第21話 ■ Let's go home ■


 ――部屋に、ライラック殿下が潜んでいた。


「ラ、ライラック殿下……!?」


 どうして私の部屋に!? しかもこんな夜遅くに!?

 てか、闇魔法怖い……影とかから人が出てきたらさすがに怖い。


「闇魔法の反応は、ブラウニーだけじゃなかったってことか」

 アドルフさんが低い声で言った。


「チッ。アドルフさんにバレたのはあいつのせいか。おかしいと思ったんだ」

「ブラウニー……おまえ。……これが反抗期……」

 ブラウニー、アドルフさんが泣きそうだよ?


「ココリーネが聞いたらどうするかな? ねえ、ギンコ。小さな頃から信用している教師が、不穏分子に心移りしたなんて……」


「心移りなどしていない。そんな事よりライラック。何故その不穏分子のプラムの部屋に? おまえは今日、別棟に宿泊のはず」


 ギンコが眉間に皺を寄せてライラック殿下に問う。

 今日、公爵家に宿泊してたんだ、この人。


 そういえばギンコはライラック殿下のこと呼び捨てなんだね。

 エルフは許されるのかな?


 リンデンはリンデン殿だった気がする。

 基準がわからない。


「それは僕の自由じゃない?」

 にっこり私に微笑む。


 背中がなんだかゾクッとして、私はブラウニーの服をギュッとした。

 この人に昼間された話を思い返すと、まともな用事な訳がない……。


 ブラウニーがそんな私を見て、その後、ライラック殿下を見た。

 ……ブラウニーの顔が険しくなった。

 あ、やばい。私は別の意味でブラウニーの服をギュッとした……。どうどう。


「こんな夜更けに?ココリーネは許可したのか?」


「どうしてココリーネの許可が必要なのかな? 王宮の外では僕がなにしようと僕の自由だ。

僕より階級が上の人間なんていないからね。それに君だって今プラムの部屋にいるじゃないか?」


 ……なんて傲慢な人なんだろう。見た目の美しさとは正反対だ。


「私はプラムの……この部屋の警護と見張りの一環だ。ココリーネに任されている」


「精霊でしか見張ってないからこんなに……3人も男を部屋に通しちゃうんじゃないの? ふふ、プラム、ビッチだね」


「はい!?」 いきなりなじられた。

「うわ……」 アドルフさんが呟いた。

「……」 ブラウニーが無言で怖い。


 更に、ブラウニーの拳が震えてる。

 これ……王子相手に飛び掛からないよね……?

 アドルフさんがさりげなく、ブラウニーの肩に手を置く。

 よかった、アドルフさんも気がついてくれた。


「……いつからこの部屋に?」

ギンコが厳しい視線で問いかける。


「君がこの部屋の扉を開け放つ寸前くらいかなあ……ハァ、さてと、帰って寝るかな。ギンコ、君のことはココリーネにちゃんと伝えるからね。君はもうこれでここにはいられないね。

これで余計なライバルが減ってせいせいするよ。

それにしても…」

 私を蔑むように見た。


「……今のうちに手をつけておこうと思ったら、先に間男が部屋にいたとか萎えちゃったね。寝よ寝よ」


 え……?

 つまりそれ、今日ブラウニーが来なかったら、私は……


 ゾッとした。


「まさか、こんな子供に……」

 アドルフさんが怒気を含んだ声をあげ

「ライラック…!おまえは…!!」

 ギンコが苦言を呈そうとした――その時。


「あっ!?」

 ――私は、足の力がガクッと抜けて――


 ――ブラウニーを中心に光と風が沸き起こった。


「うおっ」

「な……」

「なんだ!?」

 アドルフさんとギンコ、ライラック殿下の驚嘆の声が聞こえて――


  ――― connected…―――

 瞬きすると銀色に輝く文字が脳裏の文字が浮かび上がるのが視えた。……えっ!?



  ――― the Sacred  ―――

  ――― the Absolute ―――


 パーーーーーーーーーン!!

 次の瞬間、私の腕の封印が強い光を帯びた後、全て粉々になって舞い散った。


「きゃ!?」


 え、なに!? 『絶対圏』への接続がいきなり始まった!

 ――と思った刹那、


 ドゴォ!!!!


 すごい音がして、私の部屋の壁に穴が開いた!

