第26話 ■ Physical Zamaa ■

 いよいよ、今日から学院に行く。

 そして、ブラウニーに会える。

 結局やることがいっぱいあったから、ヒース帰れなかったなぁ。


 ブラウニーはこれから学校で会えるけど、ヒースへ帰らないとアドルフさんには会えないんだなぁ。


 でもいいや、帰ろうと思えばいつでも帰れるって素敵。ありがたい。

リーブス公爵家、ホントにありがとう。


 制服を着てカバンを持った。

 なんかすっごく不思議。

 孤児だった私が学校に行かせてもらえるなんて。


 行かなくていい、必要ないって思いつつも憧れがなかったわけじゃない。

 ブラウニーだってそういう気持ちあると思う。


 ……そうだ、友達できる……かな?

 でも……みんな貴族なんだよね?


 多分、ヒースへ帰ってもアドルフさんとブラウニーが会社始めたりするなら、かならず貴族との関わりはでてくる。

 貴族の友達…かぁ。


 そうだ、ヒースへ嫁ぐわけだし、男爵家の女の子とかなら気が合うかも知れない?

 昨日出会った伯爵家の令嬢は二人共どっちも怖い…でも。


 ああそうだ、フリージアさんは怖くても嫌いじゃなかったな。

 聖属性使ってたのもなんだか親近感がある。


「プラムお嬢様、そろそろお時間ですよ」

「あ、はい」

 ……未だになれないな、お嬢様とか。


 エントランスへ行くと、リンデンが待ってた。

「おはよう、プラム!」

「おはよう、リンデンお兄様」


「いよいよ入学だね、おめでとう」

「ありがとう、お兄様も復学おめでとう!」


「ありがとう、妹よ!では行こう!」

「はーい」

 ブルボンスにいたら、この瞬間、ココリーネの侍女だったんですね、私。


 馬車の中で。

「リンデンお兄様、そういえばフリージア様達とは、どういったご関係なんです?」

「Σ」

 リンデンお兄様がビクッΣとした。びくっと。


「あ、あー…。うーん。幼馴染ってほどではないけども、古い付き合いではあるかな?


 皇太子殿下とココリーネの婚約が決まった時に開かれたティーパーティがあったんだけど、子供たちの交流とお見合いを兼ねててね。そこで知り合ったんだ」

「へえー」


「その頃はエンジュも生きてて……二人で参加してたんだけどね。僕はエンジュに寄ってくる子を追い払ったりしてたね。妹はまだ小さいんだから婚約者いらないんだよ! ってね」

 リンデンは苦笑した。


「……まあ、それで妹と……エンジュと一緒にいたから、交流のこの字もないだろうって思ってたんだけど、フリージアがいじめられてるの見ちゃってね、助けたんだよね。

……で、まあフリージアが、まあ、その僕のこと好きになったみたいで……」


「お兄様、正義感強いよね。私の事も助けてくれたし」

 リンデンが照れたように頬をかいた。


「そうかな! でも紳士として当然かな! と思ったんだよね。

まあそれでねー。あそこの伯爵家の後妻夫人が…公爵家の令息へのアタックチャンスだと思ったんだろうね。

フリージアのほうじゃなくて、ジャスミンを推してきたりとかがもうここ何年も……。

フリージアとジャスミンはつまり母親が違ってて…まあ、フリージアは伯爵家では虐げられてるんだよね。……強いけど」


 たしかに強い。


「聖属性でしたよね。フリージア様」

「うん、だから虐げられてはいるけど、酷い生活を強いられるとかはないはず。

魔力保持者が与えられる優遇措置とかもあるし、伯爵家を出ていくってことも彼女はできるはず、なんだけど」


「なんでいじめられてるのに出ていかないのかな」

「彼女、責任感とか強いからなぁ。多分領地が心配なんだと思う。彼女の母君の形見の領地だしね」


「あ、そうか…お兄様はフリージア様……のこと、は……?」

「…………良い子だとは、思う、けど。ちょっと怖い……かな。そ、それに彼女はあそこの跡継ぎだし、僕だって跡継ぎだし、条件が合わないね…(カタカタ」


 おにいさま、歯切れ悪い。弱冠震えてまでいる。成程。これ以上聞くまい。

 フリージア様、振り向いてもらいたい相手に恐怖を与えてますよ!!


