第22話 ■ What are you? ■ (閲注)

                     ※後半閲覧注意


 ヒース領につくと、私は大きく息を吸い込んだ。

 おいしい。

 空気が美味しい。


「プラム、おかえり」

「娘よ、良く帰った」

「……ただいま」


「さてと、今日はとっとと風呂はいって寝るか」

「わあ、実は今日もう入ったんだけど、私も久しぶりに一人で入りたい」

「は? (顔怖)一人でとは……?」

 怖いよ!


「あ、あのね。公爵家では……」

 私がわたわたと説明をしようとしたらアドルフさんがさっと説明してくれた。


「ブラウニー、侍女の仕事だ。侍女に身体洗われたんだろ」

「同性とはいえ……他人に身体洗われるのか……?」

 理解できないといった表情を浮かべるブラウニー。


「高位貴族ってのは、だいたいそうだ。というか、そろそろ『絶対圏』、終わらせなさい」

 アドルフさんが私達を指さした。


「……あ、そうか」

 ブラウニーは『絶対圏』の接続を終わらせて髪が元通りに――あれ?


 ほんの一部だけど銀髪のままだ。

 何束かの髪が、銀色に光ってる。


「お前、それ『絶対圏』の後遺症とかじゃねえの……」

「え」

 アドルフさんに言われて、ブラウニーが鏡を見に行った。


「若いのに白髪……」

 アドルフさんがその背後からぼそっと言った。

「銀髪だ!!」

 あなた達仲良いわね。

 ん? 私もかな?


「……私もなってる?」

「いや、プラムは……大丈夫だな」


 アドルフさんが確認した。


 ……えー、『絶対圏』て、魔力持ってない人間が使うと、後遺症あるのかな……。

 心配過ぎる……。


「ぶ、ブラウニー。やっぱり『絶対圏』使うの控えようね……というか私が接続するよ?

 今回ブラウニーが接続したからそうなったのかも……ブラウニーが白髪になったら、わたし……」


「銀髪!!! ……てか、後遺症あろうとなんだろうと、使わなきゃいけない時は使う、それだけだ」

 意思硬……っ。


「ちょっと心配だけどな。考えてもわからんから……よし、頭切り替えよう。風呂入ったら、今日は皆で寝るか」


「は?」

「う?」


「さっきモチの上で今日あったことを『報』に書いた。リンデン坊っちゃんに宛ててな。

 ……速攻で迎えに来ると思う。

 さすがに今晩はないと思うが……多分、動きは早いぞ。


 早く動かないとブルボンス家が色々握り潰しに動くからな。

 明日の朝には迎えにくるんじゃないかと思う。

 今頃リンデン坊っちゃん慌ててると思うぞ。

 情報スピード戦だ。


 ブルボンスにもリーブスの間者が入ってるだろうし、あちこちから情報はいって彼とプラムの新しいお父さんは今夜は寝不足だな。

 ……そしてきっと明日からプラムは…リーブス家の子だ」


 アドルフさんが言うにつれて寂しそうな顔をした。

 新しいお父さん……。

 そうか、しばらくアドルフさんはお父さんじゃなくなっちゃうんだ……。


「そんな……せっかく帰ってきたのにもう明日出発なの?」

 私は黙って俯いた。


「そか……でも、そういう約束だから……仕方ないな。

こうして今晩だけでもプラムがここへ帰ってこれたのも、リーブス公爵家のおかげだしな…」

 ブラウニーはすっかり落ち着いたらしく、しおらしく言った。


「プラム、少なくともブラウニーとは婚約はさせてもらえるし、好きに行き来していい許可もらってるから、家は離れちまうけど、安心しろ」

 アドルフさんが私を見た。


「みんなで一緒に寝ようって思ったのは……プラムがヒースに帰ってくるのは15歳だからな。

そうなったら皆で一緒に寝る、なんてもうなんだかなって感じだろ。

だから今日、家族的な思い出も残しておきたいと、ふと思ったんだ。……まあ、いつでも帰ってはこれるんだけれども」


「「アドルフさん……」」


 私達は二人してアドルフさんに抱きついた。

 私はアドルフさんの子としていられたのって本当に短かったんだ、と思った。


 3年後には帰ってこれるから問題はないけれど、残念だ。


 私はアドルフさんとブラウニーと3人で教会からヒースへ来た時のように、旅したりダンジョンへ行ったりとかしたかった。

 ここで親子として暮らしてみたかった。


「……てか、その前にオレたち、最悪死刑だけどな」

 ……忘れてた!!!!