 ふぁーーーーー!?


 ……ライラック殿下の姿が消え……そしてブラウニーが。

 ――今まさに殴り飛ばしましたって体勢の銀髪のスパダリが、眼前に立っていた……。


「ころす……」


 だ、第二王子殴り飛ばしたーーーー!?


「…ぶ、ぶらうにー…」

 その場にへたり込むように、座り込んでいる私。


「ブラウニー……嘘だろ…やっちまった…」

 おそらく『絶対圏』の発動の勢いで後方に飛ばされたアドルフさんが、額に手をあてて天を仰ぐ。


「……なんだその姿は」

 驚愕して立ち尽くしているギンコ。


 部屋の鏡に映る自分の姿を見た。私も、銀髪になっていた。あああ……。


「あ、アドルフさぁん、『絶対圏』が発動しちゃったよ! 私やってないよ!?」

 私は混乱してアドルフさんに助けを求めた。

 アドルフさんはしばらく呆然としてたけど、私の声にハッとした。


「やめろブラウニー! いくらなんでも世の中殺していい相手と悪い相手が……いや、そいつはオレも許せないタイプだけ……いや! そうじゃなくて! 殺生はだめだ! てか、とにかく相手は第二王子だ!! やめるんだ! ……もう遅いけど!!!」


アドルフさんが駄目元な駄目説得を試みた!


「krs…」

ブラウニーには効果がなかった! うわああん!


ブラウニーは、止めるアドルフさんを引きずりながら、ぽっかり空いた壁穴のほうへ近づいていく。


「うわ、なんだこの力……プラム止めろ! これはお前しか止めれん! 説得するなり魔力変質するなりなんなりで止めろ!……ギンコ、殿下を保護してくれ! このままだとホントに殺しちまう!」


「わかった……!」

 ギンコが走るのと、私が叫ぶのが同時だった。


「ブラウニーやめて!! 正気に戻って!!」

 私は魔力変質した腕でブラウニーに抱きついた。

 わあん、私から発生してる力なのにブラウニーのほうが使い方上手だから負ける!ズルズル……。


「プラム、大丈夫だ。オレがあんなゴミ……この世から消してやる……!」

 ブラウニーがなんかおかしい! なんかぶっとんでる!

 そうだ、『絶対圏』はちょっとハイテンションになりやすいんだった。


「だめだ、こいつ……もしココリーネが男だって事も知ったらもう手がつけ……あっ」

 口元を抑えるアドルフさん……

 アドルフさあああああん!?


「……あ?」

 ブラウニーがピタ、と止まった。


「なんだ……?どういうことだ……?」

 ギンコも足をとめた。

 あああああ!!! ギンコに知られた!!


「……ふすーふすー」

 アドルフさんが口笛吹くふりしてそっぽ向いてる。 音出てない! 口笛下手くそか!

 今そんなおちゃめポイント披露しなくていいから! 責任とってよ!!!


 ブラウニーがこっち見た……ひっ。

「……プラム、オレに隠している事がないか……?」


 にっこり微笑む。微笑んでるのに顔は怖い。声は妙に優しい……ガタガタ。

「怒らないから言ってみろ……」


 スッと笑みが消えた。怖いしかない!!!


「ぶ、ぶらうにーさん、ぢつわ……えっと、その……話す暇がなかっただけで、隠してたわけでわ……」


「……私も詳しく聞きたい。ライラックのことはその後で良い」

 ギンコおおおおお!!

 ブラウニーよりむしろ、ギンコに聞かせたくなかった!!


「アドルフさん、責任とってよ!!」

 私はアドルフさんを涙目で睨んだ。


「おお、娘よすまない……。だがもうこうなった以上、説明してやるといい。……特にギンコにはな」


 あ~。アドルフさん、これはわざと口滑らせたわね……。

 ……そうか、この人、ギンコさんに教えてあげるべきだと思っててタイミングはかったんだな……。

 おまけにとりあえずブラウニーの足止まったし……。


 でもこの話はブラウニーいない時にしようよ!、と思ってたら、それを察したのか、

「娘。ブラウニーには隠せない……知ってるだろ(フッ)」

 あああああ、黄昏れた!!

 そうですね!どうせバレばれますね!!

 なんでバレるのかいまだにわからないけど!


