第27話 ■ Physical Zamaa2 ■


「プラム、起きろ」

 ブラウニーの声がした。

 あれ、私寝てた……。

 そうだ、プライベートルームだ、ここ。


「ブラウニー…」

 ブラウニーが膝枕してくれてる。

 え……起きたくない。


「……リンデンから聞いた、大変だったな」

「ありがとう、でも、ブラウニーの顔を見たから、もう大丈夫」


 そう言うとブラウニーは微笑んで、指先で私の額をツンとしてそのまま、額をかき上げるように頭を撫でてくれた。


 あ、なにこの幸せ空間。もう永久にこのままでいちゃいけません?

 実は部屋の中には侍女さんがいるはずなんだけど、空気読んでくれてるな。いる気配しない。ありがとう。


「でもね……冷静になったら、なんてことしちゃったんだって思ってる」

 ブラウニーは私の額にチュッとした後また頭を撫でてくれた。

「そうか。それならしばらく辛いだろうな」

「…それでも謝る気になれないの」


「酷いことにはなったが、今回の相手は謝らなくていい。お前だって先に雑巾入りの水かけられたんだ。

普通の人間だったら、場合によっては病気になるぞ。おまけにひどい罵詈雑言だったらしいじゃないか」

「……」

 私は黙って目を伏せた。


「リンデンが言ってた。常識ある貴族なら今日みたいなこと絶対しないってな。

ようはその女は馬鹿で常識外れだったってことだ。むしろ貴族としてあるまじき行為だそうだ。

お前の教室の奴らは驚愕したとは思うが、悪いのはどっちかっていうのは絶対わかってるはずだ」

 私は、ありがと、と言って起き上がろうとしたら、ブラウニーにギュッと抱き寄せられた。

 はう。


「……皇太子殿下と会っちまったんだって?」

「う」

 思わず顔が怖くなってないか確認してしまった。

「……怒ってねえよ」

 頭くしゃくしゃされた。


「その……校則違反したから、放課後、殿下のお手伝いに行かないとといけなくなっちゃった……ごめん。ヒース行けないかも」

「リンデンからもう聞いてる。残念だけど……しょうがないな。でも二週間だけだろ?」

「うん」

 嫌な顔したせいで一週間増えたことは黙っておこう……。


「今なにか隠したか?」

「ふぁ!? なんでわかんの!?」

「内緒。はけ」

 私は、はいた。


「……興味持たれてんな、それは」

 ブラウニーサン、なんで私のほっぺた掴んでムニムニしてるんですか。

 なんですかそのジト目は。


「なんでよ……」

「まあ濡れ鼠の生徒が授業中に廊下走り抜けたら興味は持つよな……………プッ」

 ブラウニーが自分で言った言葉に吹き出した。

 顔そむけて口抑えて震えてる。こ、このー。


「ちょっとブラウニーまでー」

「いや、オレでも何だアレはとは思うなって。引き止めはしないが」

「ブラウニーは引き止めてよ!?」

「もちろん、おまえなら引き止める」

 額にキスしてごまかした…。……わーい許す。あまあま。


「よしよし。放課後、その手伝い終わるまで、オレ待ってる」

「え、そんな、ブラウニーの時間が、もったいないよ」

 ブラウニーが私の手をとって、婚約指輪にキスする。


「二週間だし。放課後にお前と一分も過ごせないのは嫌だ」

「ブラウニー……」

 私はじーんとした。


「だから、お前も教室頑張っていけ。な?」

 ……ブラウニーも私が自分の教室に明日から行きづらいってわかってくれてるんだ。


「うん! ブラウニーが頑張れっていうなら、めちゃくちゃ頑張れるよ!私」

 他の人ではこんなに元気でない。

 ブラウニーがいるから元気でる。ブラウニーじゃないとこんなに元気でない。大好き。


「そうか、安心した」