 いい話が台無しだよ!!


「あ……ごめん、オレのせいだ」

 ブラウニーは自分の髪をぐしゃぐしゃした。


「だ、大丈夫だよ。ブラウニーが殴った所、公爵家側はギンコさんしか見てないから! 殿下はあそこで巻き込まれたんだよ!ギンコさんと私達の戦いに……!」

「そう、未成年の少女を夜這いしようとしてな……」


 ……。


「やはり殺しても良かったんじゃないだろうか」

ブラウニーが真顔で淡々と言った。

急に反省の色が見えなくなった!


「やめなさいって。正直オレも腹たってんだよ。オレが言い出したのが悪かった。忘れようぜ。健康に悪い。白髪生える」

 あなたもとから銀髪だからそれは多分わからない。


 その後、私達はアドルフさんの部屋で3人で寝た。


 ベッドは狭かったけど、アドルフさんを挟んで寝た。

 アドルフさんは、私とブラウニーの額に一回ずつ、キスを落として、さんざん頭を撫で回した。


「おつかれ、お前ら。良く頑張ったな。だが、オレがオープンに暮らしてみようっていったせいで、こんな事になって申し訳なかった」


 明かりがランタン一つだけになった、暗い部屋の天井を見上げながらアドルフさんは言った。


「そんな事…」

「そんな事ない」

 私達は答える。


 アドルフさんは、いきなり私達を引き取る事になったのに、ずっと私達と一緒にいてくれて助けてくれている。


 ほんとになんでそんなに献身的なの?と思ってる。

 いくら養子に引き取ったとはいえ……。


 ブラウニーと一緒に大怪我しながらも私を取り戻そうと戦ってくれたり、自分の身銭を切って公爵家との取引を確かなものにしてくれたり。


「確かにね、大変だったけど。死刑は心配だけど、私達きっともうすぐオープンに暮らせるよ。それは……アドルフさんがそのように暮らそうって提案してくれたからだよ」


「そうだ、アドルフさんがいなかったら。ずっと逃げ回る生活をしていたと思う。

オレとプラムだけだったら、今この瞬間の幸せはない」


「いや……特にプラムは3年ほど手放す事になってしまった。こんな仲のいい息子夫婦を助けてやれない親父で不甲斐ない」


「ううん、気にしないで」

「そこはオレたちが我慢すべきところで、アドルフさんはホントに……手助け以上のことをしてくれてるんだ、そんな事言わないでくれ」

 ブラウニーの瞳がゆらぐ。


「はは…そうか。嬉しい事言ってくれるな。それにしてもブラウニー、プラムが戻ったとたん、殺伐さがだいぶん消えたな……安心した」


「……ごめん、この半年、オレ、最悪に態度悪かった」

「いいんだ、ただの反抗期ぐらいにしか思ってねえよ」

 アドルフさんの瞳は優しい。彼の愛情深さが伝わってくる。


「おまえら、もう離れないことをオレは祈ってるよ。……おまえらは、離れたら、駄目だ」

アドルフさんはまどろんできたらしく、言葉数が減っていった。

 ……そっか、アドルフさんも疲れたよね。


「……今度は大事なものを、失わずに済んだみたいだ……二人共ありがとう、な」

 ……。

 アドルフさんはそれを言い終わったら、スウスウと寝息をたてて寝てしまった。


「そうか……アドルフさんは昔、家族や街の人を一度にすべて失ったんだよな。……そうか」

「どうしたの?」


「いや、アドルフさんって昔から、一人でよくいるなって思ってたんだ。……わりと人たらしのくせにな」

「そうなんだ」


「想像だけど……大事な人間関係を作るのが怖いのかもしれないな。思い返すとオレだって、教会の時の事件で、チビたちが死んでたら、そうなってたかもって思うし」


「……ああ。そう考えるとすごく怖いね。大切な人達がある日いきなり全員いなくなっちゃうって」

と、話していたけど、ブラウニーが船をこぎはじめた。