「……ジャスミン様は?」

「論外。性格悪いもん。こないだ僕ちゃんと見てたんだよ、あんなだったけど。泣いてるフリしてプラムのこと睨んでたよね」


「うわ! 気がつくんだあれ!」

ジャスミンの演技もなかなかだったが、それを見破るリンデンお兄様、なかなかできる男。

「僕、結構目ざといんだよ☆」


 その時、馬車が止まった。

「…着いたみたいだね。さあ、おいでプラム」

「はい、お兄様」

 リンデンに手を引いてもらって馬車を降りる。

 私はソワソワした。

 一番にその姿を探す……いた!


「じゃあ、お兄様はここまでかな!行っておいで」

「はい!」

 私は令嬢あるまじきで、駆け出した。


「ブラウニー!! おはよう!」

 抱きつきたい!! でも我慢!!


「プラム、おはよ」

「んっ!?」


 ――とてもナチュラルに。キスされた。


「ちょ……!?」

 人前だよ!!! 学び舎の前だよおおお!!!

 登校中の皆様にバッチリ見られたと思います!!!


「ぶ、ぶらうにー。ひ、学校の前はさすがにだめだよぉ……」

 私はカバンで顔を隠した。


「……会いたかったんだよ」

 照れてそっぽ向いた。

「…そっか。私もだよ」

「みっ」

 マロがブラウニーの懐からでてきて、私の肩にのってきた。


「あ、マロ!! 会いたかったよ!!」

マロは私に頬ずりすると、またブラウニーの肩にペッと乗り移った。


 うふふ、マロ可愛い。

 モチにも会いたい。

 ブルボンスの時はずっと傍にいてくれた。ほんと癒やし。


 ああ、それにしても、制服姿のブラウニー、ごちそうさまです。

 すでにもう、脳内に100枚以上はその瞬間瞬間を保存致しました。


 あああ、他の女の子とかにこのスパダリを見せたくない……!

 いや、落ち着くのよ、私。


 それにしてもブラウニーは私がいつもこんな事を考えてるの知ったらどう思うかしら……。

 ドン引きされるかしら……。


「そうだ、アドルフさんが、入学おめでとうって言ってた。アドルフさんは相変わらずな生活してる。

とりあえず依頼受けてアイテム作ったり、暇な時は屋敷のDIYずっとやってる。」


「ふふ、目に浮かぶようだよ。今日って午前で終わりなんだよね、ヒースに帰ろうかな?」

「おう、一時帰宅だ。来い来い。」


 ブラウニーが私の手を握った。

「さてと、行こう。転ぶなよ?」

「そうだね。がんばる!」


 幸い、転ぶことも皇太子殿下に遭遇することもなく、無事に講堂にたどり着いた。

 席は自由だったので、ずっとブラウニーと手を繋いで座ってた。


 ハア、幸せ。

 というか、ブラウニーと学科分かれて正解だな。

 ブラウニーは正しい。勉強にならない。


 学院長の退屈な話が続いて、寝そうになってたまにブラウニーに小突かれる。

「…こら」

 声優しい。嬉しい。

 ブラウニーにこんなに優しく起こしてもらえるなら、何回でも船漕ぎたい。


 船漕ぎの中、一瞬『特別な夢』が視えた。

 大量の水が流れ出して、どこか床の上を流れていくのが視えた。……なんだろう?

 バケツでもひっくり返すのかな…。


「……ほら、次、祝辞だぞ」

「ん……。あれ?」

 壇上を見た。


 プラチナブロンドの美しい青年が、皆さん入学おめでとう、と言っただけで拍手が沸き起こる。

「あれ? 司書さん……?」

「寝ぼけてるな。皇太子殿下だぞ」

「こっ…? ……え? こうたいし? ……え? シショさんがこうたい……んんっ」


「………おまえ…」

「……(びくっ)」

 はっとしてブラウニーを見た。


「……(じー)」

「(汗ダラダラ)」

「……学校が終わったら……わかるな?プラム」

 あああああ! スパダリがああ怖いいい!!!