 ふ、と笑ったブラウニーの顔が一瞬アドルフさんに見えた。

「……」


「どうした?」

「ん、前から思ってたんだけど。ブラウニーとアドルフさんってちょっと……顔似てるよね」

本人たちはどう思っているのか気になる。


「ん? ああ、言われてみればそうかもしれない。レインツリーでも親子に間違えられた事があるぞ」

「あ、そうなんだ」

 ブラウニーが少し嬉しそうな顔になった。似てるって言われるの嬉しいんだね。


「さてと、行くか」

「あ、そうか、帰る時間か……。じゃあ、また明日、だね」

「いや? お前も来るんだよ。リンデンが今日遅くなってもいいから、ヒースに寄って帰っていいって言ってくれた」

「……ほんと!?」

「ああ。市場に寄って晩飯買って帰るから、つきあってくれ。ついでにどっかで一緒に昼飯食おう」

「……行く!!」

 うわあ! いっしょに買い物とか久しぶりだ!!!


 その後、ブラウニーと手をつないで、市場を巡って、カフェでランチして。

 少し小高い丘に登って夕日を眺めたりして一緒に過ごした。

 あああ、こういうの! こういうのでいいんですよ!!!

 しーあーわーせ。


※※※※※※


 その後、ヒースへはとても早く着いた。

 ブラウニーが風精霊を呼び出してその風にマロが乗るもんだから、ホントにあっという間に着いた。

 魔石の心配したら、ヒースで内緒で掘ってるって言われた。

 まさかホントにアドルフさんが掘り当てるとはブラウニーも思ってなかったらしい。

 ヒース領地ってなにげに恵まれてたんだね。


「娘よ! よく帰った!!!」

 ヒースへ帰ると、アドルフさんが両手を広げて、歓迎してくれた。


「お父さんただいまああああああ!!!」

 私はアドルフさんのその腕の中に飛び込んだ。


「あははは」

「うふふふ」

 アドルフさんが私を持ち上げてくるくるした。

「わーい、たかいたかーい☆」


「仲良いなお前ら……」

「「ブラウニー顔怖!」」

「うるさい。いくらアドルフさんでもあまりプラムにベタベタしないでくれる」

「オレは事案を発生させるような男じゃないぞ!? ……そうか、わかったぞ」

「何が?」


 アドルフさんは、私を降ろして、ブラウニーに向かって腕を広げた。

「おいで、ブラウニー…だーっ!?」

 ブラウニーが思い切りアドルフさんの足を踏んだ。


「ダンスの練習の悪夢を思い出させないでくれる?気持ち悪いからやめてくれ」

「……悪夢?そんなに難しかったの?」

「……この人は練習相手しつつ、やたら足を踏んでくるんだよ。下手くそ。本人は避ける練習だって言ってたけどな」

「だって女性パートだよ!? 慣れてないんだよ!! オレだって」

「それでよく、婚約式までに仕上がったね。すごく上手だったよ! ブラウニー。アドルフさんもありがとう!」

「そ、そうか…?」

 ブラウニーが頬をかく。


「だからブラウニー、ちょっとアドルフさんに辛辣だよ?ちゃんと教えてくれたんだから。感謝しなきゃ」

「プラム、お前なんてよい子なんだ……」

 アドルフさんがだ~っと泣いた。


最近師匠と弟子の態度が、この人たち反転してるような気がする。

「……ごめんなさい」

「謝るな、調子狂う。…いいんだよ」


 素直に謝った。自分でも思う所あったのね。

 アドルフさんはブラウニーの頭をくしゃくしゃした。


 ……。

 私もジャスミンに謝まってキチンと彼女の顔治そうかな……。


 その後、買ってきたお惣菜なんかを並べて食事にした。

「み」

「み」


 テーブルの隅に、モチマロの専用のお皿ができてる!!!

 お皿にチューリップの花模様とか描いてある!

 え、可愛い!!!