 私は渋々説明した。ブラウニー(爆発危険物)に抱きついたまま。

「ココリーネは…その、前世の記憶があるんだけど……。彼女の前世の世界では、この世界が物語として存在していて…その物語の主人公が私らしいの」


「物語……? この世界が?」

「少なくとも彼女はそう思ってる」


「そして彼女は、私の行動次第で将来皇太子殿下と私、その他の私が懇意にしてる男性達によって罪をでっちあげられて、死刑もしくはその他の不幸にさらされると思ってるの。それは知ってるよね?多分夢でみたってあなたにも伝えてると思うけど」


「確かに……彼女は夢で見たと……」

「ある意味夢と言ってもいいかもしれないね。……で、その彼女は前世で、男性だったと言うのよ。……だから、彼女は私のことを異性として見ているの」


「な……まさか……」


「うん、信じられる話しじゃないと思うけど、とりあえず私側の事情を話すね。……ギンコやライラック殿下には皇太子殿下と婚約破棄をして私を婚約者にすえる計画を話してると思う。それが皆幸せになるとか言って……。」

「ああ、そのように聞いている」


「……でも、私は、それと同時にもう一つ彼女には選択肢を用意されたの。

それが……まあ、最終的には性転換したココリーネと夫婦になること……」


「――」

 ギンコは口元をおさえた。


 そして、また私の身体にがくん、と力を吸い取られるような衝撃が走った。


「う!? ……ブ、ブラウニーだめだよ……!」

 ブラウニーの方に、『絶対圏』の力が流れ出て、彼はその恐ろしいほどのエネルギーを纏う。


 ば、爆発しないでー!


 私(爆発処理班)はブラウニーを落ち着けようと、手をギュッと握った。


「プラム……何もされてないだろうな」

 お疑いだ…!!!


 ……ほっぺに一回キスされたかも……まあ友人同士でもあることだからノーカンだ…よね。

てか思い出したくなかったよ!!

「な、何もないよ」


「………隠してもわかるって何回言えばわかる?洗いざらい吐け」

 わ、私、ブラウニーの恋人ですよね!? おかしいな!? なんかライスものの出前を頼みたい!!


「頬に一度キスされました!!! なんか匂い嗅がれたりもしましたー!!!(泣)」

「…………」


「で、でも女性同士ですので、取り返しのつかないことにわ、いたっておりませ……」


 怖い! 顔が!


「……………………」

 うああああああ!! 何か言ってええええええ!!


「おいブラウニー、プラムが怖がってるぞ。プラムを怖がらせてどうすんだ。だいたい、そんな事思い出させてやるなよ……」


 アドルフさんにそう言われて、さすがにブラウニーはあって顔した。


「プラムごめん……オレちょっと今、おかしいかもしれない」

「『絶対圏』使うとハイテンションなるからね、うん、大丈夫だよ……ちょっと怖かったけど……」


 本音がボソッと出たら、ブラウニーがガーン、て顔した。


 ギンコがその横で壁に手をついてうつむく。


「……私の5年間はなんだったのだ…求めていた番(つがい)をようやく見つけたと思っていたのに……」


 うああああああ……。


 5年も教師やって愛が芽生えてたらそうなるよね……。一方通行だけど……。


 ギンコは何歳なんだろう。エルフの恋愛観念とかさっぱりわからないし、年齡がこの人の性格考えてちょっとどうかなって思うけど、多分ココリーネが言ってた、攻略対象へのセリフとやらで騙されたんだね……。

 ほんとにこの世界がゲームならば、だけど。


「そして許せない……男とか女とか以前に……無害な他人を巻き込んでそんな計画を立てている…そんな歪な性格と、それに気が付かなかった私自身がまず許せない……」

 なんだこの人格者!

 ますますココリーネを愛してるのが違和感あるよ!


「突拍子もない話だけど…私の話しを信じていいの?」

「……確かにそうだが、状況的に私にはおまえたちの話が嘘だと思うことはできない。……まいった」

 そういったギンコは、寂しそうな顔をしていた。


 その時、ライラック殿下の声がした。

「あー……いたたた……。」

 瓦礫の中からガラガラと音を立てて、立ち上がるライラック殿下。

 生きてた!良かった。


「まさか、この僕に歯向かふ下僕がいるとは(HA)ね……」

 そう言って、顔を上げたライラックの殿下の顔は……


「いつかどっかで見たやつー!」

 私は泣いた。

 かつてエセ神父……もといケイリー神父様を殴り飛ばした時と同じ顔……つまりお歪みになっています!