「疲れたよね、おやすみ」

私は手を伸ばしてブラウニーの頬から髪にかけて何回か撫でた。


「ああ……プラム、オレ、ひょっとしたら『絶対圏』のせいで……起きないかも知れないから、そしたら絶対に起こせよ、明日……」

「……うん」

 そっか、私も三日くらい寝ちゃってたよね。忘れてた。

 二人に回復かけてあげよう。そして祝福を。幾重にも祝福を。

 私は自動回復が返ってきたせいか、すごく元気になったしね。


 ――ああ、神様。

 この二人にどうか、幸あらん事を。


 寝てしまったブラウニーはアドルフさんにギュッと抱きついてる。

 それにしても顔つき良くにてるな。二人共。ホントの親子みたい。

 やっと帰ってこれたのに……この二人とたった半日もいられないなんて。


 さて……私が最後だ。ランタンを消そう……と

 その時。


 アドルフさんが寝返りを打って、私の方を向いた。


 今日はちゃんと眼帯とバンダナはずしたんだなーとふと考えた時。

 髪がサラリと流れて、いつも見えないほうの右目と、額が見えた。


「……え」

 私はアドルフさんの額に目が釘付けになった。


「どうして…?」


 アドルフさんの額には、ブラウニーの額の古傷にそっくりな十字の古傷があった。


 というか、これは同じ傷だ。


 私はブラウニーが私を庇ってできた古傷。


 痛ましくもあったけど、ずっと愛おしくもあったその傷だから間違いない。

 絶対間違えない自信がある。


 でも……いくらなんでも、おかしいでしょ?

 どういう、ことなの……?


 ……なんとなく、ブラウニーと比べてほくろの位置を確認してしまった。

 二の腕とか前腕とか…。鎖骨とか。


「……うそでしょ、なんで同じ位置にあるの」


 子供の頃から一緒だから、小さな頃からあるホクロはだいたい覚えてる。


 小さい頃なんて身体の洗いあいっことかよくしてたし。

 それがアドルフさんにもある。


「ありえない……」

 そう思って更に色々確認してしまった。唇の形も耳の形も……つむじも……


 いや、なんで?

 以前はひょっとしたら血縁者かも、とかちょっと思ったけど。


 これは……アドルフさんは、『大人のブラウニー』としか言いようがないくらいの特徴の一致率だ……。

 アドルフさん、あなたは……一体?


 ――眠れなくなった私をよそに、アドルフさんとブラウニーは鏡合わせのように寝返りを打ち、すやすやと眠っているのだった。


※※※


「迎えに来たよ☆妹よ!!!!」


 庭のテーブルで朝ご飯中に、リンデンが迎えに来た。

 朝ごはんもゆっくり食べれないの? 泣くよ!?


 私の寝不足をよそに、回復をかけたのがよかったのか、ブラウニーとアドルフさんは体調ばっちりそうだった。

 身体は問題ないんだけど、寝不足だと眠気は取れにくいんだよね。


「いいよいいよ! ご飯食べ終わるまでは待ってるから!!」

 リンデンは応接室で待っている、と言って屋敷に入っていった。


「騒がしいな……あいつ」


 ブラウニーが荒野を眺めながらコーヒーを口にしている。


「坊っちゃんは身体弱いんだっけ? 元気そうだけどなぁ」

 アドルフさんはもぐもぐと、サンドイッチを食べている。


 ……実は親子、とかなら納得行くんだけど、親子以上の一致を突如見つけてしまった私は悶々としている。

 さらにリンデンが迎えに来たせいでさらに沈んだ。


「「……プラム」」

 二人が同時に私の頭を撫でた


「「絶対に会いに行くから」」

「……うん」

 それはともかく……行きたくないな……。



「とりあえずボクの妹に夜這いかけようとしたクソ……じゃなかったライラックはkrsね!☆」

 リンデーーーーーン!!