「ねえ、このお皿どうしたの?」

「オレが作ったぞ」

アドルフさんが言った。

「アドルフさんがこのチューリップも描いたの?可愛いね!」

「それはブラウニーが描いた」

「えっ」

「……っ!!言うなよ!!」

 ブラウニーがそっぽ向いた。

「なんで?ブラウニー、すっごい可愛いよ?そういえばブラウニーって絵も上手だったよね」

 ふふふ、私の彼氏、マジ有能。

「……」

 ブラウニーが小声で何か言った。


「ん? 聞こえないよ」

「……プラムが、こういうの好きだろう……と思って…」

「ブラウニー…」

 私を思って描いてくれたの!? 幸せ!

 すこし赤面したブラウニーが可愛い。

 この子おうちに持って帰っちゃだめですか?


※※※※※※


「あー? グランディフローラ? ……あ~あのおっさんとこか」

 アドルフさんに、グランディフローラ家の事を聞いてみた。

 心配かけたくないから、今日あった事は伏せたけど。


「アドルフさん知ってるの?」

「社交界行かなくなって大分経つから古い情報になるけどな」

「何か問題ある家なのか?」


「あそこはあんま評判良くないな、もとから。

領民からとる税金は重たいし……その税金は領地整備やら領民に還元できるシステム作らないし、自分たちのお財布にナイナイしてる系のおうちだな。

逃げ出す領民も多いから、違法に奴隷を買ってきたりして……タダ働きさせたりとか…まあ、当時の噂だ」


「それ、国のガサ入れとか入らないのか?」

「噂止まりなんだよ。噂が本当なら、弱いやつを黙らせて働かせて、国に収める税金とかだけはキッチリ入れてるんだろうな。国の方も、キッチリ調査する労力に対して、あの領地から得られる旨味がないんじゃねえのかな……あそこは今や大した特産品もないしな。何代か前は花農家が多かったはずなんだがな~。たしか経営で下手打って他の領地にそのお株を奪われてたはずだ」


「ひどいね」

「国民の声っていうのは上の方には届かないもんだ、な」

 アドルフさんは気がついたら食べ終わっててコーヒーを飲んでいる。

 結構喋ってたのに食べ終わるの早っ。


「……関わらないほうが良さそうだな。プラム。お前からは絶対接触するなよ」

ブラウニーが釘を刺してきた。

「え……」

「……お前、謝ろうかな…? とか思い始めてただろ」

「なんでわかるの!?」


「教えない」

 !?


「ん? 謝るってなんだよ」

 ああっ、アドルフさんに心配かけないようにと思って、喋りたいと思いつつ黙ってたのに!

 ブラウニーが事情を説明した。


「……プラム」

「はい」

「あっはっは。よくやった!」

 頭ぐしゃぐしゃされた。

 ……。

 思ってた通りの反応をだった。


 こういうのって叱られたほうがいいんじゃないかなって思ったりするけど……

 アドルフさんにはこういう反応されたかったから、嬉しい。

 彼の片目の瞳は穏やかで優しい。……落ち着く。


「確かに破天荒な事をしちまったけどな。概ねリンデンの言う通りだよ。

逆にリンデンとリーブス閣下が伯爵家潰しに行かないか見張っといたほうがいいぞ、それ」

「潰す!?」

「グランディフローラはさっき言ったみたいにおそらく真っ黒だ。公爵家を怒らせたら、簡単に潰れるぞ」


 うわ……なんか急に不安になってきた。

 私のせいで、伯爵家が潰れるとか!


「おまえのせいじゃない」

「私喋ってないよね!?なんでわかるの!?」

「教えない」


 どうしてよ!?

 意地悪な顔してる!! そして何故か軽く鼻をつままれた!

 ゔらうにーーーー!!!