 美少年が台無しだ……!!


でも『絶対圏』の力で殴られてこの程度ですむあたり、やはり攻略対象と称される何かがあるんだろうな……。


「これはただでは済ませな」

「……っ」

 ブラウニーは、私を引き剥がして、また殴った。王子を。

「こら! ブラウニー!!」

「もうやめてブラウニー!」


 ライラック殿下が闇をまとって何重にも闇の防御膜を展開するも、簡単に『絶対圏』はそれを貫き、折れ曲がった防御膜に包まれるように殿下は吹っ飛ぶ。


 まるで地震のように、東棟が揺れた。

 ドォン……、と大きな音を立てて東棟が傾くのを感じた。


「……あ」

 傾きに少しよろめいた。

「プラム、大丈夫か」

 アドルフさんが後ろから支えてくれた。


「ありがとう……そしてごめんなさい止めれなくて……」

「いや、しょうがないわ、……オレは昔、プラムがブラウニーのためならこういう事やりかねないって思ってたんだけど、それブラウニーの方だったわ……」


「あ…でもそれ否定できませんね。私も立場が逆ならやるかも……」

「プラムちゃん!? 否定して!?」


 そうだとしても、ブラウニー飛ばしすぎじゃない?もうこれ以上は……。

「ブラウニー、どうしちゃったの…?」

 私は悲しくなった。


 『絶対圏』のせいでテンションがおかしいのかもしれない。

 それなら『絶対圏』の接続を切りたいけれど、何故か今は主導を握っているのはブラウニーで、私に切ることができない。

 ココリーネが言ってた『鍵』ってこういうこと?


「ブラウニー、ね、待って。約束したよね、この力は使っちゃいけないって。二人で約束した……」


 ブラウニーが、ピクリ、と肩を揺らした。

「……プラム。約束はもう一つある。

使えるものは使う。頼れるものは頼る。そしてお前は…俺を助けてくれる約束を…してくれたはずだ」


 彼はこちらを見ないで言った。

 その様子に私は不安でドキリとした。


「そう、だけど……」

さっきから『絶対圏』を通じて、ブラウニーの怒りと困惑と悲痛な心の痛み、その限界が伝わってくる。

彼は今、荒ぶっている。


「そこのエルフがヒースに来た時、この力を使えば、お前は攫われることはなかった」

「でもそれは……」


「オレは、お前と離れてる間、自分だけでもこの力にアクセスできる事を知った。

 ……この力を使えば、簡単にお前を迎えにいけるかもしれないって思ってた…けど…使おうとはしなかった。この力じゃ解決できない事がわかっていたし……なによりも、お前とその約束をしてたからだ……!」

 ブラウニーが涙目になってこっちを振り返る。


『ブラウニーを解放してあげれば?』『ブラウニーには耐えられないよ』『がんばってても普通の男の子なんだよ』

 エセ神父の言葉が、私の心に蘇る。

 考えないようにしていたけれど……それは真実なんだ。


 思えばブラウニーはずっと、私を守ろうとしてきた。


 魔力もない、ただの孤児で、普通の男の子。他の子よりちょっと優秀なだけ。

 ずっと限界ギリギリに自分を高めて保ってきたんだ。


 『絶対圏』を通じて伝わってくる、彼の血のにじむような努力。

 ……私と一緒にいてくれるために。


 それは私が聖属性保持者だとわかる前からそうだと。伝わってくる。

 彼は、小さな頃から私の傍にいて、私とずっと一緒にいたくて、勉強もインターンも何もかも、優秀であろうとした。

 そんなにずっと思っていてくれたんだ……。


「でもオレは……もう無理だ……プラム、オレは…」

ブラウニーが心の苦痛に顔を歪める。


「……!」

 何? 何いうの……?