「それで良いと思う」

 ブラウニー!!


「良いんじゃないかな」

 アドルフさん!?


「父上喜ぶなぁ。第二王子派を排除する材料の一つになるからね~。うちは皇太子派だからねぇ。

がんばって醜聞ひろげてもらおっと。表沙汰だーいすき。ついでに他にも色々弱点見つけてあったらしいから、王位継承権剥奪できるかも。秘密だよ?」

リンデン!?


「あ、そうだ。ちなみにうちが潜ませてた間者によると、ライラックね、昨日殴られたこと覚えてないってさ。良かったね」


 親子3人でホッとしました。


 ひょっとして記憶消えろ~って念じながら回復したのが良かったのかしらね……。

 あの時は『絶対圏』接続してたし。

 そしてココリーネが前世男だってことを、リンデンにも洗いざらい説明した。

 そして今までの私達の抱えてる事情も。


「なんて事だ……ココリーネ! ……おかしいと思ってたら!!

さすがに父上には前世云々は言えないけど、皇太子殿下の婚約者はもう続けられないね。

そんな子をルーカスの傍にはおけないよ。未来の王妃にはふさわしくない」


 ……リンデンはやっぱり貴族の子なんだな。

 なんていうか、まだ成人してないだろうに、政治意識が高いっていうか。


「ココリーネの両親は……ココリーネを愛してると思うけど、同時に厳しいからね……。

ひょっとしたら修道院に入れるかも知れない。

聖属性のリーブス家の令嬢、ならびにヒース男爵家の婚約済み令嬢を拉致監禁したのがこれから公になるからね。もう公爵令嬢としての価値はだだ下がり。ああ、でもココリーネの王妃になりたくないっていう望みは叶ってるね」


 価値……貴族って大変だな……。

 ココリーネ、おめでとう。

 後日、私の写真は載らなかったけれど、本当にニュースにはなった。


「えーっと確か跡継ぎは別にいるんだよな?」

 アドルフさんが尋ねた。


「うん。だからブルボンス公爵もココリーネをぜひとも手元に置いておく必要もないんだよね。

シビアだけど。犯罪が表沙汰になったら、ブルボンス公爵家の顔にドロがべったりだしなぁ。ふふ☆」


 リンデン……意外と腹黒いの?


「そういえば婚約済みってさっき言ったか?」

 ブラウニーが聞いた。


「あ、ごめん、言ってなかった。昨日アドルフさんとやり取りした時に、ついでに書類作って既に婚約状態にしておいた! ……別の日取りで婚約式はちゃんとしようね」


「え、嬉しい」

「……そ、そうか」

 ブラウニーと婚約済み………。


 ……ふふ。


 ふふふふふふふふふ!


「……リンデン坊っちゃん、謝る必要なさそうだぞ」

 アドルフさんが私達を指さした。


 私はブラウニーに抱きついて幸せを噛み締め、ブラウニーは赤くなって硬直気味だった。


「君たち……まあいいか。ずっと会えなかったんだもんね」

 リンデンやっさし!