 式が終わった後。

 顔が怖い継続中のブラウニーと別れて、自分の普通科へと向かった。

 皆さんに最初のご挨拶するんだよってリンデンが言ってた。

 オリエンテーションとかなんとか。


 ブラウニーの顔が怖いのを考えていたおかげで、新しい場所へ行く緊張がほぐれた。

 今でも新しい場所よりも放課後のブラウニーのほうが怖い。


 はっ。さてはブラウニー、私が新しいクラスに入るのに緊張しないために怖い顔を……!

 さすがスパダリ!!


 クラスに入ると、席に名前が貼られてる。

 席が決まってるんだね。

 自分の席を探そうとすると、ジロジロ見られているのがわかる。


 席が見つかった。

 あ、一番うしろの窓際だ!!

 嬉しい! 目立たない場所が良かったんだ……。


 写真は載らなかったとはいえ、リーブス公爵家の令嬢を攫った事件はニュースになったし、貴族の子なら絶対にその記事は目を通してるだろう。

 どんな風に思われてるのかな…。


「あら……リーブス公爵令嬢様…。ごきげんよう」

 席に向かおうとしたら、ジャスミンに遭遇した。

 友達かな?と思う令嬢が二人ほど一緒だ。


 ん? 一人が水が入ってるバケツ持ってるな……。

 掃除でもするんですか?

 んん? さっきの夢の水、ひょっとしてそれかな?謎だ。


 リンデンいわく、私のほうが立場が上だから、ジャスミンの挨拶は無視してもいいって言われてるけど。 まあ、一応。

「あ……えっと。ジャスミン様、ごきげんよう」


「……あなた公爵令嬢っていっても、平民出身だそうじゃない?しかも孤児だったとか」

 大きい声で言われた。

 ジャスミンの友達らしき令嬢がくすくす笑う。


「……」

「そういえば、先程入学式の最中だというのに、経済科の男爵令息とイチャイチャと……ああい やだ。

 こんな方が同じクラスで同じ空気を吸ってるだなんて。……孤児なんて、どうせいやらしい血筋に違いありませんわね! リンデン様も何故このような下賤なものを養子に迎えられたのかしら。

 ……あなた、身の程を知って、公爵家を出ていかれてはいかが?」


「……」

 私は無言に徹した。

 こういう相手って喋りたくもないし、下手に喋るともっと色々難癖つけてくるから。


 スルーよスルー!

 ふんだ、あなたに言われなくったって、3年後にはでてくもん!


 私は令嬢を放置して席に付き、頬杖ついて窓の外を見た。

 先生早く来ないかな。


「まっ。作法がなっておられませんこと。リーブス公爵家の顔に泥を塗られていること気づかれては?

 ――ああ、良きプレゼントがこざいますわ!こちらをどうぞ?」


 ばしゃっ……


「……っ!?」

 ジャスミンの友達がいきなり、バケツを私の頭に被せた。

 新品の制服もカバンも。机も、私の周りは水浸しになった。

 ついでに、雑巾まで、入ってた。


 3人の少女から嘲笑がひびく。


「うわっ」

「きゃあ……」


 ……よし、わかった。

 もういい、初日退学で。

 お父様お母様リンデンお兄様ごめんなさい。

 ブラウニー、一緒に通えなくなってごめんなさい。


 私は机から立ち上がって、バケツを頭から取り外して足元に置いたあと、ジャスミンを睨んだ。


「まあ? なんですの? ハンカチなら貸してあげますわよ……返さなくて結構…」

といいかけたジャスミンに。


 ボゴッ……。


 魔力変質をして、グリーズリーの指を折った時よりは小さい力で。

 ジャスミンの顔を殴った。


 うん、学院内魔法禁止だったね。知ってる。だからなんだってんだ。


 そうでーす。私はどこの馬の骨かもわからない孤児ですから?

 そんなものに手をだしたんだから?

 それ相応の覚悟ってもんしたらどうなの?

