第29話 ■ PEKERU? ■

 そして放課後。

 私は皇太子殿下のプライベートルームへ向かった。

 一体どんな重労働を課されるのだ……、とドキドキして行ったのだが。


「さて、プラム」

 殿下は今日もキラキラとお美しい。

「はい」


 デスクに座らされて、目の前にドサッと、ワークが置かれた。

 ……!?

「お勉強しようか?」

「はい!?」


「え?雑務は?」

「雑務今ない」

「え。じゃあ帰っても」

「それじゃ罰にならないから」

「……!」(がーん)


「ほら、勉強また教えてって言ってたよね? 僕が見てあげよう」


 な、なんて事だ…!

 これが身から出た錆ってやつか……!!



「あ……あの、生徒会は? 生徒会長なんですよね?」

「あ、そういえばそうだね。……じゃあ、生徒会室で勉強する?」

「結局、勉強はさせられるので!?」


「もちろん。……とりあえず僕が勉強見てあげる以上、中間テストでは30位以内には入ってもらわないと」

 めずらしく真面目な顔で言われた。


「ふぉあ!?」


 あのぉ、乙女ゲーム作者の元書記官さんとやら、これでどうやって恋愛に発展するんですか!?

 鬼畜教師がいるだけじゃないですか!?

 気づけば、殿下は顔を背けて笑っている。

 また私をおもちゃにしているな、この人ぉおおお!!!


「えっと…そうだな、中間で30位以内に入れなかったら……」

「へ」

「この僕に恥をかかせた不敬罪で、また中間テストの後にお勉強見るからね?」

「そんな不敬罪あるんです!?」

「んー、今作った(笑)」


 うがあああ! 雑務って殿下のおもちゃになる事なんですかね!?

 なんかふと目に入ったんだけど、部屋の侍女さんたちもたまにクスっと笑っている……!


 なんという屈辱……!

 くそ……! ワーク早く終わらせて帰ろう! ブラウニー待ってくれてるし!!

 そう! ブラウニーだ。ブラウニーの事を考えて問題を解けばスラスラいけるはずだ!





「うーん、正解率40%だね……まあ初日はこんなものかなぁ」

「……」

 私はげっそりしていた。


「じゃあこれ宿題」

「え……っ」

 まさかの宿題!?


「ちなみにこれから生徒会で僕がいない日もワークは置いておくから、やっておくように」

「………」

「あれ? どうしたのかな?」


「スミマセン ワタシガ ワルカッタデス……。モウニドト、ガクエンナイデマホウハツカイマセン…(カタカタ)」

 あれ、おかしいな。ナチュラルにしゃべれない。


「……うん、そうか。良い子だねプラム」

「モウニドト、ナグリマセン……」


 涙目で震えた。

 殿下こわい。優しい雰囲気出してる癖に……めいいっぱい怖いよ、こんひと(この人)ー!


「おやおや。ちょっと厳しすぎたかな?しょうがないな。今日は宿題は免除してあげよう」

「お……おおお…」

 私は少し息を吹き替えした。


「ほら、このハンカチ使って?」

 殿下が涙目の私にハンカチを差し出した。

「あ、ありがとうござ……」

 ……私は固まった。


 そのハンカチにされている刺繍。

 私がブルボンスで作成したものだ。

 クローバーの髪留めに帽子に……眼帯。


「……どうしたのかな?」

 ……この人、わざとこれ渡してる。

 どうする? どう反応すべき? この人、どうしたいの?