「そういえばリンデンは、ココリーネの事は……もういいの?ギンコさんはものすごく落ち込んでたけど」


「多分ライラックやギンコほど入れ込んでないんだよ、僕は。

彼女からのアプローチも彼ら程されなかったと思うしね。それに彼女は皇太子の婚約者だし、周りにも色んな強い男性が彼女を囲ってた。僕の入る隙はないってね。僕身体弱いところあるし……ていうかプラム」


「ん?」


「お兄様、だよ」

リンデンはニッコリして自分を指差した。


「あ……そか、そうだった……」

 なんか、変な感じ。



「さてと、そろそろプラム、着替えて僕の家に行こうか。好きな服は着せて上げたいけど、僕の家にもやっぱり格式ってものがあってね。……公爵令嬢なりの装いで、父上母上に挨拶しないとね!」

いよいよ、この時が来てしまった。



「そっか……わかったよ」

 私はブラウニーから離れて、立ち上がった。

「……行ってくるね」

「ああ…」


 リンデンが連れてきた侍女さんが、2階の私の部屋で身なりを整えるのを手伝ってくれた。


 リンデンが用意してくれたドレスは、ココリーネが用意したものとはちがって、とても着やすかった。

 ドレスといってもワンピースに近いかも。靴もヒールなのに履きやすかった。


 リンデンがかなり気を配ってくれたんだろうなって感じた。

 侍女さんも優しくて、ニコニコしながらメイクや髪を整えてくれた。


 すごい、同じ公爵家なのに全然違う。

 不安が少し、和らいだ。


 支度が終わると、侍女さんがリンデンを呼んで、リンデンが私をエスコートして、玄関へ向かう。

 ……なんだか泣きそう。


「出入り自由だから、必要な荷物があれば、落ち着いた後に引き取りに来るといい。

いくらでも馬車使っていいからね」

「……ありがとう」


「また泣きそうな顔してるね。でも頑張って。君はもうブラウニーとは婚約してる。それを思い出して」

「そうだった……ありがとう、リ……お兄様」

 うんうん、とリンデンは頷いて。


 階下で待っていたブラウニーとアドルフさんが、

「ブラウニー。ここから馬車までは君がエスコートしてあげて……あはは、なにカチコチになってんの弟くん。じゃあ、僕は馬車のとこで待ってるからね」


 師匠から弟に変わった。

 そして、私の手をブラウニーに渡した。


「プラム、その……信じられないくらい綺麗だ」


 ブラウニーは私の手の甲にキスした。

 あっ、私死ぬ。

 そんなことブラウニーにされたり、言われたら心臓止まる。搬送される。私聖属性だけどー。


「そ、そうかな……」

「ほんとに綺麗だ。お父さんは泣いちゃいそうだよ」

 アドルフさんは本当に目に涙を浮かべてた。


 ……アドルフさん、あなたが一体何者なのか……ってすごく気にはなるんだけど。


 そんな事より、私はそれでもあなたが大好きですよ。……だから、正体とか考えるのやめるね。

 あなたは私の大事なお父さんです。


「ん……」

 私はちょっと照れながら、空いてるほうの手をアドルフさんに差し出した。

 アドルフさんとも手をつなぎたい。


「はい、リーブス公爵令嬢」

 アドルフさんは微笑んで手を取ってくれた。


「ブラウニー、アドルフさんに苦労かけちゃだめだよ」

「おう、気をつける。本当に」

「頼むぜ、ブラウニー」


「まあ、介護までちゃんとするつもりだから任せてくれよ」

「介護のことかんがえてたの!?はや!?」

「……あはは」


 リンデンお兄様のところへついた。

「おいでプラム」

 お化粧ってすごいな。崩れるから泣いちゃだめ、とかちょっとしたストッパーになる。


 私は二人の手を放して、リンデンの手を取り、馬車に乗り込んだ。


「……また帰って来るね。二人共大好き、愛してる」