「はいはい、ご飯中にいちゃいちゃするんじゃないわよ~お行儀悪いわよ~」

 アドルフさんがニュース紙を見ながら言った。


「だってお母さん!!! ブラウニーが!!!」

「しっかりしろプラム、そいつはお父さんだ」

「そいつ扱いされた!?(がーん)」


 楽しい。

 リーブスも嫌いじゃないけど、こんな賑やかな食卓は有りえない。

 私の居場所はここでありたい。

 早くここへ帰りたい。


 ご飯を食べ終わって片付けをしていると、なんとギンコが向えにきた。


「思ったより帰りが遅いから向えに行ってくれと頼まれた」

「お兄様に使われてる!? ……てか、遅くなっちゃってごめんなさい」

「ちゃんとオレがマロで送る予定だったぞ」


 ムスッとしてブラウニーが言った。


「み」

ブラウニーの肩でマロがウンウンと縦に首振ってる。可愛い。


「……ブラウニーに送らせると、今度はブラウニーがそのまま帰らないでプラムの部屋に居座るかもしれないからと」

「チッ……」

「ブラウニー!?」


「ははは! 読まれてるな、ブラウニー?」

 アドルフさんがブラウニーの背中をバシバシした。

「……」

「な、何か言えよ……(おどおど」

 アドルフさん……。


「じゃあ、帰るね。……夕飯ごちそうさま。また来るねアドルフさん。ブラウニー、また明日ね」

「おう、いつでも来い、お父さんは待ってるぞ」

「うん、明日。約束のとこでな」

 ブラウニーに会えるなら、辛いことがあっても明日が待ち遠しくなるのが不思議。


 ギンコが風の精霊にのせてくれて、飛び立つ。ジンって名前らしい。姿は見えない。

 あっという間にヒースが小さくなる。


「今日はトラブルがあったそうだな」

「やだ、ギンコさんにまで伝わってるの?」

「リンデンとリーブス氏とリーブス夫人が騒いでたぞ」


「……心配かけちゃったなぁ。あ……そういえば、ギンコさんはいつ旅立つの?」

「そろそろ、と思っているが。……少し、心配をしている」

 ギンコが横目で私を見た。

 え? 私を心配してくれてるの?


「……心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ」

 この人の事だから、なにか罪滅ぼししたいとか思ってそう。


「ギンコさん、もう十分に色々してくれた。……今ではもう感謝しかないよ。本当にありがとうね」

「そうか……」

 私はうんうん、と頷いた。


「ところで……」

「うん」


「ギンコ、でいい」

「え、でも」

「いいんだ」

 おう……こんな厳格な大人である妖精さんを呼び捨てにしていいのだろうか。

 でも、本人がそうしたいっていうなら、断る理由もないしなぁ。


「うん、わかった。……ギンコ」


 遠慮がちに名前を呼んでみたら、ギンコは優しく笑って頷いた。



※※※※※



「うおおおおおお!!! プラムうううう!! なんてひどい目に合わされたんだ!!」

「しんっじられないわ!!! 伯爵家が! うちの娘に!!! わたくし、絶対許せませんわ!!!」

「……潰れてもおかしくないよね、あの家。うん、もともと潰れそうだったしね。うん、潰そうよ?いいよね?」


 またエントランスで囲まれた!!!

 そしてリンデンが闇落ちしてる!

 ギンコは騒がしくなりそうだからこれで、と退散してった!

 送ってくれてありがとう!


「……えっと。ご迷惑とご心配をお掛けしてすみませ」

 がばっとお母様に抱きしめられる。


「もう本当よ!帰ってくるの遅いし!ずっと待ってたのよ!」

 あ……。


「ご、ごめん、なさい……お母様」

 いい匂いする。そして柔らかくて……。

 なんだろう、ジーンとする……。


 私はお母様の背中に手を回してギュッっと抱きついてしまった。

 彼女のおろした綺麗な水色の髪…柔らかくてサラサラしてる。うう、なんて心地いいの。

 そして、もっとギュッと抱きしめてくれた。


 わ、わあ……。

 私はなんだか赤面してしまった。


「リーブスを敵に回した落とし前はつけてもらおう」

「そうですわね。そもそも領民も酷い有様と聞きますし、今まで手を出す名目もなかったので見てみぬフリをなさっていたのですよね、あなた」

「うむ」

「じゃあ決まりだね。」

 なんて物騒な家族会議をエントランスで!!!