「ちなみにこれは、君の物じゃないかな? ……落とし物で届いていたんだけど」

 そんな訳あるか。


「……そうです」

「そんな固まらなくでもいいよ。ニュースで皆が知ってる事だ。それは現場の証拠品だけど、思いが籠もってそうだから、僕は持ち主に返してあげようかな、と思ったんだ」


 優しく微笑んでる。

 でも状況的にそれが本意なのか別の意図があるのかが、読めない。


「ありがとうございます」


 受け取ってしまった。

 確かにこのハンカチに思いは籠もってる。

 でもこれ見ると辛かった事思い出すから、本音としてはいらない……。


「ライラックが迷惑をかけたようだね。……ライラックがどうなるかは聞いた?」

「は、はい。お兄様から」

 うあああ、内情掴んでいらっしゃる。


  ……そりゃ当然か。

 あの日は婚約者のココリーネと弟のライラック殿下がやらかしたのだ。

 王家の醜聞にもなるものな……。そりゃ情報収取はするだろう。

 王家も火消し側だよね。


「すまなかったね……兄として非常に恥ずかしいよ」

 殿下は本当にすまなそうな顔で仰った。


「いえ、殿下は何も悪くないですよ……」

 むしろあなた被害者ですよね。

 婚約者はいなくなるし。

 ココリーネはそのつもりなくてもライラックが貴方の地位狙ってましたし。


「それからココリーネにも会ったんだよ。事件の後ね。僕だってココリーネとの婚約解消は残念だったからね。……なかなか会ってくれない婚約者だったけど、それなりに大事にしようと思っていたからね」

「それは、ご愁傷さまです……」

「で、その時、ココリーネから聞いたんだけど」

「はい」


「君って僕の運命の相手なんだってね」

「…………」


 ここおおおおおりいいいいねええええええええ!!!!


 あいつ……!

 レインツリーの時にも通報したし、今回も何なの?

 嫌がらせのつもり?

 ……こっちはライラックからどうやったら助けてあげれるかな? とか考えて、手紙の用意まであるのに!!


「違うと思います。私もあちらで過ごしていた際に、何度もそう言われましたが、絶対に違うと思います」

「そうか、そうだよね。でもなんで君は監禁されちゃったんだろうね」


 ひょっとしてココリーネの言う事が信じられなくて私からも情報を取りたいのかな?

 まあ、そうだよね! 婚約者だったんだものね!


「さ、さあ……ココリーネ様、頭がおかしくなっちゃってたんじゃないでしょうか!? だって私、孤児でしたし、引き取ってもらったところも男爵家ですし、とても王妃になれる器ではございませんでして!! 全く訳がわからないまま監禁されておりました!!!」


 だいたいなんでこんな話するの?


「クスッ…」

 何がおかしいのー!!


「そうだよね。困るよね。……でも運命の相手、とか聞かされたらちょっと気になっちゃわない?」


 ゔぉえ!

 ……ひょっとして、私を観察しているのか! 殿下!!


「気になりません。婚約者いますし」

「そう?  僕は気になったよ。ココリーネがまったく関わりのないレインツリーへ赴いて君に会いに行ったり、君を監禁したり。半年とはいえ王妃教育もされたんでしょ? 彼女のやっている事があまりにも本気過ぎるから気になってね。どんな子かなって」


 ココリーネ!

 お前はもうバッドエンド向えてろ!!


「そういえば、ブルボンス家の東棟が破壊された日。あの場所から、かなり精度の高い聖属性の数値が出たんだけど、君……聖属性だよね? ……なにかした?」


 ふぁっっっっっっ!


「さ、さあ? 何の事だか……。そういった事はリンデンお兄様に聞いて頂ければ」


 そういったお話しはお兄様を通してください!


 ちなみにやったのはブラウニーですから、私が何もやってないのは本当……だよね!?

 ……あ、ライラック殿下治療した! ひょっとしてあっち?

 でもリンデンがいうには……ううん、わからない……。


「いや……リンデンは現場にはいなかったからね。現場の声を聞いてみたかった」


 管理職は現場の声を聞かなくても良いのでは!?

 世の中そういう仕組では!?

 事件は会議室で起こっている! で良いと思います! 今回は!


「ふぅん?」

 ドッドッドッ……、と心臓の音がものすごい。

 す、ストレスがマッハだ。

 下手なこと喋ったら、聖女認定されちゃう?