 うん、こんなか弱い令嬢の顔殴るなら私でも余裕ですね。


 ジャスミンは廊下まで吹っ飛んだ。

 あ、スカートまでめくれて丸見えですね。ザマアでございますわ。

 これでもまだ力強すぎたかな、知らんけど。


 ……いや、泣きそう。

 私、なんでこんな事してんの……。


「きゃああああ!」

 加害者の令嬢たちも関係ない令嬢達も。悲鳴を上げる。


「……」

 私は無言で近寄ってジャスミンの様子を見る。

 良かった、生きてるね。

 顔は歪んじゃってるけど。


 私の敵は顔が歪む宿命を背負っているのだろうか……。

 ま、でも大丈夫、きっとあなたのお姉さんが治してくれるよ。

 私は治してやんないけどね。


「あなた達もこうなってみる……?」

 ジャスミンの連れに質問した。

 二度とこんな真似できないように。脅すように。

 ……もう二度と会わないだろうけど。退学だし。


「ひ、ひいぅ」

「ご、ごめんなさいっ。ジャスミンに言われてっ……」

 言い訳とかどうでもいいや。


 私はそのまま教室を出ていった。

 歩いて……そのうち走り出して。


 なんとなく、アドルフさんの顔が浮かんだ。

 アドルフさんは、笑ってよくやった、とか言ってくれそう…。

 会いたいよう…。


 ブラウニーにはむしろ今会いたくない。

 こんな格好見られたくない。

 婚約式で綺麗って言ってもらったばっかりなのに……こんな…。


「っと」

「……ごめんなさい」

 人にぶつかりそうになった。

 いけない、水浸しなのに。


「ちょっと待って!」

 手を掴まれた。

「私に触ると濡れますよ!」

 振り返って相手を見た。


 ――サラサラと流れるミディアムヘアのプラチナブロンド。

 輝かん宝石のように美しい――皇太子殿下だった。


 どうして会うかな!?

 あなたオリエンテーションは!?

 私が言う立場じゃありませんけども!


「あ……司書さん。大変失礼いたしました……というか、司書さんじゃなかったんですね。今日知りました…あ…えっと、皇太子殿下にご挨拶もうしあげ……、えっと、こんな失礼な姿で申し訳ありません……、それでは急ぎますので失礼致します……っ」


 挨拶しなきゃいけないけど、しどろもどろになった。

 今の私は情報が多すぎる!

 ただ、この人に接触してはいけない。

 急いで離れなくては。


「いや、待ちなさい。その格好はどうしたのかな?」

「簡単に言うと退学です。失礼します」

「困ったな。理由を飛ばして言えてないよ?」


 ……アドルフさんやリンデンなら、結論だけ!? とか言ってくれそうなのに、

 さすが皇太子……。落ち着き払ってらっしゃる……。


「とりあえず、おいで。そのままじゃ風邪を」

「私、風邪引きませんから。引いても自分で治せますし。聖属性なんで」

 学校の書類には正直に聖属性と書いてあるはずだから、普通にそう伝えた。


「なんとも便利で丈夫に生まれたものだね。だからといって、びしょ濡れの生徒をそのままにするわけにはいかないよ」

 掴んだ腕を離してくれない。

 泣きたい。


「やめてください、殴りますよ。く……もうこうなったら一人殴るも二人殴るも…」

 といいかけて。はた、と黙った。


 この人を殴るのは本当にやばい。

 こういうのをヤケになってると言うのかしら?

 お酒試してみたい。


「……僕を?殴るのかい?」

 皇太子殿下は吹き出しそうな顔をした。


「そ、空耳じゃないでしょうか……!」

「うん、いいよ。じゃあそういう事にしようか。僕は何も聞かなかった。

 ……でも何か相当悪いことしてきたようだね? お嬢さん?」

 少しだけ意地悪そうな顔をする。


「くっ……。私がやりました…!」

「……っ。本当に一体何をやったんだか。肝心な所が抜けるね。」

 吹き出された。

 こういう時、吹き出さないように訓練とかしてるんじゃないんですか? 王族って。


「そろそろ腕を離してください、私もう行きたいので」

「さっき言ったと思うけど、放っておけないよ。 そうか、言う事を聞けない悪い子だね?」

「へ?」


 皇太子殿下は、そういうとニンマリわらって、ひょいっと私をいわゆる――お姫様抱っこした。


「ふぁーーーーーー!?」

「何その悲鳴……おっかしい……」

 私は混乱した。


 というか、こんな所ブラウニーに見られたら……ブラウニーが皇太子殿下ころす! 絶対殺してしまう!

 殺したあと国滅ぼす! 荒ぶるスパダリ神が降臨される!!


