

ジャスミンは現場を抑えたから何してたか知ってるけれど、あのブッドなんとかってガキはうちの子に何したのかしら?」

 ママ、お言葉が汚く……!?


「そうだね、ジャスミンと仲間かと思ったのだが。君と一緒に倒れていたし。仲間割れでもしたのかい? 詳しく言いなさい」


「えっと……。ジャスミンは、私をどこかに誘い込む役どころだったって言ってました。

……これはあんまり言いたくなかったんだけど、子猫に化けて私の胸を触りました。

あと、納屋で押し倒されました。愛し合おうって」


 セクハラは許せなかったので素直に詳しく伝えた。


「なんだって……」

 誰が言うより早く。

 アドルフさんの背後で。

 黒いオーラを発するタオルを首にかけたスパダリが立っていた……。


 ひぃ! いつのまに!?

 しかし、黒いオーラは一つだけではなかった。

 アドルフさんからもパパママからも、そこにちょうどいた侍女さんたちからも発生していた。


「あなた、確か良い炭鉱がありましたよね」

「優しいですね、生かしておくんですか」

「今すぐトドメを刺しにいっていいか。そいつが生まれてこなかった事にしたい」

「いや、死ぬ前に生きるってことがどれだけ素晴らしいか教えてあげないと」

「発言してよろしいですか? その前にその少年の男の子をオペされるのは如何でしょうか?」


 私の部屋に殺意しかない!!!

 ジャスミンに対してより怒ってない!?

 ブッドなんとかよ……永遠なれ……。


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