「あ、あの……落とし前ってどうなるんですか? 私のせいで、とか思うと心苦しいんですけど……」

 あの一途なフリージア様が頭に浮かんだ。

 彼女なんて何も悪いことしてないのに巻き添えになっちゃう…。


「プラム。あなたがそう思うのも無理ないわ。でもね、グランディフローザの領主代理は酷い人なのよ。……そろそろフリージアちゃんも助けてあげないと。あなたは、ちょうどいいキッカケを作ってくれたのよ」


「えっ?」


「プラム、今のグランディフローザの領主は代理なんだ。本当ならフリージアが正統な領主なんだよ。未成年だから、入婿の父親がその座について代行しているんだよ。フリージアの母親がグランディフローザの正統な後継者だったんだが……亡くなったんだ…で、彼のその、浮気相手とその娘が我が物顔をしているんだ」

 お父様が詳しく説明してくれた。


「父親は実際、経営を何もしてないのに領主気取りなんだよね。君を血筋で馬鹿にしたジャスミンこそ……その母親は元娼婦なんだよね~」

 なんだそれー!

 なんというブーメラン。

 ……なんか謝らなくてもいいかって気がしてきた。


「まあだから余計に君に嫉妬したのかもね。同じ平民出身なのに君のほうが良い家柄に恵まれた、みたいな」

「……その嫉妬の理屈が理解できないな…私と彼女は全然関係ないのに」

「世の中自分とは全く関係ないのに嫉妬する人ってのはいるものだよ」

 そうなんだ。

 十人十色って言葉が思い浮かんだ。

 人間って、複雑でさまざまな思いを抱えるものなんだね。


「フリージアちゃんのお母さんとはわたくしね、学生の頃に、少し交流があったのよ。

とても良い人だったのにあんな男にひっかかっちゃって……ほんとにもう……。

フリージアちゃんを残して死んでしまうし……ねえ、リンちゃん、フリージアちゃんと結婚しない?」

 お母様がいきなり爆弾発言した。


「それいいな」

 お父様がそれに乗る。

「唐突になに!?」

 リンデンが悲鳴のような声をあげた。


「だってだって、フリージアちゃん、ちゃんとしてる子だし、聖属性だからあなたの身体も整えてくれるだろうし……何よりあなたのことが大好きだし……可愛いし。

グランディフローザの跡継ぎはあそこの親戚筋をひっぱってくればいいんじゃないかしらね。」

 確かに、いじらしくて一途だったなぁ。


「女性の言う可愛いは男性の可愛いと違うと思います!!」

 リンデンが力いっぱい叫んだ。

「……」

 何故かお父様が黙った。何か思う所があるんですか。


「あなただって、実は感謝の気持ちとかあるんでしょう? 最近までココリーネ令嬢を追いかけていたようだけれど、フリージアちゃんのことも、嫌いではないんでしょう?」

「嫌いではないですけどね……。と……とにかくその話はまた今度で…僕はそろそろ失礼しますね。プラム、部屋まで送るよ」

「え、あ……とと」

 リンデンに割りと強引気味に手を引っ張られて、私達はその場を後にした。



 ※※※※※



 私の部屋の前まで来た時、ふと気になった事を私はリンデンに訪ねた。


「ねえ、お兄様の身体が弱い原因ってなんなの?」

「ん? ……ああ。原因不明なんだけど、魔力の流れが悪いんだ。例えば魔法を使おうとすると、体の中でそれが発動しちゃう時があってね」

「ええ?大変じゃないそれ……」

「実は怖くて魔法が使えないんだ」

 ははは、と困ったように笑った。


「お兄様の属性ってそういえば?」

「水だよ。母上もそう。父上は皇太子殿下と同じ光。そういえば言ってなかったね」

「へえ…」

「最後に魔法使ったのは2年前くらいかなぁ。肺とか呼吸器官に水が溢れて、自分の力で水に溺れて死ぬとこだった」

「それ、良く助かったね!?」

「結構奇跡に近かったと思うよ。でも学校の魔法学の授業中だったからね、学校内に聖属性の先生もいたし、フリージアがその場にいて、応急処置してくれたんだ」


「魔法を使わなければ普通の身体なの?」

「それがそうでもないんだよね。魔力が滞ってるのが原因なのか…たまに身体が腫れたり、重かったりまあそれで最近は心臓が…」

 リンデンは黙った。


「まあ、定期的にドクターに見てもらってるから大丈夫!」


 ……フリージア様、こんなか弱いお兄様をこの間ハグして気絶させてたな……回復してたけど……。

 フリージア様と結婚したら、お兄様毎日死ぬのでは?