「すすすすいませんでした、私が悪かったです、ちゃんと歩いて連行されますから! 後生ですからおろしてください!!! あと殿下が濡れますううううううう!!」


 ああ……皇太子殿下の服を濡らしてしまった!! もう私の人生は終わった……。

 もう、牢屋だ、牢屋……ううううう……。

 死刑台が見えそうだ…。


 ……さらに余罪も追加だよ…学院内で私は暴力を振るったし、ジャスミンに大怪我を追わせたのだ。

 ……ううううう。

 そしてブラウニーがこわい。


「もう、遅いよ」

 ニコニコ顔で皇太子殿下はスタスタと私を何処かへ連れて行く。


「すみません、経済科の前だけは……通らないでください……婚約者がいて婚約者の顔怖くなって……危ないので……」

 おもにあなたの命が……。


「婚約者の顔が怖くて危ないって……。なにそれ……。君の婚約者の顔には何か呪いでもかかっているのかな? 大丈夫、経済科の前は通らないから安心しなさい」

 口元笑ってますよ。

 そんなに面白いですか、この状況。


「……」

 私は大人しくすることにした。降ろしてもらえそうにはないし。

 殿下は静まった廊下を通った先にある、装飾された白いドアの前に立つと、やっと私を降ろした。

 ドアを開けて、私を中に招き入れた。


 中は学院の中とは思えない……そう、リーブス公爵家の応接室のような豪華な部屋だった。

「おかえりなさいませ、殿下」

 中に控えていた侍女さん達が挨拶する。


「ここは……」

「僕のプライベートルームだよ」

 ぷらいべーとるーむ……。あれ、そういえばリーブス家にもそういうとこあった気がする。

 しまった! そこへ行きますって言えばよかった!


「君、ちょっと、この子をお風呂に入れてあげて」

「かしこまりました」

「へっ……? いや、リーブスのほうの」

 私が言い終わる前に侍女さんたちにバスルームに連行された。


 リーブス公爵家では、一人でお風呂に入らせてもらうので、侍女さんに洗われるのは婚約式以降はじめてだ。

 う、ここの侍女さん達も中々の手だれだ……!!

 くっ……。

 というか、リーブスのプライベートルームあるから、そっち行かせてくださいよ!!


 お風呂から上がったら、新しい制服が用意されていた。

「こちらをお召しになってくださいませ」

「え、でも」

「皇太子殿下のご厚意です」

「……はい、ありがとうございます」


 断れる雰囲気ではなかった。

 それに着替えもなかったしね。

 私が着ていたものは洗濯中と言われた。


 何から何までお世話になってしまった…ああ、これお父様に報告しないといけないよね?

 こんな事、言いたくなかった。

 ごめんなさいお父様……。

 家から追い出されても文句いえません。

 リーブス家の顔に泥をぬったよね、私……。


 ブラウニーに……リンデンお兄様になんて言おう。

 そもそも何から話せばいいのだろう。

 私は段々しょんぼりしてきた。


「やあ、すっきりしたね。こっちへおいで。お茶を飲みながら話そう」

 皇太子殿下にソファへ呼ばれた。

 テーブルにはお茶菓子が並んでいる。

「はい」

 私は素直に従った。……仕方ない。


「グランディフローラ伯爵家のご令嬢がどうやら君に食ってかかったらしいね」

「あ……はい、妹さんのほうが」

 もう耳に入ったのか。早い。


「大変だったね、安心して、悪いようにはしないから……ふふ、でも学院内で魔力変質は校則違反だ。」

「……はい」

 仰る通りでございます。


「よし、じゃあ君への罰はこうだ。明日から一週間。放課後ここへ来て、雑務をこなしてもらおうかな。僕のお手伝いだね」

「え……」

「今、あからさまに嫌な顔したよね?」

「いっ、いぇ、そんな事は」

「やっぱり、二週間にしよう」

「ふぁーーーーーー!」

 それってヒースへ放課後遊びに行けないのでは!?

 絶望した。めちゃくちゃ楽しみにしてたのに……。


「…おっかしい」

 ちょっと、この皇太子殿下、私で遊んでない!?