 ……もういやだ。なんでこんな質問受けてるんだろう。


 ぽた、ぽた、と涙が落ちた。


「あ……」

 そんなつもりなかったのに。

 殿下がはっとした。


「ごめんよ。少し、踏み込んで聞きすぎた」

 殿下が私の涙をハンカチで拭った。

「半年も監禁されてた被害者なのにね。……本当にごめん、もう聞かないから、泣き止んで」

 あれだけ私をからかって遊んでた殿下が困ってバツが悪そうな顔をした。


 リンデンを見ててわかったけど、この二人は出来の良い仮面を作ってる。

 リンデンは天然ほわほわな、馬鹿なイメージ。ギンコすら騙せてたから結構な役者だ。

 ギンコも今は絶対に気がついてる。リンデンは絶対に馬鹿じゃない。


 殿下はとても優しく穏やかさを保つ仮面。

 リンデンが、殿下は良い人だって言ってたから、きっとそれは本当なんだろう。

 でも、王様とは怖くてはならない、とも言ってた。

 内面が優しい人が王様になるなら、ことさら仮面作ってないとやってけないだろう。

 そんな人が仮面を少し崩した本当の顔がチラリ見えた気がした。


「あ、大丈夫です……。ごめんなさい、急に泣き出したりして」

「いや、僕が悪かったよ。泣き止んでから帰ってほしいけど……帰りたい?」

 私はコクリと頷いた。


「そうか。おいで」

 殿下は私の手を引いてプライベートルームのドアを開けた。

「門まで送……」

 殿下が言いかけた時、私は殿下の手を離して、ドアの真ん前に立っていたブラウニーにすぐ気がついて走って無言で抱きついた。


 言ってた通り、ちゃんと待っててくれた。


「うわ……っと。申し訳ありません。……殿下にご挨拶申し上げます。ほらプラム。殿下にご挨拶しろ」

 ブラウニーは落ち着いていた。


「あ…。殿下、失礼しました。……本日はありがとうございました。明日もちゃんと参りますのでよろしくお願いします」

「……ああ。婚約者が向えにきてくれてたんだね。また明日ね、プラム。えっと君は……」


「……ヒース男爵家のブラウニー=ヒースです。プラムの婚約者です」

 そう言ってブラウニーは一礼した。


「では、婚約者がお世話をかけました。連れて帰りますので……これで失礼致します」

 ブラウニーが私の肩を抱いた。

 殿下は少し無言でブラウニーを見、ブラウニーも無言で見返した。


「うん、じゃあ、またね」

 殿下はそういうと、プライベートルームのドアを締めた。


「……行こう、プラム。大丈夫か?」

「うん」

「このままヒースに来るか?」

「うん」


 その後、マロにのってヒースに行き、私達の部屋の中間にあるテラスで私はずっとブラウニーに抱きついていた。


 殿下は優しい人だと思うけれど、やっぱりそれでも怖かったのだ。

 彼の持つ力が。影響力が。

 冗談でテストで良い順位を取れなかったら不敬罪、とか言ってたけど、その気になれば周りにどう思われようとそれができる力があるのだ、あの人には。


 言動一つ間違えただけで、聖女認定されることになって、ブラウニーと離れ離れになるんじゃないか、とか、二度と自由がなくなるんじゃないかとか。

 ココリーネの時に思い知った事だ。


 今までは、わかっていても現実味がなかったけれど、皇太子殿下という強い立場の人に質問されたことで、自分が抱えている問題が本当に心に重くのしかかって堪えた。

 殿下は私が思うより軽い気持ちで聞いていたのかもしれないけれどね。


 ブラウニーにはすべて話して、聞いてもらった。


「プラム。大丈夫だ。がんばったな」

「ブラウニーもよく怒らなかったね……」


「お前が普通に暮らせてるからな。今は。ココリーネの時に囚われてた時とはさすがにオレも精神状態が違うぞ。……腹が立つより、泣いてるお前のほうが心配だった」

 ブラウニーが目の下にキスしてくれた。


「とにかく残りの罰ゲームはおとなしく受けてこい。今日みたいな事が、初日にあったらさすがに殿下もこれ以上は踏み込んでこないだろ。からかわれる隙を見せないようにな」

「あー…。そうね。それはそうだ」


「あとはイチャイチャしてよう。学院内でも」

「……!?」

「運命とやらがないって思わせるしかないだろ。だいたい他の男とくっついてたら萎えるだろ。オレなら絶対嫌だぞ」

「……ココリーネはギンコやライラック殿下以外にも周りに男性が多かったみたいだよ。それでも攻略対象の二人はココリーネから離れなかったから、それも有効なのかどうかは私わからないよ……」


「なんだそれ気持ち悪い」

「地球からの呪……」


 はっ。

 アカシアの話をブラウニーにしてなかった!!!

 ブラウニーに一番に話ししようとは思ってたけど!!


「……プラム?」

 ああっ顔が怖い!!!!


「長い話になりそうだな? コーヒー煎れてやろうか?」

 笑顔が、笑顔じゃないよブラウニー!