 その先を言わないでほしい。やめて。


 心の痛み絶え間なく伝播してきた。


 アドルフさんが口を開く。


「ブラウニー。あれだけ取り戻したかったプラムが目の前にいるだろ。それにプラムは無事だ。落ち着いて……そろそろ鉾を納めろ」


「ごめん、私、ブラウニーに無理させてた……」

 私はブラウニーに謝って抱きついて、ブラウニーを見た。

 ブラウニーも私を見た。


「多分、これからも無理がいっぱいあるかもしれない、一緒にいたいだけなのに、平穏はないかもしれない。……エセ神父もまだ、たまに夢にくるし。ココリーネだってまだ何かしてくるかもしれない。

だけど、それでも私はブラウニーを諦めたくないの。一緒にいたいの。……だから」


「……」

「だから、私を捨てないでほしい……」

 それは、私が一番恐れている事。私の奥底にある本音。

「……っ」


「ブラウニーの事、放してあげられないの……許してほしい。

アイツに……ブラウニーを解放してあげろって言われて、実は少し考えたけど、やっぱり無理なの」


「か」

「勘違いするな! 捨てるわけないだろ!!!」

 ブラウニーが吐き捨てるように言って、私を抱きしめた。


「ちがうんだ……ごめん。プラム、愛してるんだ、ごめん……許せないことが多くて……お前に寄ってくるおかしな奴らが許せなくて、力が足りない自分が許せなくて、お前と静かに暮らしたいのにうまくいかなくて、頭がおかしくなりそうだった。

お前を捨てたいとかじゃない、絶対にない!」


「前も言っただろ……こじらせてるのはオレのほうだ。オレのほうがプラムが好きだって!」

「ブラウニー!!」

私はギュッと抱きつき返した。


「……ん?」

「……あれ? ……じゃあ、結局さっきは……何を言おうとしたの?」

「ん? ああ。いや……散々自分の実力考えたら『絶対圏』使うしかないと思ったから、これからは今回みたいな事あったら使うからなって……言おうと思っただけだ……です……」


 意外と冷静な答えが帰ってきた。

 ……あれ?


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「みっ」

「み?」


 沈黙が流れた。


 いやああああああ!

 恥ずか死ぬ!!!

 私がナイーブになってただけでした!!!!!


 真っ赤になった私の肩に、ぽん……とアドルフさんが手を置いた。

「いや、オレもブラウニーの言う感じのことかなーって思ってたし……? ははは」

 いやああああ! なにその乾いた笑い!!


「……ブラウニーの精神の精霊は怒り狂ってはいるが、弱ってはいなかった……な」

 ギンコ!! 

 フォローしようと、言いにくそうに言うのが余計に気を使われてて恥ずかしさが増す!!!

 やめて!


「とりあえずプラム、でかした、ブラウニーが止まったぞ。さすが息子の嫁。てか人前でいちゃつくのはもう今更感よ……? 娘。そんなに恥ずかしがるくらいならどうしてTPO分け前られないの……?」


「別にそんなつもりはないのよ! たまたまそうなっちゃってるだけ! いつも! なんていうか、うっかりっていうか……!!!」

「うんうん、そっかー」

 アドルフさあああん!!! もう慣れたわって感じで生温かい目で微笑むのやめて!!


「だからといって、あの紫頭は許さん……」

 ブラウニー! あなたはもう、おとなしくして!?


「いや、ブラウニー! あのクズは王子様だから!?」


「プラム、お前もなにげに口が悪いな……。

"クズ…じゃなかった王子殿下"って言いなさい。

ブラウニー。とりあえず2回も殴ったんだから、そろそろ我慢しろ。

それにしてもこれ、不敬罪まっしぐらみんなで死刑コースだな」


 耳をほじほじしながらアドルフさんが言った。


「しけい」


「そ、死刑。王子あれだけボコボコにしたんだからしょうがないだろ」

 アドルフさん!? さらっと……


「……だから、とりあえずプラム、あのクソ…いや、王子殿下を治療してきなさい。

オレ達はプラムを連れ去ろうとして、ギンコと戦闘になった。そして何故かこんな夜遅くに単独プラムの部屋に潜んでいた殿下が巻き込まれた……。

ココリーネに執着してんだろ?クズ殿下は。それを考えると夜這いをかけようとしたことはバレたくないはずだ。おまけに綺麗さっぱり怪我は治っている。ブラウニーに殴られたなんて……夢だよ。ハハハ」