 そんな話をしていた所、バン!と扉が開いた。


「プラム!! 大丈夫かい!!」

 リンデンが息を切らして部屋に飛び込んできた。


「やあ、リンデン」

「やあ、ルーカス……プラムを保護してくれてありがとう。プラム、良かった…心配したんだよ」


 リンデンは私のところへきて、私をギュッと抱きしめて頭を撫でてくれた。

 ……正直、怒られるかなって思ってた。

 おにーちゃーん。こころぼそかったよ~。ぐすぐす。


「心配かけてごめんなさい、お兄様」

 事情全部伝わってるよね、この様子。

 本当にごめんなさい。


「プラムは、悪くないよ。……ジャスミンは本当になんてことをしてくれたんだ。よしよし」

「ううう、いえ、ホントにごめんなさい。私がやった事に対してはジャスミンのやった事なんて小さいよ……顔が曲がっちゃったし……」


 公衆の面前で、スカートの中も丸見えになっちゃったしね…これは言えない。


「性格に合わせて曲がっただけだよ!」


 リンデン……!!


「ぶふっ」

 殿下が口元を抑えた。


「ルーカス、面白がってるね?」

「うん、ごめん」

 オモシロ!?


「そうだ、リンデン、プラムの校則違反については明日から僕の雑務を手伝うってことで手打ちにするから、リーブス公爵にもそのように伝えて。ね?プラム」


「はぃ……」

 しょんぼり。

「ルーカス……、この子は……駄目だからね?」

「うん? ……うん、わかってる。でも面白くてさ」

 また面白いって言った。


 それにしてもあんな事があって、もうあの教室には行きたくない。

 リーブス家で花嫁修業だけしてたい。


「お兄様、私、学院やめたい……!」

「入学式当日に!? いや、気持ちはわかるけど!」

「……っ」


 殿下がお腹おさえた。ゲラか。

 てかどこにオモシロポイントが!? 私、切実なんですけど!?


「うーん、まあとりあえず。ルーカス、プラムを連れて帰るよ。ありがとうね」

「お世話になりました……」

「うん。また、リンデン」


 リンデンに対して優しい微笑みを向けてバイバイって手を振る殿下。

 司書さんだと思ってた時もそうだったけど、気さくな人だね。

 従兄弟だからってのもあるんだろうけど。


 私はリンデンに手を引かれて、リーブスのプライベートルームに入った。

 ……リーブスの部屋だと思うとホッとする。


 校庭の庭が見えるソファに、座るように促される。

 わあ、いい眺め。


「プラム、大丈夫だよ。ジャスミンが本当に酷い。君にあんな事するなんて。君はもううちの子なのに……。ああやって出自をいじってくる貴族は結構いるけれど……ジャスミンのはひどすぎだし、身分差ってものを考えてない。僕が今まで甘い顔をしすぎたせいだね。お兄ちゃん……絶対許さないから」


 リンデンが真剣な顔をして、静かな顔になった。

 ……これ、本当に怒ってる顔なんだろうな。


「でも…」

「うん、わかるよ。相手を傷つけてしまった事気にしてるんだよね。でもね、下の身分の者があんな事する時点で君にはなんの落ち度もない。むしろ、制裁を下しただけだ」

「おにいさま……」

 私はうるっと来た。


「でも、令嬢らしさは欠けてたけどね。ふふ」

「その通りだよ……本当にごめんなさい、リーブス公爵家に泥を塗ってしまったね……」

「ううん、こんなのなんでもない。むしろあっちの家がこれから大変なことになるかもね……。ふふ」

リンデン!?ブラウニーの顔怖が伝染った!?


「でも、プラムはそれでいいよ。将来は男爵夫人なんだし、多分君のことだ。ヒースにひきこもって社交界へは余程のことがなきゃ出ないでしょ? 令嬢らしさなんて持ち合わせなくていいよ。ただし力加減は覚えようね!!」

「リンデン優しい……ありがとう」

「僕は妹に弱いからね!」


 それって本来はエンジュ様が受け取るものだよね…。

 なんだか少し罪悪感ある。


「クラスの子たちもわかってると思うよ。大丈夫だから、明日平然とクラスに行ってごらん。

いい?平然とだよ? 制裁食らわせたの当たり前ですって顔でね。うん、大丈夫。君は顔が強いから勝てる!」

「顔がつよい!?」


「そ。容姿が良いって強いよ。ジャスミンはきっと嫉妬が9割でこんな事したと思うよ。でもただただ幸運に公爵家に養子になった子、みたいなイメージは払拭できたんじゃないかな? 人ひとりふっとばせるような魔力変質ができるっていう実力も見せたことだし。怒らせるとこわいってこととかね」

 そう言ってお兄様が笑った。


「ほら、そろそろ笑いなよ。いいんだよ、笑って。普段のプラムに戻って」

「……うん、ありがとう」


 お兄ちゃんとはこのように有り難いものだったのか……いや、リンデンのお兄ちゃん力がすごいだけだな。エンジュ様は短い間しかリンデンといられなくって、残念だったろうな。


「ふふ、婚約式しなくても婚約の申し込み来なかったかもね…」

ちょっと!!