「そのドクターでは完治しないんだね」

「うん、多分聖女様クラスにならないと駄目かなーってドクターは言ってるね。聖女様はお忙しいし、もうかなりお年寄りだし……ちょっと頼めないっぽいんだよね。僕が例えば王位継承権1位とかにでもなれば、してもらえると思うけど。まあ、ないよね」


「……その、ブラウニーと『絶対圏』を使えば……」

「だめだよ、プラム。そりゃ確かに本音はお願いしたいよ? ……でもね。だめだよ」

「どうして? それこそ公爵家の力で使えばごまかせたりしない?」


「……例えばね、聖女の力はホントに貴重なんだ。今だって国中に一人しかいない。しかももういつ亡くなるかわからないお年寄りだ。そんな状況でプラムが力を使って僕を治してバレたりしたら、国の宝として位置づけられて、もう二度と自由は得られないと思う」


「う……」


「ブルボンス家で使った君たちの力もちゃんと観測されてる。事件だっただけに本当にちゃんと観測されてる。あの時、君達が使った魔力は、さほど目立たない数値で問題になってないけれどね。聖属性にしては質が良すぎる、という話も出たんだよ。遡ればレインツリーで使った力と同じだと特定されるかもしれない」


 そこまで調べられるんだ!? 特定技術すごいな!?

「ひえ……」


「それなのにリーブス家で力を使ったらどうなるかな? ……証拠、証明が揃って言い逃れできないと思う。『絶対圏』なんて力は、王家や神殿が絶対に放っておかない。ブラウニーにもちゃんと言っておくんだよ」


「そっか……。わかった…」

 またこの気持ち……なんてもどかしいんだろう。

 助けられる力はあるのに、それを手段にできない。


「そんなに心配しないで。もし計測されない方法でも考えついたら、絶対にお願いするから。良い子だね、プラム」

「……そうだね、そこが解決すればいいんだもんね。私もブラウニーやアドルフさんに相談してみるね」

 うんうん、とリンデンは頷いた。


「そういえばライラック殿下の話は聞いたけど、ココリーネってどうなったの?」

「ああ……。遠くの修道院だよ。うちの間者もココリーネがブルボンスを出立したのを確認してる。既に王都にはいないよ」


「……そっか」

 すでにあの運命(ゆめ)のスタート地点に立ってるかもしれないのか、ココリーネは。


「ただ……」

「ん?」

「皇太子殿下がココリーネを城に呼び出して一度面会してるんだよ。

婚約破棄の件もあったんだろうけど……。

ココリーネが余計な事を殿下に言ってなければいいんだけどね」


「うあ……怖い!」

「ああ、寝る前に余計な話ししちゃった、ごめんね」


 リンデンは私の頭をヨシヨシした。

 ありがとう、お兄様。でもさすがにこの不安はヨシヨシでは相殺できないな……。


「さて」

 リンデンは私の手の甲にキスを落とした。

「それじゃそろそろ部屋に戻るね! おやすみプラム」

「おやすみ~…お兄様」


 リンデンは自分の部屋へ向かった。

 ……それにしても色々複雑な気分だ。


 私は部屋に入ると、お風呂に入って色々考えた。


 ジャスミンを殴ってしまったこと。リンデンの身体のこと……。

 リンデンの身体のこと、アドルフさんにも相談してみようかなぁ。何か知ってるかな…。

 ああ、そうだ。

 明日から皇太子殿下のお手伝いもあったんだ……。

 ……なんか考えることいっぱいあるな。


 だめだ、もう寝よう。今日は疲れた。

 夢はみないでぐっすりと眠りたい。

 どうかアカシアのところに接続しませんように、おやすみなさい……。



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