「ああ、待ってる。オレもそっちへ行くから。愛してる」

「お父さんも愛してるぞ!いつでも待ってるからな」

 二人共、私の手の甲にキスしてくれた。


 そして馬車が出た後。

「プラム」

「なに?」

「泣いていいよ。メイクならまた直せばいいから」


「……リ、……お兄様、なんでそんなに優しくしてくれるの?」


「そりゃ……お兄様だから。ありがとう、こんな形とはいえ、ホントにプラムが妹になってくれるなんて思わなかったよ。これからよろしくね。ふふ、ちょっと貰い涙」


 リンデンはハンカチで少し自分の涙を拭いた。

 そんな姿に、ほわっと胸が温かくなって、私の涙は引っ込んでしまった。


 人に泣かれると、自分の涙って止まったりすることあるよね。


「これから3年……僕はね、多分やっぱり妹重ねちゃって色々おせっかいなほど世話焼いちゃうかも。

先に謝っとくね、ごめん」


「あはは、……よろしく、お兄様」

 私は微笑んで返した。


 うん、大丈夫。

 ブルボンスに比べたら、環境がとても良い。

 きっとやっていける。


 ブラウニーとも婚約したし、3年後には結婚できるはず。

 ……だから、今は頑張ろう。


 荒野を抜けて、城下町を抜け――馬車道を通り――

 私はリーブス公爵家へと旅立った。



※※※(以下、性的表現的に閲覧注意)


 私はその後、うっかり馬車で眠ってしまった。

 そして、ココリーネの夢を見た。



 ――――少し成長したココリーネがシスター服を着て。

    不満そうな顔。質素なベッドでゴロゴロしている。

 ――――いきなりその部屋の扉が開かれる。

 ――――無数の闇の手がそこから溢れ出て、

    ココリーネを捕まえる。

 ――――その手の狭間にライラック殿下の狂ったような笑顔があった。


    『む か え に き た よ』 




「おっと、これ以上は刺激が強すぎるね」

 いきなり後ろから目隠しされた。


「……またあなたですか」

 エセ神父。



 ――――布を引き裂くような音が聞こえた。

 ――――ココリーネの悲鳴と罵倒が聞こえる。



「耳は塞いであげられなくて残念」


「何故ここに?」

「未成年の君の心を守りにきたよ?」

 クスクスと笑う。

「なかなかおもしろい半年を過ごしたみたいだね。髪がこんなに伸びて……綺麗になったね。

もうすぐ12歳だ」

 片手で私の目を塞ぎ、片手で私の髪を撫でる。


「触らないでくれます? あなたってこんなに馴れ馴れしかったですっけ?」

「こんなくだらない光景を視たいのかい? ……嫌いだろ?こいつら」


 ――――誰かが殴られるような音がした。



 確かに……実際の映像でなかったとしても、視たいものじゃない。


「自分で目を閉じておくから結構です。……ねえ。あなたは何なの?」

「おや、僕に興味でた?」

 エセ神父は手を離さない。


「ひょっとしてあなたって魔王なの?」

「聞いてくれるなんて嬉しいけど……えぇー。……どうかな? ふふ」



 ――――ココリーネの罵倒が何故か謝罪に変わっていく。



「この悪役令嬢も馬鹿だねぇ……。欲張って色々やろうとするからこんな目にあうんだよねぇ。

確かこれって『ゲーム』のライラックルートのバッドエンドだったかなぁ……。フフ」


「ば、ばっどえんど……??」

「そ。ハッピーエンドもあれば、バッドエンドもあるのさ。全部ハッピーエンドなら『ゲーム』の意味がないもんねぇ」


「…――――この世界は『ゲーム』と同じ運命の道筋を持っていても、『ゲーム』じゃないからねぇ。

『ゲーム』的にライラックなんて中途半端にしておくと、改心しないし……ちゃんとバッドエンドに向かったんだね。ココリーネ。まあ、自分の責任だよね!