「そんなにうまくいく!?」

「ゴリ押しする! いかなかったらもう国外脱出だ!」

「わかったよ~。じゃあ、殿下治しとく」


 私は近寄りたくなかったので、その場から適当に王子に回復を飛ばした。

 できたらこの一件、すべて記憶喪失になってしまえ~と念じながら。


 殿下の治療が終わると同時に、ココリーネの声がした。

「……これは、一体何事ですの!」

 その声に全員がハッとする。


「ココリーネ……」

 ギンコが、つらそうな顔でその名を呼ぶ。


 一方ココリーネは、そんなギンコのほうを欠片も見ない。……見ていてせつない。


「こんな夜更けに、ご招待してないお客様がいらっしゃるなんて……どういうことかしら?ですの」


 ココリーネの後ろには、大量の兵士。

 ……まあ、こんな塔が傾くほどの音がしたらそりゃ来るよね。


 兵士達が、ココリーネ様、危険ですと口にしている。

「兵士達の言う通りだ、ココリーネ。塔が不安定だ、すぐに退去すべきだ」

 ギンコが彼女を気遣ってそう言った。


 彼は彼女の内情を知った上で、彼女を守ろうとしている。

 割り切れないんだろう。

 その気持はわかる。私とブラウニーも、あのエセ神父で散々味わった気持ちだ。


 ココリーネは誰の忠告も聞かず。

「まあ……」

 ココリーネは私とブラウニーを見た。


「なんて見事な銀の髪。……前世で…夢でみた『絶対圏』をこの目で見れる日が……くるなんて」

 唇を噛んでこちらを睨んでる。


 自分が使いたかった、って言ってたもんな。


 ブラウニーが、私の肩を抱いて抱き寄せた。


「おかしいですわね、魔力は封印していたはずなのに、発動するなんて…」

「ココリーネ、この力は封印なんてものではとても抑えられるものではない。見ていたが、発動した瞬間、封印は弾け飛んだ。一瞬でだ。」

 ギンコがココリーネに説明する。


「……なんですって。……やはり『鍵』――許可されし者と接触すると無駄だったんですのね」

 ココリーネはギリ、と親指を噛んだ。

 それをギンコが見るのが辛そうな顔で見ている。……つらい。


「失礼致します、ブルボンス令嬢。ヒース領の領主、アドルフ=ヒースでございます。夜分のご訪問失礼致します。」

 アドルフさんがそこで一礼した。


 ……う、この人もやっぱ教育受けてるんだな。洗練された姿勢になってる!!


「申し訳ないのですが、プラム様を迎えに参りました。

今回のこの件は追って後日抗議致します」

 ん? プラム様?


「……何を言ってるんですの?弱小男爵家がそのような反抗できると思ってますの?」

ココリーネは怪訝な顔をした。


「プラム様は本日付でリーブス公爵家の養子となりましたので、最早リーブス公爵令嬢です。

あなたが今後、お相手なさるのはリーブス公爵家でございます」


 アドルフさんは清々しい笑顔をした。

 ホントはまだ書類処理されてないと思うけど、見切り発車で言ってるなアドルフさん……。


 ブラウニーの手が、私の肩を抱く力が少し強くなった。

「プラム、これは今日、ヒースに帰れる流れになったな」

と小声で言ってきた。


 ……そうか。この流れ的に考えて、私、今日……ヒース領に帰れるんだ! 嬉しい!


「な、なんですって!?」

「後日、リーブス公爵家から抗議書が届くかと。……この事お父さんとお母さんは知ってるのかなぁ~?ボク?」

 アドルフさんが煽るような表情になった。

 ……この人、たまに煽るタイプだよな。


 ボク? と言われてココリーネの顔が、かっと赤くなった。

「ぼ、ぼくって何のことです!? ギ、ギンコ!! この者たちを殺して!! お願い!!」

「ココリーネ、君はそんな事を…言う人では…」

 ギンコ可哀想……。


「大体、侵入許しちゃうなんて! 信じてたのに! …役立たず!! それともプラムに懐柔されたんですの!?」


「すま、ない………」

 ギンコは、苦しそうにココリーネから顔を背けた。


「そこらへんまでにしてあげなさいよ~ ココリーネおぼっちゃん?