「ひどい!?」

「ごめん」

 リンデンは自分で言って自分で受けて涙目になった。


 ん、こうしてみると皇太子殿下と血が繋がってるんだなーって思う。似てる。

 レインツリーにいた時、ブラウニーにお笑いの件で絡んでたけど、王室の血筋はお笑いに餓えてでもいるんですか?

 ってそうだ。

 皇太子殿下が司書してた件聞かないと。


「そういえば、皇太子殿下はどうして、リーブスの図書室にいたんだろ……」

「え……あ!会っちゃってた!?」

「うん。司書さんだと思ってた。そしたら今日知ったけど実は皇太子殿下だったよ……」


「ああ、ごめん。フリージアが来た時に言いかけたんだけど、あの後僕気絶しちゃったじゃない?

あの日、お忍びでルーカスが来るって急に手紙がきたから、あの後自室に引きこもっとくようにって言おうと思ってたんだ。ああ……会っちゃってたんだね。」


「勉強教えてくれたよ……」

「フフ、わかりやすかったでしょ。多分教師やらせたらピカイチだと思うよ。贅沢したね、プラム」

「たしかに、一国の王子様などに勉強を教えて頂くなど……」


 いや、リンデンの家に養子に入った時点でもう、贅沢で表せるラインは振り切れてると思うけど。


「でも、意外と会っちゃっててよかったかも。たしかココリーネが言ってたファーストアクションは今日の校門でのイベントでしょ?」

「うん、でも、そんなイベント起こらなかったよ」

「消えたのかもね? フラグってやつ」

「そ、そうかな。それだといいな……」

 それだと、ブラウニーにも安心してって言えるし……。


 でもアカシアのやろーが……『どの道、君は王子には出会う』とか言ってたから、もし私が殿下を落としたいという前提であれば『地球からの呪いを利用してゲーム通りに王子を落とす』なら、必要なイベントではあるけど、別にその通りにやらなければならないって事でもないんだろうな。


 逆にやっぱりますます避けなくては……。


 他には確か次は校庭の庭の猫を助けてそのまま木の上で昼寝してるところを殿下に見つかる、だったっけ……。

 まあそれはいいわよ。


 だけど他の好感度あげる行動があまりにも稚拙すぎるものが多い。


 音楽室で音楽家の肖像画にヒゲの落書きしてるのを見つかったり……。

 生物科学室の人体模型にカツラ被せてる所を見つかったり……。

 階段から手すりで滑り台をやってそのまますっ転びそうになったのを受け止められるとか……。


 ……なんでやねん。そんな事せーへんわ。

 つか、ゲームヒロインだよね!? 何やってんの!?ただのいたずらっ子やん!

 書記官デタラメ書いてんじゃないわよ!?

 ホントに私がこの世界でそれをやる予定だったってこと!?

 人違いじゃありません!?


 あと花壇のバラの花を摘もうとして棘が刺さるとかもあったけど、自分の家の庭ならともかく、

 学院の花壇のバラは取らないよ!?

 丹精込めて育てた庭師さんが泣くよ!?


 私は既に死んでしまっている書記官の『オレが考えた可愛いヒロイン』に心中憤った。


「さてと、おにいちゃんは、ちょっとブラウニーのとこに行ってくるよ。さっきあったこと、プラムの代わりに伝えてくる。プラムがまた泣いちゃうかもしれないしね。ブラウニー顔怖くなると思うし」

「ああ……そうだね。今日はお兄様に甘えます……」


「うん、良い子だね。ここでおとなしくブラウニー待ってなさい。じゃね」

「はーい」


 リンデンはそういうと、プライベートルームを出ていった。

 迷惑かけてごめんなさい、リンデンお兄様……。


 私はクッションを抱いて、ソファに横倒しに倒れて目をつぶった。



 ……疲れた。



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