「あ……ああ……わざとじゃないんです、忘れてただけなんです」

「お前いっつもそうだな。忘れるくらい、アカシアがどうでもいい存在だという事で許してはやるけどな」


 ……許されなかったらどうなるんでしょうか。怖いです。

 私は洗いざらい吐いた。

 どうしていつも怒られる感じなんでしょうか。不思議です。



「ふーん、大変だな。攻略対象たちってのも。呪いか。じゃあ皇太子殿下も呪いにかかってんのか。……それ解呪したら執着されなくなるのか?」

「うーん、それは『ゲーム』側の話だから……もともとその書記官がゲーム作らなくても、この世界の予定??はあるみたいだし…」


 ゲームじゃなくても私達にとっては引き裂かれる運命が敷かれてるということだ。

 でも今更ブラウニー以外好きになることなんてありえないし……。

 攻略対象が向こうから寄ってきても無意味なんだけど。


「とりあえず私達ができることって、ブラウニーがさっき言ったみたいに……あ」

「ん?」

「ブラウニー」

 私は真顔でブラウニーに言い放った。


「ペケしよう」


 ぶーーーーーーーーーっ!

 ブラウニーがコーヒーを吹いた。


「ブラウニー、君としたことがマナーがなってないわね……? おいくちゅでしゅか?」

 ナプキンでブラウニーの口元を拭う。


「おいくつですかじゃねえよ! ……おまえ、オレ達11歳だぞ!!」


「もうすぐ12歳だよ。秒読みだよ。いけるいける。気持ちの問題」


 私は立ち上がって前のめりにブラウニーに近づいた。

 ブラウニーが椅子を下げて距離を取る。何? なんでそんな怯えた顔を?



「法律の問題だ!? 15歳からだよ!!! 散々言われてるだろ?」

 ブラウニーったら顔赤くして。可愛いわね。


「……半年前、ここで覚悟決めろって言ったの誰だったっけ」

「さすがに12歳はねえ……よ!」

 あ、今少し迷ったな。これはオトせるのでは?


「さらに言うと、赤ちゃんできたら周囲を完封できるのでは?」

「うああああああ!! よせ! それは禁じ手だ!! プラム、おま、ちょっと目が死んでるぞ」


「自分、ペケをつけたいであります! それは安心材料となると思っております!」

 ブラウニーが顔を真っ赤にして立ち上がり、私の両肩に両手を置いた。


「良し、わかったプラム。とりあえず落ち着け。お前がかなり追い詰められている事はわかった」

「じゃ……ぺケつけますか?」

「つけない!!! 弁当屋でフォークつけますか、みたいなノリで言うんじゃない!」


 えー。

 そして座らされた。

 ブラウニーは息を整えた後言った。


「とりあえず、前とは状況が違う。オレとアドルフさんが会社立ち上げようとしてるのも、根本的にはお前を守りたいからだ。王家なんかにはとても太刀打ちできないだろうが、それでも何かしら社会的な力をヒースは持たないといけない。……その為には今は時間が必要だ」

「うん…」


 そんな事はわかっていた。ブラウニーの言う事がもっともだ。

 ああ……冷静になったら恥ずかしくなってきた。

 だいたいムードもへったくそもない。

 これではペケるなどとてもありえない。


「……ひとつ言っておくが、嫌なわけじゃないからな」

 座った私の後ろから、ブラウニーが両肩を抱くようにギュッとした。

「わかってるよ」


 そのまま私達はしばらく無言で、荒野に沈む夕日を眺めていたのだった。



 ※※※※※



 次の日から週末まで、殿下のプライベートルームへ行っても、殿下はずっと不在だった。

 ちょっと、ホッとした。

 ただ、ワークはきっちり置かれていて、私はそれを淡々とこなした。


 ……うってかわって、少し寂しい気もした。いや、バツが悪い?

 あれだけ楽しそうに接してくれていたのに……と。


 そんなに思い入れのある相手でもないし、攻略対象とかでなければ普通に話すのは楽しい人だ。

 むしろ濡れ鼠の私を助けてくれた人だ。

 でも、避けなくてはいけない相手だ。

 殿下が運命の相手として私を意識するならなおさら。


 何故そんな事しなきゃならないのかな……。

 これは、罪悪感だよね。


 ワークをパラリ、とめくるとそこにカードが挟んであった。

 『歓迎パーティのパートナー、無理だよね?』

 誰宛、とも誰から、とも書いてない。


 問題に悩んでいるフリをして、私はデスクに両肘をついて顔を覆った。

 どうして……。


 しばらく考えて私はカードに一言『無理です』、とだけ書いた。


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