もうギンコも知ってるんだぜ? それで礼節をかかさずギンコは接してるってのに……このクズが。

……そういえば、クズと言えば、そこでノビてる紫頭」


 アドルフさんは第二王子を指指す。


「うちの娘の部屋に、夜這いに来たみたいなんですが、オレたちの戦いに巻き込まれてしまいましてね。

でも正当防衛なんで、すいませんね。誰かは知りませんが、公爵家の使用人の方ですかね?」

 紫頭が誰なのかって事を知らないふりしてる……。


「……なっ。夜這い!? ……こいつ!! ライラック殿下?! 俺だってやってないのにこの野郎……! これだからライラックはクソなんだよ!! このマイナー層向け人気最下位が!!! もっとテコいれしろよ運営め!!! 難易度は高いわ、好感度マックスにならねーとクズのまんまだわ……ブツブツ」


 ……人気最下位?? え、こんな美形なのに? ……あ、クズだから?


「プラムはオレのだっつーの!!」

 あっ……。言っちゃった!!!

 私がとっさにブラウニーを抑えるのとブラウニーの力がまた増すのが同時だった。


「プラムはお前のもんじゃねえ!!!」

公爵令嬢殺人事件がおきちゃうううう!!!


 私は必死でブラウニーを抑えた。

 あああ、魔力のない公爵令嬢を本気で殴りにいこうとしてるよおおおお!!!


「ブラウニー、身体はか弱い女の子だから!!! 死んじゃうよ!!」

「うっせえ、関係ねえよ!」


「うわ……ギンコ! なんとかしろ……なんとかしてくださいですの!!」

「……」

 ギンコがグッと目を閉じて顔を背けている。ううう、可哀想しかない……!


 背後の兵士達も殿下が倒れているのと、ココリーネの豹変にざわざわしている。

 さっき、殿下治しといてよかった……。


「ライラック殿下……? そんな…!! でもどうしてこんな所に? しかも11歳の少女を夜這いに来たんですか? 王国の王子が!?」


 めいいっぱい私達は知らなかったんですよう、を主張しているアドルフさん、ココリーネの背後に兵士いっぱいいるし、東棟にいた侍女や使用人も集まってきたから、結構効果的かもしれないね。

 ……彼らはざわざわして、口々に言葉を交わしている。


 兵士の中から走っていくものが見える。

 おそらく、騒ぎがブルボンス公爵に届けられるのだろう。


 ブルボンス公爵がどういう人かは知らないけれど、これはココリーネ……そしてライラック殿下の醜聞になるだろう。

 この半年貴族のことを少し勉強したから、そういう風に予想がついた。

 こんな事になった以上、ココリーネは身内からの制裁が下り、おそらく無罪放免とはならないだろう。

 なぜなら私がもうリーブス家の公爵令嬢だからだ。


「ココリーネ。もう一度言うね。私はブラウニーが好きなの。愛してるの。ブラウニーしかいらないの。あなたのものじゃない。ましてや皇太子殿下のものにもならない。私を…私達をもう巻き込まないで!!」


 もう、これであなたと目を合わせるのは最後。

 私ははっきりそう言って、少し背伸びしてブラウニーにキスをした。


 ブラウニーは目を一瞬見開いた後、私の腰に手を回して抱きしめた。

ココリーネが入る隙など一ミリもない、と見せつけたかった。


「な、何いってんだよ……お前がいなくなったら誰が俺を、バッドエンドから……」


 この子は前世に囚われ過ぎた。私に執着しすぎた。

 私に執着していいのはブラウニーだけだ。さようなら。


「ブラウニー、私、帰りたい」

 私はブラウニーの胸に顔を埋めた。


「ああ、帰ろう」

「……そうだな、帰ろう。モチ、マロ、来い。それではブルボンス公爵令嬢、失礼致します。」

 アドルフさんの声が聞こえて、頭にポフっと手を置かれた。


「み」

「みっ」

マロたちが窓の外へ飛び出す。


「ちょっと……!! あなた達、捕まえなさい!!」


 ギンコが動かないので、兵士たちに命令するココリーネ。

 兵士たちがハッと動こうとした時。


 アドルフさんと、私を抱えたブラウニーがバルコニーから飛び降りる。


 弓や、魔法のエネルギー弾が飛んできたけど、『絶対圏』にはそんなもの、無意味。

 さようなら。



 ああ……帰れるんだ。本当に……!!!


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