 ある程度運命のシナリオは知ってたくせに、この現実世界で活かせないでいるから、もう~。

……何がオトメゲームなんだか。笑っちゃうよね」


 エセ神父が、私の長くなった髪を手ですく。

 やめてほしい。


 手を振り払いたいが、この場所で反撃にあった場合どうなるのかもわからないから、大人しくすることにした。


「ココリーネのことバカにしてるけれど。あなただってルートとか攻略対象とかしょっちゅう言ってるじゃない。転生者なんでしょ?教会スタートにしたいとか、『ゲーム』をやった事ある人みたいな言い方してたじゃない。とんにゅら」


「とんにゅらで僕を試そうとするのやめてくれる!?」

「ホントに転生者ではないようね……」

「さては、とんにゅら気に入ってるね……?」


 エセ神父は、しょうがない子だね、と言ってくすっと笑った。

 ふん、あなたとまともに話す気がないだけですよ~だ。


「あのね、僕は違うよ? ……僕はね。転生者達の言葉を借りてるだけだよ。

なんか便利だったし面白いなーって思ったから。

ココリーネなんかはこの世界が『ゲーム』の世界のリアルバージョンに転生したと思いこんでて、ホント、バカみたいだよ。

 ……教会スタートにこだわっていたのは、王立学院に行かせたかったからだよ。

ホントはね、どっかの貴族の家に引き取らせるつもりだったんだよねぇ。

まったくブラウニーったらその前にプラムを教会から連れ出そうとするんだから」


「なんで学院に行かせたかったのよ」

「皇太子に出会うための運命が開くからかな……。でも、別に教会スタートじゃなくてもよかったみたいだ。なんだかんだ君は学院に行く。

運命の筋を読むのって結構大変なんだよ~。君はどの道、皇太子に出会う。

あんなに意固地になって僕は馬鹿みたいだった」


 エセ神父は、髪にキスすると、髪を触るのをやめた。髪洗いたい。

 そういえば、なんで皇太子と会わせたいんだろう、と思って聞こうとした所、



 ――――ココリーネの悲鳴が聞こえなくなり、弱冠静かになったが、二人分の荒い息遣いが聞こえてきた。



 それがなんだか不快だった。

 なんか吐きそう。


「おやおや、大丈夫かい? ああー……酷い顔色だ。吐くかい?たらい持ってこようか?夢の中だけど」

 エセ神父が私の背中をさする。やめてほしい。

 たらいだけちょうだい。夢の中だとしても。



「気分転換に昔の話をしてあげよう。

昔、神の未来過去現在の記録を書き綴る書記官が一人死んでしまってね……聖書の授業でも教えたよね?

神のしもべに書記官が数人いて世界の記録をつけているって」


「……」

 初耳だなぁ…その時は寝てたかもね!

 だが、敵に隙を見せるわけにはいかない。私はポーカーフェイスを貫き頷いた。


「嘘つき。寝てた癖に」

「わかってたなら聞かないでよ!?」


「あはは……。まあ、それでね。そいつが、何故か地球とかいう別の世界に転生するという事故が起こった。

そいつはね。そっちでの『転生者』となって。――厄介なことに、こっちの世界を思い出した。

そこまではいい。ただ黙ってその人生を送ってくれればよかったんだけど。

その地球の俗世に堕ちた書記官は、こちらでの記憶を、この世界の運命をネタにしてあちらの世界で『ゲーム』を作った。

それを遊んだ子たちがココリーネとかシスター・イラとかね。転生者」


「盗作ってこと?」

「ああ、その言い方良いね。盗人たけだけしい。

世界が違えばこの世界の記録を盗んで発表してもいいのかってね。

わざわざあっちの世界に出向いて殺してやったよ。

びびってたね。まさか僕がそっちの世界にアクセスできるとは思わなかったんだろうね。ふふ」


「ゲーム作者を殺した? え、じゃあ追加ディスクのブラウニールートは……!」

「気にするところが相変わらずブラウニー関連だな! 君は!」

 何か悪いこといいましたかー?


「フフ。ところでブラウニールートあったら偽物プラムたちにブラウニー攻略されるよ?

ハピエンだよ?他の女と」

「……殺してくれてありがとうございます」


「お礼言われた!? ブラウニーのことになると、とことん物騒になるね!?」

 当たり前でしょう。


「コホン。そしてね、沢山の……偽プラムが生まれた、というかプラムになったつもりの魂の欲望があふれた。

本物のプラムになりたい、攻略対象と恋愛したい。この世界に生きたい。その思いは純粋なものもあったけれど、この世界を傷つける穢れとなった。

 その穢れが膨れ上がって、地球からこちらの世界の記録を傷つけた。……そして攻略対象の魂にいわゆる『ゲーム』での攻略ポイント、みたいなのが焼き付いてしまった。

一種の呪いみたいなもんだと思って。

だから、ココリーネはゲームのようにライラック達を懐柔できたんだよね」


「……なるほどね。だからギンコさんがあんなちいさな少女に懸想してたってわけね。それって治るの?」

「……そうだねぇ。『ゲーム』でいう好感度下がればいけるんじゃないかな。

ギンコは苦しんでたと僕も思うよ。

あんな幼い少女に慕情を向ける性格じゃない」


「よかった、ギンコさんは解放されるんだね」

「ギンコ、攻略してみる?ギンコはホントはもっと大人になってから出会うルートなんだけどね」

「冗談でもやめて。ギンコさんにも失礼だよ」


「じゃあ、僕は?」

「天地がひっくり返ってもない。てかあなたも攻略対象なの?」

「ははは。さあ。でも資格はあるとおもうよ」


 なんなの、そのちょっと寂しそうな笑い声。


「……ねえ? プラム。僕の名前、憶えてないでしょ」

「……」

「やっぱり。……生まれる前には知ってたのに、忘れちゃったの? うっかりさんなんだから、僕のプラムちゃんは」


 生まれる前……。

「そんな頃から私につきまとってるの?!」

「そんな迷惑そうな顔で!ひどい!?」


 迷惑だし。……ていうか、生まれる前からの知り合いって訳わからない。


「もう忘れないでね」

「僕の名前は――アカシアだよ」

 忘れたい。


「僕は君が人の形をしてない頃から君を知っているんだよ」

「……ええ。えっとね。私ってひょっとして人間じゃないの?」

「特別な人間だよ」


「…そうだね――神の愛娘の話をしよう」

 ……何。

 なんだか、聞きたくない話をされる気がする。


「聖女の力の源。神の愛娘。それは別の世界の神から生み出された新たな存在。

 そしてその愛娘は桃色の髪の女神だ。

さて、『絶対圏』みたいな壮絶な力に接続できる同じ髪色の君はどういう存在だと思う……?」


「……聞きたくない。ただの孤児だよ」

「残念だな、聞きたくなくとも耳は塞いであげられない。フフ。

ただの孤児になんでそんな力があるのかな?」


「偶然でしょ」

「粘るね。でも、言っちゃおう」

 私は耳を手でふさいだ。


「だぁめ」

 アカシアが私の両手を掴んだ。


 ―――アカシアの手が目から離れた。

 思わず目を開けてしまい、シスター服を乱されたココリーネが一人すすり泣く姿を視てしまった。


「……う!」

「――君はね」

 アカシアが耳元で囁く。



「この世界の……神の愛娘である地母神の――『分霊(わけみたま)』なんだよ」



 ……聞かされた! やめて! 知らないそんなの!!

 ……でも知らないのになんだかストンと心が納得する。怖い。


 ―――泣き声が消えた。

 ―――ココリーネの映像は喪失し、辺りは暗闇になった。


 暗い世界に――アカシアと世界で二人きりになった気がした。


「……終わったね」

 アカシアは私の目から手を放した。

 ……目を開けたけど、真っ暗だ。


「これは本当のことだから言うんだけどね?

この夢はまだ起こってない未来だから安心しなさい。……そして回避してあげたいなら、がんばってみたら?」


「……ココリーネにそんな事してあげる義理はないよ! ……それより分霊(わけみたま)ってなに!?」

「うーん、そろそろ夢はおしまいだから」


「え、ちょっと待って!!!」

「ううーん、いつもそれくらい僕を求めて? ……じゃあね」


 背中をトンっと押されて―――私はその夢から追い出された。

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